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■第六章 ジョゼ2


「ちょ、リュースさん!! 説得するとか無茶ですって!」
 仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)と共にジョゼを撃退すべくタルヴァへ潜入していた七枷 陣(ななかせ・じん)は、隣を駆けるリュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)への『説得』を続けていた。
 彼らはリュースが超感覚で捉えた、ジョゼと誰かが戦闘している区域に向かって駆けていた。
「精霊だかなんだかに思いっきり強化されてんですよ! しかも、モンスターがわんさか居る。倒すってだけでも厳しそうなのに、説得なんて――」
「以前のオレなら『壊す』と言っていたでしょうね……でも、今は――オレは、あの方を助けたいんです」
「勝算はあるのか?」
 磁楠の問いかけにリュースが、わずかに目を細める。
「正直、分かりません――でも、ニュースにモンスターと共に映し出されていたジョゼさんは……寂しさに怯えているように見えました」
 路地の先から数匹のシュタルが姿を現し――
「まるで、新しく生まれた赤ん坊に母親を取られてしまうと思った子供のように……きっと、ジョゼさんはクラリナさんが結婚によって自分から離れてしまう、という疑念に囚われている」
 高周波ブレードを構えたリュースが、駆ける足を止めずにチェインスマイトで、シュタルを打ち払う。
「オレはジョゼさんに、そうではないのだと、伝えたい。独りぼっちの寂しさの中で消えさせたくはない」
「そうか――なら止めはせん。やれるだけやってみろ……後悔の無いように、な」
「って、磁楠お前、なに焚き付けて……あ゛〜もう! わーったわ! オレらがちゃんと援護すりゃええんやろ! クソッ!」
 陣は半ばやけっぱちのように言い捨てて、向かってきたシュタルを奈落の鉄鎖で地面に引きずり落とした。
 それを磁楠の轟雷閃が斬り弾き飛ばす。
「ハッ、そう喚くな小僧。単に対象が機晶姫からモンスターに変わった、それだけの事だ」
 磁楠がたしなめるように言って、陣に冷ややかな視線を向けた。
 陣は磁楠の弾き飛ばしたシュタルを剣で貫き、
「ハハッ、氏ねおクソ英霊。んな事ぁ分かっとるわボケェ!」
「分かっているなら一々口を出すな。さっさと道を開くぞ、援護しろ」
 行く手には次々とシュタルが姿を現していた。 
「沸いて出てくんじゃねぇ! このG予備軍がぁ!!」
 やっぱりヤケッぱち気味の陣の奈落の鉄鎖が、迫るシュタルを捉えていく。


 ■


 緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)はわずかに片目を細めながら紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)を見やった。
 二人の間には、広場に設けられた大きな消火栓があった。
 辺りに古い木造の建物ばかりがある所為か、この広場には他にも近くに数本の消火栓が設けられていた。
「少し危険すぎませんか……? 一筋縄では行かない相手ですよ?」
「だからこそ、です。もたもたしていては被害は増える一方ですし、それに――遙遠だってジョゼさんも救いたいと思ってるのでしょう?」
「もちろんです。しかし、私は遥遠の身が……」
「確かにちょっと危険な作戦ですけど……きっと大丈夫ですよ!」
 紫桜が少し顔を近づけるようにしながら言う。
 少しの間、その顔を真っ直ぐに見つめてから、緋桜は小さく息をついた。
「……信じてますからね、遥遠」
 紫桜が笑む。
「はい、頑張りましょう!」


