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第2章 カーネのちっちゃな冒険 3

 膝元で寝るカーネをさすりながら、夢安は考えていた。
 さて、どうしたものか?
 蔓で押し上げた監視塔さながらの葉っぱの上で、遊園地を見下ろしながら彼は熟考する。というのも、いい加減に逃げ場所が少なくなってきていたからだった。ただでさえ味方の少ないこの状況。いたとしても、逃げ回る内にはぐれてしまう。
 今この場にいる味方と言えば……
「カァ……スヤスヤ」
「あら、どうしたの? ……いつまでもこんな場所にいないで、さっさと降りましょうよ。退屈だわ〜」
 膝で寝るお金大好きエセ猫と、頼りになるのか分からない銀髪金瞳の吸血鬼女。
 夢安は色々と不安が尽きない。だが、これで諦めるのもまたしゃくというものだ。何より、少ないながらも客は入ってきている。貴重な収入源を、これ以上失ってたまるかっ。
「んじゃあ、まずはスタッフルームまで行くかぁ」
「……そういえば、司はどこ行ったのかしら?」
 シオンの呟きを背中で聞きながら、しゅるしゅると蔓を元の長さへと縮めていく。葉っぱも一緒に下降していき、夢安は広場へ降り立った。
 すると、背後から馴染みのあるようで、それでいながら奇妙な雰囲気が感じ取られた。それは、人の気配だ。同時に、聞こえてくる存在感のある声。
「あら、展望室はもう終わり?」
 夢安が嫌な予感をぬぐえないままそっと振り返ると、そこには、予想も期待もしたくなかった顔があった。
「げっ……カンナ……!」
 恐怖に引きつった顔で、呆然と呟く彼に、にこっとカンナは笑みを浮かべた。その横では、箒に乗った少女が付き添うように浮かんでいる。
「ずいぶんと稼いでるみたいね。どう? 楽しかった?」
 微笑みながらも、それはまるで氷のように冷たかった。裏に見える怒りの炎は、きっと幻じゃない、現実だ。
「え、ええーと……そ、それなりに?」
「そう。……じゃあ、もう未練はないわね。地獄行きの準備は万端よ」
「で、できれば……ご遠慮ねがいたいな〜なんて」
 おどおどと笑いながら、夢安はカンナから逃げる手を考えるために、必死で思考を巡らせていた。そんな彼の横では、これまで一言も発さずに黙っているシオンが、不思議なものでも見る目で環菜を見据えている。
(……気づかれた?)
 カンナ――いや、ニセカンナに扮したリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は、心の中で吸血鬼をいぶかしんだ。その意は間違っておらず……。
(あれって、環菜……じゃないわよね。隣にいるのは、普段見かけない女の子だし)
 シオンは箒に乗って心配そうにリカインを見ている少女――サンドラ・キャッツアイ(さんどら・きゃっつあい)の姿に目をやった。
(それに……)
 シオンがリカインを疑ったのは、なにもサンドラだけが原因ではない。むしろ、それはおまけに過ぎないのだった。確かに、ほとんど気づかないまでも僅かに雰囲気の違う環菜を見たときは怪訝であったが、それが確信に変わったのは、夢安の側で唸っているボール猫がいたからだった。
「ガアアアァァ……」
 まるで獣が唸るような声をあげるカーネ。そんなペットの様子に夢安は気づいていないのか、恐る恐る、徐々にリカインから距離をとっていく。
「さっ、大人しく縄につきなさい」
「……へ、へへっ!」
 ぎゅっ……と懐から縄を取り出した環菜に、夢安はまるでひきつったまま笑った。もちろん、それはただ単に開き直ったということだけであり――
「こんなところで終わってたまるかっ! 俺は、俺はぜえぇぇっってぇ捕まらねえぇ!」
 まるで親から逃げる子どものように、唇を捲りあげて宣言した夢安は身を翻して逃走した。
 カーネとシオンを連れ、捨て台詞を残して走り去っていく。
 シオンは彼にあれがニセカンナであると告げようかとも思ったが……
(ま、こっちのほうが面白いからいいわね♪)
 と、結局、環菜が豆の木の上までやってきたという夢安の認識はそのままにしておくことにした。
 度胸があるのかないのか……逃げ去った夢安の背中を眺めながら、呆れたような顔のリカインはため息をついた。
「なんか、すごい元気な人だったね」
「……確かに、環菜様が苦労するはずよね」
 遠慮して『元気』と形容したのだろうか。いわゆる馬鹿というヤツである。もしくは、単純、というべきか。そういえば、あれほど歪んではいないが、一直線に純粋で単純な少年が自分の仲間にもいる。
「ぐ、ぬぬぬぬぬ……ぬああぁっ! やった、登り切ったッス! 俺はやったっスよ、師匠! ……って、あれ? 師匠?」
 夢安の代わりに豆の木を自力で登ってきたアレックス・キャッツアイ(あれっくす・きゃっつあい)は、二人の顔を見て魔の抜けた声をあげるばかりであった。



 ところで――お星様になったルメンザはとどうなったかと言えば。
「どぅええぇいっ!」
 気合を込めた掛け声で、まるで釘のように緑一色の蔓の中へ刺さっていたルメンザは、ズボッっ体を引き抜いた。
「くそっ、結局持ちいねんかったぁ……」
 カーネを手に入れることができなかったことに落胆してうなだれるルメンザ。しかし、ふと目をやると、袖にはカーネの毛玉は少し残っており……。
「………………」
 しばらく考えこんだ彼は、携帯を手に依頼主へと電話した。
「あ、もしもし? あ、はい。んで、その件なんじゃけど……毛玉しか手に入らんで……はい……ぐぇ……や、やっぱりそんぐらい? もうちぃと上げてもらえ…………ない」
 どうやら、依頼主から告げられた報酬額はよほど低かったようで、通話を切ったルメンザはがっくりとうなだれた。
「こ、これだけ苦労して……た、たった1200……」
 こうして、彼の仕事は終わりを告げた。