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◇第四章 その単純な言葉の中に真実は眠る◇

 いつもなら今頃、何をしているのだろうか?
 そうそう、埃とカビの匂いのする地下迷宮やモンスターだらけの森を駆け抜けている頃だろう。でも、今は束の間の休息を楽しみたい。
「ふぅ、この舌の上で蕩けるようなクリーム。素材を厳選した芳醇な香りのフルーツが織り成す二重奏はまろやかな優しいを味を醸しだしていますね」
 牡丹の描かれた黒いシックな浴衣の日野 晶(ひの・あきら)は、所々に設置された椅子に腰掛けると先ほど購入した神崎エリーザのクレープを堪能していた。一方、メインなはずの荒巻 さけ(あらまき・さけ)はドスドスドスドスと大きな足音を立てながらやってきて、開口一番に口を開いたのだ。
「このクレープを作ったのは誰なのですかぁぁっ!!?」
「何を怒ってるの、さけ? 佐野 亮司さんのお店で買ったんだから、彼に決まってるでしょ?」
「クスン、わたくしも晶の方で買えばよかったですわ……」
 彼女らは亮司とエリーザの両クレープ店でクレープを買っていた。どちらかと言うと亮司の方の店の方が流行っていたので、さけはそちらで、晶はエリーザの店で購入したのだ。
「だから言ったでしょ? 流行ってる店が正しいとは限らないって……」
「うぅぅ……晶、半分交換してぇ〜」
 ピンクに百合が彩られた可愛らしい浴衣が哀しく映る。
「駄目です! 選んだのはさけでしょう?」
 さけを大物に育ててみせるという目標の晶は、このようにして彼女を育ててるのかもしれない。

「ははっ、新巻君は本当に面白い娘だなぁ」
「そうそう、二人とも浴衣姿が似合っていて可愛いしな。樹もそう思うだろ?」
 その特徴は長身かもしれない。二メートル近い彼らは遠方からでもすぐにわかる。白いTシャツ袖まくりのGパンという姿お揃いの衣装で薔薇の学舎からやってきたのは、褐色系の肌で重力に逆らう緑色のツンツンヘアの麻野 樹(まの・いつき)と、青いぼさぼさ頭でパートナーの雷堂 光司(らいどう・こうじ)である。
 彼らはシャルル・フランセーズが持ってきたチケットを手に蒼空学園にやってきており、さけら蒼空学園との交流を図るべく、【蒼薔薇】と言うチームを作ったのである。……と言うのも元々、庶民だった樹は薔薇の学舎に入ってから豪華な生活を送っており、屋台などが恋しかったらしい。何とも薔薇の学舎らしい男である。
「俺、あんまり女友達居なかったから、何か新鮮だな」
 光司は女に興味のないはずの樹の優しすぎる性格が気になり……何と言うかアレだ。何事かが起こらないように付いてきたのだ。だが、目的は蒼空学園との交流である。はっきりした特色のある学園で親しい交流などなかなか出来るものではない。
 樹達はパートナーとの出会いや学園生活を語り、さけ達も学園生活などを語った。樹も光司も身体と同じく、気持ちも大らかな性格らしい。特に樹は趣味が園芸と言う事もあり、草木にも細かな造詣があるようだ。

