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空賊よ、パパと踊れ−フリューネサイドストーリー−

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空賊よ、パパと踊れ−フリューネサイドストーリー−
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第1章 Good Day Sunshine(2/3)



 カシウナ郊外の小高い丘に、旧ロスヴァイセ邸跡がある。
 空賊の襲撃によって屋敷は廃墟と化してしまったが、広大な敷地にロスヴァイセ一族の新たなる住居となった【古代戦艦・ルミナスヴァルキリー】が停泊している。
 マ・メール・ロアでの決戦の傷跡だろうか、装甲板には焼け付いた痕が残っていた。
「装甲板の6、14、15、23、27……に裂傷、資材が足りるといいんですけどぉ」
 朝野 未那(あさの・みな)は船をぐるりと回り、破損箇所を調べている。
 一通りチェックして修復計画を立てると、今度は船内のチェックに入った。艦橋に行って、船内の情報を呼び起こす。戦艦島で修繕した段階で丁寧に作ったおかげか、あの決戦をくぐり抜けてもなお故障は見当たらなかった。消耗した部品は幾つか交換する程度で大丈夫だ。
「すまないねぇ、あたしらはとんと機械に弱くてねぇ……」
 フリューネの祖母【ヒルデガルド・ロスヴァイセ】が言った。
「アサノファクトリーはアフターケアも万全ですからぁ。ご遠慮なくぅ」
 一方甲板では、朝野 未羅(あさの・みら)が大掛かりな作業をしていた。
 洗濯用の小部屋を作るため、船室の一部を解体しているところだった。使う人の負担を減るように、船室と洗濯部屋と甲板を繋げてようとしているのだ。床板を剥がして防水加工を施し、排水のための溝を彫ったり、ひとりで行うにはなかなか大変な作業である。
「うーんと……、ええと……」
 船内の見取り図をくるくる回して、配管を通す場所に頭を悩ませる、未羅。
 彼女が作業するすぐ傍では、朝野 未沙(あさの・みさ)はメイド業に所為をだしていた。
「うーん……、とってもいいお天気」
 太陽はサンサンと照りつけ、夏の様相を露にしている。
 等間隔に並べた物干し台の間で、未沙は手際よく洗い上がった服を干していった。一通り干すと、水を張った大タライに残りの洗濯物を入れてゴシゴシと洗い始めた。残念ながら、このルミナスヴァルキリーには洗濯機と言うものが取り付けられていないのだ。
 昔ながらの洗濯は大変だが、その中にも楽しみは転がっている。
「あ、フリューネさんの脱ぎたてパンツ……」
 純白のパンツを前にゴクリと喉を鳴らした。そっと顔を近づけ、くんくんと臭いを嗅ぐ。
 今、フリューネのパンツが芳醇の時を告げていた。
「ああ……」
 それから、公式には存在しない第二のレアアイテムを発見した。
 籠の上に鎮座ましますのは、古代の英雄のお乳を保護する『ユーフォリアのブラ』である。
「ユーフォリアさんのブラジャー、大きいなぁ」
 メイド服の上から装着してみると、まるでユーフォリアに抱きしめられているようだった。
「おねぇちゃん……、何してるの?」
 はっとして振り返ると、作業の相談に来た未羅が怯えた顔で立っていた。
 しかし、未沙に精神的動揺はなく、平然と聞き返す。
「なにが?」
「それ、ユーフォリアさんのブラなの。さっきのはフリューネさんの……」
「だから、なにが?」
 未沙はニッコリ微笑んだ。
 姉の笑顔に言い知れぬ迫力を感じ、未羅はそれ以上追求するのを諦めた。
「ご、ごめんなさいなの……」


