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【空京百貨店】書籍・家具フロア

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【空京百貨店】書籍・家具フロア

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■書籍フロア 午前


 空京百貨店書籍フロアには出会いの神様がいるらしい。恋愛か友情かは定まっていないそうだが、読書好きが集まるこの場でならそんな奇跡も起きるかもしれない。素敵なひと時が、誰の上にも等しく訪れますように。

 右手にぐるぐると包帯を巻いている少年・笹野 朔夜(ささの・さくや)が、左手に重そうな本を抱えて行ったり来たりを繰り返していた。初めて訪れるフロア、広い場所で目当ての本が探せず彼はなかなか苦労をしているようだった。
「お困りですか、お客様~♪」
「あ、助かった……って」
「?」
 書籍フロアのアルバイトスタッフ・咲夜 由宇(さくや・ゆう)はスタッフの目印であるカンガルーのような大きなポケットがついた黒いエプロン姿であった。朔夜は由宇がスタッフなのは気付いたが、それより彼女のネームプレートに興味があるらしい。
「いや、大したことじゃないんですけど僕もサクヤなんです。笹野 朔夜って名前で。……物理の参考書を探しているのですが、どこにあるのか教えていただけませんか?」
「なるほどですぅ。ええと、こちらですぅ。そちらのご本もお持ちしますぅ。片手じゃ大変……よいしょー」
 由宇は端末で書籍の情報を調べ、内心そこまで専門的な本でないことに安堵していた。軽く会話をしたところ、彼の右手はバーストダッシュに失敗してぶつけたかしょの筋を痛めてしまったことがわかった。
「どれになさいますかー?」
「一応、基礎、応用、計算式がたくさん載っているもので3冊くらい買おうかな」
「ほえー、難しそう……。とっ、届きません~!」
「大丈夫、ありがとうございます」
 目的の本は少し高い位置にあった。背の低い彼女がつま先立ちで頑張っていると、気を使わせてはいけないと少年がひょいっと本を取る。流石に190センチ以上あるので物を取るのに苦労はしなかった。選んだ本を由宇に会計してもらい、片手でも持ちやすいようにビニールの手提げに入れてもらった。
「あの、もしご迷惑じゃなければお礼に何かプレゼントさせてほしいのですが。ナンパ目的ではなく、おかげでとてもいい買い物ができました」
「いいですよぅ~♪ お仕事ですです~♪」
 笑顔で答えた途端、キュルルル……。と情けない音がしてしまった。
「……じ、実は今月もピンチで食費が足りないのですぅ。うぅ」
「それなら力になれますね」
 朔夜はにっこりほほ笑むと、ティータイムで魔法のようにクッキーの包みを取り出した。おやつにどうぞと言われもらっていいのか迷ったものの、由宇はありがたく頂くことにしたようだ。クッキーの中に音符の形を見つけて少し嬉しくなる。
「あのっ、バイト上がりでよかったら案内するですか……? 漫画の原画展が見学できるのですよ。おすすめなのです」
「あぁ、そんなのもあるんですね。気づきませんでした」
 普段人とあまり話すきっかけがなかった朔夜には嬉しい誘いだった。図々しいかと思いつつお願いすると、由宇はあほ毛を嬉しそうにふわふわと揺らしていた。


