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第14章 オール・ザ・タコキラーメン

 ふわり、ゴムボートに降り立つ遙遠。
「なんですか?」
「遙遠、おまえ正気か?」
「それってどういう意味ですか。返答によっては――」
 ヒュウ、と冷気が遙遠から吹きつけられる。
「わわっ、ちょっと待てっ」
 亮司はあわてて事情を説明した。
「熱中症ですか。なるほど」
「で、あの闘いで、だれが正気でだれが正気でないか分かるか?」
 もっともな問いだった。
 触腕に巻きつかれて恍惚となっている長門、海に沈んだコトノハ、再起に時間のかかりそうな壮太。身悶えているアリアと気絶しっぱなしのジュバルは、たとえ正気でも戦力外だ。
「でっかいタコで作るなら〜、なーにが一番うっまいかなっ♪ 焼きタコ、タコ焼き、すっがた焼き〜♪「日本人だったらやっぱりタコ焼きだよね!(セリフ)」 よぉーっし! タコ焼きに決まりだぁ! おいしく焼けやがれ! いっけぇーッファイヤストーム!!」
 歌いながら火術を放っているウィルネスト。
「ハッハー! どぉしたタコぉ! もちっとマシな攻撃したらどうだぁ? オラオラオラ! このままだと大事な足が落ちちまうぜぇ?」
 光条兵器・パイルバンカーで一撃離脱戦法をとっているルーフェリア。
 この2人あたりは結構ビミョウだ。あの過激さは、熱中症なんだか熱中なんだか。超感覚で強化光条兵器の散弾銃を上空からぶっ放している要も、ちょっとあやしい気もする。
 今思うと、セシルのあの暴走も病気のせいだったのかもしれない。今ごろ正気に返っているかもしれないが、かなり遠くへ飛ばされたからやはり戦力外だ。
 ボートの2人、クレーメックと朔。ボートを沈めようとする触腕の攻撃を卓越した技で防ぐ朔と、テグスを武器に接近戦を行うパートナーの2人に指示を与えつつ、拳銃型光条兵器でけん制をかけるクレーメックには、狂気の様子は全く見えない。
「……たぶん、今残ってるメンバーのほとんどは正気だと思いますよ」
 奇行に走ってないし。
 攻撃相手、間違えないなら多少変でも無問題だし。
 遙遠が見る限り、巨タコに対して一番機動性・破壊力があるのは海上をアグレッシブに動けるグラップラーの唯斗とルイ、正悟だった。
 3人は軽身功、先の先、超感覚、神速等を用いて触腕の無軌道な動きに翻弄されることなく、隙をついては鳳凰の拳等を繰り出していた。骨や関節がなく、筋肉のみの相手だが、それにはそれの攻撃方法がある。
「はぁッ!」
「フンッ!」
 ルイと正悟が前後に挟み、大木のような触腕を同時に打ち抜く。丸く貫通した触腕は強度を失い、続く唯斗の回し蹴りで千切れ飛んだ。
「やったぜ!」
「1本ーっ!」
「おう!」
 パンパンッとハイタッチをして、次の触腕に向かっていく。
 巨タコは、この3人を強敵と判断したようだった。3人を阻止するように水面すれすれで向かってくる触腕は、自分の背丈ほどもある、うねる肉の波だった。スピードもあり、一発入れば簡単に吹っ飛ばされる力があるのは分かっていたため、受け止めようとはせず、タイミングを合わせて飛び越え、紙一重で流していく。
 それは、ほんの少し、ちょっとした判断ミスだった。
 目の前の山を飛び越えようとしたルイのついた手がぬめりに流される。バランスが崩れ、一瞬飛ぶのが遅れた。右足に何かが触れたと思った次の瞬間、ルイは逆さ吊りにされていた。
「ルイ!」
 唯斗が手を伸ばすが、もう手の届く域は脱している。また、残るは2人と見た触腕の猛攻が押し寄せ、唯斗や正悟に救助の余裕はなくなった。
 腹筋で身を起こし、引き千切ろうとしたルイの首に、昇天して脱力しきったアリアを放り出した触腕が絡みつく。
「しまった……くッ…」
「やめろーッッ!」
 彼のピンチに、全員が叫んだ。
 筋肉ハゲ男版のアリアなど見たくない! ルイの嬌声なんぞ聞いた日にゃ、悪夢にうなされるじゃないか!
「はっ。まさかこいつ、それを狙っているのか? 私たちの精神を壊そうと……おそるべし巨タコ…!」
「何ばか言ってるんですか、クレーメック」
 相方のクリストバルがアリアを珊瑚礁まで連れて行ったため、舞い戻っていた桐島 麗子(きりしま・れいこ)が扇でクレーメックの頭をぺしぺし叩く。
「早く狙ってください!」
