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マジケット死守命令

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マジケット死守命令

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2019年12月29日 やぐら橋周辺
 
 ハツネのゴーレムたちはやぐら橋の階段を目指していた。
 そこには順番待ちをして座り込んでいる一般参加者がいる。
「退くザマスっ! 退かないと踏みつぶすザマスよっ!」
 だがそんなこけおどしで怯むような連中ではない。彼らもある意味、筋金入りなのである。
「ルーシェ、少し脅かしてやるザマス」
「うん」
 と、ルーシェは肯く。赤いアイアンゴーレムは有人型らしい。
 ルーシェのゴーレムは座り込む群衆の手前ギリギリに20ミリ機関砲を撃ち込む。いきなりの実力行使にビビった群衆はパニックになり、我を先にと逃げ出した。
「見事ザマス」
「ボク、イイコトした?」
「もちろん良いことをしたザマス」
 ルーシェは嬉しそうに笑顔を浮かべる。
 散り散りになった群衆を掻き分け、ゴーレムはやぐら橋へと進軍していった。

 レン・オズワルド(れん・おずわるど)は無線機片手に正面フロアに向かって走っていた。
 ゴーレムの次はいったい何が起こったというのだ。とにかく行けと言われたから行ってはみるが……
 レンが正面フロアに到着すると、そこにはパニック状態になった一般参加者と、それを押しとどめようとするマジケットスタッフの攻防戦が繰り広げられていた。
「どうした? 何が起こった?」
 レンはスタッフに声をかける。
 すると、椎堂 紗月(しどう・さつき)が振り向いて、
「なんか、殺されるって、中に入れろって言うんだよ」
「ゴーレムがゴーレムがって」
 パートナーの守護天使、有栖川 凪沙(ありすがわ・なぎさ)が言葉を付け足す。
 レンは無線機に、
「こちらレン、準備会本部、ゴーレムの状況はどうなってる? いま防衛委員会に確認する? ええいくそっ!」
「なんだって?」
 紗月が訊ねる。
「問い合わせ中だそうだ。これだから上の連中は……」
「そこの要塞の人に聞いてみたら?」
 凪紗がそう言うと、要塞の鋼鉄のハッチが開き、永谷が顔をだす。
「早く避難させないとホントに死人が出るぜ。ゴーレムは橋を渡ってここまでくる」
「お前は誰だ?」
「防衛委員会の永谷だ。ゴーレムに関する情報は真っ先にここに届く」
「縦割り行政ってヤツか」
「そうみたいだな」
 レンは舌打ちをするとマジケット準備会スタッフに
「やぐら橋の入場者を館内に避難させろ。走らせるな! ゆっくり歩かせるんだ!」
 だが、スタッフがゲートを開放したとたん、一斉に群衆は会場内へとなだれ込んでいく。あちこちで転倒者が出て、悲鳴が聞こえる。レンたちスタッフはそれを忌々しげに見まもるしかなかった。
「俺の仕事を台無しにしやがって……」
 そんなレンに永谷が再び声をかける。
「あんた、防衛委員会に転属しないか?」
「断る。俺の仕事はイベントの円滑な運営であって、おまらみたいな戦争屋じゃない」
「じゃ、これから向かってくるゴーレムを整列させてみろよ」
「……そう言うことなら上等だ」
 退避がひととおり完了した頃、ゴーレムたちが足音を響かせてやってきた。