「すっごい~、本がいっぱいあるの~」
 秋月 葵(あきづき・あおい)は、秋月 カレン(あきづき・かれん)とお揃いの淡い青色のワンピースを着て絵本コーナーに立っている。外の暑さとは対照的にフロア内は冷房が効いていてとても過ごしやすい……あたりを見回すと相変わらずの人の多さだが、両手を広げてはしゃいでいるカレンの姿を見て連れてきて良かったと思った。
「はい。ここが絵本のコーナー。ここでカレンちゃんの欲しい絵本を探すんだよ」
「ん~。どれにしよう……」
 普段はさみしがりやで甘えん坊なのに、買ってもらう本を探すうちに葵と離れてしまったようだ。戻らないと、そう考えた時に林田 樹(はやしだ・いつき)林田 コタロー(はやしだ・こたろう)に読み聞かせを始めるのが聞こえた。
「ねーたん、ねーたん、このごほんよんれー」
「なになに? 『ずっといっしょにいてくれる?』って絵本か」
 あれも気になっていた本の1つ……つい、足をそちらに伸ばしてしまうカレンである。じいっと見つめていると、樹においでおいでと手招きされた。
 ……知らない人についてっちゃダメだけど、ここで聞くならあおいママも怒らないかなぁ。
「……あの子はいいのか、あれで。 まあいいが……おほん。
『むかしむかし、ジャタの森に、らんぼうなオオカミの、じゅう人がすんでいました。オオカミは、<じぶんがいちばんえらい>と<ほかのやつはオレのえさだ>とずっとずうっと、おもっていました』」
 空京百貨店に初めて来たコタローはたくさん物があることにとても驚いていたようだ。ここが本のフロアだと知り、樹と一緒に大好きな絵本を探していた。そんな彼女が選んできたのは狼の獣人が兎の獣人と知り合って友達になる話であった。カレンは少し離れたところでじぃっと静かに樹の朗読に耳を澄ましていた。

 雑誌コーナーから帰ってきたジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)緒方 章(おがた・あきら)の姿を見ると、彼が何を買っているかが気になってきたようだ。宿命のライバル、といえなくもない緊張感のある関係なのであろう。たぶん。
「やいあんころ餅ぃ、何探してやがるです?」
 章が見せたのは『マホロバのサムライ』『プリーストの治療術』といった、戦闘に関係のありそうな書籍ばかりだった。
「あんなバカ野郎が出てきてしまって、樹ちゃんを守るためにはどのクラスが最適なのかを考えているんだ。そのためには、まずは情報収集かと思ってさ」
「ふーん、一応餅は餅なりに将来を考えてやがるのですね」
「そういうカラクリ娘は、何を買うんだい?」
「ワタシはこれです! ふふふのふー」
 そう不敵に微笑み、ジーナはバッとロリータ雑誌を取り出した! 型紙付きの気合いの入った雑誌である。章は『またか……』とジト目でジーナに呟いた。
「……無理強いしないと着てもらえないのに、何でそんな無駄なことやってるんだ?」
「これは、樹様に『女の子らしさを取り戻して貰うため』の手段なんですっ!」
 むぅ、とほっぺたを膨らませて、いかにこの作戦が重要であるかを熱弁するジーナ。
「樹様はワタシと出会ったときから女性らしいモノは何一つ持ってなかったんです。……きっと『女性』であることを未だに否定してらっしゃるのかもしれませんね」
「ふぅん、バカラクリ娘にしては、上出来じゃない?」
「む! バカは余計です! 餅!」
「はいはいはい、じゃ、僕もお会計しようっと~」
 ポカポカと殴ってくるジーナを適当にいなしながら、章は樹とコタローの姿を探した。……いた。絵本コーナーで読み聞かせをしている2人の姿を見つけたが、きりのいい所まで待つことにする。少し離れた場所で金髪の女の子が食い入るように見つめているが、あまりに真剣な様子だったので声をかけずに見守ることにする。
 樹の話は終盤に差し掛かっている。狩人に撃たれた傷がもとで寝込んでいる兎獣人を看病しているうちに、狼獣人には特別な気持ちが生まれてきていた。
 ……もともと、何も買いたいものがなくて始めた読み聞かせだったのだが。2人の子供の期待にあふれた視線が、樹には大分プレッシャーになっていた。
「『なあ、ウサギ、オレ、もうエサだなんて言わない。ずっといっしょにいてくれる? ウサギは、だまって、オオカミのてをにぎるだけでした』おしまい。……あー、どうだった?」
「ねーたーん、おーかみしゃん、うしゃぎしゃん、たべちゃうお!? うしゃぎしゃん、ないじょむ~!? あうーあうあうあうあうあうあう……」
「安心しろ、皆仲良しだ。……すみません、これ下さい。自宅用で良いです」
「うにゃー、よかったー。うしゃぎしゃんも、おーかみしゃんも、よかったおー!! うるるるるるるるる」
 コタローにはキャラの心情が、難しくて理解できないところもあるようだ。しかし樹の言葉を聞くと安心したように派手に泣き始めた。カレンも目にたっぷりと涙を浮かべ、同じ絵本を掴んで葵の元に猛ダッシュを始める。
「樹様、こたちゃん、良い本が見つかったようですね」
「はい、コタ君。鼻かむよー。ちーん」
 合流したジーナと章にコタローを任せ、樹は全員の分の会計に向かった。章は泣きじゃくるコタローの鼻をかむのを手伝ってやったが、どうやら泣きやむのにはしばらくかかりそうだ。
「よーし、そろったか。帰るぞー」
 ……樹ちゃん、まるでお父さんのようだね。ぽっ。
 凛々しい後ろ姿を見ながら、1人頬を赤らめる章であった。