「無理だ。ボートからでは角度が悪い」
 ジリジリと容赦なくルイの足を這い上っていく触腕に、だれもが覚悟したとき。
 回転する何かが飛来し、ルイの首に絡みついた触腕を断ち切った。
 ブーメランのようにV字型の軌道を描き、戻った強化光条兵器・グリントフンガムンガを受け止める。朔によって、最強最悪の攻撃は未然に防がれたのだった。
 足の触腕を千切ってはずし、自由になったルイは海面まで落下する。
「ありがとうございます」
 朔に礼を言ったルイは、彼女の表情が芳しくないことに気づいてボートへ寄った。
「どうかしましたか?」
「足が多いと思いませんか」
「えっ?」
 聞きつけたクレーメックが、さっと数を数え始める。
「1、2、3…」
 間近で闘っていたルイたちには気づけなくて当然だろう。また、どの触腕も自在に動き、長くうねっているから上空からでも全容を掴めなくておかしくはないが。
「10本ありますよ。少なくともね」
 遙遠が上空から答えた。
「じゅっぽんんんんーーーーっ!?」
「なんでっ?」
「タコは8本でしょう? 10本って……この巨タコ、イカだったんですかっ?」
「イカーッ???? あれがっ?」
「だって、10本はイカでしょう?」
「……いや、待て」
 パニックになりかけたクレーメックたちを制したのは正悟だった。
「たしかタコの足は切り口から増えると聞いたことがある。10本、20本あるタコもいるそうだ」
「マジか…」
「簡単な足し算ですよ」
 そんなこともできないのかと、冷たい目で遙遠が見る。
「珊瑚礁に2本、俺たちが1本を破壊。ジュバルと長門が捕まっていて、ルーフェリアとウィルネストが1本ずつ、麗子たちがテグスで1本の動きを止めてくれて、ルイに2本絡んで……あ、10本ですね」
 唯斗は愕然としながら折った指を見た。
(……シラギさん、あなたの情報間違いすぎですよ…)
 巨タコは全長15メートルじゃなくて触腕が15メートルだし、足は8本じゃないし。アバウトなおじいさんというか、何というか。
「8本も10本も同じです」
 朔が言う。
「1本は動きを制限し、1本は全破済みです。2本は先端部が破壊されていて巻きつけない状態。実際には6本で、うち2本はあの3人によってほとんど機能していません」
 そう言う間にも、ジュバル救出に向かった亮司と綾乃によって、1本が中ほどから切断された。
 あと3本。
「だがSPがそれまでもつか…」
「じゃあ、ヨウエンの案に乗ってみますか?」
 遙遠の案はこうだった。遙遠が氷術により氷柱を作り、それを上空より触腕の付け根近くを狙って降らせる。串刺しになったそれをグラップラーの3人がさらに押し込み、楔とし、そこから本体より引き千切るのだ。
「何度も同じ攻撃をしていたら巨タコに気づかれてしまいますが、3本なら同時攻撃が可能です。
 問題は、あなた方3人が氷柱の所までたどり着けるかですが」
 唯斗、ルイ、正悟は互いに目を走らせ、頷いた。
「任せろ。何があろうがたどり着いてやるさ」
 そうして4人が定位置についたとき。
 はるか海の彼方から、疾走してくる1人の男がいた。


「どぉりゃあああああぁぁあああぁっ!」
 その勢いすさまじく、まるで彼の後ろで海が2つに割れているかのような錯覚を起こさせるほど、水しぶきが上がっている。
 その顔つき、ギラギラとした両目からして、どう見てもセシルが正気に返っているようには見えなかった。
 セシルの異様なテンションには人間だけでなく、巨タコも恐怖したのか、触腕を全て引き戻し、硬く太くして、セシルとの間に壁のようにそびえ立たせる。しかしセシルは一切ひるまなかった。
「タぁーーーーーコぉーーーーーめーーーーー! ゆるっさーーーーーーーんっ!!!!」
 ボートを足場に跳躍。破壊された触腕を階段のように次々と飛び越え、タコの頭上に肉迫する。握り締められた両手では、小さな雷が走っていた。
 えっ? マジか? マジデスカ?
「くらいやがれーーーーーーーーーっ!!!!」
 タコの頭にセシルの両手が触れた瞬間。
 雷術は勢いよく巨タコの全身に流れ、海面を走り――――――――――海水に触れている人間全員を、感電させたのだった。


「なんということだ…」
 小舟の上で呆然と呟く。無事だったのは、ダイビングスーツを着ていた小次郎だけだった。