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大脱走! 教諭の研究室(ラボ)と合成獣

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大脱走! 教諭の研究室(ラボ)と合成獣

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第1章 みぃ〜てぃんぐ

 静かだな……。
 校内に響き走ったエリザベート校長の校内放送が、ベルバトス・ノーム(べるばとす・のーむ)教諭の研究室から獣たちが逃げ出した事を伝えた。
 パートナーの漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)と共に大図書館を後にした樹月 刀真(きづき・とうま)は、特別騒がしい様子のない雑奏に違和感を覚えていた。
 幼く甲高い声が告げた「むやみやたらに面白がらない事ですぅ」という指示に従っているのだろうか、それともノーム教諭の起こす騒動など、もはや日常を乱す要因にならない程に慣れてしまっている、という事なのだろうか。
「まぁ、ノーム教諭も万人受けするタイプではないですしね」
 真意かどうかは別にして、生徒を実験素材扱いしたり、平気で嘘をついたり、高みの見物を決め込んだり。【ノーム教諭の特選隊】として教諭の傍で行動を共にした事でようやく、刀真はそれらを教諭の人間味として受け入れられるようにはなったのだが。
 嫌われる理由は数多にのぼる。研究室では今頃、集まった面々が往々にして教諭の悪口を言っているのではないだろうか、いや、それ以前に室内には誰も居ないという事だって…。
 聞こえくるは教諭への罵倒か、見えくるは人望ゼロという残念な光景か。不安と共に刀真は研究室の扉を開けた−−−
「あ〜あ、またノーム教諭だよ」
「ほんと、話題に事欠かない人だよな。困ったもんだ」
 …… ボヤかれていた。やはりと言うか何と言うか。救いと言えば大きな大きな嘆息を吐いて言ったズィーベン・ズューデン(ずぃーべん・ずゅーでん)の表情に笑みが混じって見えた事だろうか。
 受話器を持つ手を変えて視線を流した葉月 ショウ(はづき・しょう)刀真に気付いて、指の腹を揺らして見せた。
「よぅ、遅かったな」
「えぇ、出遅れたつもりは無かったのですが。みなさん、お早いですね」
 枠だけが急ぎで拵えられたような室内には、ショウを始めとした【ノーム教諭の特選隊】の面々に加え、他校の制服を着た生徒の姿も幾つかに見えた。室内で閑古鳥が鳴いているという画は見ずに済んだようだ。
「いや、まぁ俺たちも大差ないさ。さっきから教諭と連絡を取ろうとしてるんだけど、なかなか。…… おっ…… きょ、教諭ですか?」
 電話の軽反射だろうか。背筋はピンと伸び、声は僅かに泳いでいたが、主の問いである「今回逃げ出した獣たちについての詳細な情報」を聞いてゆくにつれて次第に声の揺れは治まっていった。
 吹雪 小夜(ふぶき・さよ)に腕の裾を引かれてショウは思い出したように教諭に問いた。
「義魂造転機って、どこにあるんです?」
 聞き覚えのある名だった。確かトランプを擬人化させてトランプ兵を生み出した教諭の発明品だったと。数字兵に絵柄兵、そしてジョーカーといった種類が居て、その種類毎に強さとステータスが異なる。過去に剣を交えた絵柄兵との戦いを思い出して刀真は苦笑いを浮かべた。
「えぇ、人手を増やして一気に…… えぇ…… はぁ…… そうですか……」
 教諭の声を流し入れながら、ショウは目を伏せて小夜に首を振った。
 トランプだけでなく、「蒼空学園生のメガネ」や「イルミンスールのスカーフ」を擬人化して人手を増やそうという提案をしたのだが。擬人化するには専用のデータと特別なプログラムを組む必要があり、それらは、やはり教諭でなければ出来ないようなのだ。
 小夜は笑みと共に小さく肩をすくめてから、全壊した研究室の奥へと歩みを始めた。新たなプログラムを作るは出来ずとも、既にプログラム化されているトランプ兵に関しては命令を上書くことの許可を得ることができたのだ。