 ■


「言いたい事言えば良いじゃねえか!」 
 ジョゼの振り出してきたブレードを光条兵器で受け、北斗は轟雷閃を発動させた。
 コンマ何秒の差でジョゼのブレードが雷気から逃れ、代わりにジョゼの掌が北斗の首を狙って伸びる。
「寂しいなら寂しい、嫌なら嫌ってよ――」
 跳び退り、その手が首元を掠め、空気を擦る潰すように握り締める音を鼻先で感じる。
 そして、距離を取ると同時に、氷術をジョゼの足元へと放つ。
 動きを阻害出来るのは、ほんのわずかな瞬間のみ。
 だが、そのわずかな隙に合わせて、シルヴェスターがジョゼの死角へと滑り込んでいた。
 コンパクトに振り出されたシルヴェスターの切っ先がジョゼの肩口を斬り擦る。
 ジョゼの腕がシルヴェスターの腕に絡みつく形で伸ばされ、シルヴェスターを投げ飛ばした。
 金物屋へ突っ込む寸前でガートルードが受け止めて、着地までの間にヒールで傷を癒す。
 北斗は首元にべったりと溢れた血を手の甲で乱暴に拭ってから、何度目か、光条兵器を振り構えながらジョゼへと距離を詰めた。
「クラリナは親友なんだろ? 離れたくねぇんだろ? だったら――楽な方へばっか逃げてんじゃねえ!!」
「――クラ、リナ――」
 北斗の光条兵器がジョゼの腹を薙いだ。光の刃が装甲を擦り抜け、内部を抉る。
 が――
「――ッ――クラリナ――ワタシ――置いて――」
 ジョゼのブレードは北斗の腹へと突き立てられる。
「……くっ」
「チィッ!!」
 シルヴェスターが体ごとぶち当たる形で、腰に溜めた刃でジョゼを突き弾き、北斗は地面に転がった。
 ジョゼの反撃にシルヴェスターがバランスを失う。
「――――ッ」
 ガートルードの氷術がジョゼを牽制する。
 間に合わず、シルヴェスターの装甲は砕かれ、ジョゼのブレードの先が背中へと抜けた。


 ◇


「……あの機晶姫、暴走してるのか?」
 ゲー・オルコット(げー・おるこっと)は建物の隙間に身を潜めながら、ジョゼと契約者たちの戦いを覗き見ていた。
「しかし……冗談みたいな力だな。だってのに、連中、妙に気を使った戦い方ばかりを――っと、まずいか」
 契約者の一人が吹っ飛ばされて、戦いの範囲がこちらの路地まで移動して来ている。
 自分が隠れている場所が巻き込まれる前に、見学場所を変えようと、ゲーは壁端の雨樋を伝って屋根付近まで登った。
 ゲーの居る周りには、地上にも屋根にも壁にもシュタルが点在していた。
 だが、大体もう奴らに気付かれないだろう範囲は把握出来ている。
 物騒な破壊音やら金属音やらが迫ってくるのを聞きながら、ゲーは壁の縁を伝って路地裏の側へと回り込んで行く。
 足元の地面には、二体のシュタルが蠢いていた。気付かれないよう、慎重に、だが、出来る限り素早く連中の頭上を通り抜けていく。
 路地裏に出てしまう前に止まって、ゲーは路地裏を薄く覗き込んだ。
 上、下、左、右、とにかく立体的に見回す。
「……駄目だな。屋根を這うか」
 と、屋根の縁に手をかけた時、ゲーが張り付いている建物が派手に揺れた。
「――おいおい」
 見下ろせば、先ほどまでゲーが居た場所が瓦礫だらけになっているのが見えた。
 笑う気すら起きず、ゲーはさっさと屋根に手をかけて屋根上へと顔を覗かせた。
 シュタルは少ない。体勢を低く取っていけば見つかることは無いだろう。
 まあ――最悪、逃げ道が無くなった時は、誰かを囮にして逃げる算段も考えていたりするが。
 ともかく、ゲーは屋根に身を持ち上げた。


