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リアクション
●華やかなお祭りの幕開けです
「エリザベート、あなた、『駆けつけ三杯』という文化を知ってるかしら? 宴の席に遅れてきた人は、その場でお酒を三杯飲み干すという習わしよ。今日の場合は、豊美さんが持ってきてくださったこちらね」
そう言って、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)が飛鳥 豊美(あすかの・とよみ)の持ってきた『魔性の一品』とラベルの張られた一升瓶をエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)の前へ置く。口調は特に変わらず、表情もバイザーで隠されているので分かりにくいものの、頬が上気しているのを見れば、環菜が相当に出来上がっていることが伺えた。
「よく分かりませんが、この瓶の中身を飲めということですかぁ? それなら話は早いですぅ。ミーミル、リンネにブサイクマも飲むですぅ」
杯に並々注いだエリザベートが、共にやって来たミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)、リンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)、そしてモップス・ベアー(もっぷす・べあー)にも杯を勧める。
「こ、これを飲めばいいんですね、お母さん?」
「くんくん……ねえモップス、これってやっぱりお酒――」
「リンネ、そこは触れちゃいけない雰囲気なんだな。……ブサイクマって何なんだな」
『お母さん』の言葉に素直に従ってミーミルが口をつけ、匂いで何かを察知したリンネが、しかしモップスに止められて結局飲み干す。
「甘くて美味しいですねぇ〜。もう一杯いただくですぅ」
「本当です、甘くて美味しいです」
「そんなに甘いかな? リンネちゃんは爽やかって感じがしたよ?」
「ボクは、喉に絡むくらい苦さを感じたんだな……」
異なる感想を口にするエリザベート一行に、その種明かしとばかりに豊美ちゃんが胸を張って答える。
「この『魔性の一品』は、飲む人に最も適した味になると言われている、まさに魔性の一品なんですよー。今から1300年前、朝廷による朝廷のための飲み物としてこれが作られるようになってから、今日までずーーーっと受け継がれてきた技術の結晶なんですー」
どこまでが真実かは、豊美ちゃんもそれなりに出来上がっているので定かではないが、ともかく凄い品のようである。
「もっとよこせですぅ〜!」
「お、お母さん、零してます。せっかくの服が汚れてしまいますっ」
一杯で顔を真っ赤にして、エリザベートが『魔性の一品』をねだる。それを宥めるミーミルは、先程と様子がほとんど変わらない。
「エリザベートちゃんは分かるけど、ミーミルちゃんはどうして変わらないままなのかなぁ? ……あぅ、リンネちゃんもぽや〜んとしてきちゃったよぉ……」
「リンネ、飲み過ぎは絶対避けるんだな。これだけ人が集まって、何かが起きない方がおかしいんだな」
ポーッとした表情のリンネにモップスが注意を促すが、部屋は既に多数の出来上がった者たちで賑わいを見せていた。
「……はぁ、今日も面倒なことになりそうなんだな……」
モップスの呟きは、場の喧騒に飲み込まれていった。
「場を収めるのが年長者としての務めだろうに……何をしているんだおば上は……」
その様子を眺めていた飛鳥 馬宿が、すわった目つきで豊美ちゃんを見据えながら杯を空ける。
