葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

紫陽花の咲く頃に(第2回/全2回)

リアクション公開中!

紫陽花の咲く頃に(第2回/全2回)

リアクション




第六章 白雪姫の毒リンゴ


 休憩を挟んで再開した劇『白雪姫』は、王妃が化けた物売りの三つの罠へと展開し、組紐と櫛売りのシーンまでを無事に終えた。
 山田晃代の小人が飛びすさって、大げさに演じてみせる。
「わぁっ!?白雪姫が死んじゃった!!??」
 そして白雪姫は櫛を抜かれ、また息を吹き返す。
 最後はリンゴのシーンだ。このリンゴは、本物であづさが囓る予定になっている。
 神楽坂有栖(かぐらざか・ありす)は、あづさを守るため、このリンゴに念のため“キュアポイゾン”をかけておいた。その上で、ミルフィ・ガレット(みるふぃ・がれっと)と共にあづさを見守っている。
「な、何をするのあなたたち……!」
 目を丸くする碧の目の前、舞台への道を、鏡役を演じ終えた遠野歌菜が遮る。
「ごめんね。これもあづささんを護り、劇を成功させるためなの!」
 あづさを守りたい、その一心で、励ましたりあづさの動向を見ていた歌菜だった。だからこの作戦はその一環で、どうしても成功させたいのだ。
 最初は、イルマと碧を、リンゴ売りのおばあさんが出てくるシーン中、どこかに呼び出しておくつもりだった。だが碧は舞台があるからと拒否し、イルマも抜けられないと、終わってから聞くと言われてしまった。
 仕方がないので計画を説明し、その間舞台には上がらないようお願いしたが、これも碧には拒否される。イルマの方は元々そのシーンに出番がないので上がるはずもないだろう。あづさに余程の危険がなければ。
 歌菜は必死で碧を説得したが、碧の答えはノーだった。
「私を信用できないと言うの?」
 歌菜の参加した計画、つまり先日白雪姫に立候補しようとした秋葉つかさ(あきば・つかさ)の立てた計画とは、つかさがリンゴ売りのお婆さんを演じるというものだった。
 つかさが白雪姫に立候補したのは、役に対する嫉妬を自分に引きつけるためだったが、それが上手くいかないかった。だからあづさ個人に対する恨みであろうと考えた。一番危険なのは勿論、碧だ。理由はイルマに想われているから。毒でなくてもカラシなどを塗って食べさせることのできる本番は危険、そう考えたのだ。
 つかさの手には、今朝自分でスーパーから調達したリンゴがある。
 ──先に舞台に上がってしまったらこっちのもの。
 つかさは、舞台に足を踏み出した。
 しかし、舞台に出たのはつかさだけではなかった。小道具を手伝いながらイジメの現場を探していたアシュレイ・ビジョルド(あしゅれい・びじょるど)もだ。
 彼はかねてから考えていたイジメ妨害を実行する。
 その方法とは、どしんどしんと、飛び跳ねて舞台を揺らし大声で叫ぶことだった。
「地震だ〜イジメをしてる場合か!」
 ついでに小人の家のセットも揺らす。倒れないようにされているとはいえ、元がベニヤ板だ。わざと揺らしたらやっぱり危ない。
「な、何を仰ってるの……!? 私がイジメなんて!」
 舞台袖であづさを見守っていた村雨焔(むらさめ・ほむら)アリシア・ノース(ありしあ・のーす)の二人もまた、続いて舞台に飛び出した。劇が始まる以前から、二人ともあづさの警護を続けていたのだ。何かあったら演技をすると決めていた。
「こ、これも魔女の仕業か……!?」
 演技を装い、アシュレイを取り押さえる。しかしアシュレイの手から離れたベニヤはぐらりと大きく傾き──
「あづささん、危ない!」
 舞台袖から有栖が“バーストダッシュ”で飛び出し、あづさを突き飛ばした。だが。
「お嬢様!」
 ミルフィの悲鳴。ベニヤの軋む音。倒れる音。シンデレラの代わりにアリスは哀れ、小人の家の下敷きに──だが間一髪、これもならなかった。
「大丈夫ですか?」
 支倉遥(はせくら・はるか)が小声で呼びかける。遙が、倒れそうなベニヤを裏から支えたのだった。
 本当は、イルマと、王子の家来役であるパートナーベアトリクス・シュヴァルツバルト(べあとりくす・しゅう゛ぁるつばると)を助けるために、黒子役に徹していたのだが、思わぬところで役に立ったようだ。
「は、はい。ありがとうございます」
「……なんなんだこの劇……」
 舞台上方の照明の面々は、やっぱり頭を抱えて、再び舞台を暗転させた。また幕が下りる。
 騒がしい人混みを抜け、埃まみれの舞台の上を、清掃係を買って出たプレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)が、黒いメイド服に、淡いクリーム色の髪をまとめて黒い三角巾で覆い、黒い音の出ないパンプスで、自慢のモップを使い分け、誰も観ていないうちに達人技を披露する。
 黒子でお得意の掃除役で役に立てたらいいなと思ってやって来たが、モップがけがこんなに役に立つ舞台もそうそうないだろう。
 再び幕が開いたときには、舞台の背景は森に変わっており、あづさは小人たちに囲まれ、棺に入れられていた。

 ようやく王子たちの出番が来た。
 王子役のイルマに白馬の二人。従者役のニーナ・レイトンとメイベル・ポーターが付き従って白雪姫の死を悲しみ、ルーシー・トランブとベアトリクス・シュヴァルツバルトが硝子の棺に入ったあづさを城に運ぼうとする。特にベアトリクスは家来の服が似合っている。男前だ。自分で認めたくないほどに。
 だが、運ぶ前に、王子が白雪姫にキスをすると、白雪姫は目覚めるのだ。
「あづさ、ごめんね……ありがとう」
 キスをするかわりに、王子は彼女にささやいた。
 白雪姫は棺から起きあがると、満面の笑顔で王子を、そして観客を見渡し、立ち上がった。