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リアクション
【5・石碑の秘密】
さらさらと流れる川の音。
村の生活用水にもなっている川辺の近くに、問題の石碑はあった。
しかし、石碑の中心にあったと思われる石塔は横倒しになっており、そのせいでそれを囲んでいた他の石柱も大半が倒れてしまっていた。
「さてと。次はこのあたりですね」
ぽつりと呟いたのは浅葱翡翠(あさぎ・ひすい)。彼は石碑の周辺部を調べてまわっていた。周囲の地面や木々に、なにかしら注目すべき点がないかと考えてのことだった。
「ここにはなにか文字のようなものがあるような……うーん、しかしただの地面の模様にも見えますね。もうすこし詳しく調べてみないと」
そして他にも何人かの生徒が既に到着しており、すぐ石碑を立て直そうとし始めかけていたのだが。その場にいた九条瀬良の、
「悪ぃ、直しちまう前にちょっと調べたいんだけど」
という一言に感化され、現在はまだ調査の段階に留まっている。
「材質は、ただの石でなく特異な鉱物みたいだな。よくあるストーンサークルと同様に、円状に石碑が配置されて、中央には他と毛色の違う石碑がある……と」
字や絵が彫られている石碑の中で、中央で横倒しになっているひときわ大きな石碑に近寄り目をこらす瀬良。
「これは……?」
そこには、奇妙な動物の絵が彫られていた。顔はカエルのようだが、体からはイカの足のようなものを広げており、なぜか二足歩行で立って、ついでにトカゲの尻尾のようなものまで生えているという、できそこないのドラゴンのようだった。
そんな絵の下に、なにかが書かれていた。
「なに語だ、これ? これだけ他の古代語とちょっと違うみたいだし……一応メモとっておくか」
「調査は進んでおるか、童」
そんな彼に声がかけられた、パートナーのリーゼロットである。
「あ、リゼロ」
「それが石碑じゃな? ふむ、なかなか興味深いものが描かれておるようじゃが、まずは情報交換と行くかの」
そうして互いに情報を確かめ合うふたり。
そして一方、御凪真人(みなぎ・まこと)は破損している石碑を調べていた。
「さて、備えあれば憂い無しですね」
持参した古代語と魔法陣の資料を、その場にいた全員に配り、自身も丁寧に石碑を組み合わせ文字を読み取っていた。
「えっと……封印の……して…………目を……」
作業に没頭する彼のパートナー、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は重そうに石碑の断片を彼の元へと運んでいた。そして真人は石碑とにらめっこしながら、
「ああ、そちらに置いてください。残りもお願いしますよ」
視線は向けずにやんわりとそう告げていた。
「ねえ真人。私、女の子よね」
「そうですね」
「こういう力仕事って、普通、男の子がやるんじゃないの?」
「違いますね(きっぱり)」
直すことには向いてなさそうなので言われた通りに石を運んでいたのだが、何度も石碑運びで往復させられどうにも納得できないでいるのだった。
「はぁ、もう……」
休憩がてらその場に腰をおろし、周りに目をやるとこちらに向かってくる一団があった。
一瞬身構えかけるセルファだったが、それがルルナと彼女を守るようにしている生徒達だと気づいて、緊張を解いた。
そんなルルナに同行しているひとり、東條カガチ(とうじょう・かがち)。さっきの騒動の後、石碑へと向かう途中に出会い同行していた彼。
石碑に到着後何人かがルルナの護衛につきつつ、石碑調査へと散っていったのを確認して、カガチ自身も近くの崩れている石碑を調べに向かった。
「なにか書いてあるな。古くなっていて詳しくはわからんが」
古代語の資料と照らし合わせてみるが、
「……に……を……角……じて……? うーん、これは削れ過ぎて解読しようがないな」
碑文を音読しながら、それとなくルルナのほうを見るカガチだったが、ルルナは純粋に心配そうな表情でこっちを眺めている。