「まあ、年に一度の祭りくらい、よいではないか。おまえもほれ、杯が空いておるぞ」
『年長者』としての余裕を振りまいて、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)が馬宿の空いた杯を満たす。
「アーデルハイトさぁん……」
そこに、普段の凛々しい態度からは想像もできない緩んだ表情のルミーナ・レバレッジ(るみーな・ればれっじ)がしなだれかかる。
「な、何じゃおまえ、もう出来上がっとるのか」
「何のことでしょうか〜? わたくしにはよく分かりませんわぁ〜」
うふふふふ、と笑いながらルミーナがアーデルハイトに身体を寄せる。ちょうど酒に酔った人間が「酔ってない酔ってない」と呟きながら奇行を繰り返すのに似ていなくもない。
「こりゃ、離せ、離さぬか……むぅ、こいつはちと予想外じゃった……次からは注意せねばならぬかの」
すっかり纏わりつかれてしまったアーデルハイトの呟きも、やはり場の喧騒に飲み込まれていった。
ともかく、雅な……のかどうかはさておき、祭りの始まりである。
「あっ、ケイお兄ちゃん……わ、ど、どうしたのケイお兄ちゃんっ」
エリザベートのお守りが一段落して、ほっと息をついたミーミルが、やって来た緋桜 ケイ(ひおう・けい)の様子に目を丸くする。
「折角の祭り、ケイも見ているだけではつまらぬであろうからな。わらわが一肌脱いでやった」
袖で口元を隠しながら微笑む悠久ノ カナタ(とわの・かなた)の用意した着物を纏い、普段はぼさぼさにしている髪をきちんと結われたケイは、カナタに飲まされた『魔性の一品』の効果もあってか、完全に『少女』の色気を醸し出していた。
「私も女の子なんだよ!? ミーミル、ひな祭り一緒に楽しもうね!」
口調まで女性のそれと変わらない、柔らかな眼差しで微笑みかけるケイに、ミーミルも微笑みつつちょっと困ったように呟く。
「えっと、ケイお兄ちゃん、って呼ぶのもおかしいよね。どう呼んだらいいのかな?」
「ミーミル、いっそ今日はおぬしが『お姉さん』になればよかろう。ケイをかわいがってやってくれ」
「えっと……」
カナタとケイを交互に見遣って、しばらくしてミーミルがおずおずと口を開く。
「……そうね。一緒に楽しみましょう、ケイ」
「えへへっ、ミーミル姉さん♪」
そう言ってケイが、まるで飼い主に甘える猫のように、ミーミルの組んだ脚に顔を載せる。
「こら、ダメよケイ、結った髪が崩れてしまうわ」
「いいもん、後で姉さんに結ってもらうから。……姉さん、あったかくて気持ちいいなぁ……」
「もう、ケイは甘えんぼさんね」
ミーミルの手がケイの髪をそっと撫でると、気持ち良さそうに目を細めてケイが身体を寄せる。しばらく会話を交わしていたケイが、やがてすやすやと寝息を立て始める。毛布代わりにでもと羽を被せようとしたミーミルは、羽に何かがくっついているような感覚を覚える。
「もふもふ……うぅ〜ん、ミーミルの羽、ふさふさもふもふで気持ちいいなぁ〜」
いつの間にかやって来たズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)が、すっかり出来上がった調子でミーミルの羽に顔を擦りつけて気持ち良さそうにしていた。
「あ、えっと、ズィーベンさん? こんなことしているのがナナさんにバレたら、後で大変なことになるのでは……」
「うん〜? かんけーないね、大体何でボクまでナナと同じ格好しなくちゃいけないのさ、付き合わされるこっちの身にもなってほしいね」
今は姿が見えないナナ・ノルデン(なな・のるでん)が来た時のことを心配して声をかけるミーミルだが、ズィーベンは取り付く島もない。