 ■


 紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)は路地を駆けていた。彼女の後方には、壁を蹴り跳びながら迫るジョゼの姿。
 彼女は、シルヴェスターや北斗らを戦闘不能へと追い込んだジョゼの前に飛び出し、ジョゼを引き付けていた。
 後方より押し迫るジョゼの気配。
「――ッ」
 追い付かれる、と判断した紫桜はバーストダッシュで花屋の大きな窓に飛び込んだ。
 派手にガラスの割れる音がして、自身の肌に幾つか赤い筋が延びる。
 床に散ったガラスや花草に少し足を滑らせてしまいながらも、店の奥へ駆けてカウンターを転がり越えた。
 そのまま裏口を探して、隣の路地裏に飛び出る。
 振り返らなくてもジョゼが自分を追って来ているのは分かっていた。
 相手の能力は予想を遥かに超えていた。しかし、先の戦闘の影響なのかジョゼの動きには、時折りかすかな違和感が現れていた。
 おそらく、そのおかげで紫桜は、目標地点の近くまでジョゼを誘導することに成功していた。
 だが、やはりこのまま緋桜の待つポイントへ辿り着くのは難しいようだった。
 路地裏を数秒も駆けない内に、花屋の裏口が周囲の壁ごと吹っ飛ぶ。
「――仕方、無いですよね」
 紫桜は振り返りながらライトブレードを抜き、路地裏に出てきたジョゼに視線を強めた。
 一人で捌き切れる相手だとは思えないが……なんとか隙を作って、再び陽動出来れば――
「キミは一体何をしとるんや!」
 唐突な声は、ジョゼを挟んだ向こう側から聞こえた。
 声の主はフィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)
 そして、どうやらさっきの言葉はジョゼに向かって言ったらしい。
 ジョゼがちゃんとフィルラントを認識する前に、彼はやたら気勢の良い早口で続けた。
「親友が結婚したら置いていかれて悲しいって、こんな事おこしたんか!?
 ええかよーく聞くんや。機晶姫とちごうて人はいつか死ぬ。人と種族が違うものはどうやったって、その別れが訪れる。それはどんなに足掻いても逃れられへん事や。
 でもいつか迎える、結婚したクラリナはんとの別れの時――
 キミの傍にはクラリナはんが遺してくれたクラリナはんの子供が居るはずや。
 それなのに何を癇癪起こしてんのや。しっかりしぃ!」
「――――ッ――」
 一度、ギッと手を痙攣させて、ジョゼがフィルラントの方へと振り返っていく。
 そこで、紫桜は腕を引かれた。
「――え?」
「今の内に」
 腕を引いたのは藍澤 黎(あいざわ・れい)だった。その頭の上であい じゃわ(あい・じゃわ)が垂れている。
 路地の方へと導かれ、
「貴殿は北へ抜けるといい。我らはこのまま、南の郊外へ引き付けられるだけ引き付ける」
「あ、違うんです! 私は――」 
「にょ?」
 あいじゃわが、ふにりと首を傾げた。
 紫桜は黎の頭の上に収まるあいじゃわの方へと少しだけ視線を向けて、つい微笑んでしまってから、はたと改めて黎に視線を返した。
 路地裏の方ではフィルラントがジョゼを引き付けて、逃れているらしい音が聞こえる。
 おそらく黎とは引き付けるルートをあらかじめ打ち合わせしてあるのだろう。
 ともあれ、
「実は……」
 《作戦》のことを伝える。


 ◇


「もう一つ先のブロックやな!」
「はい――あ、そこ、右!」
 フィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)が手綱を操り、馬と荷台は緩やかなY字路を右の通りへと抜けていく。
 激しく揺れる荷台にはフィルラントと紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)藍澤 黎(あいざわ・れい)あい じゃわ(あい・じゃわ)が乗っていた。
 彼らは町に残されていた荷馬車を使ってジョゼを、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)の待つ広場へと誘導していた。

