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激闘! 海開き

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激闘! 海開き

リアクション


エピローグ

 ドラム缶で盛大に火が焚かれ、そこではエメリヤンによって、巨タコの足が塩焼きにされていた。
 占卜は砂浜宅配ウェイターになるべく、ドリンク類の準備中だ。
 バーベキューは下ごしらえはすっかり済んでおり、焼くだけの状態になっている。包丁も握ったことのない全くの初心者・輝夜だったが、下味をつけ、串に通して焼くだけのバーベキューは、失敗という緊張に襲われることもなく楽しんで調理することができて、大満足だった。海辺にも合うし。これは、この料理を選んでくれた結和のおかけである。
 そして今も、炭の上の網に串を乗せて、焦がさないようにと一心不乱に焼く輝夜を、結和はそうと分からない自然な動作でカバーしていた。
「うん。おいしいね。肉もやわらかいし」
 冷めない程度に端に避けた調理済みの串を結和から受け取っていく人は皆、笑顔で輝夜を褒めていく。
「なんだか、人に料理を褒められるのって、くすぐったいね」
「ふふっ。輝夜さんがお上手だからですわ」
「ありがとう、結和。結和のおかげだよ。ほんと。うん。へへっ」
「こちらこそ」
 照れ笑う輝夜の純真さがかわいくて、結和も大満足だった。
 毒タコがいると知ったときには落ち込んだりもしたけど、今日ここに来て本当に良かったと、心から思っていた。そう、背後からエッツェルのキザな文句が聞こえてくるまでは。
「ああ結和さん。私もあなたの笑顔を見ることができて、心から嬉しく思います。そうやって微笑むあなたはとても輝いていて、私にはまぶしいくらいだ。そう、あの太陽よりもね」
「エッツェル、てめぇ…」
 輝夜の低い、脅すような声も無視し、エッツェルは結和の肩に腕を回す。
「いつもの制服姿のあなたもかわいらしいが、水着姿のあなたは格段に美しい。すらりとした長い足と桜貝のような小さな爪。このボディラインも、とてもセクシーです。着やせするんですね」
「は、あの……ありがとうございます…」
 対処に困っている結和の手をとり、口元に運ぶエッツェルを見て、輝夜の怒りが爆発した。
「セクハラするなって、いってんだろぉ!!」


 エッツェルが輝夜のサイコキネシスで波打ち際に首から下を埋められているころ。
 エクスと睡蓮によるタコ焼き屋は狂乱の大繁盛状態だった。
「睡蓮、手伝うてくれぬか。トッピングと袋詰め、両方は無理じゃ」
「でも、こっちも焼くので手いっぱいで…」
 鉄板は熱いし、トッピングの数は多いしで、2人の目も頭もグルグル巻きになりそうだった。ひと息入れようにも、タコ焼きを求めるお客さんは途絶えない。
「お待たせ。手伝うよ、2人とも」
「唯斗!」
「唯斗兄さん!」
 唯斗が現れたことに、2人の表情が一気に輝く。
「もういいんですか? 唯斗兄さん」
「ああ、なんとかね。にしても、2人だけに忙しくさせちゃったな」
「そっ、そうじゃ。おぬしがなかなか来ぬから、わらわがこのような目にあうのじゃ」
 サッと横に引いて、唯斗に場を譲る。
「ごめんごめん。
 じゃあ俺は何しようか? 焼いた方がいい?」
 エプロンを付けながら、睡蓮がいた鉄板の方に近付く唯斗。
「唯斗兄さんっ」
「ん?」
 呼ばれて振り向いた唯斗の口元に、エクスから1枚の薄焼きせんべいが突きつけられた。
 ワクワク、ワクワク。子どものような目で、2人が唯斗の反応を待っている。
 唯斗は最初こそとまどったものの、すぐにパリンと音を立てて噛み割った。
「うん。おいしいよ。ありがとう、2人とも」


