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第7章 太陽にほえてろ

 鈴木 周(すずき・しゅう)は、静かに感動していた。
 ビキニ、ワンピース、タンキニ…。制服とは比べ物にならない、薄着姿の女性たちがそこら中にいる。
 右を見ても、左を見ても、露出度200%アップの女の子たちが、きゃっほらんらんと結構楽しげに歩いていて、それをこうして眺めていても、だれにとがめられることもないのだ。
 夏の海。
 それはまさしく男の楽園。
「ああ、俺、今日が今年一番の日。決定」
 くーっ。幸せを噛み締める、その前を木刀を持ったダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が横切った。
「おー。やっぱ、今日はレベル高いよ。かわいコちゃんばっかり」
 ダリルの横にはスイカを持ったエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)がいて、通りすがりの女の子の太ももを軽くつねっていた。(※これは女性に対する最上級の賞賛行為です※)
 された女性はエースに投げキッスを送り、エースは笑顔で手を振って返す。
「ほら、見ろよ。あの薄茶の髪のロングなんか、こっち見てないか? おまえイケメンだしさ。ちょっと行ってみるか?」
「どこへ?」
「だから、あの子のとこだよ」
「なぜだ。何か用事でもあるのか? すぐ済むなら待っていてやるぞ」
 この返答にはさすがにエースは信じられない思いで、まじまじとダリルを見た。
 もちろん聞きつけた周も。
 しかしダリルには、ふざけている様子は全くない。
「……いや、だからさ、おまえだったらあっちを歩くだけで逆ナンだってあるなー、って…」
「逆ナンとは何だ?」
「オーマイガッ」
 周は小さく呟く。
(逆ナンを知らんとは! それこそ男の究極の喜びだというのにッ。説明してやれよ、早くっ)
 周のせっつく思いがエースに通じたのか、エースは逆ナンの意味を説明する。
 言葉の意味を理解したダリルは、頷いて
「また今度な」
 と軽くエースの誘いを退けた。
 エースもこれ以上のちょっかいは無意味と判断してか、話題をスイカ割りに切り替え、2人で話しながら立ち去っていく。
「なんでそこであっちに行かないんだよ?」
 女の子が待ってるっていうのに。女の子の方から誘ってくれるかもしれないんだぞ?
「かーっ、もったいねーっ」
「ふむふむ。それが正しい青少年の反応ですよ、周さん」
「うっわっ」
 いつの間に?
 当然のように隣で頷いているエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)に驚き、飛びずさる。
 エッツェルは、100人の胃袋でもまかなえるんじゃないかというぐらい大量の食材が入った袋をサンタクロースのように担いで立っていた。
「レベルの高い女性たちはまさしく目の保養。ですが、それはわれわれナンパ師にとって、高嶺の花を意味する言葉でもあるのです。例えばあの女性を見てください、周さん」
「へっ?」
 エッツェルが指差した方向、そこには、広げたタオルの上に座るイングリッド・ランフォード(いんぐりっど・らんふぉーど)がいた。
 さらさらの金髪、白磁器のような肌、冴え冴えとした湖を思わせる真青の瞳とそれを縁取る長いまつげ。白いビキニパンツからすらりと伸びた長い足、どう少なくみつもってもDカップ以上の胸。どこをとっても超S級の美女だ。
「あなたはあの女性に声をかけられますか?」
「……いや、さすがにあれは――」
 ムリ。
 そう口にしようとしたときだった。
 腕に何かがぶつかってくる。
「あ、悪いな」
 しらじらしく謝る、それは霧島 玖朔(きりしま・くざく)だった。
 にやりと不敵な笑みを周に向けたあと、泰然とした動作でイングリッドに歩み寄る。玖朔が近づいてきたことに気づいたイングリッドは、やや警戒してうさんくさげに玖朔を見上げた。
 しゃがんだ玖朔は、互いの距離を一気に恋人同士のみに許される親密な距離へと縮める。彼女の金髪を掻き上げ、その耳元に何かを囁いた。
 玖朔の笑みに応えるように、イングリッドの口元に笑みが浮かぶ。そして互いに何かを伝えあったあと、イングリッドの肩に、かすかに触れるように玖朔の指がそっと触れる。じらすような動きがくすぐったかったのか、笑い出すイングリッドの玖朔を見る目には、その気になった女性特有の、少し媚びたような潤みがあった。
 殺意を持って睨みつける周、驚きに顎をカックリ落としたエッツェル。
 しかしその光景に愕然となったのは、周とエッツェルだけではなかった。
 右の岩崖の上で、メガホン片手に沖で闘う者たちへ向けて嫌悪の歌や怒りの歌を送っていた椿 薫(つばき・かおる)。だが、玖朔の一連のナンパ行動を目撃して、彼の中で、天秤ばかりの針は大きく変化した。
 巨タコは仲間たちの敵、しかしリア充は自分と、はるかに大勢の者の敵!
 彼は大きく息を吸い込み、一気に歌い上げた。

   『もしもしそこのバカップル〜♪
    海辺でイチャイチャしやがって〜♪
    まわりと時間を考えろ〜♪
    とりあえず爆発するがよい〜♪』
           (ウサギとカメの替え歌で。作詞by椿薫)