(ふむ。やはりルルナちゃんに二心はなさそうだな)
「そちらはどうです、なにかわかりましたか?」
既に別の石碑を調べていた生徒、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)に声をかけるカガチ。
「ん、ああ。それがサッパリ。ほとんど削れてたり風化してたりしてさぁ。にしても今回も厄介だよな………戦うべき相手がわからねぇんだからな……」
彼はそう呟きながら、割れてしまっている石碑をどうにかくっつけてみていた。
「なんて書いてあんだこれ。うーむ……本当は頭脳労働は専門外なんだがなー。これは、三、いや四、か。四方の…………を…………て……くそ、全然わからん」
貰った資料と見比べてみるがやはりこちらも風化が進みすぎていた。そんな彼の近くで、サークル周辺を調べているのは、ラルクのパートナーであるアイン・ディスガイス(あいん・でぃすがいす)。
「そういえば……この石碑の下って何かあるのだろうか?」
彼はそうなにげなく思い、石碑のいくつかを持ち上げて下を調べてみていた。
そして何個めかの石碑の下を覗いて、地下へ続いていそうな穴がぽっかりと開いているのを発見した。人がひとり入れるかどうか程度のものであったが。
「おーい、ラルクー!」
すぐさま呼びにいくアイン。そんな彼の様子を眺めつつ、その穴へ近づいていくのは、閃崎静麻(せんざき・しずま)だった。
「へぇ、いかにも何かありげな穴だな。こういうのはお決まりで地下でどこぞの神様の像なり拝んでそうだな。…………あー、頭痛くなってきた」
と言いつつも、地下への入口を見つければ探索せずにどうする、と顔には書いてあった。
「行ってみるか、な」
「え? 他の方には声を掛けないのですか?」
静麻にこたえるのはパートナーのレイナ・ライトフィード(れいな・らいとふぃーど)。
「いいんじゃないか。さっさと中になにがあるか確認しといたほうがいいだろうし」
「……そうですね、村の一大事ですしっ!」
なにやら意気込んでいるレイナに、静麻は面倒そうにしながら穴へと潜ろうとして、
「まぁ待ちなよ。その穴の大きさじゃ、さすがに通りづらいんじゃないかな?」
ふいに声をかけられた。振り向くとそこにいたの、でっかいシャベルを持った如月佑也(きさらぎ・ゆうや)だった。彼は石碑の下になにかが埋まっている可能性を考え、準備してきたのだった。
「ちょっと待ってな。ああ、心配しなくても見返り要求したりはしないから」
そして、穴を掘り始める佑也。するとそこへ、彼のパートナーであるラグナ アイン(らぐな・あいん)が勢いよく駆け込んできた。
「よかった間に合いました! 佑也さんが宝探しをすると聞いてすっ飛んできました!」
「あ、いや、違うから。これは宝探しじゃなくて」
「……え? 違う? そんなおっきなシャベル持って宝探しじゃないなんて、見え透いたウソをついても無駄ですよっ。そんなわけで、私も宝探しに役立つグッズを持ってきました! ジャジャ〜ン!」
そう言って取り出すのは、くの字に折れ曲がった針金。
「ただの針金と侮ることなかれ、ですよ? いわゆる一つのダウジングというやつです。宝探しの定番ですよ?」
穴掘りにまるで役立たそうなアイテムに嘆息する佑也は、アインをよそに中を堀り進んでいった。アインも針金両手に後に続き、静麻とレイナも明かりを手にして慎重に中へと入っていく。その後ろからラルク達も駆けつけてきた。
総勢六名ともなれば、シャベルで穴を広げたといってもやはり若干押し合いへし合いしながら、一列になって中を進んでいく。
「……むむ、なんだか不思議な臭いがしてきました。きっとこの近くにお宝があるんですねっ。不思議な不思議な臭い……あ、ちょっと気分が……うぷっ」
「確かになんか水の腐った臭いが強くなってきたな。まあ……牛乳拭いて一週間放置した雑巾の臭いよりマシだけど」
先頭を行くふたりが、そんな言葉を漏らしつつ穴を進みやすく掘る。
