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魂の欠片の行方3~銅板娘の5日間~

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魂の欠片の行方3~銅板娘の5日間~

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 4日目(2/4) “おめでとう”“ありがとう”

「結婚式なぞ、たかが儀式の一つじゃろう? 何を大げさに騒ぐ必要があるのか、わからん」 伯益著 『山海経』(はくえきちょ・せんがいきょう)は礼拝堂でファーシーの入場を待ちながら、首を傾げた。望は静かなその空間に溶け込むような声で、山海経に言う。
「人は、子や孫へその命や想いを繋げていくのよ」
「わらわが記録を残していくように、かの?」
 山海経は理解できないながらも考えてみる。記録というのは、消えないために付けるもの。ならば、結婚式というものもそうなのだろうか。
「……そう、紙に記録が出来ないから、大げさに騒いで記憶に強く焼き付ける「何とも不便な生き物じゃのぅ」
 参列者が左右の長椅子に分かれ、中央の通路を挟んで向かい合っている。その通路――白いバージンロードと祭壇の足元には赤いポインセチアが敷かれ、礼拝堂の壁と祭壇まわりでは、白い花達が花嫁を祝福しようと美しく咲き誇っている。
 祭壇前には、シンプルなベージュの法衣に身を包んだ樹と、正装をした隼人がいた。法衣の色は、文献を調べて決定したものだった。5000年前は、こういった素朴な色味の法衣が使われていたらしい。
 永太は最後方の壁際に立って、その様子を撮影していた。人々の記憶にだけでなく1つの記録として、機晶姫と人間の記念すべき結婚式のことを残しておきたいと思ったのだ。
 ザイエンデは祭壇のすぐ近く、最前列に立っていた。その横顔からは若干の緊張が伺える。数秒間、彼女をアップで撮影していたことに気付き、永太は全体が映るようにビデオを据えた。
 トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)がパイプオルガンで和音の連なる曲を奏で始める。それと共に、優斗が礼拝堂の扉を開けた。陽光に後押しされて、青いリボンをつけたファーシーが入ってくる。臨時の父役であるエメに連れられて、ゆっくりとバージンロードを歩く。
「ファーシー、おめでとう」
「よかったですわね」
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)が言い、湖の騎士 ランスロット(みずうみのきし・らんすろっと)が拍手をする。樽原 明(たるはら・あきら)もアームをかちゃかちゃと動かした。
「達者でやれよ!」
「とても素敵ですよ。自分も想い合える相手が欲しくなりますね」
「……何を言ってるんだか」
 ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)の言葉に、強盗 ヘル(ごうとう・へる)が苦笑する。
 皆の投げる白い切り花のフラワーシャワーが、彼女達を祝福した。2人は祭壇の数歩手前で立ち止まる。再び、堂内が静かになった。
「では、新婦はこちらへ」
 樹が言うと、ルミーナは淑やかに前に出た。隼人の持つルヴィの銅板とファーシーが横並びになる。
「では、ただいまより新郎ルヴィ・ラドレクト、新婦ファーシーの結婚式を執り行います。古王国時代から5000年という長い年月の中、お2人はパートナーとして心の繋がりを切らすことなく、いくつもの試練を乗り越えてこられたと思います」
 そこで1度言葉を切り――
「この結婚がこれから進む道を強い光で照らしてくれることを、心から願います」
「はい……」
 ファーシーが思わず声を漏らす。
「それでは、誓約をしていただきます。新婦ファーシー、汝、その健やかなる時も、病める時も、これを敬い、これを助け、その命の限り、愛し続けることを誓いますか」
「――誓います」
「では、誓いの印として……銅板を合わせてください」
 参列者の何人もが、息を呑む気配が伝わる。ルミーナが持っていたブーケを、側で控えていたソルダに預ける。
 とうとう、ファーシーとルヴィの銅板が1つになる時が来た。
(がんばれ……)
(がんばってください、ファーシーさん……!)
 プレナと、その頭の上に乗ったソーニョは祈るように彼女達を見つめた。隣のカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)も真摯な瞳をルミーナの背中に向けていた。
 ルミーナと隼人が向き合う。そして、ファーシーとルヴィをゆっくりと近付けた。
(ルヴィさま……)
 ファーシーはただ、全てを受け入れる気持ちでその時を待った。意識ははっきりしているのにまわりは真っ白で、何も見えない。目を閉じることなど、できないはずなのに。
 伝わってくるのはみんなの願い。
 祈り。
 希望――
 そして。
 半月形の銅板が1つになる。
「…………!」
 瞬間。
 水色の短い髪をした少女と、薄い赤茶色の髪をした青年の姿が浮かび上がる。
 本当に、刹那としか呼べない時間。
 見間違いかと思ってしまうほどの、ひととき。
「なに……?」
 アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)が呟く。足りない部分を補った銅板に変化は無い。何もかもが、もういつも通りで――
 いや。
「……外が……」
 窓際に視線を固定しているアシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)の言葉を、ラズ・シュバイセン(らず・しゅばいせん)が皆に聞こえるように補う。
「外が光っているね。太陽ではなく、何か違うものだ」
 それぞれが、窓や入口に駆け寄って空を見る。そこには、無数の光の玉があった。位置としては、2つの墓地の真上。


“おめでとう”   “おめでとう”           “おめでとう”
     “おめでとう”        “おめでとう”            “おめでとう”
  “おめでとう”      “おめでとう”      “おめでとう”