「おねーちゃん、ナナおねーちゃんのおともだち?」
そしてミーミルの横に、同じく和装のセプテム・ミッテ(せぷてむ・みって)がふらついた足取りでやって来る。どうやら二人とも『魔性の一品』に取り込まれたようだ。
「友達、と言いますか、いつもお世話になっていまふっ」
瞬間、セプテムが両手でミーミルの頬を引っ張る。
「わ〜い、へんなかお〜」
「え、えっほ……」
手をケイに添わせていたため咄嗟に外せず、しかし無理に外すのもかわいそうでできず、結局なすがままにされながらミーミルが困った表情を見せる。
「ズィーベン! セプテム! 申し訳ありませんミーミルさん。ほらセプテム、その手を離しなさい。……ズィーベンはさっさと離れなさいっ!」
すっかり弄ばれる格好のミーミルに謝りながら、ナナがきゃいきゃいと遊んでいるセプテムをそっと引き離す。まだもふもふしているズィーベンには冥土戦技の一つ『おぼんチョップ』を後頭部に打ち込む。
「助けていただいてありがとうございます。その子、初めて見る顔ですね」
「はい、セプテムといいます。もしミーミルさんがよろしければ、お友達になってあげてくれませんか?」
ナナに勧められて、セプテムがミーミルに自己紹介する。
「セプテムちゃんだよ! おねーちゃん、セプテムちゃんのおともだちになってくれるの?」
「はい、私でよければ、これからよろしくお願いしますね」
「わ〜い!」
セプテムがミーミルに抱きつき、あやすようにミーミルがセプテムの頭を撫でる。
「……ミーミル……」
そこに今度は、ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)が『魔性の一品』に取り込まれたか、頬を染めてふらつきながらミーミルの前に膝をつき、両手をミーミルの肩に置いてうつむく。
「そ、ソアお姉ちゃん? あの、もしかしてソアお姉ちゃんも――」
傍で寝息を立てているケイがあんな調子なのを鑑みたミーミルの言葉を遮るように、ソアが顔を上げる。その瞳は潤み、そしてふっくらと色づいた唇から言葉が紡がれる。
「私、前から思ってたんですよ? ……ミーミルったらどうして……どうして……」
身体をふるふると震わせ、再びソアの頭が伏せられる。ソアの様子を心配したミーミルが声をかけようとしたその瞬間。
「どうして、そんなに可愛いんですかーーーっっ!!」
満面の笑みを浮かべたソアがミーミルに抱きつき、頭をわしゃわしゃ、と撫で回す。
「ご主人、またいつぞやのように告白でもするのかと思ったぜ……つうかそんなにしたらミーミルだって困るんじゃないか?」
雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)に言葉をかけられたソアが、ミーミルに抱きついたままベアをすわった視線で見つめる。
「……何ですか? ミーミルを可愛がっちゃいけないんですか?」
「いや、誰もそんなこと言ってない――」
「どうしてベアはそんなに真っ白なんですか?」
「言ってることが無茶苦茶だぜ!? つうかご主人、キャラがえらいことになってるぜ!?」
ベアが何とかソアを宥めようとするが、焼け石に水、いやむしろ火に油を注ぐ勢いである。
「もー! ベアはこれでも食べてなさいっ!」
言ってソアが、いつの間に作ったのか、ちらし寿司……のようなものを差し出す。
「ご、ご主人……見るからにヤバげだぜ? バッドステータスが二つは付きそうな代物に見えるぜ?」
ちらし寿司なのに何故か青色で、しかも色のついた煙を放っているそれは、確かに色んな意味で危険だ。
「何ですか? まさか食べられないとでも言うんですか?」
「いや、その……」
