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リアクション
絵本のお茶会
別室に姑が来ていることも知らず、ソフィアは絵本のお茶会に参加する為にミルムにやってきた。
それをもてなす為にと、小鳥遊 椛(たかなし・もみじ)は篠宮 悠(しのみや・ゆう)に、ミルム図書館の巡回着ぐるみ、ブーツを履いた猫の着ぐるみを渡した。
「ソフィアさんが到着されたようですわ。早くこれを着て案内してあげて下さいませ」
「……面倒だな」
うんざりした顔をする悠を、椛はそんなことを言わずに、とたしなめる。
「面倒そうに見えるかも知れませんけれど、やってみると案外楽しいと思いますわ。たまには人の役に立ってみるのも悪くはないでしょう?」
そう言われてもやはり面倒だとしか思えなかったが、椛があんまり頼むので、半ば根負けして悠は着ぐるみを身につけ、ソフィアを迎えに出た。
「あら……」
出迎える着ぐるみに微笑んだソフィアに向かって、悠は大袈裟な動作でお辞儀をした。喋らない方がそれらしいだろうと、動作で愛嬌をふりまいてみせる。
ソフィアは可愛いですわねと着ぐるみを撫でた。それを悠は絵本のお茶会の会場とした部屋へと、おどけた仕草で案内してゆく。
「……やれば出来るものなのですね」
普段の悠とは思えないサービスぶりに、椛は弟を見守る姉のように目を細めた。
部屋の扉を開けば、そこは絵本のようなお茶会の席。
「ようこそ、絵本のお茶会へ」
執事服で丁重に、エイボンの書が手描きしたウェルカムカードのおいてある席にソフィアを案内した後、涼介は上着を脱ぎ、ギャルソンエプロンをしめた。涼介のすることを見様見真似で、エイボンの書もお茶会の客をもてなすメイドとして、給仕を始める。
「ソフィアさんようこそ。美味しいお茶とお菓子を召し上がれーっと」
リン・リーファ(りん・りーふぁ)はティータイムの力でお茶とお菓子をどこからともなく取り出してみせた。絵本に出てくる魔法のような演出だ。
「ねぇねぇソフィアさん、これみゆうが焼いたんだよー。開いた本の形にしてあるの。ミルムのワッペンとお揃いの形だよっ」
リンは関谷 未憂(せきや・みゆう)が焼いてきたスコーンに、ブルーベリージャムを添えてすすめた。ちゃっかり自分も席について、皆の心づくしのお菓子に手をのばす。甘い物が大好きだから、ソフィアが来てお茶会が始まるのが待ち遠しくて仕方なかったのだ。
「みゆう、こっちは食べちゃダメ?」
絵本図書館をモデルにしたジンジャーブレッドハウスをリンは指さした。型紙にあわせてジンジャークッキーを焼いて、それをアイシングで貼り合わせてミルムの形にしてあるお菓子だ。キャンディーやチョコレートで飾り付けられたお菓子の家は、目にも楽しい。
「うーん、今は食べるより見て楽しんで欲しいかな」
「じゃあ、こっちのパン食べようっと。これは誰が作ったやつかなー。あ、くまの形してる。可愛いー」
リンがクマの顔の形をした菓子パンを手に取ると、
「それはエルシーおねーちゃんが作ったんだもん。べっこう飴のお菓子の家も、むこうにあるバターたっぷりのパンケーキもみんなだよ」
ラビ・ラビ(らび・らび)があっちもこっちもと、エルシー・フロウ(えるしー・ふろう)の手作りお菓子を指さしてみせる。
「この絵本に、おんなじクマのパンが載ってるんだよ。見せてあげるね」
ほら、とラビは絵本を広げて、そこに描かれている動物パンを指した。形も顔もそっくりだ。
「うわ、おいしそうー」
「もちろん美味しいよ。でも、他のお菓子もみんなおいしそう〜。こんなにお菓子いっぱいあると、うれし〜♪ 毎日お茶会だったらいいのになぁ」
絵本に出てくるお菓子は、普段のお菓子よりもおいしそうに見えて、食べたくなってしまう。そんな絵本のイメージで作られたお菓子が並んでいるお茶会が、ラビには嬉しくてたまらない。
テーブルの上には花籠とお茶とお菓子。集う人も工夫を凝らした衣装を身につけて。
絵本のような空間は、ふわふわと気分を浮き立たせる。
皆が考えて作り出した、日常を離れた絵本の世界――。