 教諭との打ち合わせを希望する生徒を募ると、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が挙手をした。受話器を手渡して小夜を追おうとしたショウを、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が声をかけて止めた。
「待って! バラバラになる前に、みんなで携帯の番号を交換しておこうよ」
「あ、あぁそうか、そうだな」
 なるほど、集まった面々はそれぞれに合成獣たちの捕獲に向かうわけで。タテガミ膨植ポニーのタテガミをマトリョーシカ猪が食べるのなら、捕獲後は合流するが正答だよな。連絡先を交換しておけば、捕獲完了後に援護に向かう事も、緊急の際に駆けつける事もできる。まぁ、緊急の事態なんて起きない… よな?
 紐付きプクプク譜グの捕獲に向かうレキマトリョーシカ猪の捕獲に向かうというナナ・ノルデン(なな・のるでん)ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)、そしてタテガミ膨植ポニーの保護を目指す漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)と番号を
交換した。
「捕獲対象のマッ猪の属性までは、特定しなくても良いですよね?」
「そうね、どの色を発見できるか分からない今、行動を限定するような規律は創るべきではないわね」
 ナナローザマリアが打ち合わせている内容は、マッ猪だけに言える事じゃない。やはり必要だぞ、トランプ兵。
 探し向かった先へ顔を向けると、そこに小夜の姿は無く−−−
「…… 見つけたよ」
「おわぁっ!!」
 なぜに声を潜めて? 耳に今、触れなかったか? いつもの悪戯のつもりか! こっちは全然笑えねぇぞ!
 心臓が乱暴に跳ねている。目を丸く丸くしているショウに、小夜は今度は離れて言った。
「義魂造転機を見つけましたわ」
「お、おぅ…… おぅ、わかった」
「こちらです」
 なぜに口調を変えた? って言うか、さっきのに対するコメントは無い訳か?!
「あの、ちょっと良いかなぁ」
 申し訳なさそうに声をかけてきたのは清泉 北都(いずみ・ほくと)だった。いや、気を使う必要なんてどこにも一切にないんだけどな……。
「トランプ兵を動かすんだよねぇ? 個別に命令できるなら、修復作業をする兵を少し割り振ってくれると助かるんだけどなぁ」
 そうか、合成獣たちを捕まるだけじゃない、同時に研究室の修復もしなくちゃならないんだった。檻が無ければ捕獲しておくことだって出来ない。
「個別にも可能なはずだから… サニーの13体で、どうだぃ?」
「もう一声っ!」
 満面の笑みで七尾 蒼也(ななお・そうや)が人差し指を立てていた。視線が集まりを感じて、アハハと笑った。
「あ、いや、合成獣たちの待遇を改善させたくてさ。暑くないように屋根も作ってやりたいし。だから人手が欲しいんだ」
「了解。ムーンの13体も修復作業に回そう」
 約束の後に小夜の元へ。彼女は雷術で電力を送って「義魂造転機」を起動させていた。
「準備、出来てるよ」
「さんきゅ。始めよう」
 教諭に聞いた通りに文字盤を操作する。ディスプレイ上のトランプに「了」の文字が次々に貼られてゆく。
「紐付きプクプク譜グを見つけて、一網打尽!」
「紐付きプクプク譜グを見つけて、一網打尽!」
「紐付きプクプク譜グを見つけて、一網打尽!」
 トランプの一枚一枚に命令を打ち込まなきゃって…… 嫌がらせだろ…。
「うぉおぉぉおぉぉぉ!」
 指だけが舞う舞うダンシング。
 紐付きプクプク譜グを!
 タテガミ膨植ポニーを!
 マトリョーシカ猪を見つけて、一網打尽!
 研究室の修復作業を手伝うこと!
 生徒たちの安全を守ること!
 真管の中では通電と爆発が起こり、直径2m近いパイプからは擬人化されたトランプ兵たちが次々に跳び出してくる。 
 既に部屋を後にした生徒たち同様に。
 各マークの絵柄兵を中心に兵たちも、己に課せられた指令を果たすべく部屋を駆け出てゆくのだった。