「わぁ♪ ソアお姉ちゃんの手作り、美味しそうです。一口いただいてもいいですか?」
料理が発する悪意に気付いていないのか、ただ『お姉ちゃん』思いからなのか、ミーミルがソアの手にしたお盆へ手を伸ばす。
「そ、それはダメだっ!!」
ミーミルが被害を被るのだけは阻止せんと、ベアがソアの手からお盆を強奪し、中身を一気に放り込む。
するとベアの真っ白な身体がみるみる青くなり、次いで紫になっていく。
「うわー、きれいきれいー。くまさんすごーい」
「あの、ベアさん、大丈夫ですか?」
ベアの色変化にセプテムがキャッキャと喜び、ナナが心配そうに声をかける。
「俺様の生涯に一辺の悔い……
あり過ぎて困るぜ!!」
拳を突き上げたベアが、しかし拳の王にはなりきれず、バタムと地に伏せる。普段から色々と鍛えられているおかげか命に別状はないものの、ぴくぴく、と身体を震わせている。恐るべし、謎料理。
「大変、私、水を持ってきますね。……ズィーベン、眠ってないで手伝いなさいっ」
「痛い痛いよナナ、起きた、起きたから耳を引っ張らないでっ」
ナナがズィーベンを連れて、水を貰いにその場を後にする。
「あはっ☆ これでミーミルを思い切り可愛がれます☆」
「ソアお姉ちゃん……」
「どうしたのだ? 何か浮かない顔をしているようだが」
カナタの問いに、ミーミルが頷いて答える。
「私、皆さんにお世話になってばっかりなのに、こんなに構ってくれて。嬉しいですし楽しいですけど、いいのかな、って思っちゃいます」
言葉を耳にしたカナタが何かを言う前に、抱きついたソアが耳元でささやくように口にする。
「ミーミル、頑張ってるじゃないですか。そんなミーミルだから、私は応援したいですし、可愛がりたくなるんですよ」
「あのね、おねーちゃんときょうがはじめてだけど、セプテムちゃんわかるよ。おねーちゃんやさしいもん。だからすきー」
「ん……ミーミル……」
セプテムが左、ケイが右に身を寄せ、ソアに正面から抱きつかれた格好のミーミルが、皆の言葉を耳にしてようやく、微笑みかける。
「はい……ありがとうございます」
ミーミルが背中の羽を広げて、皆を包み込む。それはミーミルが皆に抱きついているようにも見えた。
「……待て、クローディア。何だ、その目とその服は。一応聞くが、その服はどこで手に入れてきた?」
クローディア・アンダーソン(くろーでぃあ・あんだーそん)の付き添いで雛祭りに参加していたエリオット・グライアス(えりおっと・ぐらいあす)が、ちょっと待っててとクローディアに言われ長机に腰を降ろして待っていると、そこに期待に瞳を輝かせ、手には部屋に飾られた雛壇の一番上、お内裏様が着ている和服に近いデザインの衣装が握られていた。
「んー? 何か雰囲気がそれっぽい人がいたから聞いてみたら、貸してくれたよー?」
クローディアが言って、アーデルハイトに散々杯を満たされている馬宿を指す。彼もかつては摂政の身、あながち外れというわけでもないだろう。
「また面倒事を増やしてくれる……で、それを私が素直に着るとでも思ったか?」
嘆息したエリオットが、腰を浮かせて逃げる準備をする。
「エリオットの意思は関係ないわよ♪ ドン・キホーテ! エリオットを確保!」
クローディアの指示に素早く答えたアロンソ・キハーナ(あろんそ・きはーな)が、エリオットを羽交い締めにする。
「騎士として女性の頼みは断れんのでな。まあ大人しくせい」
「アロンソ、何をする、離せ!」
エリオットがもがくも、非力な彼は到底逃れられない。
「や、止めろ……止めろーっ!」
そして、クローディアの手により、強制的に内裏雛の男雛の格好をさせられる。
「うん! やっぱエリオットは美形よねー。髪の色は黒い方がいいのかな」