 跡地に響く声。
 声。
 声。
「そういえば、前にモーナさんが言ってましたね……『魂自体に寿命はない。寿命というのはあくまでも肉体の寿命だ』と」
 影野 陽太(かげの・ようた)が言い、それについて考える皆。そして、その意味に気付いた時。
「…………!?」
 一斉に銅板を振り返った。
 1枚の丸い銅板。そこから次に放たれるのは、少女の声なのか、それとも。
「はい……」
 聞こえてきたのは、ファーシーの声だった。同時に、空に浮かぶ光が消えていく。
 蒼空が戻ってきた時――。
「みんなに会えたよ。ルヴィさまにも……みんな、笑ってた」
 そして。
 ザイエンデがトライブに合図をした。
 パイプオルガンの荘厳な音が、礼拝堂に木霊すると同時。
 「幸せの歌」のメロディに乗せて。かれらの言葉を。ザイエンデは歌った。

『ありがとう。ありがとう。この世に生きることを選んでくれて。
 ありがとう。ありがとう。彼女をここまで導いてくれて。
 おめでとう。おめでとう。シャンバラで僕達は見守っている。
 おめでとう。おめでとう。どこに行っても、どこかで生まれ変わっても。
 今日という日を忘れないよ。
 だから、さようなら。
 幸せにね』

 メイベルがその歌にささやかながらコーラスを乗せる。それに合わせて、金 仙姫(きむ・そに)が祝福の舞を踊る。
 チマチョゴリの布が、ポインセチアを宙に舞い上げた。
 幸福への想いを。祝福を。
 ここに集った人々全てに、
 幸あらんことを願って。

『ファーシー、やっと会えたね。ずっと君をさがしていた
 無事でいてくれてありがとう。
 生きていてくれてありがとう。
 好きになってくれて……ありがとう。
 あらためて
 結婚してください――
 そうか、ありがとう。俺は銅板には戻れない。それでも……
 幸せだよ。
 ずっとずっと一緒だ。
 俺の最初で最後のわがまま、きいてくれるか……
 友達を大切にな。みんなの気持ちを大切に
 幸せをいっぱい分けてやって、分けてもらって――
 楽しく暮らすんだ。
 できるか?』

 ザイエンデは歌い続ける。歌い続けながら、うらやましいな、と思った。ひたすらに紡がれる、純粋な言葉。ファーシーに向けられる、精一杯の優しい、愛しい想い。
 それが、うらやましかった。どうしてだか分からないけれど、どうしようもなく憧れ、焦がれてしまった。いつも優しくしてもらっているのに……それとは違う、気持ちが……
 形にならないこの想いは、なんだろう?
 わたくしもいつか――

「ザイン……」
 そんな彼女達を撮影しながら――
 永太は唐突に気付いた。自分が、本当の幸せから目を逸らしていたことに。
 機晶姫と人間。それは永太達も同じだ。自分も、ザイエンデを残していつか死んでしまう。彼女に、ファーシーのような思いをさせたくはない。
 契約してから今まで、色んなことがあった。何だか良い雰囲気になったこともあった。でもその度に心にリセットをかけていた。
 何時までも何時までも、自分は何を恐れ、ザインと距離を置いているのだろう。
 何故ザインの事をまっすぐ見てあげないんだ。
 機晶姫を好きになることに、少なからず抵抗もあった。でも、もう――自分の気持ちに嘘をつくのを止めよう。
 俺は、ザインが…………

 クエスティーナが言う。
「私は卒業したら……父の決める方と結婚せねばなりません……でも、パラミタにいる間に、好きな人が出来……その人を連れ帰れたら『考えてもいい』と父様に言われてます……きっと、見つかりますよね……?」
「はい、きっと出会えますよ。ただ一人のパートナーに」
 サイアスは、いつも通りに優しく笑う。

「すごい、すごいであります! スカサハのお友達100人計画も達成できる気がするであります! ファーシー様! おめでとうでありますよ!」
 スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)の隣で、鬼崎 朔(きざき・さく)も幸せな気持ちになっていた。過去に何があっても、希望はたくさんある。そんな気がした。
 結婚式に憧れて……でも、将来の参考になるかは分からないと思っていたけど。
 この日の経験を参考にできる日が必ずくる。
 ただ素直に、そう思う。

 綾耶は胸の奥からこみ上げる想いがありながらも、それを抑えて式に魅入っていた。
(ファーシーさん……通じ合えて、よかったですね……)
 作られた存在であっても、決して作られたものではない、真実の心があるのだと再確認できた。そう、ファーシーのココロには何一つの偽りもないから。
 涙をこらえて、傍らの某を見る。いつか、本当の結婚式を――
 綾耶の視線を受けて、某はそっと優しく彼女を抱き寄せる。
 結婚式というイベントに毎度目を輝かせる女性というものを不思議に思っていた。自分達は、バレンタインに模擬結婚式を挙げたばかりだというのにもう憧れて、と。
 でも――
(そんな姿をたまらなく愛らしく思えるのも、また不思議なもんなのかね……)
 綾那を守るために。綾那と、大切な仲間達――親友を守るために。
 平穏を得るために、進んでいけるような気がした。

 歌が、終わる。

「これをもちまして、お2人の結婚式は滞りなく完了いたしました。ファーシーさん……」
 樹は最後に、自分の言葉で祝辞を贈った。
「おめでとう」

「ありがとう!」