「やっぱ似合わへんことないか?」
日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)にせがまれて、王子の衣装を身につけたものの、あまりの衣装の恰好良さに社は心配になってきた。
「ううん、やー兄かっこいいー! ちーちゃんもお姫様になりたーい!」
ひらひらと軽やかな衣装。背中で結んだリボンはまるで蝶々の羽。頭には今日も可愛い帽子。妖精のような衣装を着た千尋は、ぴょんと社に飛びついた。
「ちーも絵本から出て来たようで可愛いでー。そっか。ちーがそう言うなら、王子らしくバッチリ決めてみせなあかんな」
社は衣装の襟元を引っ張って整えると、赤のドレスを着ているファタに手を差し出した。
「1曲踊っていただけませんか」
「うむよかろう。じゃがわしは赤の女王。足でも踏んだら首をはねてしまうからのー」
ファタは隣に座っているソフィアに、赤の女王がこのお茶会のコンセプトとなっている物語に出てくる登場人物なのだと説明してから社の手を取った。
ダンスなんて普段は縁がないけれど、頭の中でステップを確認しながら社は踊る。首をはねられたら困るから、ファタの足を踏まぬように気を付けて。
「やー兄、ちーちゃんも踊るー!」
他の人と踊っている社にちょっとヤキモチ。千尋はぺたっと社にくっついた。
「ならばわらわと踊ろうぞ。わらわとしても妹御の方が好ましいでのう」
どうせ踊るなら可愛い女の子の方が良い、とファタは千尋の手を取ってくるっと回した。
「ソフィア姫様、グレープフルーツのゼリーはいかがですかー。お腹に赤ちゃんがいる時に良い食べ物だそうですよー」
フリルたっぷりのハッピー☆メイドの衣装を着たファイリアが、お城のメイドさんの雰囲気でソフィアの前にゼリーを置いた。
ファイリアを手伝いたいものの、自分がメイドをしたらぎくしゃくしそうだから……とハッピー☆ウイッチの黒を基調にした衣装のウィノナ・ライプニッツ(うぃのな・らいぷにっつ)は、ソフィアの話し相手をつとめることにする。
「ソフィアさんはどんな絵本が好き? ボクはこの間読んだ『3つの宝箱』っていうのが面白かったな〜」
「それは読んだことありませんわ。どんなお話ですの?」
「あのね、見つけた3つの宝箱のうち、1つしか持って帰れない状況で、3人がああでもないこうでもない、って見えない宝箱の中身を予想して悩むお話。大きい宝箱にはたくさん宝が入っているだろう、いいや小さい宝箱にこそ高価なものが入ってるはずだ、いややはり宝箱の装飾が見事な方がいいに違いない、いやいや盗人の目を誤魔化すために質素な箱に入っているものこそきっと良いものだ……なんてずっと悩んだ挙げ句にね」
「挙げ句に?」
「んー、ネタばらしになっちゃうからそこから先は内緒。良かったらその絵本、読んでみない?」
「ええ、是非」
「じゃあ私が取ってくるっスよ」
ハッピー☆アリスの衣装を翻し、刹那がばたばたと書架の方へと走って行った。
そんなお茶会の間も、如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)と冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)は自分たちの世界にいた。普段は図書館に縁がない日奈々だけれど、今日はお茶会があるからと千百合に誘われてやってきた。お茶会ももちろん楽しいけれど、好きな相手と隣同士に座っていれば、やっぱりそっちが気になってしまう。
「このクッキー、さくさくでおいしいよ。日奈々も食べてみる?」
「え……はい……」
「じゃあ、あーん、ってして」
千百合に言われるままにあーんと口を開ければ、まずふんわりと甘い香りが漂ってきて、次に口の中でクッキーとナッツの風味がほろりと溶け合う。
「美味しい?」
「はい……とっても」
仲睦まじい2人の横では木ノ詠 恋華(このうた・れんげ)が、持ち込んだ絵本をひたすら読んでいる。
そんなパートナーたちの様子を赤羽 傘(あかばね・さん)は動画に記録していた。こんなお茶会に参加したというのもきっと良い思い出になるだろうと。
