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リアクション
第六章 ゴアドー3
■渓谷下
顕とリリスはエメネア達から事情を聞き、ファタ達と共に怪人達と戦っていた。
怪人へと斬り込んで行く顕の視線は、先ほどと打って変わって鋭い。
「このままじゃキリが無いですね――」
リリスが顕に斬り飛ばされた怪人へと雷術を叩き込んでから、向こうに垂れるゴアドーの巨大な手へと視線を滑らせる。
「元からたたないと」
「試してみるかのう」
ファタが頷き、リリスと共に雷術を組み上げ――
二人同時にゴアドーの手のコブへと放った。
二対の雷撃が絡まり合いながらゴアドーのコブへと走り、爆ぜる。
「――無傷、ですか」
パシパシと雷気が散った後に現れたコブには何の変哲も無く、ゴアドーの動きにも変化が無かった。
「みたいだな……まあ、地道にやるさ」
また、コブから膨らみ産まれて来る怪人の方へと顕が剣を構えながら、視線を強めた。
と、ゴアドーの前に走り出る人影。
「これ以上、ゴアちゃんを苛めないで!」
ゴアドーを背に両手を広げてファタ達の前に立ちはだかったのは、何か段ボールに『ヘリプロ○結晶G』とか書かれたあーる華野 筐子(あーるはなの・こばこ)だった。
ついでに、背中にはなんこっちゃか『9』と書かれている。
「ゴアちゃんは本当は優しい子なの!」
涙ながらに、強く訴え掛けるように叫ぶ。
「華野は訴えました。涙を流し、叫び、大怪獣ゴアドー……いや、あの日、離ればなれになったゴアちゃんを守るために」
筐子のパートナーのアイリス・ウォーカー(あいりす・うぉーかー)が、端の方でカメラ片手にナレーション風味の調子で言葉を並べていた。
「カメラっ! カメラでありますマスターっ! ジェーンさんたち映ってるでありますかっ!?」
ジェーンが、ひゃあひゃあ喚きながらアイリスのカメラの前へとしゃしゃり出てくる。
フレームインしてくるジェーンの顔とアホ毛とを避けながら、アイリスは続けた。
「学生寮のTVに大怪獣が映し出された時、華野にはすぐに分かったのです。あれは、あの迷子猿のゴアちゃんであると――」
「ジェーンさんと大怪獣のツーショットでありますっ!」
粘るジェーンをぐいぐいと抑え込もうとしながら、アイリスは尚も懸命に筐子を映して、続ける。
「小学校の頃、道端で震えていた小猿のゴアちゃん。家に連れて帰ってコッソリと納屋で飼ってたゴアちゃん。知らぬ間に山へ還されてしまったゴアちゃん……あの日、泣きながら爺やをポカポカと叩いて、爺やと両親を困らせたのが昨日の事の様に思い出されます」
ジェーンのアホ毛が若干映り込んでいる映像の先で。
筐子が、くっと想いを噛む様に一度俯いて、それから、涙を散らしながら顔を上げた。
「ゴアちゃんはッ……ゴアちゃんはッッ――へぶっ!?」
どごーん、とファタの魔術が筐子を撃ち払う。
「あ――」
「ひ、酷いっ!」
地面に倒れた筐子がバタバタと起き上がりながら訴える。
「ふむ? すまぬのう」
ファタが魔術を放った手をパタパタと振りながら、小首を傾げた。
「妙な格好をしておるから新手の怪人かと思ったわ。邪魔じゃったし」
「うう、迫害されるパターンなのね!」
「これも絶妙に電波か……」