「キャハッ、疾風。こっち、こっち!!」
「おいおい、光!? ちょっと待てよ」
「ダ〜メ、誘ったのは疾風でしょ? 男だったらちゃんと責任をとるの! 次いこ! つぎ〜♪」
「困ったなぁ、このままだと露店を全部回る事になっちまうよ」
 そう言って、頬を掻く犬神 疾風(いぬがみ・はやて)はどことなく照れていた。隣でギュッと手を握りながら無邪気に笑う陽神 光(ひのかみ・ひかる)がいるからだ。
「あらあら、光があんなに楽しそうに……」
「師匠は『あいつはライバルだ!』と言ってたけど、実は気があるんじゃないかと思います」
「ライバルねぇ。じゃあ、私のライバルはあなたかしら、月守 遥(つくもり・はるか)さん?」
「い、いえいえ、僕なんかじゃ!!?」
「クスッ、冗談よ、それよりもお財布の中身がどんどん減っていくのが……困ったものね」
「ですねぇ」
 疾風のパートナーの月守 遥と、光のパートナーのレティナ・エンペリウス(れてぃな・えんぺりうす)はそのうら若きカップルの様子を微笑ましく眺めていた。まるで母親が我が子の成長を見守るようにだ。それがいい雰囲気になればいいなと言う【GT大作戦】なのだ――しかし、そんな気分も束の間、二人のモメる声が聞こえてくるではないか?
「あぁ、光!!! 何でお前はたい焼きを尻尾から食べるんだよ!! たい焼きは頭からだって言っただろ!?」
「違う、違う! たい焼きは最後にアンの詰まった部分を食べるのよ! 知らないの、疾風!?」
「最後だって!? そんな女みたいな事、やってられるか!!」
「キッー!! 女みたいな事ってどういう事よ!!! バーカ、バーカ、バーカ!!」
「バカって言う奴が馬鹿だ!! バーカ、バーカ、バーカ!!」
 レティアと遥は冷や汗を流しながら、その様子を眺めていた。
「……ま、まぁ、喧嘩するほど、仲が良いっていいますしね……」
「師匠の馬鹿……」
 果たして、【GT大作戦】は上手く行くのだろうか?

 ――百合。現在、百合とは女性同士の恋愛を示す。一見、アブノーマルとも思えるこの行為は、傍から見ると赤面してしまう事もあるだろう。【パラミタのワトソン】と呼ばれ、たこ焼きとカキ氷の合同店を出す樹月 刀真(きづき・とうま)も、この状況をどうしていいのかわからなかった。もちろん、目の前の百合園女学院の少女たちのラブラブぶりにだ。
「んっ……たこ焼きをフウフウしたから、食べさせてあげるね。あ〜ん?」
「ちょ、ちょっと、お嬢様っ、男の方が見ておられますわ!」
「だ〜め、今日はラブラブなお祭りにするって決めたでしょ。あ〜ん?」
「ふふっ、仕方がないですねぇ、お嬢様♪」
 神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)は刀真から購入したたこ焼きを、恥ずかしげに口を開いたミルフィ・ガレット(みるふぃ・がれっと)の口に運んでいく。モグモグと口を動かすミルフィは黒色基調で白百合の花が描かれた模様のちょっと大人っぽい浴衣、有栖は水色基調でデフォルメされたウサギさんの模様の浴衣を着ていた。しかしながら、こんな蒼空学園の露店の目の前で大胆な百合行為をされたら、周りの目が怖い。
(やはり、俺。あんまり客商売に向いてないかも……)
 パートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)はカキ氷のイチゴシロップとタバスコを間違え、客である宮辺 九郎に迷惑をかけてしまっていた。ただ、彼はその挑戦的な味に喧嘩を売られた思ったようだ。
「こ、この程度の味で……俺を倒せると思ったのか?」
「兄ぃ、それは無謀だよ! これ、辛すぎだよ! ……って、刀真さん、イイ男ッ!」
 そして、彼の隣にいた皆川 ユインの『イイ男』の反応で彼は燃えたのだ。
「フッ……退屈、させないでくれよな? あと四つ、同じ奴をもらおうか!!」
「あ、兄ぃ!!?」
 至上最高のとんでもないミスで、九郎はタバスコをかけたカキ氷を5杯も食べる事になった。
(別に俺は喧嘩を売りたかったわけじゃないのに……しかも、月夜に買い物を頼んだら……)
「刀真……材料費が本に化けた……」
「…………(沈黙)」
 突っ込みようがない!!? これも『かわいそうなひとたちの会』を応援しようとした刀真が悪いのだろうか?
(はぁ、何をやってるんでしょうね、俺は……)
 そして、刀真はため息を突きながら慣れない客商売を続ける――