 ◇◇◇


 甲板にはパラソルがひとつ。
 その下の寝椅子でフリューネ・ロスヴァイセ(ふりゅーね・ろすう゛ぁいせ)は午後を過ごしていた。
 頭の上に広がる青い空を白い雲がゆっくりと通り過ぎていく。
「随分優雅じゃない。あたしもたまにはそんな休みが欲しいわ」
 乾いた足音を立てて、シャーウッドの森空賊団団長のヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)がやって来た。すぐ後ろに副団長のリネン・エルフト(りねん・えるふと)も付き添う。
「ヘイリー、リネン……、遊びにきてくれたの?」
 挨拶を交わす三人だったが、ふと、フリューネは二人の格好の奇妙さに気付いた。
「いつものピーターパンみたいな服はどうしたの? それ、この船の乗組員制服だよね?」
 二人が着ているのは、フリューネの服と寸分違わぬデザインの衣装だった。ルミナスヴァルキリー修復時に、ある人物の手によって量産されたものである。
「実はそこでひなの奴に捕まって……」
 見れば、幽鬼の形相で桐生 ひな(きりゅう・ひな)が甲板をうろついていた。
「着せるですっ。この船に乗る人には着せるですっ」
 制服を小脇に抱え、来訪者をいまかいまかと待ち構えていた。何故彼女が執拗に制服を着せようとするのかはわからない。もしかしたら今日すごく暑いのと関係があるのかもしれない。
「ところで、風の噂に聞いたんだけど、お父さんとその……上手くいってないんだって?」
「え? あの人のこと噂になってるの?」
 詳しい事情を尋ねると、フリューネはしぶしぶ口を開いた。
 騎士の伝統をないがしろにして、商売に傾倒してしまった事。ヒルデガルドの怒りを買ってしまい、パパと共に金儲けに関わっていた他の親戚連中もろとも勘当されてしまった事。そして、フリューネグッズの会社を経営している事。
 黙って聞いていたリネンだが、なんとなく疑問を感じた。
「伝統に反していると……ダメ、なの?」
「え?」
「人には得手不得手あるし……、武術で身を立てられないなら金ってなったんじゃないの?」
 ヘイリーをまじまじと見つめ、フリューネは言葉を紡いだ。
「……確かに、人はそれぞれ自分の歩むべき道を歩めばいいと思う。でも、人の進む道を否定する権利はないわ。あの人はロスヴァイセ家の歴史を否定したのよ。騎士なんかじゃ食べていけない、別の商売を始めるべきだってね」
「でも、フリューネの事が大好きなんでしょ? やってる事はあなたのして欲しい事と違うのかもしれないけど……。ちょっと羨ましいな。私はお父さんもお母さんもいなかったし……」
 気遣う表情のフリューネ、その肩をヘイリーが叩いた。
「ま、好きにすればいいわ。仲直りなんてしたい奴がすればいいのよ」
 そこに小声で声が聞こえてきた。
「あの、ボクからもいいかな」
 声はすれども姿は見えず、季節は夏、霊的なアレが出てくる季節である。
 背中に冷たいものを感じつつ辺りを探すと、パラソルの影に水上 光(みなかみ・ひかる)を見つけた。
「ちょっと、光……、驚かさないでよ。古代戦艦の死霊が出たのかと思ったわよ」
「ごめん、フリューネ。追われてるんだよ、あの『ひな』って娘に」
 その時、当のひなが傍を通った。
「あのあの、油揚げみたいな色の髪の少年を見ませんでしたか?」
「えっと……」フリューネはリネン達と顔を見合わせ「見てないわ」と答えた。
「制服を着せるのですー。私の目を盗んで船に侵入するなんてふてえ野郎なのですよ〜」
 制服を着てねぇ子はいねがー、ヘソを出してねぇ子はいねがー……、ひなは去っていった。
 何か妖怪の類いのようだった。
「ふぅー、助かったよ」
 光は影から這い出し、テーブルの上の飲み物をごくごく飲んで一息吐いた。
「……で、だよ。こんな事を言うのはどうかと思うけど、家柄とか伝統とか、そういうのに縛られたらいけないと思うんだ。フリューネも伝統だけでここまで来たわけじゃないでしょ?」
「それはわかってるけど……」
「パパさんだって頑張ってるって点では、フリューネと同じだと思うよ。方向は違うけど……、パパさんが家族のために頑張ってる、っていうのは認めてあげてもいいんじゃないかな」
「うーん、まあ、頑張ってると言えば頑張ってるけど……」
「だからさ……」
 そう言いかけた瞬間、光の手の中のグラスが派手に炸裂した。
「な、な、な……、なんだ!?」
 困惑する光の携帯にメールの着信が。
『おまえを殺す』
 メッセージは一言、その下に画像ファイルが添付されている。先日、ヨサークのところで催された『さばいぶ』なる狂宴の最中、フリューネの胸に光が顔をうずめた時の写真だ。
 速攻で正体に気付いたフリューネは、どこかに電話をかけた。
『はーい、もしもし、パパだよ。フリューネから電話してくるなんて珍し……』
「いい加減にしてよ、パパ! あれほど私の友達を狙撃するなって言ってるじゃない!」


