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・空京大学1


 ビジネス地区の最も外れにあるのが、空京大学だ。学部ごとに専門の研究機関を設けるほど、徹底した指導体制が敷かれており、まさにエリート養成機関と言えるだろう。
 現時点で大学院は正式に設置はされていないが、招聘された教員によっては学生を指導下においているため「第0期生」は存在する事になる。もっとも、学位は正式に設置されない限り与えられることはないのだが。
 ともあれ、そんな空京大学は構想段階から広大な敷地を確保していただけあって、小さな街だと錯覚してしまうほどである。
 今回の缶蹴りにおいても、最大の広さを持っている。巨大な本校舎と各学部が所有する研究棟を合わせればそれも当然といえる。
「銃型HCで100m範囲は予めマッピングし把握してあります。いくら母校とはいえ、正確な距離感までは掴んでいませんからね」
 御神楽講堂で、島村 幸(しまむら・さち)は缶から100メートル圏内のデータを参照していた。結界で分かるとはいえ、それはその境界に差し掛かってのこと。守備側は事前に把握しておかないと墓穴を掘る可能性は高い。
「では、私は圏外の人達を捕獲しに行ってきます」
「こちらは任せて下さい。既に参加者データも転送済みです」
 一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)が、足元にアタッシュケースのようなものを置いた。パートナーのリリ マル(りり・まる)である。メモリープロジェクタを用いて参加者の全データを取り込んだのだ。
「いくら参照できる状態だからとはいえ、捕まえるために画面を見ている余裕はありませんからね」
 顔を覚えてなければ不利である事に変わりはない。
「キャンパス内にトラップを仕掛けてきたぜ。場所はその地図データに打ち込んでっと。オレも圏外に捕まえに行くぜ」
 橘 カオル(たちばな・かおる)もまた、守備側の捕獲担当だ。
「知り合いも何人かいたし、参加者の顔も大丈夫だ」
「では、参りましょう。私とピオス先生は理系学部の研究区域から回ります」
 幸とパートナーのアスクレピオス・ケイロン(あすくれぴおす・けいろん)は、自分達にとって馴染みある理系棟へと移動した。
 対しカオルは正門から講堂までの通りと、文系学部だ。
(あとは……これは他のエリアの方にも伝えておきますか)
 移動中に、幸は他のエリアの守備の人全員に対し、自分が気付いたルールに関する事実を伝える。
「では、頑張って捕まえてきて下さい」
 アリーセはそんな三人を送り出した。
(倒させないための策は、こちらにもありますよ)

            * * *

『まあ、参考までにって感じだけどさ』
 エリア4の攻撃側の人間に対し、高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)が提案する。その内容を文面で送った。
『大学のキャンパスってだけあって隠れる場所はたくさんある。ただ問題なのは、守備側に空大生がいた時だ。きっとそこも把握して罠を仕掛けてるだろうよ』
 さらに続ける。
『守備側が外にも攻めてきてれば、何人かで陽導して、その隙に缶を狙うって手がいいかもしれない。リスト見る限り、このエリアは攻撃が19人いる。手分けすれば何とかなるだろうさ』
 携帯から確認した限りでは、そうなっていた。
『あとはこっちはこっちで連絡を取り合った方がいいかもな。なんとなく、このゲームは一筋縄じゃいかなそうな気がする。特に100メートル圏内は顔を見られたらアウトだ。気をつけねーとな』
 それは正しい認識だった。
(さて、全体が見渡せる場所といえば……)
 本校舎の屋上。悠司の目指す先はそこだった。

