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夏といえば肝試し!

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9.肝試し(5)

「この札を持って、帰ればいいわけだね」
 綺人は一枚掴むと、辺りを見渡した。
 ここだけひどくぽっかりと穴があいている。天井も高く、不気味な感じさえする。
 さ、さてと……早く戻ろうかね。
 背を向けた綺人の足に、何かが絡みつく。
「え?」
 いや、誰かが…しがみついている!
「うわ? うわわわわ……!?」
 さほど驚いてはいないが、やはり足を掴まれているのは気持ちが悪い。
「アヤ!?」
 クリスが驚いて叫ぶ。そして。
「私のアヤに何をするんですか!!」
 見えない何かを踏み潰すかのように、足踏みし続けるクリス。
 クリスの迫力に恐れをなしたのか、やがて気配が消えた。
 生きているものの仕業なのかはたまた……
「足が楽になったよ……離れたみたいだね」
「本当に?」
「ありがとう、クリス」
「うっ……」
(……可愛い)
 思わずこちらが襲ってしまいそうになる衝動に駆られる。
(自制心、自制心……)
 クリスは念仏のように唱える。
「すごい我慢してるな」
「本当ですね」
 そんなクリスに同情の目を向けているユーリと瀬織だった。

 突然水面が大きく波打った。
 と同時に、中から藻だらけになっている4つの物体が浮かび上がってきた。
「○〜△×〜〜〜!」
 もはや声になっていない。
 あまりの不気味さにレキは悲鳴をあげた。
「いちいち騒ぐでない。あれは……あれは…?」
 ミアは首を傾げる。
 あんな出来すぎている仕掛けは見たことがない。人間のようにぬらぬら蠢き、声まで発している。
「ちょっと……逃げた方が良いかもじゃな」
 その言葉に、レキは慌てて走り出した。ミアでも対処出来ないような化け物とは係わり合いになりたくない。
 逃げている途中。
 剛太郎と鉢合わせになった。
 レキの必死の形相に驚いて、剛太郎も引き返そうとしたが。
 どごっ、と。
 ソフィアにぶつかってしまった。
 バランスを崩し、湖の中へ落ちそうになるのを、剛太郎が慌てて引き止める。そしてレキもミアも。
「あああ、ぁあ、あと数センチで落ちてしまいますわ〜」
「頑張るであります。いくら特殊マシンとは言え、こんな汚い場所に落ちたらマズイであります〜〜〜」
「ひぃ〜助けてくださいですわ〜まさか剛太郎をドン底へ叩き落とす為、洞窟内でイタズラを敢行したことに罰が当たった〜? 違いますわ〜あれは自業自得なんですのよ〜」
「………」
 なんだか助けるのをやめようかなと思う剛太郎だった。

「……どうやら驚いてくれたみたいです」
 藻だらけのクロセルが、騒いでいる皆を見ながら満足そうに微笑んだ。
「でもこれはキツイよ〜」
 半泣き状態で唯乃が答える。
「雪だるまの御加護が〜御加護が〜」
 顔に張り付いている藻を必死に払い落とす美央。
「人を脅かすつもりなんて無かったです〜」
「ハハハ! 最高ね! びしょ濡れの女の人の幻覚見せるつもりでいましたケド、ミーが実演しますネ!」
 ジョセフが、本心なのかヤケクソなのか分からない言葉を発する。
「足がつくから良かったですよね」
 クロセルがそう言うと。
「ちっとも良くないよ〜ドロドロだわ〜」
 唯乃が髪をわしゃわしゃさせた。
「確か、近くに湧き水がありましたよ。そこで身を清めれば、一層爽快な気分になれるんじゃないでしょうか」
「……そっか。祠がある洞窟だもんね。禊みたいな感じね」
「早くそこに行きましょう〜藻が絡み付いて……」
 四人でこの池に落ちてしまったのは、いつのことだったか。その時一体何があったのか。
「ハハハ! 最高ね! 最高ね!」
 ばしゃばしゃ水面をたたき続けるジョセフに、皆何も言えなかった……

「クナイ…なんかさ、一人増えてるとか、減ってるとかっての、ないよね?」
「ま、まさか。そんなわけありませんよ。受付でちゃんとマリエルさんがチェックして下さってますし……」
 北都の思いがけない言葉に、クナイは慌てふためく。
「そうだよねぇ」
「……おかしな話をしましたら、余計に怖くなってきました」
 皆さんどこに隠れているのでしょうか? 逆に、出てこないともっと怖いです。
 この空間に取り残されている気が……
 その時。
 岩陰に隠れていた弥十郎が、ゾンビのごとく現れた。
「あーあーあー……」
 出来るだけ低い声を出して迫っていく、が。
「あぁ、良かった! 来て下さったんですね!」
「え?」
 両手を握られがっちり握手。
「ちょ、ちょっと……」
 固く握られた手とクナイを交互に見つめる。
 北都は何食わぬ顔で辺りに注意を向けている。
「どうしてもっと早く出てきてくれなかったんですかー、怖かったんですよ〜!」
「そ、そう言われても……?」
 弥十郎はぽりぽりと頭をかきながら苦笑した。
「でも出てきてくれて良かったです、安心しました」
「………」
「じゃあお仕事がんばってください」
「はぁ……」
 そう言うと、北都とクナイは去っていった。
 取り残された弥十郎は今起こった事が理解出来ず、しばらく頭を抱えていた。