ふむ、とファタの目が細められる。
と――筐子の居た場所をゴアドーの手が過ぎ去り、豪風と共に細かな飛礫と岩塊が周囲に散る。
周囲の崖を含め、腕が振り回された広範囲の地面が抉れていた。
「大丈夫? 華野」
「な、なんとか……」
筐子はジェーンに逆さに引き摺られていく状態で、アイリスの構えるカメラへとコクコク頷いていた。
抉られて放り上げられていた地面の一部が、遠く遠くで落下したらしき音が、かなり遅れて聞こえてくる。
■渓谷下 ゴアドー足元
何度目か。
北斗は己の身体を支えきれず、
「おわ、った、この、あんまり動くんじゃねぇよ馬鹿!!」
振り上げられたゴアドーの右脚から投げ出された。
ゴアドーの膝にフックで掛かったロープが持ち手を失って空中を泳ぐ。
しばらくして、辿り着く地面の感触。
次いで、向こうの地面に雷蔵の身体が振り落ちてくる音。
「ぐ――クッ」
北斗より高くまで登っていた彼の落下音は、不穏な響きを持っていた。
北斗の方は、それほど高くまで登り切れていなかったために、まだ衝撃が少なくて済んでいる。
だが、北斗は何度も何度も振り落とされていた。
その度に、意地と根性で尚もゴアドーの脚に齧り付き、それでも足りない部分は試行錯誤と努力を繰り返し、ゴアドーの膝を目指していたのだ。
結果、ダメージの蓄積によって、北斗は雷蔵と同じように地面から起き上がれずに居た。
「……踏むわよ馬鹿」
雷蔵へのヒールを終えたベルフェンティータが、地面に転がって懸命に身体を起こそうとしている北斗を冷ややかに見下ろす。
彼女は、ずっとそんな視線で北斗を見ていた。
じぃっと見つめたまま、広げた掌を北斗へ向けてヒールを行う。
「……意地を見せるのでしょ……」
彼女の声は、やはり冷たく淡々としていた。
「全然足りないわ……。私に看護師の真似事何てさせてないで……さっさと仕留めなさい」
北斗が身体を起こし、口元を拭い捨て、駆け出す。
「ったりめぇだ! ンな程度で終わってられるか!!」
「そうだ、まだ根性は尽きちゃいねぇぞ!」
雷蔵が同じようにゴアドーの右足を目指して駆けて行く。
「行くぜ! 北斗ォ!!」
二人は怪人どもを蹴散らし、かわし、ゴアドーの脚へと取り付き、とにかく上へ上へと登っていく。
そして、
「見せてやるぜ大怪獣。人間の強さを、俺達の強さを――」
北斗が吼えた。
「乾坤一擲のスターダストを! うおらああぁぁぁ!!」
やがて。
熱い馬鹿二人によって、ゴアドーの右膝に白い光が燈る。
■ゴアドー 首筋付近
「うー!! ――様は、まだ降臨しないのっ!?」
カレンの八つ当たり気味のサンダーブラストが怪人達の群れを一時押し返す。
雷撃を受けながらも迫りくる怪人達へと、幽也、アリシア、燕、紫織が武器を構え備える。
彼らの背後では、力の欠片を宿した仲間達がゴアドーの頭部を登っていた。
だから、ここで怪人達を抑える必要があった。
黒毛の間を掻き走り、幽也へ襲い掛かってきた怪人へとアリシアの槍が走る。
怪人の振りかざした爪をアリシアの槍先が絡め弾いて、開いた怪人の胸元へと幽也のデリンジャーが押し付けられる。
銃声。
ぐったりと力を失う怪人の身体を弾き捨て、アリシアが、再び怪人の襲来に備えて構えを取る。
「無事にこの件が終わったら――」