 カレンは葵の姿を見て全力で走りまわっている。バランスの悪い子供の走り方は周りの大人をひやひやさせたが、無事に葵を見つけ出せたようだ。『簡単バストアップ』なる本を真剣に読んでいた葵は、その本と自分の胸元を真剣に繰り返し凝視している。
 買うのは恥ずかしいけど。うう、気になるよ~。
「ママ~!!」
「カレンちゃん! ち、違うよ。胸が大きくなる本なんて見てないよ……って、どうしたの??」
 ボロボロ泣きながら絵本をずいっと渡してくるカレンに、葵は目を丸くしている。ど、どうやら絵本の内容に感動したようだが……何が何やら?? ハンカチで涙をぬぐってやりながらも、良い本に巡り合えたのは良かったと思う。
「あれっ。ねぇ、あおいママは何みてるの~?」
「こ、これは何でもないんだよ。あはははは」
 落ち着いたカレンが尋ねた本は、そっと棚に戻されて行った。うーん、1人で来た時またチェックしてみないと。水着を着た時、切ないんだもん~っ。


 これを機に仲良くなれればいいと思うです。と、オルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)は心の中でガッツポーズを作っていた。それもそのはず、パートナーの『ブラックボックス』 アンノーン(ぶらっくぼっくす・あんのーん)と仲良く出かけるのは今回が初めての出来事なのだ。
「書籍フロア……。なんて素敵な響きなのでしょうか~♪」
「自分はどれがどんな風に素敵なのかが判らないんだが」
 オルフェリアが好きなものは自分も好きになりたいのだが、持っている記憶が普通の人とは違っているため楽しみ方がつかめないようだ。オルフェリアはどんな本でも好むらしい。よそ見をしながら、時々人にぶつかりつつふらふらと前に進んでいる。
「……時にオルフェ、歩く速度が速いような。あ、待ってくれ」
「オルフェは本大好きですよ。絵本も小説も漫画も雑誌も、なんでも大好きです!」
 彼女は平積みの本を豪快になぎ倒しながら、それに気づかず幸せそうに前に進んでいる。アンノーンは元通りにするのに苦労しているようだ。
「……いない。すみません、オルフェリアと呼ばれる髪が長くて銀色で背の低めの女の子を見かけませんでしたか?」
「探してみますですー♪」
 困ったものだと思いつつ、近くにいた由宇に彼女の行方を尋ねることにした。まあ、探しているうちに自分にも好きな書籍のコーナーが見つかるかもしれない。慌てず、冷静に行こう。