 弥十郎と樹が出した料理はちょっと変わっていた。
 巨タコとタコを合わせたカルパッチョにタコのから揚げをそれぞれ大皿に入れて、紙皿を置き、好きな物を好きなだけ取り分けられるバイキングにしたのだ。
 から揚げはタコの姿をそのまま揚げた物と巨タコの足をぶつ切りにした物、そして酢をきかせた南蛮風味の物と、飽きないようにそれぞれ味を変えて作っている。下味は付けてあったが、一応塩コショウ等調味料を横に置き、好みでトッピングもしてもらえるようにしておいた。これぞまさに至れり尽くせりというやつだ。
「それに、これだったらワタシたちも楽できるしねぇ」
 共同でセッティングしたテーブルに大皿を並べたあと、エプロンを外しながら、隣で待つ水神 樹(みなかみ・いつき)に向かって弥十郎が言う。
「ワタシたちの分は確保済みだし。皆さんの料理もいただいて、海岸の方で一緒に食べようか?」
「はい、弥十郎さん」
 差し出された手を取って、樹は弥十郎と共に歩き出した。


「うめーっ! 涼介兄ぃ、これ、すっごくうまいよ!」
 炊き上がったばかりのタコ飯をひと口食べて、アリアは感動に身を振るわせた。
「大げさですねぇ、アリアは」
 そう言いつつも、涼介は嬉しそうだ。アリアの提案で作ったタコのやわらか煮から内蓋を取り上げ、すうっと匂いを吸い込んだ。
 しょうゆベースで甘辛く煮込んだタコは、いい照りつやで仕上がっている。味も、よくしゅんでいそうだった。
「アリア、あーんして」
「あーん」
 ぽい、と小さなタコを口の中に放り込む。
 そのとろけそうな表情で、出来栄えは訊かなくても分かった。
「涼介兄ぃ、サイコー…。もうほっぺ落ちそうだよ」
 うっとりとした表情で頬に手を当てる。
「アリアの方は終わりましたか?」
「あ、うん。刺身もタコわさもできたよ。お皿に分ける?」
「そうですね…」
 タコ飯、やわらか煮、刺身、タコわさ。フルコースで作ったけれど、何か足りない気がする。
 涼介は中華なべを取り出してコンロに置いた。
「あれっ? 涼介兄ぃ?」
 不思議がるアリアの前で、涼介はタコを薄切りにする。それをカラッと揚げたあと、サルサ風等数種類のディップソースを作り上げた。
「うわーっ、何これ?」
「デザートみたいなものかな。新鮮だからプレーンでもいけると思うけれど、まぁ好みで付けてもらえばいいかと思って。
 さあ向こうのデーブルで盛り分けましょう。アリア、手伝ってください」
「うんっ!」
 アリアは元気よく頷き、自分の調理した刺身とタコわさを持って後について行った。


 水平線で太陽がダルマ夕日を作る。
 赤金色の輝きにつつまれた浜も、内海も、盛況だった。
 ルカルカ、エースたちはそれぞれ持ち寄ったおかしを利用して珊瑚礁の小魚をおびき出し、一緒に泳ぎを楽しんでいる。
 岩場では気の早いイングリットが夜行性のウニを探してうろつき、葵は「結構おいしいのね、あのタコさん」と言いながら、岩に腰掛けてタコの姿揚げを4つ刺した串をほおばっている。
 喧騒を避けて、そっと岩崖に上がって2人だけの食事を楽しむ樹と弥十郎のような恋人たちもいれば、「逆ナン」「ひと夏のアバンチュール」とつぶやきながら、10倍程度に薄めた毒入りの食べ物を持って、男を物色している者もいる。しかし目移りばかりして、結局1人に絞れていないようだ。


「夜の海はムードあるからな。恋人たちには最高だろう。案外、明日まで残る人いるんじゃないか」
 炎を横顔に受けながら、親指をジーンズに引っかけたシェイドが言う。
「乗合馬車の最終便までまだ時間はあるから。でも……そうかも」
 そう、隣の瑠架が答え、夕方の風に目をすがめた。
 昼間はあんなに暑かったのに、夕方になるともうこんなにも涼しい風が吹く。
「泳がないのか?」
「ん?」
「おまえも泳いだらいい。今なら泳げるぞ」
「ふふ。海は好きだけど……水着になる勇気はないわね」
「そうか?」
 笑みを含んだ眼差しで、シェイドは瑠架の横顔を見つめた。