「……」
「………」
 満夜とミハエル、そしてカナとミミ。
 まるで対立するかのように、お互いを見つめていた。
 祠までの行きと帰り。この池を通らなければたどり着くことは出来ないし、逆に戻ることも出来ない。
 鉢合わせしてしまい視線を反らせなくなっていた。
 反らしたら負けだ。
 せっかくこんな怖い道を、ここまで進んで来たんだ。
「あのぉ、どいてほしいです」
 満夜がにこやかな表情で言った。
「奇遇だわ、あたし達もそう思ってた」
「……」
「………」
 視線がぶつかりあう。一瞬でも気を緩めたら、やられてしまう!
「こっちが…まぁ、わずかだけど真ん中より進んでるのだよ。だから戻って欲しい」
 ミハエルの言葉に、ミミが発狂する。
「嫌ッス! どうやって戻れって言うんスか! 落ちたらどうしてくれるんですか! 仕事着が汚れます! これは大変なんです!」
「………」
「じゃんけんでもしたらどうですぅ?」
 いつの間にか、満夜達の後ろにやって来ていた由宇とアレンが声をかけてくる。
「あ、良い考えですね」
 反対のカナ達の後ろにからも、テスラとウルスが現れ賛同する。
「早く渡らせてくれよ〜」
 隠れ身を解いたウルスがそうこぼすと。
「こっちも渡らせてほしいねぇ」
 アレンが負けじと応戦してくる。
「……じゃあ、やろうか」
 かちあっている代表者、満夜とカナ。
「頑張れ!!」
 由宇とアレン、テスラとウルスが神に祈る。
 視線を外さすに二人は腕だけを持ち上げ……
「さ〜いしょ〜は…、!?」
 二人とも、出したものはパーだった。
「最初はぐーって相場がきまってるんじゃないですぅ?」
「そっちこそ、なんでパー出すんだよ!?」
 由宇の突っ込みに切り返すウルス。
「………」
 いつまでたっても話し合いがつかない。
 こんなことしている間に、下手をしたらまた後ろから誰かがやって来てしまうかもしれない。
「じゃあ、交差するしかないだろう」
 ミハエルの提案にミミが頷く。
「抱き合うような形になってしまうッスが、仕方ないッス」
 おそるおそる、相手を交わして向こう岸へ。体制が崩れると相手にしがみつく。
 死なばもろとも。そして助かるためには二人で協力せねばならない。
「……た、たすかった……」
 すれ違いが成功すると、みんな大きなため息をついた。
「良かったね、ほんとう」
 笑おうとしたそのとき。
 お互いの反対岸から話し声が!
「あぁ〜〜〜待って待って、まだこないで!」
「今からそっちに行くから〜〜〜」
 皆笑みを交わし合うと、背を向けて駆け出した。

「ふわぁ〜すごいですわぁ〜」
 良い脅かし場所がないか、未那達の後をこっそりつけてきてみると、光コケの部屋にやってきた。
 リリィは思わず我を忘れて見入ってしまった。
「なんだよ、すごいじゃん!」
 持っていた爆竹がマリィの手から滑り落ちる。
 エメラルドグリーン色に輝くこの空間は、息を呑むほど美しい。
「カメラ……! なんて無いか」
「そうですわねぇ、残念ですわ。こんなものがあることを知っていれば…」
 その時。土を踏みしめる音が聞こえた。
「うわ! びっくりした、いたんだねぇ」
 プレナは二人に驚いたが、すぐさま視界に広がる光景に心を奪われた。
「? どうしたんですかぁ?」
 プレナの頭に乗って目を瞑っていたソーニョはゆっくりと目を開いた。
「え?」
 眼前に広がる緑の光。
 深い深い森の中に入って、まるで天から光が差し込んでいるかのような、神々しさ。
「すごい……すごいです!」
「来て良かったねぇ、ソーニョ君」
「はい……」
 素直に肯定することが出来た。
「っといけない、脅かし役!」
「え? もう少し見ていかないんですか?」
「あたいはやるったらやるんだよ!」
 駆け出していくマリィに、リリィは苦笑する。
 だがその際。
 落としてしまった爆竹を自分で踏んでしまうのだが、本人以上に、ソーニョが驚いたのは言うまでも無い。

「ちょうど水着を着てきて良かったです…」
 夏菜は湧き水を一すくい、足にかけてみる。
「つめたっ!」
「あたりまえだろう? 洞窟の水だぜ?」
 呆れながらも、禰子は笑顔で答える。
「風邪引いても知らないぞ」
「大丈夫です……え!?」
 人がやって来た。
 思わず叫んでしまいそうになったが。
「お水ありますぇ〜?」
 間の抜けた声に、緊張感が緩む。
 エリス達がやって来た。
「休憩所を作っていたんどすが、お水が切れはりましてぇ」
「脅かすことだけに専念すればいいのですわ」
 エリスに苦言を呈すティア。
「でも、このお水冷たくて美味しいでございます」
 壹與比売が既にごくごくと飲み始めている。
 二人もそれを見て口にする。
「美味しいですわ…」
「本当どすなぁ」

 ぺちゃ。

「え?」
 妙な音が聞こえた。
 
 ぺちゃぺちゃ。

 何かがこちらに向かってやってきている。
「な、なんどすか?」
「ね、ねーちゃん……」
 禰子は咄嗟に夏菜の前に守るように立ちふさがった。
 一体何が──
「あぁ〜やっと見つけました〜」
 全身ずぶぬれ、頭から藻だらけの、クロセル・唯乃・美央・ジョセフの四人が、やって来た。
「どうしたんですかそれ!?」
「ちょっと……落ちちゃって」
 可愛く舌を出す唯乃だが、張り付いている藻がホラーを誘う。
「酷い目にあいました…」
 美央が肩を落としながら、湧き水で顔を洗い始める。
「なんでこんなことになったか不思議デス! ハハハ! ビックリぎょーてんデース!」
「………」
 ジョセフの乾いた笑いに、かける言葉が見つからない面々だった。