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魂の欠片の行方3~銅板娘の5日間~

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魂の欠片の行方3~銅板娘の5日間~

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「わ……」
 巨大機晶姫を前にした途端、ファーシーは声を漏らしてそれに見入った。その隣で、レンとメティスが何やら相談して集団から離れていく。
「どうですか? ファーシーさん」
 ルミーナがたずねると、ファーシーはただただ驚いた、という感じで言った。
「みんな、こんな大きなのを造っていたのね……。これがあの巨人と仲良くなったら……うん、ちょっと見た目恐いけど、面白いかもしれないな。でも私より太いわね。勝ったわ」
 彼女達の脇で、ジョセフが環菜に声を掛ける。一部は、早急にモーナに渡す方が良い気がするが――
「環菜サン、皮紙の解読ができましたヨ!」
「皮紙?」
 怪訝そうに聞いてくる環菜に、イーオンと共に経緯を説明する。
「2階にあった皮紙も合わせて解読してもらった。ファーシーは、この……」
「ぐわっはっはっ! 巨大機晶姫が量産の暁には鏖殺寺院なぞあっとゐう間に叩ゐてみせるわーーっ! byドズル・ザビ!」
 その時、エヴァルトが開けた胸部装甲の奥に入った明が、高らかに声を張り上げた。
「おい、早く交代しろって!」
「そうだよー! 中に入って操縦するんだからー!」
「いや待てロートラウト。石が無いから操縦は……ん?」
 タルに押し負けたものの早く場所を空けるように要求していると、そこにレンがやってきた。マンホールの下から漂ってくるような臭いのする塊を、要所要所に設置している。いや、ただ設置しているだけではない。破壊工作をセットで――
「……何やってるんだ!? まさか……」
 言っている間に、別所から爆発音がした。足元が激しく揺れる。足場に移動して巨大機晶姫を仰ぐと、そこら中から煙と炎が上がっていた。特に動きやすいように工夫された間接部や、重量調整の為にシャープさが際立っている場所が殆どだ。アーティフィサーであるエヴァルトには判る。その箇所が壊れたら、巨大機晶姫にとっては致命的なのだと。
「な、何なにー!?」
 ロートラウトと明が慌てて出てくる。
「おまえ達も早く離れた方がいいぞ。怪我をする前に――」
 レンはそう言って、燃えている箇所にさらに火術を当てながら降りていく。爆発音は止まない。彼は、運んできたへどろん――油とへどろの塊――を起爆剤にして、巨大機晶姫を破壊しようとしていた。メティスが機晶技術で割り出した弱点をピンポイントで狙う。ファーシーがかつて造り上げた巨大機晶姫のような、分厚い土や石の塊ではないだけに、それでも効果があると踏んでいた。
 勿論、これだけでは済まない。
「捕らえなさい!」
 環菜の指示が飛び、迫ってくる生徒達にレンは鬼眼で牽制した。
「……ここは黙ってみてもらおうか。大きな発見が大きな災厄に繋がることもある。単なる知的好奇心を満たしたいが為なら――俺の前には立つな」
 毒虫の群れを連続して放つ。
「…………!」
 ルミーナと環菜を護ろうとしたアリアと翔、陽太、一徒や涼が毒に犯され膝をついていく。
「みんな!」
 次々と倒れていく生徒達にファーシーが叫ぶ。祥子が毒虫にバニッシュをかけ、皆の身体から引き剥がしたところでスカサハが六連ミサイルポッドを発射して毒虫を滅していく。アリアが毒にやられながらも、1人ずつにナーシングを掛け始めた。ジョセフとセルウィー、陽子と静香が分担してヒールをかける。
 その間に、レンはメティスからSPリチャージを受け――
 巨大機晶姫に限界まで温度を下げた氷術を放った。ビル5階分という体躯が凍り付いていく。炎によって高温になった機体が急激に冷えたらどうなるか。
 メティスが加速ブースターを稼動させて巨大機晶姫に突撃する。鉄甲に爆炎波を纏わせて、拳を揮った。そのまま体当たりする。
 機体全体に皹が入り、形を保っていられなくなった巨大機晶姫はがらがらと崩れ落ちて地面と衝突してばらばらになっていく。
「今はお休みなさい。私もいつかそちらに向かいます」
 残骸を見下ろして言うと、メティスは撤退するレンを追いかけた。
「メティスさん……」
 すれ違い様に戸惑いの声を掛けてきたファーシーに、メティスは早口で言った。
「同族殺しと言われても構いません。死によって安らぎが得られる時もある。それだけ覚えておいてください」
 そして来た道を戻っていく。彼女には、巨大機晶姫が解放されたがっているように見えた。5000年も前から延々と続く、争いからの解放を。
「むー、待つのです!」
「あ、美央!」
 止めるジョセフを無視して、美央とタニアが彼らを追う。2階の通路を少し行ったところで、階段上から大きな音が聞こえてきた。来る際に美央が仕掛けたトラッパーが作動したのだ。
「…………!」
「美央ちゃ……陛下!」
 走り出そうとした美央の肩をタニアが掴む。振り返った美央に、タニアは首を振った。あの音は違う。関係無いということを伝えるために。