(ふぅ、ゆっくりとするという俺の願いは満たされたようだな)
 騒がしい雑踏の日々を振り返りながら、村雨 焔(むらさめ・ほむら)はのんびりとお祭りの雰囲気を楽しんでいた。パートナーのアリシア・ノース(ありしあ・のーす)は置き去りにしたし(フフッ、ヒドい男だぜ)、浴衣も着こんでバッチリだ。しかし、そろそろのんびりにも飽きてきたし……焔は辺りを見渡した。すると、向こうの方で円陣を組んでいるじょしこーせーがいるではないか?
「初島ぁーーー! ヒャッホ、ヒャッホ、ヒャッホォッー!! アルラミナァーーー! ヒャッホ、ヒャッホ、ヒャッホォッー!!」
(何だ……あの連中は?)
 すると、焔の視線に気づいた初島 伽耶の目がピキーンッと光ったではないか!? しかも、駆け足で焔に近づいてくる。
「そこのイケメンさん! あたし達とデートをしませんか!?」
「へっ?」
「ワタシもワタシも!!」
 突然、駆け寄ってきたじょしこーせーの二人。その手は焔の胸に置かれ、顔がくっつくほど接近している。焔はこんな積極的なアプローチは今まで経験した事なかった。
「ゴ、ゴホッ……ま、まぁ、俺も暇だし、別にいいよ」
「やったぁーーー!!! ヒャッホ、ヒャッホ、ヒャッホー!!」
「………………」
 かくして、焔は伽耶とアルラミナのいけいけゴーゴーコンビに囚われてしまった。その後、彼はどうなってしまうのだろうか?

(やれやれ、こんな事になってしまうとは……)
 黒峰 純(くろみね・じゅん)は髪を掻きあげながら、目の前の小さな少女アリシア・ノース(ありしあ・のーす)の面倒を見ていた。出会いはフラフラと危なげに村雨 焔を探すアリシアに目を留めた純が彼女に声をかけた事から始まる。
(俺も甘いよな。せっかく『かわいそうな人たちの会』に入って、いい思いでもしようと思ったのに……)
 彼は性別不詳の自称・紳士だが、本当は気まぐれで天邪鬼で飽き性、ごく平然と嘘をつき、『誠実』という言葉とは程遠い詐欺師のような奴なのだ。しかし、そんな純も子供には弱い。目の前でアリシアがクレープを食べていると、思わず『可愛い』と微笑んでしまう。
(子供って不思議だよな。邪気はないし、俺もこんな時代があったのかな?)
 そんな事を純が思っていると、誰かが声をかけてきた。
「へぇ、純って、子供好きなんだ。意外だね。食べる?」
「んっ、あなたは白波 理沙じゃないですか?」
「理沙でいいよ、別に……」
 そこに立っていたのは同じく『かわいそうな人たちの会』の白波 理沙(しらなみ・りさ)だ。出会った当初は話しぶりの胡散臭い純を避けていた彼女だが、子供が懐いてるのを見ると実はイイ人かもしれないと考え直したらしく、手に持ったリンゴ飴を差し出してくる。
「緑のリンゴ飴ですか? 俺は赤いリンゴ飴……理沙が持っているような赤い奴がいいんですが?」
「……贅沢いうなら返しなさい! それにありがとうぐらい言いなさいよ!!」
 色んな色のリンゴ飴。味は変わらないのに何故か好みが分かれてしまう。しかし、せっかく貰ったので純はリンゴ飴を口に運んだ。甘い……甘ったるい子供の味かも知れないが、その甘さは純にとって新鮮に感じた。そして、その後に次の言葉を口にしたのだ。
「ありがとう」
 その短い言葉に偽りは感じられない。何故ならそれはとてもシンプルな言葉なのだから――

 ――理沙の側で一枚の紙が落ちている。そして、そこにはこう書かれていた。
 ぼくのかんがえたすごいさくせん。
 すごいつぎつぎとえものがみつかるよ。