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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第3回/全3回)

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空賊よ、風と踊れ−フリューネサイド−(第3回/全3回)

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第2章 空の彼方を染める白・前編



 もちち雲の谷。
 雲隠れの谷の西方に位置する谷間だ。タシガン空峡にだけ発生する特殊な雲に覆われている。その名が示す通り、もちち雲は粘度の高い雲である。熱するとドロドロの液状になり、冷やすとカチコチの完全な個体となる。
「みんな、止まって。奥から何かが飛んでくる……!」
 谷間を進む第三部隊。その先頭を飛行する神和綺人(かんなぎ・あやと)は、不穏な気配を察知した。
 前方から、飛来する物体はもちち雲であった。それも細工が施されたものだ。文字の形状に変形しており『セ、シ、リ、ア、惨、状』と、一文字一文字を繋げると文章にもなるが、その意味はまったく不明であった。
「……一体どんな惨めなことになってるんだろうね、セシリアとやらは」
「……わからんが、どうやら付近にヨサーク側の人間がいる事は待ちがなさそうだな」
 綺人の頼れる相棒、ユーリ・ウィルトゥス(ゆーり・うぃるとぅす)が現状を分析した。
 二人は顔を見合わせしばし考えると、待ち伏せ作戦を提案した。雲の影に身を潜めて、相手が通りかかったところを、火術で谷の側面を溶かし雪崩を引き起こそうと言うのだ。話を聞いた久世沙幸(くぜ・さゆき)も、同じような攻撃を考えていたらしく、パートナーの藍玉美海(あいだま・みうみ)共々、その計画に加わった。
「折角、面白いことが出来そうな雲なんだから利用しないとねっ」
 沙幸はそう言って微笑むと、氷術を放ち付近の雲を凍らせた。カチコチに固まった雲は、雲海にドサリとめり込む。この谷だけは足下の雲海ももちち雲らしい。人が乗っても突き抜けることはないだろう。ただ、めり込むだけだ。
「こうすると……、ほら、待ち伏せしやすくなったでしょ?」
 彼女は凍った雲を何個が重ねた。すると、良い感じに身を隠せそうな小山が築かれたではないか。
「色々使い道が多そうな雲ですこと……、熱するとドロドロに溶けるんでしたわね」
 美海は雲にそっと触れながら、液状化した雲を浴びた沙幸の姿を想像した。沙幸に悪寒が走った。
「……なるほど。では、この場は任せたのだよ、リリたちはその隙に回り込む」
 そう言ったのは、リリ・スノーウォーカーだ。
 彼女とパートナーの二人は、もちち雲にトンネルを堀り敵部隊に奇襲を仕掛ける準備をしてきていた。その作戦に瀬島壮太が乗った。と言うか、彼もまたリリとは違う方法ながらも、敵部隊の背後を取ることを考えていたのだ。

「待ち伏せしつつ、相手を挟撃する作戦ですね。では、方針が決まったようなので行ってきます」
 綺人のもう一人のパートナー、クリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)はそう言うと、飛空艇の出力を上げ始めた。
 どこにいくのかと問う契約者に、クリスはビシッと谷間の先を指差して回答した。
「相手をここにおびき寄せる囮になります」
「一人で行くのかい? 向こうは何人いるかわからないんだ。単独行動は避けたほうが……」
 心配する綺人を手で制して、クリスは飛空艇の機首を上げた。
 彼女もまたフリューネの弟子(押し掛け)の一人である。これぐらいの任務をこなせなくては、一匹狼で勇名を馳せた師匠の顔に泥を塗るというものだ。クリスは気合いの入った表情で綺人を見つめた。
「アヤはこっちの作戦に集中して下さい。師匠のため、私も何か役に立ちたいんですっ!」
 単独で部隊を離れた彼女は、なるべく雲が密集した地帯を通り谷間を進む。しばらく行くと、なんとも楽しそうに谷間を進むヨサーク側の生徒たちを発見した。その様子から察するに、まだこちらは捕捉されていないようだ。
「……師匠、あとで褒めて下さいね。ロスヴァイセの元に勝利をもたらしてみせます!」
 とかく戦は先手必勝。クリスは雲影から飛び出し、高周波ブレードの抜刀と同時に爆炎波を繰り出した。
 尾を引いてヨサーク側一団に突っ込んだ炎であったが、わずかに軌道が逸れたため谷の壁面に命中。ふわりと湯気が上がったかと思えば、直撃した箇所から白濁した液体がドロドロと流れ出した。
「ヨサークさんのお仲間ですね! ここから先には、フリューネさんの弟子である私が通しません!」
 高らかに宣言した彼女に、ヨサーク側生徒の視線が一斉に集まる。
「よし、このままアヤの所まで後退すれば……!」
 彼らが追撃をしてくるのを期待した彼女だが、その思惑は外れてしまった。
「女の子ー、女の子ー。女の子です。女の子がいるのです。女の子が現れたのです。女の子、女の子、女の子……」
 ヨサーク側の生徒たちは、初めて火を見た原人のごとき台詞を巻き散らしながら、付近のもちち雲を集めると、おもむろに投げ始めたのだ。困惑するクリスの元へ、雨や霰ともちち砲弾がビュンビュン飛んでくる。
「きゃあっ! ちょっと待って下さいっ!」
 さすがの彼女であっても、数人から狙い撃ちにされたらたまったものではない。
 べちゃりと顔面にドロドロの雲を浴びてしまい、そのままもちもちした雲海へ投げ出されてしまった。綿アメのようにふかふかした雲海に転がり、彼女は「むぐぅー」と顔にへばりついた白い濃いやつを取ろうともがくのだった。