            * * *

(……うーん、よく分からない)
 法学研究棟の裏で、アリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)は頭を悩ませていた。十六項もあるルールを正確に把握し切れていなかった。
(とりあえず、タッチされないようにしながら缶を蹴ればいいのよね?)
 そこへきたのが悠司からの連絡だった。
(なるほど、100メートル以内だと見られて缶を踏まれたらダメなのね)
 ルール14は、正しく読まないと大きなミスに繋がる。
 14.守備が複数いる場合は、攻撃の人間をタッチし、大声でその人の名を叫べばよしとする。ただし、缶から半径100メートル以内は通常の缶蹴り同様に、缶を踏んで名前を呼ばなければならない。
 改めて述べるが、100メートル圏外ではかくれんぼ&鬼ごっこ、圏内では日本でお馴染の缶蹴り同様、という意味である。
 ただし、このエリアに限ってはこのルールはかなり有効に働く。なぜなら、
(じゃあ、缶を守ってる人が全員缶から離れてさえいれば、何も怖いものはないわ)
 ただでさえ講堂までの道には障害物が多い。しかも範囲内はタッチルールがない。10メートルでいい、缶から引き離せれば勝算はある。
 周囲を見渡す。建物の灯りはまばらながらに存在した。理系学部方面に多いのは、夜通し研究を進めている教員がそちらに多いからだろう。
 そんな理系学部側に潜む者もいる。
(こっからどうやって近付くか、やな)
 七枷 陣(ななかせ・じん)が医学研究棟から様子を窺っていた。ブラックコートで気配を絶っている。
 まだ講堂まではかなり距離がある。そのため、学部棟間の移動はバーストダッシュだ。
 その途中で、彼はぴたっと一瞬止まった。いや、止まってしまったのだ。ディテクトエビルにより鬼眼を向けられた事に気付く。しかも威圧感まであった。怯みはしなかったのは、博識の効果である。だが、それに反応してしまったとい事は……
(ふふふ、見つけましたよ!)
 物陰から飛び出そうとした瞬間、星輝銃による閃光が飛んできた。
「おい、幸。万が一当たったら反則になるから気をつけろよ」
「大丈夫ですよ、絶対に当たらないように撃ってますから」
 現れた守備側の人物は幸である。
(この気配、幸さんか!?)
 すぐそばまで来ているのに判別がつかなかったのは、その人物がパワードマスクを被っていたためである。
 もっとも、顔が分からないようになっているのは彼女に限った事ではない。
「そこにいるのは分かっていますよ」
 一歩一歩、近付いてくる。
(まだ捕まるわけにはいかんな、よし)
 両者にはまだ若干の距離がある。陣はあえて姿を晒した。
「仮面ツァンダー・ソークー1、見参!」
 陣もまたツァンダーマスクを被っている。彼はそのまま幸の方へ駆け出していった。
 勢いよく。
「ヤケになりましたか」
 そのままタッチしようとする、幸。だが手ごたえはない。それもそのはずだ。
(幻覚……ですか)
 そう、陣は姿を晒すと同時にその身を蝕む妄執を発動させたのである。その隙にバーストダッシュで離脱したのだ。
(やられましたね、ですが……)
 すぐに彼女も動き出す。
(はは、まだまだこれからですよ!)
 幸がマスクの下で笑みを浮かべながら、上空を見上げた。

            * * *

 キャンパス上空。
「さて、缶はどこでしょうか?」
 クロト・ブラックウイング(くろと・ぶらっくういんぐ)が空飛ぶ箒に乗って、講堂を目指していた。
「確か、このエリアは御神楽講堂前だったよねぇ。あの一番目立つ建物なんじゃないかなぁ」
 と、箒の後ろに乗っているパートナーのオルカ・ブラドニク(おるか・ぶらどにく)が言う。缶の位置がビル街と同じくらい分かりにくいのがこのエリアだ。
「上から、缶の周囲の状況を把握して他の人に知らせるとしますか」
 低空飛行で棟の間を縫うように飛んでいく。
 しかし、
「な、箒が……」
 箒が燃えだした。火蛇の姿――アスクレピオスのヒロイックアサルトによる火術である。
 それをオルカが氷術でなんとか打ち消す。
「ふふ、はははこれで二人です!」
 地上すれすれまでに高度が下がっていた。そのため、幸はすぐ近くまで迫っていたのである。
「今のが直接攻撃じゃないなら……」
 オルカが次に放ったの光術だった。目晦ましをして時間を稼ごうとする。
「しまった、マスクを被ってました!」
 クロトが見た幸は、顔にパワードマスクを装着している。それのせいで、光術が効かなかったのだ。
「クロト・ブラックウイング!」
「オルカ・ブラドニク!」
 エリア4、二名捕縛。

(行くなら今のうちだな)
 クライブ・アイザック(くらいぶ・あいざっく)から、その様子は見えていた。
 守備側がタッチしようとしたその瞬間に彼は講堂を目指した。
(100メートル以内に入っちまえば、見つからなきゃ大丈夫なんだろ)
 缶の圏内で、講堂以外で身を隠すのに最適なのは学生会館である。そこまで行ければ、あとは機を窺って缶を蹴るだけだ。
 が、そこで何かに引っかかった。
(何だ、これ?)
 カオルが仕掛けた蛍光ペイントであった。闇夜でも、その色は十分に目立った。
(ヤバいな)
 ブラックコートを着た上に浴びた以上、こうなってしまっては姿を隠すのは難しい。
 そうなったらやる事は一つだ。
(せめて相手を引きつけねーとな)
 陽導。
 とにかく守備側をかき乱す必要がある。
 そのまま、ひたすらに講堂めがけて駆け抜けていく。途中で鳴子に引っかかるのもお構いなしに、だ。
 

