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想い出の花摘み

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想い出の花摘み

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第1章 予感の時 1

 長い道のりの続く山岳を見下ろしていると、人の足があまり入り込んでいないことがよく分かった。
 上空を進む小型飛空挺に揺られながら、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は操縦桿を手馴れたように動かしていた。四人乗りの飛空挺に乗るはパートナーであるカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)に友人の椎堂 紗月(しどう・さつき)。そして彼らの依頼主である金色の瞳をした獣人――ガウルであった。
「険しくなってきたな」
「うーん、確かにこのまま進むのはちょっときびしい、かも……あわわっ」
 ガウルの指摘に返事を返して、ルカは慌ててぶつかりそうになった大樹を避けた。入り組んだ大木や突き出た岩山を避けていくが、いい加減にそれも難しくなっていく。
「ルカちゃん、ちょっと……うわぁっ!」
「おい、無茶するな!」
 紗月とカルキノスは横合いから入ってきた大きめの枝にぶつかりそうになり、ルカへと声を投げかける。
「だいじょーぶだいじょーぶ!」
 気合を入れてルカは操縦桿を操るが、枝葉が紗月たちを殴ろうとして襲い掛かった。しかし――ガウルが手刀を振った瞬間、黒い斬戟がそれを吹き飛ばした。
「す、すげぇ……」
「……そろそろ降りるぞ。無茶はするな」
 落ち着き払った様子で、ガウルは何事もなかったかのように進言した。その様子に、カルキノスは感嘆の目を向けた。知人にも獣人はいるが、ここまで落ち着きを持った奴はそうそういないだろう。
「んー、分かったわ。でもどこに……」
 すると、そんな彼女たちの飛空挺の下で、手を振っている若者たちの姿が見えた。他にも、たくさんの人影がガウルたちを呼んでいる。
「あれは……」
「依頼に集まってくれた者たちだろう。……信頼できる者もいる」
 ルカは操縦桿を引き上げて、飛空挺を仲間たちのもとに飛ばした。集まるメンバーたちの姿を見下ろしながらガウルが呟いた言葉を聞いて、彼女は少しだけ嫉妬にも似た気持ちだった。