 突然降ってきた不愉快な呪いの歌に、玖朔の目が岩崖を振り仰ぐ。
 彼の関心が自分からそれたことに気づいたイングリッドもまた、その視線を追い、薫の存在に気づいた。不快そうに寄る眉。玖朔が再びその耳元に何事かを囁く。
 だれにも見られない所へ移動しよう、とかなんとか言ったのだろう。オイルのぬり合いでもしようか、とかも言ったかもしれない。手のサンオイルをプラプラ振っている。
 玖朔の手を借りて立ち上がったイングリッドは、砂を払ったビーチタオルを手に、玖朔と連れ立って歩き出した。
 3人に見せつけるように、互いの腰に手を回し合った2人。玖朔はもう、周たちを振り返ることもなかった。
「……っはー。いやぁ、あんな美女に挑める強者もいるんですね。すごいなぁ」
 私にはとてもとても……と、素直に感心するエッツェル。対し、周は。
「ぢぐじょおー、ナンパ師の風上にもおけないやつめぇっ」
 めらめらと憎しみの炎を燃やしていた。
「大体だな、ナンパっつーのは成功しちゃ駄目なんだよ!」
「は?」
「ナンパの神様を知らないのかっ?「おっじょおさ〜んっ」の掛け声で突撃し、100発100中で討ち死にする奇跡の男! それがナンパの神様となぜ呼ばれているのかっ? それは、彼が絶対にナンパに成功しないからなんだっ!
 ナンパは成功しちゃいけないんだよ!」
「じゃあ一体何のためにナンパするんですか?」
 Mですか、あなたは。
 あきれ返ったエッツェルからの言葉に、何も分かっちゃいないんだな、とばかりに周は鼻を鳴らす。
「決まってる! そこに女性がいるからだ! 女性が目の前にいる限り「おっじょおさ〜んっ」の掛け声で突撃する、それがナンパ師のロマン、ナンパ師の美学なんだ! 成功したらそれができなくなるだろっ。よりたくさんナンパし続けるためには絶対成功してはいけないんだ! それがナンパの哲学!」
 どどん!
 自分の言葉に酔っているフシの見える周に気圧されて、エッツェルは一歩後退する。
 さすがに彼は、そこまでの域に達してはいなかった。というか、達したいとも思っていなかった。
「いいか? これは宇宙創世から連綿と続く、ことわりなんだ! 永遠普遍で絶対的なものなんだよ! そう、まさに海に水着美女がいるように!」
 無言で聞き入っている――ように見える――エッツェルに対し、自説をぶちかます周。目がなんだか軽くイっちゃっているように見えるのは、気のせいか? 本当に気のせいなのか?
 そして周が適当に指差した美女は、なんと、パーカーにジーンズ姿の神楽坂 紫翠(かぐらざか・しすい)だった。
「むっ、そこのおまえ!」
 しゅたっ。
 救護班の1人として、パートナーのシェイド・ヴェルダ(しぇいど・るだ)橘 瑠架(たちばな・るか)と共にぼーっと待機していた紫翠は、突然怒りながら現れた周を、とまどい気味に見上げた。
「は、はい?」
 自分に対して怒っているみたいだが、身に覚えのない紫翠にはサッパリわけが分からない。
(したことといえば、神和たちを治療したぐらいだけれど…)
 周はとまどう紫翠を引っ張って立たせると、いきなりジーンズのチャックを下ろし、一気に足元まで押し下げた。
「! なっ?」
「いいから抜け! 足を抜くんだ! 海でこんなものを着てちゃいけない! これは海と、そしてナンパ師に対する冒涜だ!」
 見知らぬ者から受けた突然の蛮行についていけず、硬直する紫翠。
「あなた、いきなり現れて何を――」
「むっ。おまえ、女だな!」
 ビシッ。周の射抜くような眼光が隣の瑠架を見る。
 全然誇れることではないが、今まで瑠架をひと目で女と見破った者はほとんどいなかった。青の半袖シャツと白のショートパンツ姿の今日も、声をかけてきたのは逆ナン目当ての女の子だった。
 普段の周だったなら、同じように見かけにくらまされて、女と看破することはなかったかもしれない。しかしこのとき、ちょっとイっちゃってるかな〜? という周の頭の中にあるのは、ほぼ本能のみだった。(というか、紫翠を女と判断したことからして、全員女に見えているというだけなのかもしれないが)
「おまえも駄目だ。海に来たら水着になるんだ。脱ぐのを手伝ってやるから、ちょっと待ってろ。そして俺にナンパされて、俺を怒突くんだ」
「はぁっ?」
「……足を抜く、か…」
 ゆらり。紫翠の足が持ち上がり、ジーンズから抜ける。
 しかしその足は同時に、周の顔面に膝をめり込ませていた。
「タコのエサにでもなってこーい!!!」
 鋭い蹴りを受けた周は、そのまま瑠架のサイコキネシスによって内海の中ほどまで吹っ飛んで行く。やがて、ザブーンという水音とともに、周の悲鳴が響き渡った。