 ◇◇◇


「く、クリス……、だからやめたほうがいいって言ったのに……」
 協力して制作した雲のバリケードに隠れて、綺人は相棒が撃墜されるのを見ていた。
「……おまえまで、撃墜されたら面倒見切れないからな。いのちをだいじにに、の精神を忘れるなよ」
 戸惑う綺人の肩をポンと叩くと、ユーリは禁猟区とパワーブレスを施した。無口な彼なりの気遣いなのだろう。戦闘では綺人についていけないが、せめてこのぐらいの援護はしておきたい。
「よく考えてみたら、一本道なんだから囮は必要ありませんでしたわね……」
「お、おねーさま、どうしてあと10分早く気付かなかったの……?」
 ポツリとこぼした美海の一言に、沙幸は頭を抱えた。
 間の抜けたやり取りをしていると、不意に沙幸の感覚にチリチリと不快なものが走った。バリケードの後ろに隠れていると、相手の姿が見えなくなるので、彼女は殺気看破を使って警戒していた。そこに反応があったのだ。
「た……、大変! 早く撃って!!」
「ど、どうしたんだい? 撃てって、一体何を……?」
 何を言われているのかわからず、綺人は目を白黒させた。
 だが、彼女の顔に張り付いたただならぬ様子に気付いた。そうだ、撃てと言われれば決まっている。
 先ほど算段をつけた谷側面に掌を向け、火術を放った。沙幸と美海もそれに続くと、壁面は雪崩へと姿を変貌させた。
 白い波が押し寄せる直上に、少女が突然現れた。すごく貧乳の少女だ。便宜上ここでは、彼女の事を乳遅れと呼ぼう。
「あはははは、たーのしー!」
 乳遅れが飛行するすぐ下には、雪崩の上を生身で滑る女性の姿があった。どうして彼女にそんな事が出来たのか、それはわからないが、やってる事が無茶苦茶なので、とりあえずカオスと呼称しておこう。