幽也がデリンジャーに装弾しながら、油断無く視線を巡らせて行く。
「皆さんに美味しい淹れ立てのお茶でもご馳走したいですね」
「ウチは日本茶がええどすなぁ」
燕が怪人の首元へ剣の柄を叩き込みながら言って、
「燕は、和菓子に合えばなんでも良いんですよね」
紫織が、首を抑えて悶えた怪人を斬り捨てる。
と同時に、燕が紫織と身体を交錯させるように踏み込んで、紫織の背後に迫っていた怪人を切っ先で貫く。
「じゃあ、ボクは紅茶で! 断然っ、お茶請けのケーキに期待しちゃうな!!」
カレンが景気良く、再び怪人の群れへとサンダーブラストを叩き込む。
「日本茶でも紅茶でも中国茶でも大丈夫ですわ。『これ』は、お茶を淹れるのだけは上手ですの」
アリシアが言って、幽也がデリンジャーのバレルを戻しながら微笑み、
「特技ですから」
迫る怪人達へと銃口を向け、「しかし」と置いた。
「のんびり話しながら、というのも段々辛くなってきましたね」
■ゴアドー 背中
遙遠の雷撃を受けながらも、なお飛び掛ってきた怪人の首を遥遠の剣が斬り落とす。
散って降りかかる怪人の血をそのままに、遙遠は間髪入れずに新たな雷撃を組み上げながら、別の怪人へと狙いを定めた。
しかし、迫る怪人は更にもう一体。
遥遠が首の無い怪人の屍骸の腕を掴んで、そちらの方へと放って牽制しておく。
怪人の産み出される間隔が早くなっていっている。
「――活性化してますね」
遙遠が雷撃を放ちながら短く呟いて。
「ゴアドー自身の動きも活発に」
遥遠が言って、怪人の屍骸を踏み越えて襲ってきた怪人へ、鋭い踏み込みと共に縦一閃を走らせる。
「段階を経て覚醒してきているのでしょうか?」
「ならば、この先――更に厳しくなると?」
遙遠の背に遙遠の背が合わさる。
視線で怪人どもを牽制する間で、互い、乱れていた呼気を、わずかでも整える。
「実際、これって、現状でもかなり厳しい状況ですよね」
セリエが、ヒゥと息を切りながら槍先を怪人へと叩き込んでいく。
「――何処まで状況が悪化していくか、底の見えないところが、また……」
それが完全に絶命しているかを確認する余裕など無く、他の怪人へと槍先を巡らせる。
彼女らはゴアドーの背、中央部に張り出したコブ三つを抑えていた。
次々に溢れて来る怪人達を相手にし続けていれば息も上がるし、じわじわとダメージも蓄積していく。
「退かない! 媚びない! 省みない!!」
祥子の声が凛と渡る。
「ここで退いては後がないのよ!」
ゴアドーの背に転がした怪人へと槍を突き立てた格好で、口の中の血を吐き捨てて。
「もう、あんなに空京が近い。今、誰かが崩れれば全ては間に合わない」
怪人の屍骸を踏み、抜いた槍先を翻す。
「ここで無理無茶無謀を重ねないでいつ重ねるの?」
■ゴアドー 腰付近
「――あ」
油断をしたわけでは無かった。
数が多かったから。
だから、死角から迫った怪人に気付けずに、津波はその怪人の放った爪に斬り弾かれて宙を舞っていた。
「津波さん!!」
フレアが、津波を追撃しようとした怪人へメイスを叩き込みながら悲鳴を上げる。
一度、ゴアドーの身体にバウンドした際に、津波は体毛を捉え損ね、ゴアドーの身体の外へと跳んでいた。
(これって――結構、マズイんじゃ?)