 書店めぐりを好む斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)は、店内のポップや配置を見ながら適当にフロア内をぶらついているようだ。連れのネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)は地球の本屋に来た事がなく、彼に案内してもらいながら楽しんでいた。
「……せっかく来たんだし何か欲しい本あればついでに買うか」
「あなたが仕事以外で積極性見せるの珍しいわね」
「まあな。……なんだ、あの子は」
 SFコーナー付近で両手に本を持っては戻し、を繰り返しているオルフェリアの姿があった。2つの本のどちらを買うかでずいぶん迷っているようだ……。
「ねえ、私は実用書が好きだからああいうのは分らないけど助けてあげたら?」
「私が?」
「そう」
 確かに、邦彦はジャンルを問わず本をよく読む。普段面倒くさがりの彼だが、読書だけでなく書店のコンセプトなども楽しむ気質だった。フィクションはこの世界に来てからファンタジーよりある意味リアルに近くなってきたが、それでもいいものだと思う。
「……読書好きからのおせっかいだが、タイトルで選ぶのも手だ」
「へ? あっ、そうですね!! そういうのも運命的ですっ」
 ネルは、初対面の女の子にぶっきらぼうではないかと心配したが杞憂に終わった。オルフェリアは頭をぺこりと下げて、気に行った方を持ってレジに向かっていった。
「……タイトル、判る気がするわ。洒落たタイトルが多くてよく他の本や映画で使われたり引用されたりするわね」
「醍醐味だな」
 世界中のあらゆる本があるというのが、コンセプトと言えばそうなのだろうか……。邦彦は何気なくオルフェリアが迷って、置いて行った方の1冊を手に取ってみた。それはSFの古典で自分がかなり昔に読んだきりの1冊である。
「邦彦も決まったみたいね」
 たまにはこういう買い方もいいだろう。そう言いながらレジに向かうと、さっきの少女がおろおろしながらレジの仁科 響(にしな・ひびき)に相談しているところだった。
「あ、アンノーンはどこでしょうか!? オルフェは迷子なのでしょうかぁ……」
 1人で歩いていることにようやく気付いた彼女は、レジでアンノーンと合流しほくほくしながら帰って行った。大事そうに胸に抱えた1冊は、彼女の次はアンノーンに読まれる幸せな運命を得たようだ。
 一方そのころ、ネルは時計を見てびっくりしていた。思わず2度確認してしまう。
「……まさか書籍コーナーで3時間も時間を潰す事になるとは思わなかったわ」
「こんな休日も、悪くないもんだ」
 結局、ネルは今回何も買わなかった。本の種類が多すぎるのも、ある意味考えものかもしれない。まあ、逃げるわけじゃない。欲しいものが決まればまた来よう。


 本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)の趣味は料理。なかなかの腕前だが、本人はマンネリ化に悩んでいる様子だ。パートナーたちは美味しいと言ってくれるが、レパートリーは多いに越したことはない。
「点心の本とドイツ料理、応用の利く和食の本は確実に買うとして後2冊はどれにしようかな……。っと、失礼」
 中華料理だけでも四川料理に雲南料理、薬膳料理など考えていた以上に種類があった。とりあえず和食の本を見てみようと知らない背表紙の1冊に手を伸ばした時、隣にいた赤い髪の少女と指先がぶつかってしまう。
「い、いえっ。どうぞ……」
「おや、あなたは。確か、緋姫崎 枢(ひきさき・かなめ)さん、ですよね」
「あっ!」
 以前、食品フロアの料理コンテストで優勝した子だ。枢はぱっと顔を赤らめると慌てて目線を反らした。ふと涼介が彼女が持っている他の本を見たところ、それらは全て……。
「和食、お好きなんですか?」
「え、えと。前回、他の参加者さんは和食だったので……私もレパートリーを増やさないと、と……」
 男性と話した経験は人並み以上にある……だが、枢は弱点克服の努力を見られて動揺しているようだ。それを察した涼介は北欧料理のレシピ集を眺めながら、何気なく彼女と会話をしてみたくなった。
「案内板に世界各国の本がそろってますってあったけどまさに看板に偽りなしですね。インド、トルコ、エジプト料理なんて他の書店ではほぼ見かけません」
「あたし、実はそんなに料理に詳しい方じゃなくて……。修行、してみたいとは思っているんだけど……」
 ああ、こんな時に限ってナンシー・ウェブ(なんしー・うぇぶ)がいない。もじもじと、どうするべきか分からず適当に和食の本を見ていた。……何が書いてあるかなど、ちっとも頭に残らなかったが。
「そうなんですか? じゃあ、もしよかったらうちのクラブにどうぞ。私、イルミンスール魔法学校お料理クラブの部長なんですよ。それではご縁があればまた」
「は、はいっ……。あ、行っちゃった」
 良助は雲南料理の本と北欧料理の本を手に取り、あっさりと会計に向かってしまった。残された枢は、料理クラブに入ったら花嫁修業になるかしら? と結構前向きに検討しはじめている。