 鳴子の音が響く。
(誰かが相手の罠に引っ掛かったか?)
 超感覚によって朝霧 垂(あさぎり・しづり)はその音を捉えていた。彼女がいるのはそこから離れた、正門から伸びる大路の辺りだ。パートナーの夜霧 朔(よぎり・さく)もまた、垂と連携して進んでいる。
(でも、そっちに気が向いてるだろう今なら距離を詰められる、か)
 並木に姿を隠しながらどんどんと近付いていく。
(ん?)
 見渡すと、点々と段ボールが置かれている。
(隠れているのは敵か味方か……)
 段ボールに隠れながら缶を狙うという手法も、確かにある。ただ、それを確かめるためには近付かなければならない。
 自分から遠いものはあえて無視し、静かに進んでいく。
(あれは、何かはみ出してるな)
 段ボールの一つをそれなりの距離で見る機会があった。しかも、そこからは動物の尻尾らしきものがはみ出している。
 垂の姿が、段ボールに少しずつ迫っていく。
(犬の尻尾、って事はカオルか? なら気付かれないうちに離れ……)
「朝霧 垂!」
 その背後から、カオルが手を伸ばした。段ボールに視線がいった隙に接近していたのだ。
 だが、
「何ッ!?」
 その手は空を切った。
(残像、いやメモリープロジェクターによる投影か!)
 垂本人ではなく、朔が投影した映像だった。
(そう簡単に引っ掛かるかよ。さて、今のうちだ)
 段ボールの中身は超感覚で、近付かなくてもなんとか察知出来ていた。だからこそ、あえてそれを確かめにいくかのような「映像」を流して守備側が近くに潜んでいないかを確認しようとしたのだ。
(が、一切気配を感じさせなかったのは見事だぜ。こうしなきゃ危なかったな)
 そのまま彼女達二人は100メートル圏内に辿りつこうとしていた。
 しかし、カオルもすぐに追いかけていく。
 先に垂達が圏内に入るか。それともカオルがその前にタッチするか。
 ここでも一つの勝負が繰り広げられていた。

            * * *

(追われている?)
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が、垂達の姿を捉えた。
(あのまま逃げ切れればいいんだけど、厳しいよな)
 しかも追われているのが女性とあらば助太刀しないわけにはいかない。エースの性によるものである。
 垂達は上手く闇に隠れながら移動してこそいるが、段ボールの一件で大体の位置をカオルに特定されていた。
(この近くの鳴子は全部無効化しといたよ)
 クマラ カールッティケーヤ(くまら・かーるってぃけーや)がエースに囁く。トラッパーやピッキングのスキルによって、罠解除を試みたのだ。
(それと、今守備の人はあの人ともう二人が動いてるみたい。それにまだ、100メートル以内に入った人もいないって)
 何人かは捕まったものの、それでもまだ守備側の隙を見て圏内に侵入出来た者はいないようだ。クマラが連絡を取り合って確認したらしい。
 それをしていたのは、二人だけではない。
『ならば、ここは私達で引きつけておきましょう』
 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が小人の小鞄を取り出し、小人を解き放つ。それも、わざと物音を立てさせるようにして。
 なお、エース達とは異なり、メシエとエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)は別々の場所にいる。同エリア内ではあるが。
『こちらは、少しずつ攻撃側の皆さんが集まってきています。まあ、一番高い場所はここですからね』
 エオリアはどうやら本校舎の屋上にいるらしい。そこからなら御神楽講堂も見える。
(よし、一人はここで食い止めるか)
 エース達はカオルを。
 メシエは幸達を。
 それぞれ足止めしようと動き出した。
 そして、本校舎の屋上。
(こっちにも誰かがいるかもしれない。こっちでも陽導出来るように準備した方がよさそうだ)
(ええ、囮で撹乱した方がよさそうですからね)
 エオリアがいる屋上には、悠司の姿があった。二人は小人の小鞄を使い、小人を放った。
(攻め込む奴らのために隙を作っとかねーとな)

 静かに、このエリアも決戦の時を迎えようとしていた。