「まずは、その余計なものを取っ払ってしまおうか」
 声が聞こえたかと思うと、雲のバリケードが突然溶け出してしまった。
 星輝銃をこちらに向けている乳遅れの姿から察するに、光線の熱で溶かされてしまったのだろう。隠れていた生徒たちは慌てて散開する。飛空艇を加速させ離脱を急ぐ沙幸は、視界の隅で乳遅れの銃口が光るのを見た。
「ボクを生き埋めにしようとした報いだよ」
 一直線に飛んでくる閃光を、浮遊する雲を氷術で盾に変えしのぐ。
 それと同時に、彼女は美海に目配せした。ちょうど乳遅れの上方に、良い感じのもちち雲が浮かんでいる。このアイコンタクトの意味は、私が火術で溶かすから、おねーさまはこの子にかかった時に氷術で固めて、の意である。
「今度はこっちから行くよ! おねーさま!」
「ええ、良くってよ……!」
 だが、沙幸が術を繰り出そうとした瞬間、飛空艇が激しくバランスを崩した。
「え、なっ、何っ!?」
 いつの間にかカオスが、飛空艇の縁にしがみついていた。力任せに身体を回すと、彼女は船の上に飛び乗った。
 美海が氷術で撃退を試みるも、カオスは直撃を耐え抜いた。どうやら複数の魔法防御を施しているらしい。
「んーとね! ミネルバちゃんが今回任せられたのはね、よーどーってヤツなんだって! よく分かんないけど、よーどーってこういうことだよね! ミネルバちゃんあたーっく!!」
 なにやらわめき散らしつつ、カオスは沙幸の頭を蹴り飛ばし、谷底へと叩き落とした。
 落下していく彼女を救うべく、美海は空飛ぶ箒を急降下させる。だが、伸ばした手はわずかに届かず、沙幸は谷底にその身を埋めた。そして、美海もまた箒を閃光で射抜かれ、沙幸の隣りへ勢いよくダイブするのだった。
「だ……、大丈夫? おねーさま?」
「……わたくしよりも、沙幸さんのほうが大変なことになってますよ?」
 その指摘通り、彼女は美海よりもドップリ雲に漬かっていた。顔や服にかかった雲が、エロスと共に哀愁を漂わせる。
「汚れた沙幸さんも風情があって、素敵ですわね……」
 上目遣いで助けを求める沙幸を愛でながら、彼女はポツリとそんな事を呟くのだった。

「沙幸さん、美海さん……! 仇はこの僕が必ずとるよ……!」
 綺人は妖刀村雨丸を抜き払い、この機に乗じて死角から襲いかかった。
 だがその瞬間、ユーリのかけた禁猟区が彼に危険を知らせた。驚いた彼は素早く身を引き離す。すると、目の前を凄まじい衝撃波が駆け抜けていった。もし一瞬でも躊躇していたら、直撃を食らっていたことだろう。
「あー、おっしー! もうちょっとでめいちゅーしたのにー!」
 沙幸の飛空艇を乗っ取ったカオスが、こちらに片腕を突き出していた。察するに、遠当ての構えのようだ。
「……死角から斬りかかるとは良い趣味だね」
 乳遅れが投げかける冷たい視線を跳ね返し、彼は刀を握る手に力を込める。
「安心するのは、まだ早いんじゃないかな……っ!」
 言葉と同時に、綺人は斬り掛かった。
 この距離ならば刀が有利、銃しか持たない彼女には振り下ろされる一撃を防ぐ手だてはない。みねを返したこの一撃をこの少女の肩に叩き込む、それで彼女は気絶するはず。この刹那に、彼はそんな事を思う。
「もらった!」
 声を上げたその時、不運が彼に襲いかかった。どこからか風に流されてきた雲が、彼の顔に貼り付いたのである。
 白一色に視界を奪われて、繰り出した袈裟切りは虚空を斬る。勢いよく斬り掛かったぶん、バランスも大きく崩してしまった。眼下に広がるもちもちした谷底へ、頭から落ちていくのだった。
 こっそり様子を伺っていたユーリは、乳遅れの目を盗んで綺人の元に駆けつけた。
「……だ、大丈夫か、綺人? じっとしていろ、今引き抜いてやるからな」
 綺人は首を雲に埋めたまま、むーむーと何事かを言った。もぞもぞと動くその様子を見るにつけ、どうやら首が抜けなくなってしまったらしい。ユーリは身体を抱きかかえると、なんとか引っ張り出そうと頑張り始めた。