 午前9時半。
 やぐら橋前に置いてハツネ率いるゴーレム部隊とマジケット準備会及びマジケット防衛委員会の兵士達が10メートルもない距離でにらみ合っている。
「おまえら、一般入場者か? それなら最後尾はずっと向こうだ」
 レンが一歩進み出てハツネをサングラス越しににらみ付ける。
「あなたがこのバカ騒ぎの責任者ザマスか?」
「俺は準備会のスタッフだ」
「だったらとっとと責任者を呼んでくるザマスッ! そしてこの破廉恥で猥褻で有害な企画の中止を要求するザマスっ!」
 そのとき、紗月も一歩前に出て叫んだ。
「そんな必要無いね。だって、マジケットはね。全てのスタッフと、全てのサークルと、そして全ての一般参加者が責任者だからだ!」
「そうさ。俺は彼らの趣味には興味はないが、それを表現する自由を守るためにここにいる。お前は俺の仕事をぶち壊した。お前は100年出店禁止だ」
「ホホホ。話にならないザマスね。やっておしまい」
 ハツネが合図すると、ハツネの赤いゴーレムの後ろに控えていたねずみ色のゴーレム6体が出てきた。
 そしてゴーレムは右手に供えた20ミリ機関砲を一斉掃射した。
 20ミリの破壊力は想像をはるかに超える。民間用の防弾リムジンくらいなら簡単に穴が開く。
 マジケット準備会スタッフたちはとっさに物陰に隠れたが、その鉄やコンクリートの遮蔽物がじわじわと着弾の衝撃で削り取られていく。
 砲撃が一段落したとき、硝煙の中からひとりの男装の少女が姿を現した。褐色の肌にピンク色の髪をした少女、ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)は、執事の衣服を身にまとい、一冊の本を持ち、てくてくと歩いて行く。殺されるぞ、との周囲の言葉も聞こえぬかのように。そしてハツネの赤いゴーレムのそばまで行くと、その少女マンガ『花の24年組』を差し出した。
「何ザマスか? ルーシェ、それを取るザマス」
「うん」
 赤いゴーレムがケイラの本をハツネの元まで取り寄せる。
 その本の内容は、「ハツネが図書委員長として退屈な毎日を送っていたのだが、ある春の日、運命の人と同じ本を取ろうとして触れ合った手と手。そしてふたりの甘い1年が過ぎていき、また春。イルミンスールの大樹の下でハツエは告白される。彼氏「素直な君が好きですよ」ハツエ「…はい」二人は手を繋いで心が通じ合った事を喜びあいました。FIN」というものだった。
「どうでしたか? がんばって描いたんですよ」
 と、ケイラ。
「特にどのあたりをザマスか?」
「初音さんの表情をです」
「それでこんなにシワがリアルなんザマスね♪」
「もう、やめましょう。みんなが傷つくことは」
「そうザマスね。同じくらいボコボコに傷つけてやるザマスっ!」
 再びゴーレムたちの銃砲撃が始まる。なんとか身をかわしてケイラは要塞の影に戻ってきた。
「ダメ。やっぱり話し合い通じないみたい」
「最高の宣戦布告だと思うけどな」
 レンが嗤う。
 やがて要塞から機銃の反撃がはじまる。
 武尊は要塞上部に作られた見張り台から、接近してくるゴーレムに機関銃を撃っていた。
「まずいぞ。このままじゃ機銃が効かない」
「ジェーンさんの6連ミサイルを使用するでありますか?」
 ファタのパートナー、機晶姫のジェーン・ドゥ(じぇーん・どぅ)が進言する。
「そいつはとっとけ。パーティー用だ」
「ではどうするでありますか?」
「知るか。俺たちの死に場所はここだ」
「はぁ……」
「ねぇ、ボクたちここで死んじゃうの?」
 あどけない顔で不安げにジェーンを見上げたのは同じくファタのパートナーフィリア・バーミーズ(ふぃりあ・ばーみーず)だった。
 ジェーンはしゃがみ込んで視線を合わせ、
「大丈夫でありますよ。ジェーンさんは武尊と一緒にフィリアを守るであります」
 とささやいた。フィリアは大きくうなずいてジェーンに抱きついた。
「くそっ! ここは託児所かっ! みんなまとめて魔女の婆さんに食われちまえっ」
 機銃を乱射しながら武尊は意味のよく解らないスラングを叫んだ。

2019年12月29日 国際展示場・上空

 終夏、ニコラ、シシルの3人が、ほうきにまたがって空をかけている。
 地上には国際展示場とそれを取り巻く群衆。そして正面入り口のゴーレムたちが写る。
 彼女たちは塩水の入った風船を用意していた。
 鉄製のゴーレムにぶつけ、錆びさせようという計画だ。
「ニコラ、シシル、いくよ!」
 終夏がふたりに号令をかける。
「まて終夏! 左後方2時から敵機!」
「なにっ?」
 終夏が振り返ると4機の魔女がくるりと身をひるがえしてこちらに急降下していた。
「みんな真下に逃げてっ。編隊を崩すなっ」
 終夏はそう言ってほうきを直角に傾け、真一文字に急降下した。
 ニコラとシシルもそれを追う。
 追尾する魔女たちは渦を巻くように編隊を開き、そして備え付けてある安全カバーを外し、照準器のレティクルの真ん中に獲物を合わせ、トリガーを引いた。
 軽快な射撃音と共に、空飛ぶほうきに取り付けられた機関銃から曳光弾が筋を引く。
 追尾されている終夏たちにはをすぐそばを機銃弾の弾がかすめていくのが聞こえる。
「師匠ぅ~。撃たれちゃってますよう~。怖いですよぅ~」
 シシルが悲鳴を上げる
「がんばれ。がんばれば当たらないっ!」
 自分でもメチャクチャなことを言っているのはわかっていた。でもそれを信じるしかなかった。ていうかほうきに機銃搭載するなんて反則じゃない? そんなコトを思いながら地面を目指した。
 そして地面ギリギリのところで、
「いまだっ! 散開っ!」
 3人はきれいに3方向にばらけて、地上すれすれを水平に飛ぶと、再び同じタイミングで急上昇した。
 追いかけてきた魔女たちは目標を失う。
 そして気がついたときには完全に上空を抑えられていた。
 終夏たちは突撃をかける。逃げ場を失った魔女たちも終夏たちに突っ込んでくる。
 終夏はすれ違い様、『火術』をもって魔女1体のほうきを燃やした。
 その魔女の機体は炎に包まれ、遠くに墜ちていった。
「撃墜マークひとつだな。終夏」
 ニコラがにやりと笑う。
「まだ終わっていない!」 
 終夏が荒い呼吸で答える。
 そう、まだ終わってはいない。
 ハツネの空軍は、さらに4機の魔女をこの空域に送り込んだのである。

