リアクション
第2章 あなたに会いに
夜の自由時間は百合園女学院生だけではなく、別の場所に宿泊していたパラミタの他校の生徒達にもあった。
連日の枕投げに飽きた永夷 零(ながい・ぜろ)は、ぶらぶらと夜の街を散歩していたところ、ふと気付くと古めかしく立派な造りの旅館の前――百合園女学院が借り切っている旅館の前に来ていた。
「ああ、津波もここ泊まってるんだよな」
零は携帯を取り出して、高潮 津波(たかしお・つなみ)にメールを打ってみることにした。
部屋で友人達と過ごしていた津波は、突然の片想いの相手からのメールに驚愕する。
驚きのあまり、思考が一瞬停止するほどに。
彼がこの旅館の前まで来ていて、自分に会えないかとメールしてきたのだ。
何故、ここまで来たのだろうか? 何か悪いことでも起きたのだろうか?
それとも――私に会いに来てくれた?
震えそうになる手で、津波は返信メールを打つ。
どうして? と。
私に、会いに、来てくれたの? と。
……間を開けずして、零から返信メールが届く。
『偶然近くを通りかかったから。折角だから会えない? 俺、1人だし』
「偶然、か……」
津波は何とも言えないような笑みを浮かべながら顔を上げて、荷物を整理している少女に声をかけた。
「アユナ、ちょっとロビーまで出られる?」
「え、うん」
アユナ・リルミナルは、津波の誘いに応じて、一緒にロビーに向かうのだった。
百合園女学院の貸切のはずの旅館のロビーに、不良っぽい男性の姿があった。
アユナは少し不安気な目を津波に見せる。
「アユナ、このひとが私の好きなひと。永夷さんだよ」
津波はアユナの腕を引いて、零の前に歩み彼を紹介した。
「こちらはアユナ。わたしのともだち」
そして、零にもアユナを紹介する。
「っと、初めまして。俺は津波の『相棒』の永夷零だ」
「初めまして。アユナ・リルミナルです。えっと、アユナも津波ちゃんの相棒だよ!」
アユナはぎゅっと津波の腕を握り締めるのだった。
津波はくすりと笑みを漏らす。
「アユナの彼と一緒に四人でダブルデートをしようって話をしたことがあるの。……もしアユナの恋が……うまくいったら。なんだけれど。永夷さん、賛成してくれるかな」
アユナに少し気遣わしい表情を向けた後、零と視線を合わせる。真剣に。
津波の問いに、零はアユナに感慨深げな目を向ける。
「好きな男がいるのか? 百合園のお嬢様は男見る目ないからなぁ……」
その言葉に、思わず津波は「そんなことない」と小さく笑みを漏らす。
「そうだ、お茶持って来るね」
突如、津波はアユナの腕を解いた。
「津波ちゃん……?」
津波はパタパタと走っていってしまう。
「……んと、座って待とうか」
「お、おお」
アユナと零はソファーに腰掛けて駆けていってしまった津波を待つことになった。
「アユナの好きな奴な。今度そいつ誘って一緒に会おうぜ。どっちがイイ男か勝負したいしな」
「ファビオ様の方がいい男だよ! ……アユナにとってはね。津波ちゃんにとっては、あなたの方がずっといい男だけどね」
言って、アユナはじっと零の顔を見つめる。
「何だ?」
零は訝しげな目を見せた。
「アユナが好きな人は、ずっとずっと遠い存在で……気軽にお話が出来る人じゃないの。会いたくても会えないの。でも、津波ちゃんの好きな人は、こうして会いに来てくれるんだね」
「ま、偶然通りかかったからな」
「ホントに偶然?」
アユナの言葉に、零は瞬きを2、3するも、首を縦に振る。
「じゃ、次はちゃんと迎えに来てね。守ってね。……そうじゃないと、アユナ、津波ちゃんに……危ないことさせちゃうかもしれないし……」
言葉の意味は零にはわからなかった。
彼には知らないことがある、から。
2人の間に沈黙の時が流れる――。
「お待たせ」
飲み物を持って津波が戻った途端、アユナは立ち上がった。
「ちょっと体調悪いから、アユナもう部屋に戻るね。お休み」
「うん、無理しないでね」
アユナにそう声をかけて、津波はアユナと別れて零に目を向けた。
「外、出るか?」
彼の言葉に頷いて、2人並んで旅館の外へと向かう。
一緒に京の町を、ヴァイシャリーの花火大会のことを話しながら歩いた。
「従うって何かすごい意味だよな……」
と、零は言葉を漏らす。
パートナーがとても喜んでいたこと。