怪人に斬られた痛みや、バウンドの衝撃による息ぐるしさなんかより、落下による恐怖が身体を駆け巡ってゾゥと血の気が引く。
「津波――っ」
怪人を斬り飛ばして津波の身体を追ったナトレアの手が、届かずに空を切った。
「アメリアッ!!」
「――ッ!」
芳樹がアメリアと対峙していた怪人を火術で吹き飛ばし、
「こっちはオレが!」
みことがカルスノゥトをもう一匹への牽制に滑らせながら、火術を引っ掻き悶える怪人へと光条兵器を叩き込んでいく。
アメリアがゴアドーの背を蹴って転進しながら、バーストダッシュを発動させる。
ザゥと黒毛を薙ぎ伏せる一陣の風となってアメリアの身体が空を走り、その手が津波の足首を捉えた。
アメリアがもう片方の手で黒毛一房を掴み、グンッと二人の身体が支えられ、津波の身体が、ぶらんっと逆さまに吊り下がる。
と――。
「ッ――最悪ね」
アメリアの顰めた視線の先には、ゴアドーの身体をこちらへと這う怪人の姿があった。
その怪人が飛び掛ろうと身を縮こませた刹那。
颯爽と現れたレロシャンのメイスが怪人の腹を叩き上げて、怪人をゴアドーの身体の外へと弾き飛ばした。
「――間に合いましたね」
完全に『遅れてやってきた頼りになる助っ人』の雰囲気に漬かっているレロシャンが静かに言って、サングラスを軽やかに投げ捨てる。
視線鋭く、こちらを伺う怪人達を見据えて。
「さあ、ここは私に任せて――早く」
メイスをスンッと構えながらキメた。
もう、完璧だった。
完璧に決まった。
おそらく何処から見ても完膚なきまでに”かっこいい”、筈だ。
ひっそりと。
レロシャンは、そんな己の状況に感動していた。
■渓谷上
「しかし――」
ゴアドーの動きに先んじて渓谷の上を崖沿いに駆けていく。
「数が多いな。こういう時は教導団の軍備増強の必要性を強く感じる」
ザァ、と地面に擦り上げた足元で土煙を上げながらイリーナはボヤいた。
機敏に膝立ちになってアサルトカービンの銃口をゴアドーの方へと巡らせる。
「待って待ってー!」
トゥルペが一拍、二拍遅れて、イリーナの横に追いついて同じような格好を取った。
「いっそ、ミサイルだので一気に吹き飛ばすか?」
隆光がイリーナの言葉の方を軽く茶化す。
彼は既に、その射撃位置からゴアドーの上を這う怪人を狙い撃っていた。
イリーナは、口端でわずかに笑って見せながら、ゴアドーの背上の怪人へと照準を合わせた。
そして、清泉達へ飛び掛ろうとしていた怪人を撃ち抜く。
「愚痴を言うくらいなら手を動かせ、だな」
トゥルペの放った弾丸が、イリーナの撃ち抜いた怪人を掠める。
イリーナが再び、その怪人に射撃を重ねてトドメを刺す。
遠いゴアドーの背より、椎名がこちらへ軽く手を振ったのが見えた。
「もっと落ち着いて狙うんだ。確実に数を減らすぞ、トゥルペ――これは、良い訓練になる」
「うんっ!」
◇
そこから少し高くなった渓谷の端で、陽太はゴアドーの角を狙い撃っていた。
「……硬いですね」
細かな火花が散り散り爆ぜて弾かれるばかりで効果は感じられない。
先ほどまでは、コブの方を狙い撃ってみていたがゴアドーが足を止める様子は無かった。
「となると――」
弾倉を交換しながら、深呼吸をする。
火薬の匂いと荒野の枯れた匂い、それから、かすかに血の匂いが風に滲んでいた。
ゴアドーの咆哮が響き渡る。
交換を終えて。
狙ったのは咆哮が終わるタイミング。
閉じ行くゴアドーの口奥の喉へと、弾丸を叩き込んでいく。
■ゴアドー上 頭部付近
耳孔は探し当てられなかった。もしかしたら存在しないかもしれない。
口は――咆哮の際に陽太が射撃を叩き込んだ時、わずかだが反応があった。
そこで北都と椎名はゴアドーの咆哮時に口腔へ攻撃する事に決めた。
二人は、椎名の持っていたロープの端をゴアドーの肩口の毛へと結び、命綱を作ってからゴアドーの突き出た口の上へと向かう。