「我輩にはよく分からぬが……悪くはなかろう」
満足そうなクローディアとアロンソの前で、エリオットが屈辱に唇を噛む。
(……似合わん。さすがにこれは似合わん。というかなぜ捕まった時点で魔法を使うなりして脱出しようとしなかったんだ私は……)
後悔に身を苛めていたところに、通りかかった豊美ちゃんが目を留める。
「お内裏様ですかー。いいですねー、似合ってますねー」
「…………そうなのか? 私は日本人ではないのだぞ?」
エリオットが思わず聞き返す。はいと頷いて、豊美ちゃんが続ける。
「法隆寺にも最近は国外からの観光者が多く訪れていましたからねー。皆さん楽しそうに和服に袖を通してましたよー。私も最初はどうかなーって思ってましたけど、皆さん似合ってました。日本人だから、そうじゃないから、という理由で何かを拒絶しちゃうのはもったいないなーって今は思ってますー」
「……そうか……」
豊美ちゃんの言葉を耳にしたエリオットが、憮然とした表情のまま、腰を降ろす。
「お? エリオット、その気になった?」
「……空腹を覚えただけだ。クローディア、適当に何か持って来い」
「はいはーい♪」
上機嫌でクローディアが、アロンソと共にその場を後にする。
「あ、じゃあ、これでもどうですか?」
豊美ちゃんが『魔性の一品』と杯を取り出して、エリオットの前になみなみと注ぐ――。
「……よし。出来たぞ」
アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)が、持ってきたお人形――銀の髪に銀の瞳は、まるで『聖少女』を彷彿とさせた――を着飾らせ、内裏雛の女雛とする。他の役は鞄から飛び出した小人たちが担い、ちょっとした雛壇の完成である。
(このような場では少し恥ずかしいが……なに、娘たちの健やかな成長を願うことに、物の大小は関係あるまい)
満足気に頷いて、アルツールがミーミルを呼ぼうとするものの、そのミーミルは生徒たちに囲まれて手が離せなそうである。少なくともミーミルは、『父』を始めとしてみんなに構われながら、日々成長しているようであった。
「はぁ〜、すごいなあ〜。ほらねーさん、来た甲斐あったやろ?」
「そうかもしれないが……しかし、勝手にお邪魔していいのだろうか……」
「構わんって、どうせみんなええ気分になって、うちらのことなんて気にしてないやろ」
そしてアルツールのところには、先日イルミンスールに戻ってきたヴィオラとネラがやって来た。
「ヴィオラ、ネラ」
「来たで、お父ちゃん! ……ねーさん、頼むなら今のうちやで」
「あ、ああ……」
何やら恥ずかしそうにヴィオラが、一枚の写真を取り出す。そこにはたわわに実った果実を背景に、一緒に写るミーミルとアルツールの姿があった。
「これが送られてきてから今日までずっと、その……父さんと一緒に写りたいと思っていた。この機会に、というのもおかしな話だが……聞いてくれないだろうか」
ヴィオラの頼みをアルツールが断るはずもなく、雛壇を背景に真ん中にアルツール、左右にヴィオラとネラが位置する。
「では、いきますよ。……もう少しくっついた方がいいかしら」
デジカメを構えたエヴァ・ブラッケ(えう゛ぁ・ぶらっけ)が、ヴィオラにもっと寄るように指示する。
「こ、こうか?」
「はい、いいですよ。では……」
シャッターが切られ、ぎこちなさを残しつつも幸せそうな『家族』の光景が写される。
「なんじゃ、おまえたちも来とったのか」
そこに、ルミーナから逃げてきたアーデルハイトがやって来る。
「今日は女の成長を願う祭り、か……ふむ、私もここいらで、予備の身体のヴァージョンアップを図ろうかの」
