リアクション
● ジャックと豆の木――ではないものの、ムアンランドでは蔓で出来た巨人が闊歩していた。もちろん、夢安とて客を踏み潰そうとするほど非道ではない。遊園地から離れた広場で動き回る巨人に乗って、彼はとにかく追っ手から逃げようとしているだけなのだ。 とはいえ、追っ手とて生半可な者たちではない。 「……ふむ、これはいいトレーニングになるな」 巨人を見上げたのは、洗練された瞳で見据える女であった。彼女は、羽織っていたコートをはためかせると、まるで獣のように俊敏な動きで跳躍した。 アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)にとって、蔓の巨人を駆け上ることなど、そう造作もないことだった。 問題があるとするならば、それは行く手を阻む無数の蔓と揺らぐ足場だ。無闇に植物を斬ろうなどとは、そこまでする必要もあるまい。 鞭となり棒となって襲い掛かってきた蔓を炯眼が見据えたとき、その隙間を抜く波打つ線をアシャンテの意識が捉える。なれば、蔓を足場とし、それでいて避けながらも、彼女は軽やかな動きで巨体の頭を目指した。 が――がくんっ! と上下に足場が揺れると、体が一緒に放り投げられる。 「ちぃっ、蓮華、頼むぞ……!」 だがそれも、予想していなかったことではなかった。彼女の肩からひょっこりと現れたのは、ティーカップパンダの連華だ。きょとんとした瞳で頼りなさげに見えるも、その機動性は高い。 ロープを縛り付けられると、連華はもふっと丸くなった。 瞬間――アシャンテの足がボールとなった連華を蹴り飛ばす。弾丸のように飛んだ連華は、勢いそのままに巨人の腕へローブごととぐるぐる巻きつき、最終的にビタっと捕まって踏ん張る。 「よし……!」 グン……と、振り子のようにロープが揺れた勢いで、アシャンテはターザンよろしくといったように、連華のもとまで戻ってきた。 縛り付けられていたロープを外すと、再びそそくさと肩の上にもどってくるティーカップパンダ。この可愛さも、また連華の愛らしいところであった。 いずれにせよ、無事にリターンを決めたとはいえ、全く面倒臭いことをさせる巨人である。 「……捕まえたら、簀巻きにでもするか」 依頼だけではなく私怨が混ざった声で、アシャンテは頭部にいるであろう夢安京太郎を目指した。 ● 蔓の巨人がのっしのっしと歩くのを眺めるのは、まゆりの面白そう中枢を刺激したらしく、夢安から操縦――あくまで気分だが――を奪うようにして、頭部の先頭に立っていた。 「いけ〜、鉄人〜!」 「……馬鹿やってる場合じゃねえぞ!?」 そんな彼女を尻目に、巨人を駆け上ってくる追っ手たち。 まるでかつて倒した敵が復活……! 的な展開でも起こしたかのように、まいたはずの追っ手も現れてきたのだ。もちろん、これだけの騒動を起こせば、場所さえも一目瞭然なわけであったのだが。 「俺の金を奪おうとした不届き者があああぁぁ!」 暴走汎用人型決戦兵器エヴ――げふんげふん。……漆黒を纏っているかのように恨みに包まれたエヴァルト・マルトリッツの拳が、夢安を狙って飛んできた。 だが、拳が夢安へと届こうかという瞬間――脇から地を蹴った綺雲 菜織(あやくも・なおり)が、夢安の体を抱えて横に飛んでいた。 「菜織様ッ!!」 それに続けて、彼女のパートナーである有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)が、サイコキネシスを駆使して蔓の動きを強化させる。追っ手を排除するべく動いていた蔓たちは、しなやかな動きを活発にして敵へと絡み付いていった。 そして、無残にも拳を避けられたと同時に、勢いあまってエヴァルトは巨人からまっさかさまに落ちて行く。 「――がああああぁぁぁぁぁぁ」 少し可愛そうなことをしたかな、と思わないではないが、菜織は気持ちを切り替えた。いやはや、案外簡単に切り替えられるものである。 「あんた……?」 「……緋山君に頼まれてな。彼も中々にワルだからね」 菜織はつかみ所のない笑みでそう答えた。夢安はその微笑に妙な違和感を感じなくもなかったが、今はそれを訝しがっている場合でもない。助けてくれたのは事実だ。そして、カリをそのままにしておくのが性に合わないのも、また彼にとっては確かなことであった。 それにしても―― 「緋山……? そういえば、あいつ何してんだ?」 カメラマンとして雇ったとはいえ、仕事は任せっぱなしで確認をしていなかった。ちゃんと稼げる写真を撮っているのだろうか。 夢安の心配が的中したのかどうかは分からぬが――タイミングよく、菜織の携帯が音を鳴らした。 「……緋山君からだな」 緋山の話を聞いて菜織が驚きに目を見開いたのを、夢安は不思議そうな目で見つめていた。 ● |
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