 騒がしい浜を離れ、斜面を上りながら、瀬織はきょろきょろと辺りを見回した。
「もうここしかないんだけど…。どこに行っちゃったのかしら…」
 目をこらすようにして見て、ようやく草の波に埋もれるようにして寝ている人を見つけて、その顔がパッと輝く。
 借り物の麦わら帽子で顔を隠し、仰向けになっている男性。
「ずいぶん捜しちゃいました。こんな所にいらっしゃったんですね」
 そう言って、瀬織は隣に腰掛けた。
 両膝を抱き、そのまま海を見つめる。
 どちらも、何も言わない。
 やがて太陽は完全に海に沈み、薄闇が辺りを覆う。
 明かりは海岸で焚かれているドラム缶だけで、その周りに集まってはしゃいでいる人たちの楽しそうな声は瀬織たちの元まで届いていた。
「……おなか、すきませんか?」
 瀬織が静かに訊く。
「なんでここにいるんだ? おまえ。ここにいても何もいいことないぞ」
 麦わら帽子からくぐもった声がする。
 話しかけられたことに勇気づけられて、瀬織はそちらを向いた。
「あっち行って、みんなと一緒に食べませんか? おなかすいたでしょう?」
「おまえだけ行けばいいよ。俺は腹なんかすいてない」
 言った直後、クゥ、と腹が鳴った。
「くすっ。おなか、鳴ってますよ」
「うるせぇ。どんなときでも腹は鳴るんだよっ」
 そっぽを向いて横になる。
 その丸まった背中を見て、瀬織は視線を海に戻した。
「だれも、何も言ってません。みんな、だれ1人」
「うるさいっ」
「わたくしも、今日はちょっと暴走してしまいました。それも4人に対してですよ? 気絶された4人の方に、タコを積み上げてたんですって。ふふっ。あんまり覚えてないんですけど、タコタワーって言ってたんですって。すごいですよね」
 ちょっと言葉を切って、反応を見る。でも、彼は何も言わない。
「みんな「大丈夫だった?」って言うんです。「もう大丈夫? どこも痛くない?」って。それってすっごくつらいけど、でも、とてもすてきだな、って思うんです。それは、みんな多かれ少なかれ、経験してるからなんです。不用意に人を傷つけてしまうつらさ、そのつらさを知っているから、だからみんな、責めたりしない。
 わたくしを理解してくれる人がこんなにもいる。わたくしを許し、受け入れてくれる人がこんなにたくさん…。これって、宝物のようにすてきなことですね。
 わたくしは、今日という日を決して忘れません。これから先、もしだれかが何かしでかしてしまっても、わたくしは絶対にその人を責めたりしません。絶対、絶対です。
 それで、いいのではないでしょうか」
「……うるせぇよ、おまえ…」
 仰向けに戻った彼から、そっと、麦わら帽子を取った。
 目に涙をいっぱい溜めたセシルに、手を差し伸べる瀬織。
「おなか、すきませんか? わたくし、すごくおなかがすいてしまって。一緒に行って、みんなと食べましょう。ユーリが、なくなりそうな物は確保しておいてくれるそうです。どれもおいしそうな物ばかりなんですよ。あの中で、何が一番人気かしら。食べるの楽しみですね。
 そういえば、ねぇ、セシルさん。ここに来る前、こんなことがあったんですよ――」
 いたわるように手をつなぎ、瀬織はセシルと共に斜面をくだっていった。


「静粛にーっ!」
 ガンガンガン。
 ドラム缶を鳴らして、小次郎が全員の注意をひいた。
「シラギ殿は、もうご自宅にお帰りになるそうだ。最後に自分たちにお話があるということなので、静聴するように」
 小次郎が脇に下がり、シラギが前に出る。
「あー、こほん。
 おまえさんらのおかげで、この浜もようやっと人が呼べる浜になれた。本当にありがとうよ。これで環菜お嬢も、喜んでこの浜に――」
「かんなぁーっ???」
 シラギの話を飲食しながら聞いていた全員が、思いもよらなかった名前に口の中の物をふき出してしまう。
 シーンと静まり返った中、カラーンとスプーンが皿に落ちる音がする。
「か、かかかか、環菜会長の…」
 蒼白した陽太は、パクパク魚のように口を動かす。それ以上言葉にできないようだった。
「そうじゃよ。ここの持ち主は環菜お嬢じゃ。ワシはお嬢に雇われてここの管理人をしておる。おまえさんらこそ、持ち主のおらん浜に、なんで管理人がおると思うとったんじゃ?」
「シ、シラギ殿、聞いておりませんが…」
「はて? 最初に言うたぞ。「隠れ家的なプライベートビーチをコンセプトとして整えられた環菜お嬢お気に入りの浜」じゃとな」
(……小次郎がカットさせたとこじゃん…)
 全員の恨みがましい目が小次郎に向かう。
「うっ…。
 い、いや、しかし、無事成功したんですから…」
「そうじゃ。本当にありがとうよ。お嬢にかわり、ワシからお礼を言わせてくれぃ。本当に、ありがとう」
 シラギは深々と頭を下げた。
「い、いや、シラギ殿。どうか頭をお上げになってください。自分たちは当然のことをしたのですから」
「なぁなぁ、シラギさん」
 と、壮太が人を掻き分けて前に出てくる。
「じゃあオレのカキ氷屋台出店計画は…?」
「環菜お嬢の許可がとれたらの。帰ったら訊いてみるとええわ」
「あーっっっ、そうくるか!」
 頭を掻きむしる壮太の姿に、どっと笑いが起きた。