 ◇◇◇


 両部隊の奇襲は不完全に終わった。
 後方待機していた葉月ショウ(はづき・しょう)は、そろそろ出番だなと静かに言った。雲の上だというのに、彼は軍用バイクに股がっていた。相棒のガッシュ・エルフィード(がっしゅ・えるふぃーど)が飛空艇で上空から吊るしているのだ。
 サイドカーに乗ったもう一人の相方、葉月アクア(はづき・あくあ)は不安な面持ちでショウを見た。
「……ショウ、馬鹿な事はやめようよ。周りを見てよ、誰もこんな事してないじゃない」
「誰もやってないか……、それじゃ、ますます挑戦しないとな!」
 パキポキと手首を鳴らし、ハンドルを握りしめる。そして、上空のガッシュに合図を送った。
「頑張ってね、ショウお兄ちゃん」
 引きつった顔のアクアを他所に、ガッシュは無邪気にロープをほどいた。
 二人を乗せたバイクは、デコボコとした雲に着地した。本来なら、普通にめり込むはずだが、そうはならない。
「見てみろよ、アク。一面純白の世界だ。一緒に、風になろうぜ!」
「ま……、待って! 私まだ心の準備がって……、きゃあ!」
 エンジンが唸りを上げ、バイクは尋常ならざる速度で突っ走っていった。
 ただ運転してるように見えて、ショウはタイヤを通してアルティマ・トゥーレを放っている。タイヤが触れれば雲が凍結するため、上を走る事が可能となったのだ。それに加え、アクアが奈落の鉄鎖でバランスを制御してるのも大きい。
「俺は空を翔るんじゃない、駆けるんだ」
 もうすでにおわかりであろうが、彼はフリューネのために来たわけではない。風になりに来たのだ。
 気持ちよく走る彼の前に、接近する敵飛空艇の姿が見えた。
 上向きに雲の途切れた箇所に進路を変え、バーストダッシュで加速してジャンプする。
「俺の前は誰にも走らせないぜっ!」
 同高度まで飛んで覗き込んでみると、船に乗っているのは七歳と九歳ぐらいの少女であった。
 さすがにいたいけな少女を酷い目に合わせるのは彼の趣味じゃない。なので、ハンドガンで動力部を撃ち抜いて、サクッと撃墜してあげた。彼女たちも腕とか足とかを撃たれるよりは、こわい思いをしないですんだろう。

 そして、颯爽と着地を決めたのも束の間、今度はもちち雲の塊が飛来してきた。
 ピタリと背後について飛行するガッシュは、スナイパーライフルでその塊を撃ち落としていくのだが、その数はあまりにも尋常じゃない。落とせなかったもちち砲弾が、アクアの顔面にベチャベチャベチャっと一斉に叩き込まれた。
「ひ、ひどい……、なんで私ばっかりこんな目に……!」
 ドロドロになった顔を押さえて、アクアは我が身の悲惨を憂う。
 相棒はスピード狂だし、自分は白濁液まみれだし。悲しみが臨界点を突破し、彼女はしくしくと泣き始めた。
「あ……、アク、重力制御をやめるなって……、あの、聞いてる?」
 奈落の鉄鎖による制御が消失して、バイクは解き放たれたかのように右往左往する。
「あらぁ〜、もうちょっと踊ってみせてよぉ〜」
 色気のある声が聞こえた途端、バイクが谷底に引き寄せられた。
 色っぽいお姉さんがこちらに手を向けている。この明らかな重力干渉、間違いなく奈落の鉄鎖によるものだ。
「お、おまえ……! 俺の走りを止めるんじゃねぇぜ!」
 止めようとハンドガンを向けるショウだったが、横目にもちち砲弾が飛んでくるのを捉えた。
 すかさず標的を変更し銃撃。すると凍結していた砲弾は炸裂し、中からおっぱいが飛び出した。いや、おっぱいは飛ばない。ふにゃふにゃと心地よい感触を提供するそれは、女性の胸部を模した素敵アイテム、おっぱいボールであった。
 それを反射的にキャッチしてしまったショウは、すっかり気が動転していた。
「な、な、な、なんでこんなものが……!」
 気を緩めたのが明暗を分けた。バイクは大きく傾いて、谷底に落下していった。
 落下の瞬間、ふらふらと走り出したバイクを避けるため、追走していたガッシュは急減速をかけた。なんとか玉突き事故を回避したものの、一難去ってまた一難、今度は無数の羽虫の群れが飛んできたのだった。
「毒虫の群れよぉ〜、素敵でしょぉ〜? さぁ、焦っちゃいなさいなぁ〜」
 色っぽいお姉さんがはしゃいでいるが、ガッシュはそれどころではない。
「き、気持ち悪いよぉ〜! こっちに来ないでよ〜!」
 ライフルをぶんぶん振り回しても、焼け石になんとやら。
 その内に操縦を誤り、谷底に突き刺さるショウのバイクの横に、サクッと仲良く並んで突き刺さった。