 ガウルと合流したメンバーたちは、清泉 北都(いずみ・ほくと)の助言を受けてこれから先は徒歩で進むことにした。彼の解き放った禁猟区――いわゆるサンクチュアリは、危険の少ないルートを探る上で欠かせないものだ。
 更に彼のパートナーである白銀 昶(しろがね・あきら)は獣人特有の能力を生かして狼へと変身していた。獣人の超感覚が探るのはガウルの求める白い花『クラウズ』の匂い。昶は鼻を鳴らしてそれを見つけようとし、草木の匂いに混じったガウルの匂いに顔をしかめた。
「んー、やっぱりどこかで嗅いだことがあるような匂いなんだよな……」
「同じ獣人だからなんじゃない? まあ、気にしないでおこうよ」
 昶は北都が言葉に素直に従って、ガウルの匂いのことは放っておくことにした。そもそも、他人にそこまで興味はない。今は依頼をこなすことが先決だった。
 そんな中で、逆に彼に積極的に話しかける者もいた。
「それにしてもガウルの旦那は、一食のためとはいえよくやるねぇ」
「普通はしないのか?」
「確かに……普通はあまりないでしょうか。でも、決して悪いことではありません。むしろ素晴らしい行為ですよ」
 クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)はのんびりとした口調で特徴的な話し方をするが、彼のパートナーであるルルーゼ・ルファインド(るるーぜ・るふぁいんど)は丁寧な喋り方でガウルに接した。
 ガウルは首をかしげるようにして、ぼそりと呟く。
「そうか。普通ではなかったか……」
 その様子に今度はクドたちが首をかしげる番であったが、続いて聞こえてきた無邪気な声に彼等は気をとられた。
「プリッツちゃんのためだから、お花をとってくるんですね! ガウルおにいちゃん!」
「ガウル……お兄ちゃん?」
「はい、ガウルおにいちゃんです!」
 ガウルはヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)の無邪気な笑顔を前にして、戸惑っていた。どうやら、あまり子供らしい純粋さは慣れていないようだ。
「プリッツさんのためですか〜。ガウルさんはプリッツさんをどう思ってるのですー?」
 ヴァーナーのにこにこ顔に戸惑っていたガウルに向かって、咲夜 由宇(さくや・ゆう)が少しだけ含みのある声をかけた。その後ろでは、いかにも疲れたというように和服姿の咲夜 瑠璃(さくや・るり)がげんなりしている。
「どう思っている……か。そうだな、私は彼女が羨ましいのかもしれない」
「羨ましい……ですか?」
「あの優しさも、彼女の見ている世界も……私には分からない。だから、少しでも分かりたい。……そんな気がする」
 ガウルは自分の気持ちを説明するのが難しそうだった。きっと、彼自身もはっきりとしない感情なのだろう。そしてそれはきっと、由宇の知るより深い、恋よりも根強い何かなのかもしれない。
「……あの娘のために何かしてやりたかった。それだけだ」
 話は終わりだとばかりに言い切ったガウルに、ヴァーナーがそっと抱きついた。身長の低い彼女が抱きつくと、その背丈はガウルのお腹ぐらいまでしか届かない。
「おにいちゃんはやさしいイイ人ですね」
「イイ人……?」
「ええ、そうさなぁ……。旦那はいい人。だからこうやって俺らも手伝おうって気になるんですぜ」
 クドとヴァーナーの言葉を聞いて、ガウルは戸惑いを隠しきれず黙ったままだった。そんな彼に由宇の明るい声がかけられる。
「プリッツさんにお花が渡すためにも、咲いてくれてるといいですね。どんなお花なんでしょうか〜?」
「白い花弁の花らしいね。数が少ないって話だから、どれぐらいあるのかちょっと心配だけど……」
「……そうだな。咲いてると、いいが」
 由宇や北都だけでなく、馴染んだことのないたくさんの人との会話に言葉数が少ないものの、ガウルの顔は穏やかに微笑んでいた。
 そんな彼に、不思議な視線が注がれている。
 ふと気づいた彼が振り向くと、そこにいたのは黒崎 天音(くろさき・あまね)だった。彼はまるで興味深そうな研究対象でも見るような目で、ガウルに無遠慮な視線を送っていた。
「何か用か?」
「別に。ただ興味深いだけだよ」
 ガウルの詰問するような声に、微笑を浮かべた天音が答えた。
 彼のはぐらかすような口調に怪訝そうな顔をしながらも、ガウルはそれ以上気にしないように努めて向き直る。
 天音にとって、ガウルは本当に興味深い存在だった。獣人とはいえ、その雰囲気は出会ったときから異彩を放っている。青年でありながらも落ち着いた言動と仕草は老人じみたものを感じさせ、それでいながら……時勢や常識に疎い。
 ヴァーナーや由宇の無垢な接し方にどぎまぎとしているガウルを見ていると、天音は少しだけ可笑しくなってくすりと笑った。
「天音、あの男に何か気になる事でもあるのか? ……確かに外見はお前の好みかも知れんが」
「外見だけじゃないよ。いや、むしろ外見どころじゃない、かな。不思議な人だよ、彼は」
 ガウルを観察する天音に、パートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)はどこか複雑そうな顔をしていた。そんな恋に悩む少女がヤキモチでも妬くかのような雰囲気を残しながらも、ブルーズは真面目に花探しを行う。
「さ、みんなこっちのほうなら大丈夫そうだよ〜」
 気配や殺気を探る北都の声が、ガウルたちを導いた。ブルーズと天音のどこかむず痒い視線を感じながらも、ガウルは北都の後を追って足を進めた。



 険しい山道を登りきらんとするその場所では、人の手の入った人工的な拠点が佇んでいた。
 まるでサル山にいる猿たちのように、スパイクやチェーンで改造された愛用の制服を着込んだ蛮族たちが、自由で好き勝手に動き回っている。そんな中で、拠点の中心とも言うべきほら穴の中に一人の蛮族がやってきた。
「ボス、客がきましたぜ」
「客……?」
「D級とE級の四天王クラスの奴で、ボスに会わせろと言ってます」
 子分らしき蛮族の報告を聞いて、ボスと呼ばれた巨漢は頷いた。それを確認した子分は早々に引っ込み、そう時間も経たないうちに二人の女性を連れてきた。
「お初に目にかかります。私はガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)と申します」
「わしはシルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)じゃ。よろしゅう頼むんじゃ」
 まるで軍隊のようなスーツ姿の物腰の丁寧な娘に、広島弁で男性の喋り方という外見からはまったく想像の出来ない娘。二人の女を前にして、巨漢は呵々と笑った。
「これが四天王かよ。想像とは違うもんだなあ」
「しかしながら、実力は本物ですよ?」
 途端――何の意識もしないうちに巨漢はハーレックの手に握られた銃に狙いをつけられていた。ボスの子分たちがそれを止める間もなく、彼等は呆気に取られている。そして、それにまったく動じず真顔になる巨漢は、それなりの肝がすわっていた。
「私たちは山岳パラ実蛮族保護委員会です。あなた方の敵ではありません」
「保護委員会とは、またえらい高尚な名前じゃねぇか」
「この縄張りを襲おうと、敵が向かっています。私たちがあなた方を守りましょう」
 ハーレックの冷然な物言いに、巨漢はからかうことなくそれが真実だろうと予感した。もちろん、その理由は他にもあり――
「ボス! 偵察から付近で飛空挺のような影を見たという話ですぜ!」
「……ま、手前の身を守りてぇのは俺たちも一緒だからな。遠慮なく手伝ってもらおうじゃねぇか」
 子分の伝えてきた報告に、ハーレックともども蛮族たちは緊張を高めた。