突然のアーデルハイトの言葉に、エヴァが目を丸くする。それに答えるように、アーデルハイトが口を開く。
「今の身体は一発即死じゃからの。例えば一回までどんな攻撃でも耐える『17歳ヴァージョン』、火術を無限に放てる『24歳ヴァージョン』なんてどうじゃ? ちなみに無敵の『5000歳ヴァージョン』は12秒しか持たぬ故永久封印じゃ。後は、落とし穴への対策を考えないといかんのう。あいつは手強い、どんな状態でも一発即死じゃからの」
「……先輩、出来上がってますね?」
溜息をつくエヴァであった。
「エリザベートちゃん大好きなのー。ぷにぷに柔らかくて暖かくて気持ちいいのー」
「なぁんですかぁ、もう……はぅ! こ、こら、そんなとこ舐めるなですぅ……ひぅ!」
『魔性の一品』に取り込まれた神代 明日香(かみしろ・あすか)が、白い毛並みの猫耳と尻尾を生やして、エリザベートの結われた髪と服の間からのぞくうなじをまるで猫のように舐める。くすぐったさに声を漏らしながらエリザベートは助けを求めるが、ミーミルのいない今ではすっかり明日香の玩具である。
(邪魔しないでおきましょう。……これは、なかなかの美味ですね)
唯一助けに入れそうな立場にあるノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)も、明日香の行動を『魔性の一品』と共に、ちょこんと座って見守っていた。
「もぉ、いい加減にするですぅー! ……あらぁ?」
明日香の動きが止まったのにエリザベートが首を傾けると、明日香はエリザベートを抱きしめたまますやすやと寝息を立てていた。
「んぅ……エリザベートちゃん……どうして名前を呼んでくれないのぉ……」
呻きに混じって、明日香の想いの籠った寝言がエリザベートの耳に届く。次いで、傍にとてとて、と寄ってきた『運命の書』がぺこり、とお辞儀をして発した声が届く。
「ご迷惑おかけしています」
抱えた、木の皮を束ねた書物から彼女が『魔導書』であることを把握したエリザベートが、溜息をついて呟く。
「……あなたはとりあえずあなた、と呼ぶしかないですねぇ。……あなたは悪くないですよぉ。困ったさんはアスカの方ですからぁ」
エリザベートがアスカ、と名を呼んだ直後、明日香の猫耳がぴくぴく、と動く。
「わぁ……エリザベートちゃんが名前呼んでくれたぁ……嬉しいなぁ……」
あくまで眠ったまま、明日香が再びエリザベートの至る所を舐め始める。
「起こしますか?」
「お、起こせるなら早くするですぅ〜……ふわぁ!」
もがくエリザベートの助けに頷いて、『運命の書』が器に入った水を明日香の前に差し出す。それをぴちゃぴちゃ、と口に含んだ明日香が、間もなくかくん、と頭を垂れる。
「これで、大丈夫です。ご迷惑おかけしました」
「た、助かったですぅ〜」
安堵の息をついたエリザベートの目の前で、明日香が目を覚ます。
「うぅん……あれ? 私、何を……」
「起きましたかぁ? 起きたのならさっさと離れるですぅ。髪も服もクシャクシャですぅ」
「あ、エリザベートちゃん……わぁ! ご、ごめんなさいです!」
明日香が慌ててエリザベートから離れ、溜息をついてエリザベートが明日香に告げる。
「罰としてアスカには、私の着付けを直してもらうですぅ」
言って、エリザベートがくるりと背中を向ける。
(あ、あれ? 今、私の名前を――)
「何してるですか? 早くするですぅ」
「え、あ、うんっ」
言われるがままにエリザベートの髪を結い直す明日香、その表情は嬉しさに満ち溢れているようだった。
(私の他にも百合園の生徒がいたのね……随分親しげだったけど、学校的に問題はないのかしら?)
