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深淵より来たるもの

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深淵より来たるもの

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【3・疑惑】

「ここがいなくなった村人の家か」
 村人の行方を探っている藍澤黎(あいざわ・れい)フィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)エディラント・アッシュワース(えでぃらんと・あっしゅわーす)ヴァルフレード・イズルノシア(う゛ぁるふれーど・いずるのしあ)
 四人は一応ノックをして、中へと入る。鍵はかかっていなかった。
「えーっと。ここに住んでいたのはオルデラさん、三十八歳、独身女性。この村でずっと暮らしてて、そのせいでいき遅れちゃったかわいそうな人みたいだね。だからオレやフィルラにーちゃんみたいな若い美少年に目がないとか」
「なんだその軽く萎える情報は」
 エディラントの報告に、黎は眉をひそめた。
「そんなん言わんといてや、ボクらがせっかく聞いた情報なんやから」
「わかったよ。それはそうと、争った形跡は無いな。となると別の場所で襲われたりしたのか」
「んー? このテーブルクロス、ちょっと湿ってるやん。なんでやろ」
「床もちょい濡れてる感じだよっ、まぁもしかしたら雨漏りしただけかもしんないけど」
 三人がそれぞれ家の中を調べはじめる中、
「………………」
 ヴァルフレードがなにかに気づいて入り口に向き直った。
「どうした? ヴァルフ」
 そこに、誰かが入ってきた。
「あんたら、人ん家で何してんのよ」
 現れたのは趣味の悪い紫色のサングラスが印象的なおばさんだった。
「誰だ、あんた」
「そっちこそ誰だい。あたしゃこの家の主のオルデラなんだけどね」
「なに……?」
「ちょ、ちょい待ってや。ボクらは、ここの住人が失踪してるて聞いてきたんやけど」
「はぁ? そんなの知らないよ、馬鹿馬鹿しい。いいからさっさと出てっとくれ」
 問答無用にすぐさま叩き出され、鍵まで閉められてしまった。
「おい、ちょっと待て! 話ぐらいしてくれても――!」
 黎はなおも食い下がるためドアを叩こうとしたが、
「……派手」
 初めて発言したヴァルフレードに止められた。その一言には『これ以上は敵に捜索している事を感づかれるかもしれない。そうしたら、手を打たれてしまうのでは』という意思が込められていた。
 それを察し、振り上げた手をおろした。
「それにしても、どういうことだ。ここは失踪した村人の家だから、当然空き家の筈だろ」
「あの特徴的なサングラス、この家に住んでいたオルデラさんのものに間違いないねー。おっかしいな。これルルナちゃんから聞いた確かな情報なのにー」
「どういうことやろ? まさかとは思うけどルルナちゃんが嘘をついていた、とか?」
「……即決危険」
 四者四様に、思い悩んでしまう一同。
「目を確認しとくんだったな。もしかしたら旅人が化けていたのかもしれないのに」
「今更言ってもしょーがないよ、ひとまず今度は別の家に行こうよ」
 そして歩き出す四人だが、エディラントだけがふいに立ち止まって家を振り返った。
「どうした、行くぞエディラ」
「あ、うん」
(あのおばちゃん、美少年好みって割りに、ボクらにぜーんぜん興味示さんかったなぁ。やっぱ不法侵入してたからかな? それともタイプやなかったとかかなぁ?)
 そう思ったが、口には出さなかった。

 そんな中。村の一角で、何やら思い悩んでいる者達がいた。
「俺の仮説としては、村の男手が消えているんじゃないかと踏んでたが……。実際に調べてみたら、年齢もまちまち、性別もバラバラ。とても共通性があるとは思えないな」
 そう呟くのは永夷零(ながい・ぜろ)。傍らにいるのは、ルナ・テュリン(るな・てゅりん)真里谷円紫郎(まりや・えんしろう)だった。
「なによりそのいなくなったという村人を、見かけたという情報があるのはどういうわけだ? なんだか情報が錯綜してきているな」
 ふう、と溜め息をつく零。
「そもそも、村人達にもまるでやましいところがあるようには見えない。旅人とやらについてはまだ情報不足だが……これは一度根本的なところを調べるべきかもな」
 と告げる円紫郎。根本的なところ、それはつまり依頼人のルルナのことを暗に示していると他のふたりにも伝わった。
「ゼロもエンシロウも簡単にそんな風に考えちゃダメでございます! 火のないところに煙はたたないのでございますよ。何よりルルナは、ボクと名前が似ているのでございます。だったら嘘をついて周りを困らせるような子じゃないのですよ、きっと!」
 最後の部分は、なんか違うんじゃ……と思う零だったが、
「ま、そうだな。いつまでも悩んでいても始まらない。もう少し調査を進めてみよう」
「とはいえ、他にもルルナに疑惑を抱く者が現れないといいのだが」
 ぽつりと漏らしたその円紫郎の言葉は、数分後まさに的を射ることとなる。