「悲しいな……」
 藍澤 黎(あいざわ・れい)は荷台を追って飛んできたジョゼのブレードに己の剣を擦り合わせ、受け流した。
 乱暴な力の塊は黎の体を掠め、自身の勢いで数メートル先へと過ぎる。
「貴殿の剣は、誰かを守る為のものとして望まれ、誕生したはずであろうに。どうして全てを壊す事になったのか」
 ジョゼが苛立たしげにブレードで地面を削って、こちらへ向き直る様を静かな瞳の先に収める。
「にゅう……悲しくて、寂しいお話なのです」
 あい じゃわ(あい・じゃわ)が荷台の端にしがみ付く手をぎゅぅと強く、零した。
「出おった!」
 フィルラントの声。
 前方に数匹のシュタルが展開していた。黎は素早く後方へと視線を走らせ、ジョゼとの距離を推し量り――
「頼めるか」
 黎はジョゼの方へ構えを取りながら言った。
「もちろんなのです」
 あいじゃわが揺れる荷台の端を離してガッツポーズを取る。それで、バランスを失って荷台の床をころころと転がった。
 紫桜が心配して伸ばした手がフォローする前に、あいじゃわはぺよんっと跳ねて起き上がり、ちゃんと前方へ銃を構えた。
 黎の剣がジョゼのブレードを受けて、金属同士が弾き合う音と火花。
 押し負けて、ジョゼが荷台に乗るのを許す。
 あいじゃわのスプレーショットがシュタルどもを牽制する音を背中に聞きながら、黎は盾に受けたブレードをジョゼの体の外側へと押し弾いた。
 紫桜が狭苦しい中を縫って、ライトブレードでジョゼの体を狙うが掌で弾かれ流される。
 フィルラントが側方へ流れたシュタルへとアシッドミストを放つ。
 ガタンッと荷台が大きく揺れる。
 あいじゃわの体が荷台の底に大きく、一度、二度、跳ね――そして。
「あいじゃわあたーーーーーっく!!」
 ジョゼのどてっ腹目掛けて突撃した。
 まあ、それは、ぺいんっと可愛らしい音を立てて装甲に弾かれたが……ほんのわずかな隙を作る事には成功していた。
 黎の剣の柄がジョゼの胸元を思い切り打ち弾き、ジョゼは荷台の外へと放り出されていった。


 広場。
 全ての消火栓の細工は終えていた。
 といっても端を削っておいたぐらいの事だが。
「……首尾よく無力化まで持っていければ良いのですが……」
 緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)は物陰に身を潜めていた。
 と――。
 通りの向こうから、なにやらボロボロの荷台を引いた馬が、シュタルの集団に纏わり付かれながら疾走してくる。
 それらは、あっという間に広場を通り抜けていく。
「――遥遠!」
 荷台から飛び出した紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)を残して。
 そして、ジョゼが広場へと姿を現す。
 ライトブレードを閃かせた紫桜がジョゼと切り結ぶ――こと無く、近くの消火栓を次々に破壊していく。
 噴出した水が広場とジョゼへと降り注ぎ、辺りに水の匂いが充満した。
「遙遠、お願いします!」
 紫桜がバーストダッシュでその場を離脱すると、同時に緋桜は完全に水浸しになったジョゼへとサンダーブラストを放った。
 ザゥンと降り注ぎ水分を伝った雷気にジョゼの体が弾かれたように震える。
 ダメージは――想定よりずっと少ないもののようだったが、これまでの蓄積もあってか、ジョゼの足元が一度、ふらつくのが見えた。
 が、機敏さは失われぬまま、ジョゼが水飛沫を散らしながら緋桜の方へと駆けて来る。
 緋桜の放った氷術がジョゼの手元を凍らせ、だが、砕けた。ジョゼが緋桜の首元へとブレードを突き出そうとした瞬間に、紫桜の轟雷閃がジョゼを捉える。
 ジリリと表皮を焼く雷気を残したまま、ジョゼの手が紫桜を殴り飛ばす。
 

 ■


「非常に、興味深いですね」
 東園寺 雄軒(とうえんじ・ゆうけん)は瓦礫の端に腰掛けて、ジョゼが残した破壊の爪跡を眺めていた。
 かたわらに立つバルト・ロドリクス(ばると・ろどりくす)へと視線を上げる。
「長老は、砂漠の精霊に憑かれた『機晶姫』はヨマの伝承にも例がないと言っていましたね」
 彼らは町に潜入する前に、長老に『精霊に囚われた者』について尋ねていた。
 雄軒は、何の反応も無くただそばに立っているバルトへと笑いかけ、続けた。
「つまり、こんな機会は滅多にあるものではありませんよ。どれほどのものなのか、見学を続けさせてもらいましょう」
 瓦礫から立って歩み始めた雄軒にバルトが続く。
 遠く、ジョゼによる破壊音が響く。