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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−2/3

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【十二の星の華】空賊よ、星と踊れ−フリューネサイド−2/3
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第4章 戦艦島、湯けむりのぞき事件



 戦艦島温泉の存在は長らく忘れられていた。
 最近になってとあるのぞき魔によって発見され、ときたま奇特な冒険者が入りに来たりしているようだ。
 そのとあるのぞき魔、弥涼 総司(いすず・そうじ)はふらりとここに現れた。先日、ヨサークから受けた背中の傷を治療するため、ここに訪れたのだ。一応、建前ではそうなっている。
 彼はいつも温泉に入る前にするように、トレジャーセンスを使った。
「この付近におっぱいは無し……、か」
 残念そうに言うと、隠れ身を使って、またいつものように女湯のほうに入った。
 すると、湯煙の中に人影を見つけた。
「ちっ、まさか先客がいるとはな。くっ……、泳いでやがる、こいつ見つかったらどうするんだ?」
 ハッキリ言って彼にマナー云々で咎められる権利はないのだが、それでも彼は注意しに行った。
 そこにいたのは、セイニィだった。
 顔を引きつらせる彼女に対し、総司はあまりにもそっけない態度を取る。
「おい、湯船に波を立てるんじゃない! わかったな……?」
 パァンと痛快な音とともに、総司は平手打ちを食らった。
「この変態がッ! なに澄ましてあたしに説教垂れてんのよ!」
「のぞき部部長のプライドにかけて言うぜ、オレはオメーをのぞいてない。そもそもオメー何者だ?」
 総司は平然としている。トレジャーセンスに反応しない薄胸に興味を持つほど、彼は趣味人ではないのだ。
「獅子座(アルギエバ)のセイニィを知らないとは言わせないわよっ!」
 そう言えば、風の噂には聞いた事がある。フリューネを襲った空賊狩りが、たしかそんな名だった。
 彼女の胸に視線を落とし、軽くテイスティングする。
「オマエがフリューネを襲ったと聞いたときは正直頭にきたが、気持ちはわかるぜ……」
 哀れみの表情を浮かべた途端、サミングが両目に突き刺さった。
「ぶっ殺してやる……!」
「ま、待て……、目はやめろ、目は……」
 二人が騒いでいると、そこに女性の声が聞こえてきた。フリューネやユーフォリア、その他に数名の女性の声がする。どうやら女性陣が汗を流しに来たらしい。嬉しさ半分、恐ろしさ半分の状況に陥ってしまった。
 総司はセイニィは引っ張って、奥の方へ身を隠す。
「ちょっと……! あたしはもう上がるのよ……!」
「ば、バカ! 今出て行ったら、のぞきがバレるじゃねーか!」
「それで困るのは、あんただけでしょーが!」
 あと、これは余談になるが、総司の相棒の拳銃型機晶姫ガンマ・レイ(がんま・れい)は、総司とセイニィが口論になっている間に、総司の腰に撒いたタオルから転げ落ち、ゆっくりと温泉の底に沈んだ。
 いつまで待っても、総司が拾ってくれないので、その内に彼は考えるのを止めた。


 そして、もう一人。
 総司と同様に混乱の最中にいるのは、ジョシュア・グリーン(じょしゅあ・ぐりーん)だった。
 髪はロングだが紛れもなく男の子。彼が何故男湯ではなく女湯にいるのか。もしかしたら入口を間違えたのかもしれないし、誰かのイタズラにはめられたのかもしれない。だが、一番有力なのは、マスターのさじ加減説である。
「(ど、どうしよう……、な、なんでボクこんなところにいるんだろう……?)」
 それはね、アクション欄に『絶対に女湯に入れないでね!』って書くからだよ。
「(折角の温泉なのに……、フリューネに見つかったら、きっと殺される……)」
 背後で黄色い声が上がっている。今はまだ髪の長さで誤摩化せているが、振り返ったら終わりだ。
 嫌な感じの脂汗を流していると、女湯と男湯のしきりの壁がドカドカと鳴った。
「うおおお!! どこだ!? どっかにのぞける穴はねぇのか! 針の穴ほど小さくてもいい!」
 ジョシュアは頭痛を感じ始めた。
 向こう側にいるのは、紛れもなくパートナーの神尾 惣介(かみお・そうすけ)なのである。
「ちょっと! そこでなにやってるの!!」
 壁の向こうにいる野獣に険しい目を向け、フリューネは大声で言った。
「なにをやっているか、か……。なぁ、あんた、何故、人は温泉に入るのか、知っているか?」
「えっと……、そこに温泉があるから?」
「違う!」惣介は吠えた。「人が温泉に入るのはそれであってるかもしれねぇ……、だがなぁ! 漢(おとこ)が温泉に入るのは女湯を覗くためなんだよぉおお!! これは5000年前からずっとそうなんだよぉ! 間違いねぇ!」
 彼は興奮しているのか、壁でリズミカルに叩いている。
「だから俺は……、女湯を覗くぜ!」
「(頼むから、フリューネを刺激しないで……)」
 完全に熱暴走している相棒に、ジョシュアは頭を抱えた。
「28の癖に年甲斐ないと思うかもしれねぇ。漢(へんたい)はなぁ、何歳になっても女湯を覗きてえんだよぉおお!!」
「知るか!」フリューネは怒鳴った。
「唸れ! 俺の漢の本能! 唸れ!! 俺の下半身のサムライソード!! 今宵俺の刀は女体を求めてるぜぇ!」
 バシィ! バシィ! とこの野獣はナニかを壁に打ち付けている。ナニかは想像したくない。
「いい加減黙らないと、そのナマクラ刀をへし折るわよ……!」
 すぐ背後から聞こえるバキボキと指を鳴らす音に、ジョシュアのほうがちびりそうになってしまった。
「(ちびったら、ボクの小太刀がへし折られるぅぅぅ……)」
 大事なところを押さえて、彼はお湯深く潜っていった。