 そんな当のルルナは、消えた村人のひとり、トムの家へとやってきていた。
 傍には緋山政敏(ひやま・まさとし)カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)の三人がいた。途中道に迷っていた三人を、ここまで案内してきたのである。
 政敏とリーンが中を調べる係で、カチェアは怖がるルルナの手を握って、外で待機していた。
「しかし本当にこのトムって奴、賭け事が好きだったんだな……。トランプにサイコロ、それにダーツまであるし。こっちのこれは、花札か」
 と、椅子の上に落ちていた一枚の花模様カルタを手にとってみる。わずかに湿っていた。
 リーンは、出しっぱなしになっていたコップを手にすると、ぬめっと、まるでナメクジでも触ったかのような不快な感触があった。慌てて手を離す。
「政敏、これってたぶん……」
「ああ。確実に誰かが『居る』な。この家の当人かそれとも別の誰かが出入りしている、それもついさっきまで。椅子にそれらしい跡が残ってたからな」
「あ、体温が残ってたのね?」
「惜しいけど違う。ヘンに湿ってたんだ。まるで水風呂に入った後、椅子に座ったみたいな奇妙な感じだった。これが何を意味するかはわからないけど、とりあえず早々に出た方がよさそうだな」
 そして出てきたふたりに、
「あ、もういいんですか?」
「うん。ありがとうね」
 ルルナとリーンがほほえましく話す中、政敏は小声でカチェアに、
「問題なかったか?」
「……微妙なところね。誰かに見られてるような気もするんだけど。それ以前に他の視線がちょっと痛くって、集中できなかったのよ」
 他の視線? と首をかしげる政敏に、一瞬言いよどんだカチェアだったが、意を決して政敏に耳打ちをする。
「何人かルルナに対して『このうそつき』みたいな色の視線ぶつけるのがいたの。ルルナは気づいてなかったと思うけど」
 それを聞いてあからさまに政敏は嫌そうな顔をした。
「くそ、かったるいな全く……」
 そんな言葉とは裏腹に、瞳のほうは真剣な色が宿っていた。
「ルルナ。次は例の水辺近くにある石碑ってのに案内してくれないか? やっぱり事件の解決にはそっちに何かしら手がかりがあるみたいだからな」
「え? で、でも……」
 表情を少し曇らせるルルナに、
「大丈夫。いざという時は、俺たちが守るから。それにいつまでも逃げてても解決できないだろ?」
「…………うん、わかった」
 やや葛藤を抱きながらも承諾したルルナと共に歩き出そうとする彼らだったが、

「なーんかまた石碑に近づくバカが増えたな。やれやれ。ルルナのヤツ、ホントに呪われてんじゃねーのぉ?」

 どこからか、唐突にそんな言葉がぶつけられた。
 しっかりと聞こえる声の大きさで放たれたそれは、一瞬でルルナの顔を蒼白にさせた。
「おい、今言ったの誰だ!」
 思わず怒鳴る政敏に、周りにいた村人達はそそくさとその場から離れていく。じわ、と涙を溜めていくルルナにカチェアとリーンがなだめる。その様子に政敏はもう一度叫んだ。
「こんな小さな女の子を疑って、恥ずかしくないのか!」
「まったくだよ。正直神経を疑うね」
 そうつぶやきながらやってきたのはシルエット・ミンコフスキー(しるえっと・みんこふすきー)。どうやら近くで話をきいていたらしく、ルルナをかばうため介入してきたらしかった。
「安心して、ミーたちはルルナの味方ヨ。あ、ミーはエルゴ・ペンローズ(えるご・ぺんろーず)、こっちはシルエット。ヨロシクネ」
 彼女のパートナーも援護射撃をしながら自己紹介をしていた。
「しかし、警戒をしないわけにもいかないでしょう」
 そこへふいに別の声がかけられた。その声の主は樹月刀真(きづき・とうま)だった。傍らにはパートナーの漆髪月夜(うるしがみ・つくよ)と、玉藻前(たまもの・まえ)もいる。
「失礼。話が聞こえてしまったもので、つい。ですが、もしかしたら石碑に人をおびき寄せる罠かもしれないという可能性があるのは事実でしょう」
 政敏は、それに対しては憤りを感じつつも反論はできなかった。
「ちょっと刀真」
 月夜が袖をひいて注意を促すが、刀真はカチェアとリーンにすがったままこちらを涙目で見ているルルナを、冷めた眼で見返してぽつりと、
「この子が原因なら今討ってしまえば楽なんですけどね」
「刀真っ! それはいくらなんでも……!」
 月夜がたしなめるが、時既に遅かった。
 ルルナは、カチェアとリーンの手を離れどこかへと駆けだしていってしまった。慌ててそれを追うふたり、政敏も一瞬刀真を睨んだが、それでも敢えて何も言わず後を追った。その後をシルエットとエルゴも追いかける。
「やれやれ、面倒なことになったな。だから我は来たくなかったというのに」
 残された三人。その中の玉藻が本当に面倒そうに溜め息をついた。
 月夜は何も言わず刀真を見つめている。その視線の意味を理解しながら、それでも発言に対する謝罪はせずに、
「……俺達も追いかけよう」
 そう呟いて走り出していった。それを月夜も追いかけ、
「ほら、玉ちゃんもはやく!」
「玉ちゃんと呼ぶな!」
 玉藻も後に続くのだった。