 治療を終えても、誰も口を開こうとしなかった。重い沈黙の中で、ファーシーが言う。
「……どうして……? 災厄って、何……?」
「この方が完成すれば、戦争の道具として利用される……そう考えたのかもしれませんね」
 悲しそうにルミーナが言う。祥子が続ける。
「それは、否定できない事実かもしれないですね。私達にも――環菜様にも、その考えがあったのではないですか?」
「……そうね。だからといって、貴重な古代の遺物を破壊して良いわけがないわ。……許されることじゃない」
「校長。あの巨大機晶姫は紛れも無い戦闘用だ。だが――その能力はエネルギーが充填されるように工夫された強化パーツによるもので、本体と呼べるものには攻撃力は付加されていなかった」
「……どういうこと?」
 環菜が訊くと、イーオンはジョセフの持つ皮紙をちらりと見て言った。
「この街の人々は、平和の象徴としての機晶姫を造ることを諦めていなかった。その皮紙は、強化パーツに機晶石エネルギーを流す際にどれだけ威力の調整やセーブが可能か、また、それを行っても本体に負荷がかからないようにするための研究資料だった」
「このモデルと書かれた紙の詳細はこうデス。『非武装機晶姫サイズS――試作モデル5号ファーシーを、本人の希望により製作担当者ルヴィ・ラドレクトの預かりとする。以降、施設への立ち入り禁止。絶対機密事項。完成後も彼女に普通の生活を送らせること。以下、製作メモ――』となっていマス。ファーシーさんの製作におけるポイントが書かれていマスネ。こちらは、早急にモーナさんに見せるべきカト……」
「非武装型機晶姫、ね……」
「え、え? わたし?」
 話についていけないファーシーが、疑問符を沢山乗せた声を出す。
「ファーシーさんはこの方の試作品だったのですわね。でも、古王国の使者が来た時に武装から守るために地上に……。ルヴィさんは、ファーシーさんをとても大切に想っていた。ただただ、あなたを守りたかった。それが、いつの頃からか女性への愛情になっていったのですね……」
「ルミーナ……わたし、わたしは……」
 壊れた巨大機晶姫を見る。平穏を願って製作された機晶姫。それでも戦争という時代に抗えなかった機晶姫。自分は、その前身であるという。5号ということは……他の仲間は実験やあの日の強襲によって消えていったのだろう。
「……とにかく、上に戻るわよ。それからヒラニプラへ連絡するわ。その皮紙の文章もメールで送りましょう。……アリアには着替えを用意するわ」
「あの、会長……これ、どうします?」
 陽太が外した巨大機晶姫のつま先を見せる。かろうじてこれだけが無事だった。
「外れたの?」
「はい。さすがにつま先に攻撃機能はないので……元の物なのだと思います。本にも当て嵌まる図がありました」
「……それも写真に撮ってメールしましょう。ファーシー」
「何?」
「ヒラニプラでの修理が、『非武装型機晶姫』にする方向で進んでいることは知っている? それが意味することは、きっとあなたのこれからを決める。身体に戻れた時、あなたがどうしていくべきなのか――どうしたいのか、よく考えてみるといいわ」

 跡地の日も落ち、朔の用意した簡易テントにて野営の準備が成される。昼間の疲れもあり、皆、たちまち眠りに落ちていった。
 その中で、いつまでも灯篭の光を消さない建物があった。礼拝堂だ。そこではトライブとルイ、エース、樹とそのパートナー達が未だに作業を続けていた。掃除は一段落し、翌日にもう一度長椅子を拭けば大丈夫だろう。ということで、彼らは礼拝堂の中心に集まってフラワーアレンジメントや切り花を作っていた。ちなみに、その中にセーフェルはいない。ショコラッテが、自分の本体である権杖をいつも通りに物干し竿として使おうとしたところで、慌てて街中に消えていった。
「……ショコラッテ。私(本体)に雑巾を干すのはやめてください。他に使えそうな棒を探してきますから!」
 と言って。…………見つかるのだろうか。しかもこの真夜中に。
 まあそれはともかく。
 エオリアが言う。
「結婚式……いいですよね。ここに来る前、エースと話していたんです。明日、何かファーシーさんに良い事が起きますように、と」
「良い事って?」
 花を切りながらジョウが聞く。
「神様の小粋な奇跡とか、ですかね。これだけ綺麗に残っていた礼拝堂で昔ながらの儀式をする――そういう点からも、アストレアで銅版が光ってたって話からも、何かを期待してしまいませんか?」
「そうですね。奇跡が起きて、ファーシーさんがハッピーエンドを迎えてくれれば、それほど嬉しいことはありません」
 笑顔でルイが言うと、エオリアは少し照れくさそうにした。
「僕も、かなりロマンチストですよね」
「いえいえ、素敵だと思いますよ……エオリアさん?」
 気がつくと、彼は頭をかくん、と落として眠っていた。疲労が溜まりすぎたようだ。
「あれ、朝は俺が倒れちゃうかも、とか言って苦笑してたのに、しょうがないなあ……毛布は、と……」
 エースが立ち上がろうとしたところで扉が開き、テントを持った朔が中に入ってくる。
「ん、どうした?」
 一際濃い隈を作ったトライブが言う。
「明日……いや、もう今日か……手伝いのみんなが来てくれます。寝てください」
 テントを脇に抱え、朔は彼らに近付いていく。
「いや、でもまだやることがいっぱい……」
 怪力の籠手をつけた朔は、ブラインドナイブスを使って迫り――寸止めした。
「……寝 ろ」
「ハイ……」

 そして、夜が更けていく。