そして続く静麻とレイナは足元に注意しつつ、松明で先を照らしながら慎重に歩む。
「意外とそんなに深くなさそうだな」
「そうみたいですね、って静麻? 何でいきなり銃を構えてるんですか!」
「え? まあ一応な」
「こんな狭い場所で銃なんか使えるわけないでしょう! しまって、しまって!」
そんな掛け合いを最後尾で眺めるラルク達ふたり。
「ふふ、なかなか血の気の多いのもいるみたいだな。俺としても、魔物が封印されてたりすりゃぶったおしたいとこだけどよ」
「まったくだ。元々パラ実は頭脳よりも行動だしな。ん? なんか、ちょっと開けたところに出たな」
気づけば六人は、穴ぼこの行き止まりに辿り着いていた。が、
「えー? 宝はどうしたんですか? なんですか、これ」
だから宝探しじゃないって、と内心でパートナーにツッコミを入れつつ佑也はその空間を眺めてみる。確かにそこには特に大した装飾などはなく、奇妙な文様が描かれた泥舟みたいな土くれが鎮座しているだけだった。
「なんだよ、せっかく地下に潜ったのに何もなし? 拍子抜けだぜ、手持ちの火薬ありったけ使って埋めたい気分だ」
そうぼやく静麻だったが、レイナの方は若干顔色を悪くさせていた。
(あの形状……こんなところで舟もないでしょうし。どういう意図があって埋められていたんでしょう。もしかしたら、棺おけのようなものだったのかも)
ラルクは泥舟に触れて文様を眺めてみようとしたが、するとボロボロと崩れてしまった。
「これじゃ資料にもなりそうにねぇな。しょうがない、戻るとしようぜ。敵も宝もないんじゃいるだけしょうがない」
さっきとは列を逆にして、一同は嘆息しつつ引き返していった。
その時。ダウジングの針金がふるふると奇妙に振動していたのだが、落胆する彼らは誰も気がつかなかった。
神和綺人(かんなぎ・あやと)とクリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)は、石碑近辺で調査を行っていたが。石碑と村人が消えたこと、そして旅人の出現は関係あるはずと考え、現在はある村人に話を伺っていた。
「それで、この石碑はいつ、誰が、どんな理由で建てたのか教えて欲しいんだけど」
「ああ。ぼくの調べでは、数百年前に、この村の長をしていた魔術師が、不思議な術を用いて人身の心を乱す化物を封印するために建てたとされているんだ」
綺人の質問に、その眼鏡をかけた学者のようないでたちの村人はサラリと答えた。
「なるほど、すごいですね。ここまでちゃんと調査してあるなんて」
「ほんと、運がよかったです。石碑の様子を見にきてたこの村人さんが、まさかあの村の伝承を研究してる方だったなんて」
ふたりの褒め言葉にその村人はにこやかに笑みをたやさずに、
「なぁに。趣味でしているだけですから。それで、ルルナちゃんの話が本当ならやはり何らかの形でその封印が解けているのかも……何にしても石碑を直すのが一番の早道かと」
そうしてまた話を再開する三人の傍らにいた一乗谷燕(いちじょうだに・つばめ)は、そこまでで一度パートナーである宮本紫織(みやもと・しおり)と、長船長光(おさふね・ながみつ)のもとへと向かった。
「どうでした? 燕」「えらく長い話で、あたいら退屈で死ぬかと思ったぜ」
「やっぱり石碑を元に戻さんと事件は解決せんみたいやねぇ」
「それがし達がすべきこと、やはりそこに尽きるようですね」「だとしても、石碑とかの知識とかたいしてないあたいらにできることあるのかねぇ」
カタく考え倒れている石碑を丁寧に触る紫織と、石碑に足をかけたり小石を蹴散らかしたりしている長光。両極端なふたりを燕はえらく細い目を更に細め、
「まぁま、ウチらだけならそうやろうけど。ここには力を借りれる方がぎょうさんおらはるようやし。そろそろ本格的にやってみましょやないの」
借りてきたロープを片手に、他の生徒達に声をかけ、石碑の建て直しに動き始めた。
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