 ◇◇◇


 ところで、外れたパパの弾丸だが甲板の柱に命中していた。
 弾痕は何故かしとどに濡れていた。不思議な光景である。しばらくすると、はらりと柱に貼り付いていた布が落ちた。布は柱と同じ木目が描かれたもので、忍者が隠れ身で使うアレだ。
 下から出てきた出雲 竜牙(いずも・りょうが)はガチガチと歯を鳴らしていた。
 ちょうど股の間に弾痕があり、股はぐしょりと濡れている。驚かせようと隠れていたのに逆に驚かされてしまった。あと数センチ上にズレていたら、第二の人生が始まるところだった。
「もしかして、それ……?」
 濡れた股間を見つめ、フリューネは疑問を口にした。
「ち、違う! これは違う! 汗だよ! 成分的には汗とそう変わらない液体だよ!」
 なんやかんや言い訳したが、目の前の真実から皆の目をそらす事は難しい。
 置いてあった大タライにズボンを放り、物干にぶら下がっていたジャージを借りた。
「……って言うか、こんな恥をさらしにきたわけじゃないんだ」
 ゴホンと咳払いをして、家族の在り方についてまじめに話し始めた。
 これでもパパに食事の恩義を感じ、一肌脱ぐためにやって来たのである。
「……ウチもそれなりに由緒ある家系だから、伝統を蔑ろにされて憤るフリューネさん達の気持ちは分かる。けどねあの人、フリューネさんの事、本当に大事に想ってるみたいなんだよ」
 数時間前に会ったパパの姿を思い浮かべた。
「家族から勘当されて、罵られて、それでも愛する娘の為に戦ってるんだ。剣を振るうだけが戦いじゃない。親父さんは親父さんの戦場で戦ってる。護るべき者の為に、他の全てを投げ打って戦ってるんだ。親父さんは伝統を捨てた。けど、騎士の魂までは捨ててないんじゃないかな」
「そうかなぁ……、あの人、全然騎士っぽくないと思うんだけど……」
「まあ、的を射ているかどうかは分からないけどね。ただの子煩悩なダメ親父なのかも知れないし、そうじゃないかもしれない。って言うか、全然会ってないんだろ。だからさそれを確かめる為に、一度親父さんと向き合ってみるべきだと思うんだ、フリューネさん」
 竜牙の主張は正しかったが、フリューネはあまり気が乗らないようだ。
「まあまあ、その話はそれぐらいにしておきましょう」
 こちらへ向かって歩きながら、九条 風天(くじょう・ふうてん)が言った。
 数時間前、パパにはめられた彼は少なくとも竜牙の言う騎士の魂は感じなかった。一食奢る程度で人に言う事を聞かせようなど下衆な考え、そこに高潔な精神は見られない。
 ……あのような父親なら、無理に二人を仲直りさせる必要などないでしょう。
 彼はそう判断している。
「今日はマ・メール・ロア戦の戦勝祝いを持ってきたんですよ」
 そう言って手渡しのは、プレゼント用のリボンが付いた『方天戟』だ。
「これならハルバードが折れた時の予備にも出来ます。喜んで貰えると嬉しいのですが……、やっぱり綺麗なドレスとかの方が良かったでしょうか?」
「ううん、嬉しいわ。ドレスはパーティーでしか着れないけど、槍ならいつでも使えるもの」
 握りを確かめるフリューネに微笑みに、風天の胸はドキリと高鳴った。
 フリューネさんに対するこの気持ちは憧れの様な気もしますけれど、しかし共に居ると気力が満ち溢れて来るのも間違いない。もしかすると好きなのでしょうか……?
「ううむ、分からない……」
 自問する彼の耳に聞き慣れた声が飛び込んできた。
「……今日はまた随分と暑い日よりですね。こんにちは、フリューネさん」
 風天のパートナー坂崎 今宵(さかざき・こよい)が汗を流しながら甲板をやってきた。
「お疲れさまです、今宵」
 冷えた飲み物を手渡すと、今宵はぐびぐびと喉を鳴らして飲み干した。
「何処へ行ってたの?」
「殿の命によりチーホウ空賊団のその後を調べていたんです」
 そう言うと、テーブルの上に写真を広げた。場所はカシウナ近郊の小さな町のようだ。そこにある餃子専門店でチーホウ空賊団の面々が働く姿が写っていた。
「彼らの多くはここで働いているようです。大空賊団襲撃で怪我をした店主を手伝って働いていました。横暴なチーホウの元で働かされ、空賊家業に嫌気がさした者が多かったのでしょう」
「多くは……と言う事は、そうでない者もいると言う事ですね」
「はい、チーホウ空賊団の旗艦だった『ドラゴンライド』を使って空賊家業を続けてる者もいるようですね。全体から見れば少数ですが……、殿、いかが致しましょうか?」
 風天はしばし考え、静かに頷いた。
「手はず通りにお願いします」
「はい、また賊に戻った者には追っ手を……、ですね。その様に手配致します」
 携帯を取り出し、きびきびとどこかに連絡する今宵。
 どうやら風天と空賊との戦いは、まだ終わっていないようである。