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『閻魔王の閻魔帳』
 
 
「はははははは、移動図書館のセールスマン、さすらいの絵本作家クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)、ここにデビュー!!」
 書架の上に立って叫ぶクロセル・ラインツァートが、あっけなく司書さんに撃ち落とされて床に転落した。
「いてててててて……。痛くも痒くもありません。さて、気をとりなおして、みなさん、世紀の傑作、『童話 スノーマン(どうわ・すのーまん)』をとくと御覧あれ!」(V)
 必死な宣伝活動にいそしみながら、ふとクロセル・ラインツァートは、邪悪なオーラを感じて思わずそちらの方を振り返った。
 無言で、閻魔王の 閻魔帳(えんまおうの・えんまちょう)がクロセル・ラインツァートを手招きしている。
 行っちゃいけないと心の中で警鐘が鳴り響くが、クロセル・ラインツァートはその誘いに逆らうことができなかった。
「見たいのですか……?」
 ぼそぼそっと閻魔王の閻魔帳にささやかれて、クロセル・ラインツァートは思い切りコクコクとうなずいた。
「一言だけ注意しておきますが、これはすべて個人情報です。それでも……見たいですか?」
 閻魔王の閻魔帳が念押しする。再びコクコクとクロセル・ラインツァートがうなずく。
「誰の、いつの、どんな罪や嘘を知りたいかを念じれば、鏡から直接あなたに投影されて閲覧できるようになりますが、それでも……もぐもぐもぐ」
 前置きがしつこいとばかりに、クロセル・ラインツァートは机の上においてあった参加者へのサービスであるお饅頭を手にとって閻魔王の閻魔帳の口にねじ込んだ。
「さてと、この私のいったい何が記録されているのか、見せてもらおうじゃありませんかあ」
 棒に紐で繋がれた鏡を前にして、クロセル・ラインツァートが念じた。直後に、鏡からクロセル・ラインツァートの顔におぼろげな光があたる。
 仮面の大量押しつけ罪、闇市への出店罪、ペットの氷づけ罪、日堂真宵との世界樹からのフリーフォール罪、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)から出汁を取ろうとした罪、雷術による違法漁罪、七夕飾り占拠罪、グラビア雑誌閲覧罪、変種トウゾクカモメ密売罪、藁人形での呪い罪、温泉マナー強要罪、闇鍋奉行罪、ほうれん草細工罪、赤褌露出罪、エリザベート・ワルプルギス観察罪、アーデルハイト宛ファンレター偽造罪、ラジオ投稿組織票罪、怪しい変装罪、第1回ジェイダス杯を黒歴史にしようとした罪、同人誌持ち逃げ罪、ツァンダの町の精 つぁんだ(つぁんだのまちのせい・つぁんだ)拉致罪……。
「うわああああ、もう勘弁してくださーい。クレジットが走馬燈のごとく……」(V)
 これ以上は耐えられないと、クロセル・ラインツァートが床を転げ回った。
「見てしまいましたね? 閲覧した内容は他言無用の上、悪用しないでください。さもないと……」
「私は何も見ていませーん!!」
 クロセル・ラインツァートは閻魔王の閻魔帳に力説した。ここに、見たのに見ていないと言いはる罪が追加される。
「うあぁぁぁぁ!! これはゆゆしき事態です、もし、これが他人の目に触れたら…。即時修正を申請いたします」
「それは無理」
 あっさりと、閻魔王の閻魔帳が却下する。
「どうぞ、これを。足りなければ、まだかき集めて参ります」
 クロセル・ラインツァートが、机の上にあったお饅頭を再び閻魔王の閻魔帳に食べさせた。
「うーん、ちょっとだけなら消去してもいいかな」
「あ、ありがとうございます。ただいま、追加をお持ちいたします」
 そう叫ぶと、クロセル・ラインツァートは追加のお菓子を探しに飛び出していった。
 入れ替わるようにして、白乃 自由帳(しろの・じゆうちょう)がやってくる。
 封印のせいで浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)には白紙の本としか見えないために白乃自由帳などと名づけられてしまったわけだが、エントリーして内容を読み解いてもらえばもう自由帳ではなくて正しい書名で呼んでやるパートナーに言われたのだ。だが、そんなまどろっこしいことをせずとも、これで浅葱翡翠を脅迫すればいいだけのことではないか。
「これが……。これで、翡翠の弱点を握ることができますわ。見せいてただきますわよ」
「もぐもぐ……注意……もぐもぐ……ますが、これはすべて……もぐもぐ……です。それでも……もぐもぐもぐ?」
 まだお饅頭を頬ばったまま、閻魔王の閻魔帳が白乃自由帳に答えた。
「よく分からないけれど、構いませんとも。さぁ、翡翠、そなたの罪を数えろ!」
 満を持して、白乃自由帳が鏡に手を翳した。
『名前呼ぶだなんて、うそだぴょーん』
 鏡の中から、浅葱翡翠がそう言ってあかんべーをする。つまり、内容が分かったって、すでに浅葱翡翠にとって、白乃自由帳は白乃自由帳でしかないわけだ。
「よ、よくも……。でも、これでよく分かりましたわ。さあ、閻魔王の閻魔帳よ、浅葱翡翠の罪を……ぐぇ!」
 意気込んで再度訊ねようとした白乃自由帳だったが、突然横合いから割り込んできた鬼崎 朔(きざき・さく)のドロップキックを受けて吹っ飛んでいった。
「面白そうじゃないか。先に読ませてもらうぜ」
「もぐもぐ……注意……もぐもぐ……ますが、これはすべて……もぐもぐ……です。それでも……もぐもぐもぐ?」
 律儀に説明しようとする閻魔王の閻魔帳を無視して、鬼崎朔は自分とパートナーたちの情報を読んだ。
「ふっ、私のは……、よく調べてあるじゃないですか。でも、これぐらいじゃないと、渡るパラミタは鬼ばかり、とても生きてなんかいけないわ。アンドラスはと……似たようなものね。とっても予想の範疇だわ。えっと、それから、カリンと……。どうせ似たり寄ったり……」
 ブラッドクロス・カリン(ぶらっどくろす・かりん)の罪を見たとたん、鬼崎朔は唖然とした。
 何これ、これは知りたかったことじゃない……。だいたい、なんでブラッドクロス・カリンの罪で、このシーンが浮かびあがるというのだろう。しかも、そこにあった短刀は……。
「見てしまいましたね。だから、あれほど注意しましたのに。信じる信じないはあなた次第。このことは他言無用。もし破ると、とんでもない……」
「分かってる」
 それだけなんとか言い返すと、鬼崎朔はその場から逃げだすように立ち去っていった。
「まあ、なんだか険悪な雰囲気だな。その本というか鏡は、そんなに危険なのかい」
 やってきた伊吹 藤乃(いぶき・ふじの)が、目で鬼崎朔を見送ってから閻魔王の閻魔帳に訊ねた。すかさず、閻魔王の閻魔帳が事細かに説明する。
「一言だけ注意しておきますが、これはすべて個人情報です。それでも……見たいですか?」
「見たい」
 一言で答えると、伊吹藤乃は鏡をのぞいた。
 閻魔王の閻魔帳が言った通り、伊吹藤乃がかつてスラム街で縦横に暴れた罪の一部始終がそこにあった。あまりに事実過ぎて、伊吹藤乃は少し口許を緩ませてしまう。事実は、変化しないから事実なので、それだけの価値でしかない。しょせんは過去のことだ。
「あたいが欲しているのは、未だ知らないことで、すでに知っていたことじゃない。ありがとな」
 そう言うと、伊吹藤乃は次の本を求めて移動していった。