葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

激闘! 海開き

リアクション公開中!

激闘! 海開き

リアクション


第15章 タコと共に去りぬ

「すごいね、月夜。全員浮かんだよ。屍累々だね」
 日光浴していた刀真が、膝で寝ていた月夜を揺り起こした。気持ちよく寝ている彼女を起こしたくはないけれど、全員がぷっかり浮かんでいるこの光景は、そう滅多に見れるものでもない。
 目をこすりながら身を起こした月夜は、その光景を見て立ち上がった。
「刀真、行かなきゃ。手伝って」
 刀真を引っ張り起こし、月夜は浜に打ち上げられた人の救助へと動き出した。


「おおっ! これはすごいのだ。大忙しなのだーっ」
 負傷者続出に、鼻息を荒くして立ち上がる煙。治療の準備は万端だ。2人のパートナーと共に、うきうき両手を広げて歓迎のポーズをとっていたのだが、しかし、浜を匍匐前進して進む男たちは皆一様に、思い思いのラブリーナースに向かって這って行った。
 それも当然。治療を受けるなら、今は白衣姿であっても着ぐるみを着て踊っていたようなヤローより、やわらかい女の膝を選ぶに決まっているのだ。
「なっ、なぜなのだ? なぜ女の子も来ないのだ?」
 今は白衣姿であっても着ぐるみを着て踊っていたようなヤローより……以下略。
 ポンポン、とだれかに肩を叩かれ「うぇるかーーーむっ」と振り返った煙。しかしそこでは伽耶院 大山(がやいん・たいざん)が、気持ちは分かると言いたげにうんうん頷いているだけだった。


 内海と外海、珊瑚礁にいた全員が感電したため、負傷者は相当な数となった。
 ミルディア、フィリス、瑠架、麻生 優子(あそう・ゆうこ)、レナ、ネージュによる治療が次々と施されていく。治療を受けたイシュタン、セラ、ミシェルも、今度は自分の番と、治療する側に加わって負傷者を捌いていった。
 やがて、大山の治療が丁寧で優しいという意見が出て、大山の元にも女の子の希望者が現れるようになる。だが、いくら待っても煙の前に列はできなかった。――がんばれ、煙! くじけるな煙!
「あれは何をしておるんじゃ?」
 アリスキッスを求められたイシュタンとミルディアが、触れる程度のキスをしているのを見て、シラギが救護者の整理をしていた佑一に訊く。
「ああ。あれはアリスキッスというもので――」
「ほお。ちゅーするとおまえさんらは元気になるのかの」
「え?」
 聞き間違いか? と思った佑一の前、シラギはうんうん頷きながら去っていく。
「よーしよし。今治療してやるからな。
 ほれ。ありすきっすじゃ」
「えっ? あの、ちょっと…」
 ズリズリと、遠くにいる好みの美女まで根性で這っていこうとしていた周が、シラギの自称アリスキッス・チューの最初の犠牲になった。
「ほれ、あんたもじゃ。あんたも。あんたも」
「ーーーーッ!」
 逃げるだけの体力もSPも無くなっていたルイ、唯斗、正悟が次々と犠牲になっていく。
 あとには、真っ白く燃え尽きた4人の魂の抜け殻が並んでいた。
「おお、おぬしも闘っておったの。ご苦労さんじゃ」
「ヨウエンは感電してない」
 襲いかかってきた(?)シラギの顔に、容赦なく遙遠の蹴りがカウンターで入る。シラギは気を失って倒れた。
 これ以上再起不能者をつくられては困る。ちょうどいいから寝ててもらおう。そう判断し、だれも助けようとしない。
「シラギさん、大丈夫ですか?」
 濡れたタオルを額にあてて、いつ目覚めてもいいようにスタンバイしたのはマリアだった。
(クククッ。これでシラギさんに感謝されるのは間違いなしね…)
「マリア、鏡を見て。悪人面になってますよー」
 コソッと耳元で囁くノインの末路は、推して知るべし。
 嗚呼。キジも鳴かずば撃たれまいに。


「おい、タコも気絶して浮いているぞ」
 シェイドの声に、全員が海を見た。
 内海には、気絶したタコがプカプカ浮いていた。
「忘れてたっ」
「今のうちだ!」
 わっ、と動ける者総出でタコを捕獲していく。
 海岸に近い者は氷術で穴をふさいだドラム缶に入れ、溜まるとエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)がドラゴンアーツで海に運び、放してくる。内海の中、珊瑚礁の近くではクーラーボックスを利用して、溜まるとバケツリレーのように、やはり外海へ放す。それを数度繰り返すと、内海で浮かぶタコはいなくなっていた。
 そうこうしている間に、やはり沖では巨タコが復活していた。
 タコの頭が動き、伸びきっていた足がシュルシュルと巻き戻っていく。
「今闘えるのは何人いる?」
 小次郎の言葉に手を上げたのはほんの数人だった。外海で闘っていたほとんどの者が、SPのほとんどを失っていて、体力も半分程度しか回復していない。何より、グラップラーは(タコのせいではないが)立ち直れないほど精神的ショックを受けていて、戦闘は不可能だ。
 その険しさに、小次郎は目を眇める。
 だが、苦境にあってこそ諦めず、どうにかしなければいけないのだと、戦略を立て始めたときだった。
「あっ、あれ見て」
 巨タコは、ゆっくり向きを変えると、滑るように沖へ移動を始めた。あとには、足4本がプカプカ浮いている。
「2本は私たちが千切り取ったものですが、残りは…?」
 クレーメックがとまどいながら口にする。
 答えたのは、復活したシラギだった。
「タコは、足を自ら千切って、それを敵が食べている間に逃げるという…。タコはタコなりに、負けを認めたんじゃろう」
「タコさん、痛い?」
「大丈夫。足はまた生えてくるからの」
 シラギの優しい言葉に、夜魅はほっとして胸に手をあてた。肩を抱いたコトノハが、にっこり笑って抱きしめる。
「じゃあさ、これって俺たちの勝ちってことだよな? そんで、あれって俺たちが食ってもいいんだよなっ!」
 ウィルネストが感極まって叫ぶ。
 戦闘は終わり、タコパーティーの始まりだった。