クナイの方はゴアドーの角を目指して、ゴアドーの側頭部を登っていた。
「……これ、落ちたら無事じゃ……というか――天に直行だよな」
椎名が眼下に広がる景色を見下ろしながら、ほつりと呻く。
いくら命綱を付けているからといって落下の恐怖が無くなるわけじゃない。
加えて、ゴアドーの口の上は最悪の足場だった。
毛や鱗などの取っ掛かりが無い上に、妙に硬い皮膚がぐぬぐぬと蠢いている。
二人は、その気色の悪い足場になんとかしがみ付きながら、ゴアドーの口先で咆哮のタイミングを待っていた。
「いつの間にか、あんなに空京が近くなってる」
コォ、と吹く風に髪を弄ばれながら北都が目を細める。
見れば、確かに先ほどまで、おぼろげだった空京のビル郡がハッキリと分かるようになっていた。
「なんとか足止めになれば良いんだけどな……」
と――。
ゴアドーの皮膚の動きに変化が訪れる。
「――来る」
北都の禁猟区が反応を示した直後、ゴアドーの口が開かれ始める。
北都が椎名の腕を支え、椎名がゴアドーの開いた口先へぶら下がる形になる。
そして、椎名がクロスボウ型の光条兵器を、赤くボコボコと蠢く口腔の奥の暗闇へと向けた。
「みんな! 気をつけてー!!」
椎名が力の限り、周囲の仲間へと警告しながら光の矢を撃ち込む。
ポゥ、と光がゴアドーの喉奥の闇に飲み込まれ。
ゴアドーが妙な音の咆哮をあげながら、グァンと首を振った。
「うっわ!?」
「あ――ごめんねぇ」
ゴアドーが首を振った勢いに北都が、足場に取り付き切れずに、椎名ともども空中へと放り投げられる。
咆哮が途切れ、ゴアドーが天を仰ぐ。
空中にたゆむロープ。
北都の身体が、丁度ゴアドーの開いた口の真上に来る。
そして、落下していく。
それを守護天使の力で飛翔したクナイが拾い、咆哮を警戒して、すぐにゴアドーの肩口へと向かった。
椎名の方は。
ビィンッと張ったロープに、軽く「ぐっ」と零しつつも、なんとか無事にぶら下がっていた。
何はともあれ、ゴアドーの動きが少し鈍らせる事は出来たようだった。
■ゴアドー 頭部
ゴアドーが少しでも大人しくしている隙に。
ベアとマナは頭頂部までの残りの距離を一気に上りきった。
「っし――あそこか!」
登り切ったベアが頭頂部のポイント目指して駆けた。
追って、頭を登り切ったマナが、ぐぐっと動き出したゴアドーに気付く。
「ベア! 急いで!!」
「分かってる!」
ベアが足裏をわずかに滑らせながら、ポイントの真上に到達し――
動きを止めた。
ポイントを鋭く睨み付けている彼の頬に、つぅと汗が走る。
「……ベア?」
マナはざわつく嫌な予感を抑えるように胸を抑えた。
「まさか……」
最悪の事態の想像を頭に浮かべながら、マナは歯の根を震わせる。
そして、ベアが、ゆっくりと、マナの方へ顔を上げた。
「どうやるんだっけ?」
「やっぱりかぁあああ!!!」
マナの叫びに呼応するように――ゴアドーの頭が激しく揺れた。
揺れたのは頭だけでは無かった。
ゴアドーが再び活動し始めたのだ。
激しく振り乱されるゴアドーの頭。
「あーもー、なんで、そーゆー予想通りな展開をソツ無くこなすかなーー」
ゴアドーの頭から宙に投げ出されながら、マナは、るーっと涙していた。
「でも、俺達は怪獣の頭に登った! 登り切ったんだ!」
落下し行くマナの身体をベアが片手で捕らえて、もう片方の手でゴアドーの下顎から伸びる毛を掴む。
「それでいいじゃないか!」
何か満足気に言い切ったベアの腕の中で。
マナは、この男をメイスで叩き飛ばしたい衝動を必死に堪えていた。
エルとホワイトもまた、空中に投げ出されていた。
それが程良い具合にゴアドーの頭頂部の斜め上方面。
「ピンチがチャンスだ! ホワイト!! 今こそあの作戦をッ!」
「――巧く行くとは思えないですけど……」
「さあ、早く!! エメネアちゃんのちゅーのためにっっ!!」
エルのその言葉で、ホワイトのこめかみがピキンと揺れた。