仮にも一校の長が、他校の生徒と親しげに触れ合っている光景を見遣って、伏見 明子(ふしみ・めいこ)が思いに耽る。
(まあ、そんなのも校風、なのかしらね。他の学校を見て回ると、色々と知ることが出来て興味深いわ)
そう思った明子の耳に、聞き覚えのある声を含んだ会話が届く。
「よぉーし、モップスくん! 今日はこーんなに人が集まってるんだから、ここは一発、往年のあのギャグで笑いを取って、みんなのハートをがっつりキャッチだよっ」
「そ、そんなこと言われても困るんだな。飲み物入ってるからってムチャ振りなんだな」
「ムチャ振りじゃないよー、私はモップスくんのためを思って言ってるんだよ? 別に『飲むとだんだん気持ち良くなってくる飲み物』を飲んだからじゃないよ……ひっく」
「そうだよ、できないからって言いがかりはカッコ悪いよ、モップス! 芸で身を立てようとしてるのに、ここで芸を披露できなかったらずーっと今のままなんだよ?」
すっかり『魔性の一品』に取り込まれた立川 るる(たちかわ・るる)とリンネが、一緒になってモップスを囃し立てる。
「声が聞こえたと思ったら、やっぱりリンネさんだ。あの時はどうもー」
「あっ、明子ちゃんも来てたんだ! ねえねえちょっと見てってよ、今からモップスが芸を披露するから!」
「あら、興味あるわね。じゃあ、見ていこうかしら」
リンネの隣に明子が腰を降ろし、三人の観客の前で退くに退けなくなったモップスが、意を決して一芸を披露する。
「最近家の近くにパスタ屋ができたんだな。
ボクが行ってみたら凄い行列ができてたんだな。
1時間くらい並んで、ようやく入って席についたら店主がボクにこう言ったんだな。
『すいませんお客さん、もう麺が切れてしまって……うどんでもいいですか?』
……なんでうどん用意してるんだなー!」
それは、未だに一つしかないモップスの唯一の持ちネタだった。そして、これまで通り大体の人には面白さがよく分からないネタだった。
「うぅーん、ちょっとキレが悪いかなぁ。リンネちゃんはどう思う?」
るるが首を傾げながら、リンネに意見を求めると。
「あはははははは! 何で、何でうどんの麺用意してるのー!? 最初からパスタの麺増やせばいいのに、あはははははは!」
「リンネさん、そんなに面白いんですか?」
明子が思わず言ってしまうくらいに大笑いするリンネ。
「いつも、リンネだけは笑ってくれるんだな」
そう呟くモップスは、どこか嬉しそうだった。
「ダメだよモップスくん、もっとみんなにアピールできる芸を身につけないと!」
「そんなこと言われても困るんだな。……腹芸?」
言ってモップスが、でろ〜んとしたお腹を揺らす。
「ぷっ……だだだ、ダメだよ! もー、こうなったらみんなで考えるよ! リンネちゃんも、あなたも一緒に来て!」
「えっ、わ、私も!?」
「るるちゃん引っ張らないで、リンネちゃん笑い過ぎてお腹痛いっ」
既にリンネとモップスは、るるに先導されてああでもないこうでもないと話し合いに加わらされていた。
(……本当、学校が違えば雰囲気も違うのね)
そんなことを思いつつ、明子も結局話し合いに参加することになったようであった。
「隼人さぁん……わたくしとぉーってもいい気分ですわ〜」
顔も真っ赤なら純白の羽までどことなく赤いルミーナに身を寄せられ、『今日こそルミーナさんとキャッキャウフフする!』と意気込んでいた風祭 隼人(かざまつり・はやと)と、着飾って隼人に可愛いところを見せようとしていたところに現場を目撃したアイナ・クラリアス(あいな・くらりあす)が、一部共通した思いを抱く。
(ど、どうすればいいんだ!? まさかここまでになるとは思っていなかったが……いや、ここはチャンスだ! 今日こそ俺という存在をアピールして、ルミーナさんに恋人として認めてもらうんだ!)
(ど、どうすればいいの? 隼人がルミーナさんにデレデレしてるパターンだったら容赦なく保健室送り決定なんだけど、ルミーナさんから隼人にデレデレしてるパターンじゃ、迂闊に手が出せないわ!)
前に環菜が『コメディ補正は、普段絶対コメディノリにならないだろうと思われている人ほど、高くかかるもの』などと言ったことは、どうやら本当であるらしかった。
「はぁ……顔も身体もなんだか熱いですわぁ……」
ルミーナが手で風を送り込む、服の隙間からのぞく腋、そして吐かれる溜息は、普段の彼女からはとても醸し出されない色気をもって、周囲の異性のみならず同性までも悩ませる。
「る、ルミーナさん! 具合が悪いようでしたら保健室までお連れしましょうか?」
「大丈夫ですよぉ、わたくし全然飲んでませんもの……」
口ではそう言っても身体はてんで言うことを聞かず、ふらついたルミーナが隼人に支えられる。漂う香りは汗のまでも芳しく、吸い込んだ者の理性をかき消してしまうほどの威力を秘めているようであった。
「ルミーナさん……!」
そして隼人もこの機会を逃さんと、ルミーナの潤んだ瞳を直視し、そして艶やかな唇に己の唇を近付ける――。
「ダメーーーっ!!」
アイナの振り抜いたハンマーが隼人の後頭部を直撃し、隼人は声もなくその場に崩れ落ちる。
(……ハッ! ちょっとやり過ぎちゃった!?)