けれど……。
「このジャムも美味しいな。日奈々の焼いてきたスコーンにも合いそう。つけて食べてみる?」
「ええ。合うようでしたら……作り方も……教えてもらいたいですぅ」
「はい、あーん」
「……あー、んっ……」
「あ、口元にジャムがついちゃった。ちょっと待ってて」
千百合は日奈々の唇から指でジャムを拭き取ると、それを舐め……。
「もう我慢できないよー。日奈々、キスして」
ぎゅっと日奈々を抱きしめた。
「千百合ちゃん……」
日奈々もそれに流されて……そこに傘が茶々を入れる。
「2人とも熱いわね〜。ね、恋華」
「え? ああ、2人はいつも熱々なのです」
絵本の世界から引き戻された恋華が言うと、日奈々と千百合は照れて互いの腕を放した。
「……あの方々も百合園女学院の方、ですの?」
目の前で展開された光景に呆然としているソフィアに、頭にウサギ耳をつけて三月ウサギに扮した秋月葵が説明する。
「えっと何ていうか……百合園には仲良しさんがいっぱいいるんだよー。ソフィアさん、本当に百合園のこと、気になるんだね」
「女の子でたくさん集まって勉強するのが、憧れでしたもの。家でヴァイシャリー語やお作法を習っているより、ずっと楽しそうですわ」
「うん、百合園は楽しいし、いいとこだよ」
葵が自信を持って答えている処に、エレンディラ・ノイマン(えれんでぃら・のいまん)がケーキを載せた皿を運んでくる。
「シフォンケーキをお持ちしました。お口にあうかどうか分かりませんが、よろしかったらお召し上がりください」
エレンディラが着ているのは、不思議な国のアリスっぽいエプロンドレスだ。ちょっと恥ずかしいけれど、葵に楽しんでもらいたいが為に、三月ウサギにあわせてこの衣装にしたのだ。
「ありがとうございます。皆さんお菓子を作るのが上手なんですね。いつかお菓子作りを教えてほしいですわ」
産まれてくる子の為にも、とソフィアは微笑んだ。
そうして和やかにお茶会は進んでいっていた処に。
日本の昔話の主人公に扮した珠輝らが、お茶会に使っている部屋の扉を開けた。
「新しいお客様をお連れ致しました」
扉を押さえて待つ珠輝の後ろから、周にエスコートされたオルネラが入ってくる。
「御義母さま……」
それまでリラックスしていたソフィアは慌てて姿勢を正し、何事なのだろうと窺う視線をオルネラに向けた。その視線をオルネラは、ゆったりとした微笑みで受ける。
「わたくしも絵本のお茶会に交ぜていただけますか?」
「え、ええ……」
いつもと違うオルネラの反応に戸惑いながら、ソフィアは肯いた。そこにまた新たな来客がやってくる。
「お邪魔します……」
祐也らに連れられてやって来たコラードはぎこちなく挨拶すると、お茶会のテーブルについた。
そこに浅葱翡翠が珈琲を淹れて運んできた。
ラテルでは珈琲はほとんど普及していないけれど、折角の機会なのでその良さも知ってもらいたい。
そう考えた翡翠は、苦みが強くない豆を選び、温度に気を付けながらゆっくりと淹れた珈琲に、砂糖とミルクを添えて提供する。
「これを入れて飲むんですの?」
怖々と覗き込んでいるソフィアに答えたのはオルネラだった。
「紅茶と同じに、ミルクと砂糖は好みで入れるのだそうです。貴女ならたくさん入れた方がきっと好みでしょう」
「御義母さまは飲んだことがありますの?」
「ええ、つい先ほど」
ソフィアは言われた通り、砂糖とミルクを入れて珈琲を掻き回す。
「珍しいものはお嫌いかと思っていましたわ」
「わたくしもそう思っていましたけれど、これはなかなか美味しゅうございました。たまには、新しいものに目を向けるのも悪くはないのかも知れませんね」
「御義母さま……」
オルネラの変化に、ソフィアは戸惑うように、けれど先ほどと比べればやや緊張を緩めた様子で微笑み、珈琲を口に運んだ。
「…………」
味は好みではなかったのか、ソフィアは1口飲んでちょっと顔をしかめた後は手を付けなかったが、コラードは気に入った様子で、お菓子と一緒に楽しんでいる。
エルシーはソフィアの近くに寄ると、こっそりと囁いた。