彼女と仲良くして欲しいと話しながら――。
いつの間にか、零は津波の手を引いていた。
旅館の前に戻って、強く彼女の手を握って。
目を、見つめた。
青い瞳と緑色の瞳が重なり合い。
共に、笑みを消して真剣に見詰め合って。
「ありがと、散歩付き合ってくれて。お休み」
そっと零が手を放す。
津波は彼の強い力を感じていた手を自分の手で握って。
首を縦に振った。
「お休み、なさい」
軽く首を傾げて微笑みを浮かべた彼女に、零も笑みを浮かべ――手を上げると夜の街に消えていった。
○ ○ ○ ○
蒼空学園の
風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)と
風祭 隼人(かざまつり・はやと)は双子の兄弟だ。
外見はそっくりな2人だが、内面までも同じわけではない。
優斗はヴァイシャリーの花火大会のお礼がしたくて。
隼人はお礼がてら百合園の女の子達と仲良くなりたくて、この老舗旅館に訪れていた。
「お待たせしました。夏の花火大会に来てくれた人達だね」
ロビーに校長の
桜井 静香(さくらい・しずか)、それから百合園女学院生徒会執行部、通称白百合団の団長である
桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)が姿を現した。
「その節はありがとうございました」
頭を下げる鈴子に「いえいえ」と優斗は手を振った。
「お礼を申し上げるのは僕達の方です」
「ホント、すげぇ花火綺麗だったし」
諸事情により隼人は真に楽しめはしなかったのだが。それはともかく。
持ってきた紙袋を、隼人は静香に渡すのだった。
「ここじゃデカイ花火は無理だと思って、線香花火用意したんだ。職人の手作りだから結構楽しめると思うぜ♪」
「よかったら、百合園の皆さんでお使い下さい」
隼人の言葉に、優斗が付け加えるも、隼人は静香達に見えないよう、優斗の腕を肘で小突くのだった。
「折角だから、一緒にやろうぜ。近くに公園あったし、自由時間暇してる娘達さそってさ〜」
「ん……と」
隼人の誘いに、静香は鈴子に目を向けた。
「そうですわね、線香花火でしたら危険もありませんし、皆で楽しませていただきましょうか」
鈴子がそう言うと隼人はパッと顔を輝かせる。
「いえ、うー……ん」
優斗は少し困った表情で隼人を見た。
百合園女学院生と和気藹々花火をしようものなら。
隼人のパートナーの
アイナ・クラリアス(あいな・くらりあす)の機嫌を損ねてしまうことが目に見えている。
何より、優斗は夏の花火大会は本来ヴァイシャリーの住民だけで楽しむイベントだったのではないかと考えていた。
自分達他校生を招待したために、楽しめなかった百合園生もいただろうと、その点を鑑みて、今回の花火はささやかながらも百合園の仲の良い身内だけで楽しんでもらいたいと思っていた。
「それじゃ、さっそくロビーにいる子に声を……」
「いいえ、やはり僕達は帰ります。花火は皆さんで楽しんでいただければと思います」
優斗は、声をかけようとする隼人の腕をぐいっと掴んだ。
「なんだよ、優斗……っと」
メール着信音が響き、隼人は携帯電話を取り出した。
「あ、あれ?」
途端、彼の顔から血の気が引いていく。
「誰からです?」
「アイナ、から……10分以内にもどらなければ、半殺す、とか。ははは……どーやって10分で戻れっていうんだー! てゆーか、なんでバレたんだー!」
隼人は突如頭を掻き毟る。
隼人を舎弟と見做しているパートナーのアイナに、しっかり日中の行動を見張られていたようである。
「とりあえず、30分で戻ったら、2/3殺しくらいで済むかもしれません……」
優斗はたいして気休めにならない言葉を双子の弟に言うのだった。
「とにかく、早く戻った方がいいみたいだね?」
状況が分からないまま、静香が心配げに声をかける。
「どうぞお気をつけて」
「う、うん」
鈴子の言葉に力なく頷いて、隼人は拳を握り締め、目をぎゅっと閉じて旅館を猛ダッシュで飛び出した。
「はは……。それでは、皆様、よい夜をお過ごし下さい」
「わざわざありがとうございました」
「花火、楽しませていただきます」
優斗は静香と鈴子と頭を下げあってから、ゆっくりと帰路につくのだった。