アイナが慌てて隼人の様子を伺えば、ぴくぴく、と身体を震わせているものの命に別状のないのを悟ってほっ、と一息つく。
「喉が乾きましたわ〜」
一方ルミーナは、『魔性の一品』を求めておぼつかない足取りで二人から去っていこうとする。
「あ、あの、待って!」
アイナが声を飛ばしつつ、応急処置的に癒しの力を隼人に施す。
(ルミーナさんに何かあったら、悲しむもんね。……気絶させちゃった責任くらいは取るわよ)
頷いて、アイナがルミーナの後を追った。
「環菜長、まあとりあえず一杯どうぞ」
空いた環菜の杯を、樹月 刀真(きづき・とうま)が満たす。
「ありがとう。……あなたとは随分話をしているように思うわ。私と居ても楽しくないでしょうに」
杯を一息で空けて、環菜が杯を差し出し次を要求する。
「そんな! 環菜長の意外な一面など見れますし、楽しいですよ」
「……そう」
言葉少なに頷いて、環菜が杯に口を付ける。
「ですが、俺が思うに【蒼空学園理事長兼校長兼生徒会長】という肩書きがいけないんですよ。ここは親しみやすい呼び方を定着させるべきです。例えば俺の環菜長とか、略して環長……いやこれはヤバイかははははぶっ!!」
刀真の後頭部に、空になった一升瓶が炸裂する。
「……ふざけ過ぎましたゴメンナサイ」
「分かればいいわ。……そうね、検討してみる価値はありそうね。礼儀を逸した態度をされるのは嫌だけど、過度に畏まられるのも好きではないもの」
杯を傾ける環菜に刀真が、今日こそ悲願を叶えるべく口を開きかけたその時。
「わ〜い、カンナ大好き! お姉ちゃんになって〜」
振袖をなびかせて、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が環菜の首に腕を絡ませる。頬はすっかり上気し、『魔性の一品』が作用していることを伺わせていた。
「すりすり〜、すりすり〜」
「……刀真、これを何とかしなさい」
猫のように顔を擦り付ける月夜を見遣って、環菜が刀真に視線を向ける。
「月夜、失礼ですよ、離れなさい」
「うぅ〜ん、刀真も大好き、すりすり〜」
引き剥がそうとしたところを月夜に接近され、対応に困っていた刀真が、ふと月夜の纏っていた着物が見覚えのないものであることに気付く。
「月夜、コレ、どうしたんですか?」
「コレ? 振袖も良いって、玉ちゃんが買ってくれたの。あ、はいコレ」
言って月夜が、いつの間にか持ち出された刀真のクレジットカードを寄越す。
「またかよ! だから金無いって言ってるだろう!」
「にゃ〜〜、私じゃない玉ちゃんが、玉ちゃんが〜〜」
お仕置きとばかりに頭をグリグリされ、月夜が呻く。
「仕方ないですね……環菜、何か仕事はありませんか?」
そう口にして、ふと刀真が違和感に気付く。
「そうね、考えておくわ。刀真に相応しい仕事をね」
どこか不敵な微笑みを浮かべて、環菜が杯を煽る。
(あ、あれ? いつの間にこうなった? つか、いいのか、これで?)
どこか腑に落ちない感覚を得ながらも、名前を呼び捨てで呼び合うという狙い通りになったことに、まぁいいかと刀真も杯を傾けるのだった。
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