「ソフィアさん……。ソフィアさんのお気持ちをしっかり伝えたら、オルネラさんもきっと新しいものの良さを分かってくれますよ」
「でも……」
「ソフィアさんも、古くからあるものの良さを分かってくださるでしょう? 新しいものと古いもの、どちらも大切なんです。産まれてくるお子さんのことも、対立するのをやめてお互いにちゃんと相談しあったら、より良い案がでるかも知れません。こんな素敵な絵本のお茶会の中でなら、きっと仲直りできますよ」
資金援助がどう、というのは別にして、お嫁さんとお姑さんには仲良くして欲しい。そんな思いをこめてエルシーが勧めると、ソフィアは迷うように飲みもしない珈琲をスプーンでかき混ぜた。
なかなか打ち解けられない様子のソフィアに、柏木誠二が声をかける。
「折角家族が揃ってお茶会に出席してるんだから、もっと絵本の世界を楽しんでみない?」
これで、と見せたのは他の参加者に渡していたのと同じ、仮装グッズ。
「少し立ってくれるか。ああ、おまえはそのままでいい」
柏木健吾はお腹の大きいソフィアは立たせないようにして、マントを結んで王冠をかぶせた。誠二はオルネラとコラードにトランプ兵の扮装をさせる。
「あら……」
オルネラはさせられた仮装を見て、くすくすと笑い出した。
「お母さん、似合ってますよ。ソフィアも何だか凛々しく見えるね」
コラードの笑いに誘われて、ソフィアも笑う。
「私の好きな日本語があります……『笑う門には福来たる』。ソフィアさんたちのその笑顔がお子様の笑顔を呼ぶと思うのです」
珠輝は3人の笑顔を見て言う。
「私はこの図書館が成り立っていく様に感動しました。1つの温かな光に、更にたくさんの光が集まり……不穏な空気すらも光と変えました。人の笑顔や暖かい気持ちが、更なる笑顔を呼ぶことを改めて感じたのです。ソフィアさんたちも、どうかずっとそうして笑顔でいらしてください。そこにこそ、新たな生命の笑顔がうまれるのですから」
そこまで言って珠輝は自分の浦島太郎の衣装を見やり、こんな恰好じゃ説得力ありませんねと笑った。
「このお菓子の家、ミルムをイメージして作ったんです」
未憂は3人の前にジンジャーブレッドハウスを引き寄せた。そして、そこにおいてあるジンジャーブレッドマンを示してみせる。
「これがソフィアさん、オルネラさん、コラードさん、そしてこのちっちゃいのがお子さんのつもりで作ったんです。これからも仲良くこんな風に、ミルムにみんなで遊びに来てもらえたら嬉しいです」
みんなで作り上げた温かな場所。
そこからまた温かな輪が広がっていきますように。
声をあわせて笑ったことで、リッツォ家の3人は随分打ち解けた様子になった。問題に決着がついた訳ではないけれど、一緒に笑い合ったように一緒に考えていけば、結論がどうなるにしろ家族にとって良い未来がやってくるに違いない。
そこにメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)とセシリア・ライト(せしりあ・らいと)が子供たちを連れて入ってきた。セシリアはクッキーが盛られた大皿を持っている。
「このクッキーは、ミルムを利用している子供たちと一緒に焼いたんだよ。ちょっといびつなのもあるけど、お茶会に来てる人に喜んでもらいたい、って気持ちをこめて作ったんだ。食べてみてね」
お茶会のテーブルにセシリアはクッキーを置いた。
「私からは歌を贈らせていただきますぅ」
メイベルは子供たちと並ぶと、みんなで練習した歌を歌い始めた。
メイベルが教えた地球の歌。
子供たちから教えてもらったシャンバラの歌。
どちらの歌も、みんなで歌えば楽しいハーモニーを生み出す。
メイベルも子供たちも、歌う喜びに満ちていた。
絵本図書館が出来てから、ラテルの子供たちには笑顔と喜びが増えてきていた。子供たちが笑えば、周囲にもその喜びは広がる。
歌い終わった子供たちの為に部屋にはもう1つテーブルが運ばれ、お茶と菓子が並べられた。
「さあ、みんなも一緒にお茶会ですよぉ」
「わーい」