「ふっ……」
そして。
「逝ってらっしゃいませ、エル様」
超絶笑顔のホワイトが、爆炎波を容赦なくエルへと叩き込んだ。
「これぞボクが必殺! シューティングスターだ!! ……ってあっちーーーーーホッホワイトォォォォォーーーー」
爆炎波の炎を引き連れた感じで、エルがゴアドーの頭頂部へと。
届かずに落下していく。
「――はぁ」
ホワイトは溜め息を零しつつ、ゴアドーの側頭部の毛へ、なんとか掴まった。
エルの方は、
「ほっほっほっほ、燃えたのぉ、若いの」
同じくゴアドーの頭から振り落とされていた邪堂に拾われ、どうにかゴアドーの肩口付近に引っ付いていた。
「それはもー、燃え盛りますとも……”ちゅー”の……ため、なら……」
満身創痍のエルが何かしら良い笑顔で親指を立てて、それから、ぐったりと意識を失う。
「流星……?」
ロザリンドは、何やら騒がしく落下していったエルの方へと首を傾げ呟いてから、ゴアドーの頭頂部にて立ち上がった。
先ほどから激しくなったゴアドーの動きに耐えるために、両足にしっかりと黒毛を結びつけ、左手でゴアドーの毛を握っている。
目の前には力の欠片を打ち込むべきポイントがあった。
右手に光条兵器のランスを持ち、
「さて――」
その切っ先を返して真下に向ける。
そして。
「この一撃は、”ちゅー”の期待分かなり痛いですよ!!」
ロザリンドは光条兵器ごとゴアドーの頭へ光の印を打ち付けた。
ゴアドーの咆哮が響き渡る。
■ゴアドー 腹部
「いやぁ……まさかの展開ですね」
ウィングは片手にゴアドーの毛を掴み、もう片方の手でアランの腕を掴んでいた。
「奇跡だね」
ウィングに掴まれたアランの片手はウィングの腕を掴み、もう片方の手はセスの襟を捕まえていた。
「……二人とも、わりと冷静だよね? でも、ありがとうー」
プラン、とぶら下がりながら、溜め息を付いたセスの腕の中には、ファフレータが居た。
「あ、ありがとうと言ってやらんこともないのじゃ……」
がっちりとセスの腕に掴まりながら、ファフレータが眼下に広がる景色に若干青ざめながら言う。
まず。
ファフレータがゴアドーから落っこちて、それに気付いたセスが守護天使の翼で飛んでファフレータを拾った。
そこでゴアドーが咆哮を行う体勢に入ったので、距離的に近いゴアドーの腹の毛を目指したのだが、間に合わず。
アランがセスの襟を取るが、支えた衝撃で落ちかけた所をウィングが掴んだ――
そんなわけで、四人はこんな状況になっていた。
と――。
アランが展開していた禁猟区が反応する。
「気をつけて! 何か……」
「怪人です」
ウィングが睨みやった先。
怪人がゴアドーの腹に逆さに這い付きながら、ジリジリと寄ってきていた。
「――キミも力の欠片を宿しているんだよね?」
アランが、ファフレータへと問い掛ける。
「う、うむ! 一応、場所を把握するためにな」
「それでは。この際、お願いしますか」
ウィングが、ぐぅっとアランの腕を振る。
アランもそれに合わせて、セスを持つ手を振った。
四人が振り子のように弧を描く。
「セス、その子をポイントへ!」
「――え!?」
勢いが付いた所で、セスがアランの手からポーンと空中に投げ出される。
アランの方は、その勢いのままにゴアドーの毛を掴んでいた。
それで、片手が自由になったウィングが光条兵器を抜いて構える。
空中に投げ出されたセスが飛ぶ、が――ゴアドーの腹が再び膨れ上がる気配。
「急がなきゃ――どこにあるの!?」
「ああああそこじゃ!」
慌ててファフレータが腹のポイントを指差す。
ウィングが近付いてきた怪人を光条兵器で切り捨て、ついでに――
「少し待ってください、っと!」
ゴアドーの動きを少しでも遅らせようと、ゴアドーの腹へ光条兵器を突き刺した。
ファフレータの手がゴアドーの腹のポイントに触れる。
そして、咆哮。