「お。あの子じゃないか、白いの」
 棗 絃弥(なつめ・げんや)が『白いの』と呼んでいるのはナンシーのことだ。絃弥は小説のコーナーをぶらぶら歩きながら、ここのバイトの面接でも受けてみようか考えていたところだ。夏休みで時間は山ほどあるし、何か読んでみようかと考えていたのだが……ただ読むだけより働く方が金になる。
「きゃっ!」
「わり、よそ見してた。あんた、薄い本落としたぜ」
 こんな薄い小説もあるのかと斜め読みする。どうも自分が知っているタイプとは違う小説のようだ。こんな薄い小説もあるんだな、と感想を述べるとナンシーは呆れた顔をしてため息をついた。
「これは、詩よ? あなたこの作者知らないのかしら。結構、有名な人なんだけど……」
 ナンシーが持っていたのは若くして亡くなった女性の詩人の詩集だった。絃弥はその女流作家がどういった人物か知らなかったが、ナンシーからどういった作者か説明されると興味を持った。
「俺、勉強なんてほとんどしたことねえし、こっちの方がストンとくるかもな。これどこにあるんだ?」
「あっちよ」
 案内された場所で彼女にどれがいいのか聞いてみる。初心者向けの有名なものが多いやつを選んでもらい、絃弥はありがとな! と快活に礼を言った。
「これ読んだら感想送るぜ。アドレス聞いていいか?」
「いいけど……はい」
「サンキュ!」
 アドレスを交換した後、絃弥はナンシーを枢の所まで送って行った。フロアを抜けると紙袋から購入した詩集を出し、タイトルを軽く指でなぞる。
「まー、まずはこっちの電話からだな」
 紙袋の電話番号を見て、書籍フロアに面接希望の電話をかけた。まだ募集はあるらしい。今週面接できる日はいつだったか……あ、今夏休みだった。いつでも大丈夫。
「白いの、俺が働いてたら驚くかなー」
 黒いエプロンをしてアルバイトしている姿を想像し、口元が緩んむ。面接気合い入れていくか!