 そんな燦々たる(若干一名の所為で)温泉に、甲斐 ユキノ(かい・ゆきの)はゆったりと浸かっていた。
 男湯から聞こえる声はあまりにも酷かったが、彼女の耳にはあまり入っていなかった。彼女の視線はフリューネやユーフォリアのぷるぷる震えるおっぱいに釘付けになっていたのだ。百合的な意味でなく、ただ圧倒されていた。
「く……、悔しいですっ」
 今にも消えそうなはかなげな己のそれを押さえ、湯船の隅へと移動する。
 たしかセイニィが先に湯に浸かっていたはずだ、彼女に会えればこの胸の焦燥感は消える気がする。
 すがるような思いで、彼女はセイニィを探した。
「あのー、セイニィさーん、いらっしゃいますかぁー?」
「……おい、呼んでるぞ?」
 息を殺していた総司は、ちらりと横を見た。
 見れば、セイニィが湯の中に沈み込んでいる。どうやら長湯してのぼせてしまったようである。
「ま……、まずい、ひっじょーにまずいぞ、これは……!」
 総司は湯煙にうっすら見えるユキノを見つけ、意を決してとある暴挙にでた。
「……は、ハァイ! あたし、セイニィよ(甲高い声)」
「あ、見つけましたよー、セイニィさん」
 ぱしゃぱしゃとユキノは近付いた。湯煙に紛れ互いの顔はよく見えない。だが、胸ぐらいなら確認出来る。ユキノはセイニィ(偽)の胸を覗き込んだ。彼女の想像通り、いや、想像以上のペチャパイで安堵する。
「そうですわよね、小ちゃい人だって世の中にはたくさんいる」
「このアルバギエのセイニィのおちちにナニかついてるのかしらん(甲高い声)」
「なんです……? アルバギエ……?」
 聞き逃せない言い間違いに、彼女は目を凝らし、悲鳴を上げた。
 彼女は一応、ディテクトエビルで警戒していたのだが、なんら反応を示さなかった事に苛立った。
 しかし、反応しないのも当然だ。のぞき魔にあるのは悪意ではなく、愛でる気持ちなのだから。
 ユキノは震える手を押さえつつ、銃型HCを浸かってセイニィ(偽)の情報を送信した。すると、ものの数秒で契約者の甲斐 英虎(かい・ひでとら)が、どこか廃墟の屋上から、温泉にダイブしてきた。
「どこだー、のぞき魔ー! おとなしくお縄につけー!」
 瞬間的に光条兵器を出し入れし、総司の目をくらませる。
 その隙に、ロープでふんじばろうとする英虎、二人はごちゃごちゃの揉み合いになった。
「……って、キミも出て行きなさいっ!」
 フリューネは怒鳴った。のぞき魔を取り締まるのに、女湯に男を入れては本末転倒である。
 しかし、英虎はタオルで胸元を隠すフリューネを見ても、微塵も心を動かされなかった。
「ああ、そう言う事かー。心配しなくていいよー。俺は女の裸に興味ないんだよねー」
 息を飲み、フリューネは女生徒たちとこそこそ話し始めた。
 しばらくして、噂が広まり、彼は一目置かれる事となる。薔薇学から転校の案内も届いた。夏には同人誌も出回ろう。
 と言っても、彼はそっち側じゃなくて、どちらかと言えば達観し過ぎて聖人入っちゃったタイプの人間だ。
「ほーら、やっと捕まえたぞー。あれ、君はたしかうちの学園の有名な部活の人じゃ……」
 抵抗を続けていた総司も、やがてお縄についた。
 その頃には、のぼせたジョシュアが湯に浮かび、男だと言う事が白日の下に晒された。
 二人は揃って、戦艦島にある懲罰室『まことの部屋』に送られ、反省文を書かされる事になった。ちなみに、何故この懲罰室の名が『まことの部屋』なのか、その由来を知る者は少ない。