ファフレータを抱えながら、ギリギリでセスがゴアドーの毛を捉え、腕に掛かる負担にぐぅと顔を顰めた。
「う――き、きついかも……」
「……おぬし、鍛え方が足らんのぅ」
■渓谷下 ゴアドー背後
ガートルードのダガーが、跳び上がった怪人の横ッ面を刺す。
その怪人の下を体勢低く抜けて、シルヴェスターは前方に落ちて地を揺らしたゴアドーの足へと駆け迫った。
ゴアドーの足首の裏側と呼べる辺りには、深く斬り込まれた跡があった。そこからドス黒い体液が溢れては散っている。
それは、シルヴェスターのソニックブレードによって付けられた傷だった。ガートルードのSPリチャージを交え、二度、全く同じ所へとソニックブレードを放ったのだ。
そして、ガートルードによる補給を受けたシルヴェスターが三度目のソニックブレードを、その傷跡へと重ねる。
視認など到底出来ない音速を超える剣が、黒い飛沫の間を綺麗に抜けながら、ゴアドーの左足首の傷深くを更に裂いた。
と――バツッッと響き渡った破裂音のようなもの。
次いで、先程までとは比べ物にならないほどの量のドス黒い飛沫が噴き出し、ゴアドーの重心が揺らいだ。
「親分ッ! 離れるぞ!」
「――はい!」
ゴアドーの体液を散らすシルヴェスターとガートルードがゴアドーの傍を離れる向こうで。
ゴアドーが咆哮とは違う低い叫びを上げながら、体勢を崩していく。
そうして。
ゴアドーが斜めに倒れ込んだ方の崖に手を掛け、動きを止めた。
■ゴアドー 左肩
「クソッ、この数ッ!」
シルバと夏希、そして、彼らを護衛する悠とフィルラントはゴアドーの左肩まで辿り着いていた。
ゴアドーの動きが止まっている今はチャンスだった――だが、迫る怪人の数が多い。
「此処は我に任せ、貴殿らは先を急げ」
悠が槍を水平に伸ばしながら、言う。
「しかし……」
夏希が目を顰めるように細めた先、ゴアドーの背に盛り上がったコブからは、怪人達が止め処なく産み出されていた。
「案ずるな……此処は、何があろうと必ずや守り通す――守護の盾となる事こそ、騎士としての我の在り方である!!」
迫る怪人どもの前に立ちはだかるように、悠が槍を構え出る。
「貴殿らの一撃が、空京を救う! 行けぃ!!」
そして。
「誰でも無く、キミらがやらな、封印できんのやぞ!」
フィルラントがゴアドーの毛に端を結んだロープをシルバ達へと渡す。
「ッ、行くぞ!! 夏希」
「――……はい」
シルバと夏希がそれぞれ、フィルラントのあつらえたロープを手にゴアドーの腕の側面へと飛び降りていく。
ほぼ同時に怪人達がゴアドーの背を掻き走る。
「来い――此処は引かぬ! 引けぬ!!」
「こない物好きなパートナー持つと、苦労ばっかしや!!」
フィルラントが笑顔で言い放ちながら、怪人の群れへ槍を突き込んで行く悠に続く。
と――。
「助太刀しよう」
軽やかに剣を閃かせたジュレールが、怪人達の群れに滑り込んでくる。
「恩に着るわ! けど、この苦勢に乗り込むなん――キミも物好きな子ぉやなあ」
「我が? その見解は良く分からないな」
フィルラントに言われ、ジュレールはわずかに目を細めてから切っ先を返して、怪人達をツインスラッシュで蹴散らした。
◇
数メートルほど自由落下に任せて。
ロープがピンっと張ってから、ゴアドーの腕の毛を掴み取る。
夏希と共にゴアドーの腕に取り付いて、シルバはゴアドーの腕を見下ろし、目指すべきポイントを確認した。
「……あれか」
「シルバ……」
夏希が心配そうに肩の方を見上げている。
「俺達はやるべき事をやるしかない――だろ?」
「…………」
ややあってから、夏希がコクと頷く。
そうして、シルバ達は腕のポイントを目指し慎重に腕を下っていく。
そして。
「――これで!!」
肘へ辿り着いたシルバが、力の欠片を打ちつけ、ゴアドーの左腕に光の印が燈った。
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