 旅にでも出ようかとガイドコーナーを探していた椿 薫(つばき・かおる)は、よく顔を見る桐生 円(きりゅう・まどか)の姿を見つけ挨拶しようと彼女の背中を追いかけていた。
「ここは……女性向きのフロアでござるか? はっ、恋愛必勝法!? ドキドキする響きでござる」
 円はミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)と一緒に目当ての本を探しているようだ。選んだ本はうずたかく積み上げられている。あまりに真剣だったので声をかけるタイミングを失い、いったい何の本を探しているのかこっそり覗いてみた。
「なになに……『背が伸びる黒魔術』『実践☆豊乳体操 ~絶対綺麗になるんだモン!~』。……挨拶はまたの機会にするでござるか」
 『実録体験 胸からメロンが!』を読んだ円は、突如周りを気にしながら自分に気合を入れ始めた。
「あんなにちっちゃかったなにもない芋虫がさなぎをやぶって蝶になるんだ。やぶれヤブレやぶれヤブレ………フンッ! フンッ!!」
 セクシー体型を目指し、書籍フロアで荒ぶる鷹のポーズを決める円。鷹や! ワイは鷹になるんや!! フオオオオオオ!!!!!
「古代インドの力がビンビンくるよ!! 素敵なレディに、ボクはなる!!」
 薫は、自分が所属している政党が彼女に何かできないかと考えた……。むむ、と悩んでいると待つのに飽きたミネルバが円に抱きつくという名の軽いラリアットをかましていた。
「あーそびーましょー。ミネルバちゃんあたーっく!」
「グヴォア!!」
 どうやら2人は恋愛小説のコーナーに移動するらしい。興味がわいた薫もそのままこっそり付いていくことにした。
「こ、ここは……男が入っちゃいけない場所でござる」
 ギクリ、と足を止める薫。それもそのはずミネルバが訪れたのは男性同士の濃密な恋愛小説のコーナーだった。アルメリア・アーミテージ(あるめりあ・あーみてーじ)は百合コーナーでうきうきと新刊を手にしている。え、なにこのコーナー。みんな、すっごくいい顔してる!?
 こ、ここは気まずい。やむなく薫は旅行ガイド探しに戻ることにしたようだ。温泉ガイド、海ガイド、出かけたくなるようなガイドはないでござるかー。

 地上にいた頃に読んでいた少女小説や恋愛小説の続きがあると聞いたアルメリア、現在は百合コーナーの新作に目を光らせているようだ。この場所をアルバイトスタッフの宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)に尋ねるのは少々恥ずかしかったらしいが……。
「こっちに来てから、向こうにいた時に読んでいた本がなかなか手に入らなくて困っていたのよね~♪」
 うきうきと買い物かごに面白そうな本を入れていく。パラミタの作家が書いているものもあればぜひ欲しいのだが、詳しい人がいれば教えてもらえないだろうか。
「あったー! しっんさくっ。しっんさくっ♪」
 隣のBLコーナーでミネルバの明るい声が響いた。本を高くかざしてくるくると回りながら喜びを表現している。アルメリアは、その大胆な構図の表紙にドキドキしてしまう。
「ねーねー、それってどんな本なのさ」
「えーとねー。生え際の気になる年頃のまっかな髪のメガネ先生が、女の子みたくカワイー男の子と禁断の恋に落ちるのだー!」
「なんか普通じゃない?」
 普通かしら……。
「でもねぇ、メガネ先生の元恋人がそれをネタに復縁を迫ってー、謎の軍人転校生のファイヤーブラスターが火を噴くんだ~」
「ふうん。ま、読んでみてよ」
「わかったー!!」
 円がせがむと、嬉しそうにその場で朗読を始めるミネルバ。
 ええっ、朗読して大丈夫なものなのかしら?? アルメリアは冷や汗をかきながら少し離れた位置で見守っている。

○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● 
(中略)

つつつ、と教師の細い指先が教え子のXXの方へと伸びる。
微かな熱さが伝わり、僅かに教え子が緊張したようにびくりと肌を震わせたのが分かった。
「怖いのですか……まだ始まってもいませんよ」
「……っ」
飢えた自分を満たすのなら、一部が男であろうと……。
ネクタイを緩め教え子の怯えた瞳を……

○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● ○ ● 

 ちょんちょん、と顔を真っ赤にしたアルバイトの仁科 響(にしな・ひびき)が朗読しているミネルバの肩を叩いた。
「ほ、他のお客様もいらっしゃいますので……せめて黙読にしてください」
「そうか、そうだねー! ごめーん!!」
 わははは! と陽気に笑うと、ミネルバはその本を円の買い物かごに入れる。大人気バトルシリーズ怒涛の3巻目、続きも楽しみだね!
「あ、あの本。なんだったのかしら」
 ま、まあそれはともかくこのフロアは会員制度とかはあるのかしら? あら、携帯で会員になれるのね。登録しときましょ♪
 彼女は他にも面白そうな恋愛小説をアルバイトのイオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)にいくつかすすめてもらい、満足して家に帰った。