2019年12月29日 やぐら橋周辺

 ゴーレム部隊は散発的に射撃を繰り返しながら一歩一歩前進していった。
 そして、ゴーレムたちはなにかコードのようなものを踏みつけた。
「今だ!」
 要塞内の永谷が電源スイッチをONにする。
 その瞬間、コードに数万ボルトの高圧電流が流れ、まともに踏んづけた3体のゴーレムは爆発炎上した。
「爆発して燃えたぞ!?」
 武尊はあっけにとられてみていた。
 防衛隊から歓声があがる。
 士気をそがれたのか、残りゴーレム3体は後退をはじめた。
 すると、そのうち1体のゴーレムがファタの用意したスライム落とし穴にハマる。
 スライムはゴーレムに浸潤し、魔力を奪いはじめる。
 すると、アイアンゴーレムの至るところから『砂』がこぼれだした。
 そしてゴーレムの頭部が脱落し、次いで肩、腕、胸、腰と、外皮を固めていた『装甲板』ががらがらと音を立てて崩れ去っていった。
「ふむ。アイアンゴーレムと称しても、所詮ゴーレムに鎧を被せただけだったようじゃのう」
 いつの間にか見張り台にあがってきたファタがつぶやく。
「おねーちゃん」
 フィリアがファタに駆け寄る。
「フィリアがいなくなって探していたのだが、ジェーンがおれば安心じゃ」 
「せっかくだ。帰りの荷物を減らしてやる」
 武尊はゴーレム1体に対してアシッドミストを撃ち込んだ。ゴーレムの装甲が徐々に侵食されていく。そして轟雷閃によって弾丸一発一発に電圧をかけ、装甲の隙間らしき部分に向けて機銃弾を叩き込んだ。
 ゴーレムは最初の1マガジン分は弾き返したものの、2マガジン目の途中で爆炎した。
 あまりにも簡単に燃え上がる我が軍のアイアンゴーレムに、ハツネは歯ぎしりをしていた。こんなガキどもに私の大切な装甲突撃軍が手もなくひねられるなどとは予想もしていなかったのだ。
「結構ザマス。今日のところは見逃してやるザマス」
「失せろ。負け犬の台詞にしちゃぁ上出来だ」
 レンたちマジケット準備会スタッフが見送る中、ハツネたちは退却していった。
 その時刻、午前10:00。
 マジケット初日は定刻通り開催された。
 それ以降、ハツネからの攻撃はぴたりと止んだ。
 クロセルと社から届いた情報によれば、この日の軍事行動の可能性は無いという。
 午後1:00。これを持って、マジケット防衛委員会は各員に対し、第1種戦闘配備の解除を命じた。
 その後のマジケットはつつがなく進行した。
 ハツネ側の動きと言えばクロセルと社が『これも全て任務のため』と称してそれぞれのパートナーであるマナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)シャーミアン・ロウ(しゃーみあん・ろう)日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)に後々高額になりそうな同人誌を買わせていたくらいで、他には一般参加者がやぐら橋のゴーレムの残骸とあたり一面の銃弾跡にびっくりする程度の、ごく穏便平和に午後4時の閉館時間を迎えた。
 もっとも、4時を過ぎても司令部ではゆったりしているヒマは無い。外殻を覆っていた鋼鉄の装甲と、内部にあった砂状のものが持ち込まれ、検討されていたのだ。
「なんだ、アイアンゴーレムと言ったって、表面だけじゃないですか」
 戦部が呆れたように言う。
「この程度なら行けますな。我々の戦力でも」
 ゲルデラー博士が追認する。
「だが甘く見るなよ。この装甲はやっかいだ。ドイツの5号戦車並みだ。電流が今回は効いたが、ヤツらがバカじゃなきゃアースを取り付けてくる。ディテクトエビルで罠も探知されるだろうしな」
 アキュラが現実的な話をすると、司令部スタッフ皆が押し黙る。
 あと2日もあるのだ。
 あと2日間もこのイベントを守りきらねばならないのだ。
「じゃ、まあ、解散にしましょ? ね?」
 リースが皆をせかすようにスタッフを司令部から追い出す。本当はリースが一番不安なのに。