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『闘神の書』
 
 
「やれやれ、とんだ目に遭ったぜ。まあ、やっと開放されたんだからいろいろと本でも物色するか。これだけ魔道書が集められているんだからな」
 雪国ベアは、のほほんと魔道書巡りを再開していた。
「秘伝の巻物か。鍛錬方は役にたちそうだな。どれどれ……」
 巻物の形態の『闘神の書』の紐を解くと、雪国ベアは格好をつけてバッと巻物を転がして広げようとした。ところが、だいたい一ページ分ぐらいの所で、巻物がピタリと止まってしまい、それ以上開こうとしない。
 糊でも貼りついているのかと調べてみたが、どうにもそうではないらしい。だいたいにして、少しだけ解けた部分には一般的なことしか書いてはいない。
「なになに。『この書物に儂の技術、知識をすべてつぎ込んだ。すべてを見たものは儂と同一になるだろう』――うーん、そこから先、たいしたこと書いてないじゃねえか。奥義はどこだよ、奥義は。不良品か!? 先が読めないんじゃつまらねーぜ」
 雪国ベアはポイと『闘神の書』を机の上に投げ捨てると、他の本を読みに行ってしまった。
「まあ、何か読みかけの巻物が。面白い魔道書なのでしょうか?」
 放置された『闘神の書』を見つけたクリス・ローゼン(くりす・ろーぜん)が、開きかけの魔道書を手に取った。だが、雪国ベアと同様で、それ以上巻物は開かない。
「うーん、力が足りないのでしょうか」
 体育88のクリス・ローゼンが、両手で『闘神の書』をぐいとつかんだ。触れる物をすべて破壊すると言われているクリス・ローゼンは、仲間の魔道書も触らせてもらったことがない。破ってしまうと困るからという理由でだ。
 そして、『闘神の書』も今や最大の危機を迎えていた。
「ちょっと待てえ、なんで我の本体があんなとこに……。ラルクの奴か」
 何かに呼ばれるようにして図書室にやってきた秘伝 『闘神の書』(ひでん・とうじんのしょ)が、今まさに引き裂かれんとする自分の本体を見て顔を青ざめさせた。
 バリバリバリと音をたてて、『闘神の書』が無理矢理開かれていく。だが、新たに引き剥がされた部分には何も書かれていないように見えた。
「うおおおお」
 自らの危機に、秘伝『闘神の書』が身悶える。
「遅かったな。よぉ、闘神。ここは図書館だぜ? ちっとは静かにしねぇか」
 ずっと秘伝『闘神の書』を待ち構えていたラルク・クローディスが、満を持してパートナーの前に立ちはだかった。こんな機会は、めったにない。ぜひともここで『闘神の書』を多くの人に読んでもらい、一人でも多くの人に筋肉を理解してもらわなければ……。
「そんなこと言ってる場合かよ、今何が起こってんのか分かってんのか。そこの馬鹿女、やめろ!!」
「えっ、馬鹿力女ですって……。失礼ですね」
 秘伝『闘神の書』の叫びを聞き違えたクリス・ローゼンが、思わず手を止めて言い返した。
「こら、そこの女、我を見ていいんはパートナーだけでえ。知らねえ奴にゃ、文字一つだって浮かびあがらせてやるもんかよ。さあ、とっとと手を放しやがれ。ああっ、こら、引っぱるな、破れるじゃねえか。べらぼうめえ。ああ、やめろ、てめー!」
「えーっ、読んじゃだめなんですかあ。しくしくしく……」
 秘伝『闘神の書』に罵倒されて、クリス・ローゼンが『闘神の書』を手放した。
「女性を泣かすなど、貴様も地に落ちたものだな」
 腕を組んだまま、見下すようにラルク・クローディスが秘伝『闘神の書』に言った。
「おぬしに言える言葉か?」
「うっ」
 言い返されたラルクが、嫌な記憶を呼び覚ます。その隙を突くように、秘伝『闘神の書』が自分の本体の方へ駆け寄ろうとした。
「させるかよ!」
 すかさず、ラルク・クローディスが行く手を阻む。
 二人の漢が、真っ向からがっしりと組み合った。
「二人とも、私のことで争うのはやめて! 私にはアヤが……」
 勘違いしたクリス・ローゼンが、二人をドーンと突き飛ばした。
「うわあぁぁぁ!!」
 ふいをつかれた二人は、だきあったままごろごろと転がって図書室から外へと出ていった。
 
 
『ニーナ・フェアリーテイルズ』
 
 
「すべて英語の魔道書か。ふっ、だてに御主人と一緒にいる訳じゃねえぜ、この俺様に死角はねえ」
 『ニーナ・フェアリーテイルズ』をちまちまと読み進めながら、雪国ベアは勝ち誇った。実際には、童話形式の魔道書なので、さほど難しい表現が使われているわけではないから勝ち誇るほどのことではないのだが。
 本自体はかなり古いもので、年季が入っている。ページの所々にも、装飾とも書き込みともつかないルーンがさりげなく忍ばせてあるような魔道書だ。
「ねえ、面白い? 面白い?」
 ニーナ・フェアリーテイルズ(にーな・ふぇありーているず)が、雪国ベアにべったりとまとわりつきながらしきりに訊ねた。見た目のせいかほとんど手に取ってくれる人がいなかったので、感想がひどく気になるらしい。
「もともとはお姉ちゃんのお父さんからお姉ちゃんにプレゼントされた物なんだよ」
「魔法使いの女の子が魔法とほんのちょっとの勇気で世界中を冒険していくっていうのはベタだけど、嫌いな展開じゃないぜ。俺様の御主人が好きそうな童話だな。御主人も昔、父親からいろいろと本をもらったって話だからな」
 結構気に入ったのか、雪国ベアはまとわりつくニーナ・フェアリーテイルズを振り払うこともせずに律儀に答えていった。