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来訪者と襲撃者と通りがかりのあの人と

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第6章 すれちがい


 イルマ・スターリング(いるま・すたーりんぐ)に付き合って、道明寺 玲(どうみょうじ・れい)は空京にやって来ていた。
 イルマは大のお菓子好き。空京に噂のアイスクリームショップができると聞いて探していたのだ。
 当たりを見回すと、アイスクリームショップの出店が見えた。カラフルな風船をたくさんつけた大きなワゴンに、アイスのショーケースが乗っている。
「あ、ここ。ここどすなぁ」
 イルマは嬉しそうに言った。
 彼女が喋ると、ほわほわと春の空気がやってきたような気がする。
「それがしはお茶に合えばなんでも……」
 きっちりと着込んだ執事服が似合う玲は、イルマの隣にいると破天荒お嬢様の付き人といった風に見えた。たぶん、普段の主導権もイルマにあるのだろう。そんな雰囲気だ。
「そうどすなあ。抹茶に、ミルクティー、アップルサイダー&ポップキャンディーなんてアイスもおますなあ」
「それは、お茶そのものでは?」
「それを言ってはあきまへんえ。あ、棗のコンポートのトッピングもおますなあ」
「棗ですか。それは紅茶に合いますな」
「うちはミントシャーベットに桃のコンポートのトッピングにしますわ〜。あ、マスカルポーネとベリーのレアチーズ風も。それと、定番のクッキー&クリーム、日向夏のシトラスケーキアイス、りんごとワインのシャーベットとアフォガードも貰うで。お勧めのアイスも2、3個おくれやす。サイズはラージ……は、やめときますわ。小さなサイズは邪魔くさい。面倒ですなぁ、全部、パイントで貰いますわぁ」
 ニコニコと笑って言うイルマの様子に、バイトの女の子は目を丸くした。
「い、いいんですか?」
「えぇ、おくれやす」
 イルマはさらりと言った。
 1パイントは473ミリリットル。
 それを8〜9個というのは驚異的だ。
 今日の気温は暖かく、アイスなどすぐに溶けてしまう。その全部を美味しいうちに食べ切るのは難しいと思われた。
 しかし、イルマは嬉しそうに微笑んでいて、店員は食べすぎでは、とか、溶けますよとか言えない。
 店員は言われたとおりにアイスを詰め、イルマに渡した。
「おおきに〜」
 イルマは大きな袋の取っ手に腕を通し、手にはコンポートで飾られたミントシャーベットを持っている。
 くるりと振り返ると、玲が表情一つ変えずに見つめている視線とぶつかった。
「何の味にするかお決まりやした?」
「それがしはミルクティーアイスをスムージーにしていただいて、棗を入れていただこうと思っておりますよ」
「それは良うおます」
 イルマは玲に前を譲り、自分はパクパクと食べ始める。
 アイスの上には桃のトッピングとミントの葉。アーモンドの入ったとても薄いクッキーがウエハースの代わりに刺さっていた。
 玲がスムージーを買って戻ってくるまでに、イルマは最初のアイスを食べ終えていた。
「ああ、美味いしゅうおます。さて、次……あッ!」
 イルマは袋から取り出そうとして下を向き、その瞬間、背中に衝撃を感じた。
 アイスが転がり落ちた。
「アイスが……」
「痛いよぅ〜」
 子供の声が聞こえた。
「え?」
 ぶつかってきたのは子供なのだろうか。
 イルマは慌てて顔を上げる。
 そこには薔薇の学舎の制服を着た少年が倒れていた。
 長い白髪を一本の三つ編みにしている少年は、まだ小学生ぐらいに見えた。
 買い物を済ませ、後ろで立っていた玲は、ポケットから刺繍入りのハンカチを取り出し、少年に差し出す。
「お怪我はございませんかな?」
「う、うん……大丈夫。ごめんなさい」
「あ、うちは平気ですえ」
 イルマは笑った。
 少年の顔を見ると、足を打った痛みのために瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。
 長い睫に縁取られた瞳は、紅玉のような赤。少女のように愛らしい子だった。
「おや、薔薇の学舎の生徒さんですかな?」
 玲は気が付いて言った。
 少年は上気した頬を赤く染めて頷く。
「う、うん。あのね、俺ね……今日からなんだよ」
「え? 今日からですか?」
「そうなの。今日から学校なの」
「ほうほう」
「空京って、素敵だよね」
「はあ……」
 玲は少年の言葉に目を瞬いた。
「素敵なもの、いっぱいだよね。俺ね、お買い物してたんだよ。お部屋に何か飾ろうと思って……」
「そうでございますか。珍しいものが多うございますしなあ。何か良いものはございましたかな?」
「そう! いっぱいあったよ。あのね、あのね、美味しいアイスクリーム屋さんがあるって聞いたんだ。でも、どこかわからなくって」
 そう言って、少年はしょんぼりした。
 玲は少し考えてから言った。
「お探しのお店とは、もしや、ここではないのですかな?」
「え? あ、そう! ここだよ! ……でもぉ」
「でも?」
「空京本店の方が……いいなあ。たくさん種類があるし。ねぇ、おにいさん。場所知らないかなぁ」
「お、おにいさん……そ、それがしは【お姉さん】ですが」
「ご、ごめんなさいっ! おねえさん、大きいんだもん」
 上目遣いで少年は言った。
「大きくっていいなあ。俺ね、149しかないの」
「男の子はそのうちに大きくなりますとも」
 少年の小さな悩みに玲は微笑んだ
「ぎょうさん食べたら大きくなれると違いますのん?」
 二人の会話を聞いていたイルマは言った。
「お小さいんやし、ぎょうさん食べたらええと思います〜。そうそう、袋にパンフレットが入っておましたえ」
 そういってイルマはパンフレットを渡した。
「ここに本店の住所がおます」
「わあ、ありがとう! 早速、行ってくるね♪」
 そう言うと、少年は何度も頭を下げ、そして、本店の方向へと走っていった。
 しかし、玲とイルマの二人は彼が迷子であり、捜索隊を結成してまで捜している人物だなというとは、まったく知らなかった。