 彼らから一歩はずれた所では、マリアが悔しそうに唇を噛んでいた。
「持ち主が会長だったなんて…」
「便宜を図ってもらえるように取り入らなければならない相手があのおじいさんではなかったことことが、そんなに悔しいですか?」
 中身の無くなった紙コップを揺らして、ノインが言う。
 マリアは答えない。ノインを見ることもない。
 ノインは、ふう、と息をつき、マリアの紙コップを手から抜くと、自分の分の紙コップと一緒に通りがかった占卜のトレイに返却した。
「ねぇ、マリア。今日みんながかかっていた病気って、何でしたっけ?」
「……はぁ? 熱中症でしょう?」
 あなたもう忘れたの? 振り仰いだマリアの唇に、そっとかすめるようにノインの唇が触れていく。
「ひっかかった」
 月を背に、笑うノイン。赤いルビーの瞳に、小さなマリアが映っている。触れ合った唇から生まれた炎が、またたく間にマリアの顔を熱くしていった。
 マリアが動いて、すわおしおきがくる、と身構えたノインだったが。
「……タコ焼き食べたくなったわ。行くわよ、ノイン」
 マリアの小さな手が、ノインの薬指と小指をとって引っ張る。
 背中を向けていて、表情は不明だが、耳が真っ赤に染まっているのが見えた。
「はい、マリア」
 2人は連れ立って歩き出した。


「あーくそっ、やけ食いだー!」
 目の前に抱え込んだ山盛りの食べ物をガツガツと口に放り込んでいた壮太。その手がピタっと止まる。
「どうしたでござるか?」
 タコの塩焼きにかぶりついていた薫が気づいて訊いてきた。
「んー? いや…」
(なーんか忘れてる気がするんだよなぁ。何だっけかなぁ?)


 そのころ、遠く離れた沖では。
「うーみのー、さばーくをー、はぁーるーばーるとぉー」
 触腕にぐるぐる巻きにされた長門が、巨タコとのコミュニケーションを図ろうと頑張っていた。

担当マスターより

▼担当マスター

寺岡 志乃

▼マスターコメント

 はじめましての皆さんが、多分圧倒的に多いだろうと思います。はじめまして、こんにちは。寺岡といいます。
 今回、こんなにたくさんの方にご参加いただきまして、チキンハートなものですから、書いている間中手がぶるぶる震えっぱなしでした。

 しかも書き上げたあと、校正していて第13章が全部消えていることに気づいたときといったら。
 たぶん、原稿消失はだれでも1度は経験していることでしょうが、本当に全身が凍りつきますね! 血の気引くどころじゃなかったです。部屋の隅っこでしばらく現実逃避をしてしまいました。
 原因は、使用しているソフトのバグだったわけですが。とんでもないバグもあったものです。

 というわけで、第13章はまるまる書き直しになったという、わたしにとっては大変思い出深い作品となりました。

 あと。エースの例のくだりは、本当です。フランスかイタリアだったと思うんですが。だから美人さんは短いスカート履くと大変らしいです。
 ただ、昔のことっぽいので今もそうかどうかは不明です。外国行って、やったりしないでくださいね。


 ここまでご読了いただきまして、ありがとうございました。
 次回はコメディシナリオですが、そちらでもお会いできたらとてもうれしいです。
 もちろん、まだ一度もお会いできていない方ともお会いできたらいいなぁ、と思います。

 それでは。また。