メイベルの言葉にはしゃぎながら甘いお菓子を食べだした子供たちの姿を、ソフィアは目を細めて見た。その表情はもうすっかり母親だ。頼りないと言われながらも、ソフィアも確実に母親になりつつある。
「ソフィア様は図書館に資金援助をお考えとか。ソフィア様のお力で、図書館もこの街ももっと素敵になると確信しています。ありがとうございます」
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はそうソフィアに礼を述べた後、でも折角援助をお考えなら、と続ける。
「活動にも一寸参加してみませんか。勿論、お母様もご一緒に」
ミルムで子供を預かるの企画をしていることを告げると、ルカルカは母親になる良い経験として、『らくらくおかあさん』にソフィアたちを誘った。
美味しいお茶とお菓子、みんなの気持ちに囲まれた絵本のお茶会が終わると、ソフィアたちはミルムを辞した。
「良かったら赤ちゃんと一緒にこれを読んでくれ」
エースはいないいないばぁの布絵本をソフィアにお土産として渡した。
「これは絵本……ですの? 布製なんですのね」
ソフィアは珍しげに絵本をめくっていった。
「ああ。赤ちゃんがもう少し大きくなって言葉が分かるようになってきたら、もちろんミルムで紙の絵本を読み聞かせたりして、どんどん絵本と慣れ親しんでいって欲しいな」
「面白いですわね。ありがとうございます。大切に使わせていただきますわ」
ソフィアが嬉しそうに眺める絵本をオルネラも覗き込む。
「これはどうなって……ああ、ここで留めて本にしてあるのですね」
絵本の作りに興味がありそうなオルネラに、エオリアは良かったら作り方を教えますよ、と申し出た。
「アレンジして独自の布絵本を手作りするのも素敵だと思います」
「絵本といえば紙だとばかり思っていましたけれど……いろいろあるものですね」
ここには新しいものが沢山、とオルネラは言うと、また今度作り方を教えて欲しいとエオリアに頼んだ。
ブルーズはコラードに書店の紙袋を渡した。何だろうとコラードが袋を開けてみると、中に入っていたのは装丁の美しい凝ったデザインの漢字字典と、普通の国語辞典だった。漢字字典の方には、『夜』『露』『死』『苦』のそれぞれの文字に、パラミタ語で意味を書いた付箋がつけてある。国語辞典には、『宜しく』と『当て字』の箇所にメモが挟んであった。
「この街の者の名前として適切かは分からんが、漢字は美しいと思う……ソフィアと共に相手が美しいと思うものを眺めるのも、胎教とやらに良いかも知れん」
「地球の文字はこんなにあるのですか」
何よりその数の多さに驚くコラードに、地球の辞書は読めぬだろうが、とブルーズは続ける。
「絵本図書館ならその内容を教えられる者もいるだろう。漢字の名前を、変わっている、意味が分からないと笑われるというのならば、辞書をパラミタの言葉に訳して広めるのも悪くはないかも知れんな」
今は漢字で名前をつけたら何事かと思われるだろうけれど、絵本を媒介に地球の文字や漢字が広がっていったら、その文字で名前をつけるのが流行るようになる可能性だってある。絵本図書館を通じ、ラテルはもしかしたら実際の距離を越えて、地球に近い場所となってゆくのかもしれない。
それもまた、繋がりの妙と言うものなのだろう。
絵本やお菓子等のお土産を詰めた袋を、デューイ・ホプキンス(でゅーい・ほぷきんす)はソフィアの代わりに持ち、3人からやや離れた後ろから、邪魔にならぬようについて行った。
「御義母さま……いろいろすみませんでした」
ソフィアが謝る声が聞こえてくる。
「いいえ。わたくしも頑なな処があったことは認めます」
相変わらず堅苦しいオルネラに、コラードは少し笑い。
「喧嘩はほどほどに頼みますよ。これからは私も参戦させてもらうつもりですからね」
そんなやり取りを聞きながら、デューイはこっそりと胸を撫で下ろした。
これから先も、ソフィアとオルネラはぶつかるだろうし、喧嘩もするだろう。けれどこれならきっと、諍いを越えていけるに違いない、と。
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