校長室
学生たちの休日5
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★ ★ ★ 「さて、我を満足させる魔道書が見つかるとよいのだが……」 フォン・ユンツト著『無銘祭祀書』は、禁書閲覧許可証を示して大図書室の奥の部屋へと入っていった。 そこには、自分のような魔道書たちが静かに眠りについている。 その中には、まさに禁書であるクトゥルフ関係の書物もあるはずだ。それらを読んで自分の知識とし、自らの価値をさらに高めるつもりなのであった。 「おおっ、これは『妖術論』、それに『妖蛆の秘密』、『ニンの牌』、『失われた帝国の遺跡』、『エルトダウン・シャーズ』まであるではないか」 フォン・ユンツト著『無銘祭祀書』が驚喜する。さすがはイルミンスール魔法学校の秘蔵書庫だ。 「ではさっそく……」 フォン・ユンツト著『無銘祭祀書』は、手近な一冊を手にとって読み始めようとした。 だが、開かない。 魔道書が抵抗しているのだ。 「面白い。人型にもなれない魔道書のくせに、我にはむかうとはな。まあ、よいわ。そなたには三つの選択肢がある。一つ、負けて焚書される。二つ、引き裂かれて『闇のスクラップ帳』の一部。三つ、おとなしく我に読まれるの三つじゃ。さあ、どうする」 そう言って、フォン・ユンツト著『無銘祭祀書』は再びその本を開こうとした。だが、開かない。 「よし、分かった。灰となるがいい!」 言うなり、ファイアストームを放とうとする。その瞬間、逆にフォン・ユンツト著『無銘祭祀書』が凍りついた。 『火気感知。自動消火装置作動。自動消火装置作動……』 ふわんふわんと宙を舞う巨大な雪の結晶の姿をした使い魔が、凍りついたフォン・ユンツト著『無銘祭祀書』の頭上で警告を発し続けた。 あまりに帰りの遅いフォン・ユンツト著『無銘祭祀書』が、捜しに来た秋月葵の手でそこから運び出されたのは、それから何時間も経ってからのことであった。 ★ ★ ★ 「アルディミアクと小ババ様がここにいたんですって」 「はい、いましたですぅ」 息せき切ってやってきたカレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)に、メイベル・ポーターが答えた。彼女たちはまだ七不思議を調べていたが、ソア・ウェンボリスたちは聞き込みをした方が早いと、すでに大図書室を後にしてしまっている。 「せっかく、イコンのことを詳しく聞けそうなのが揃っていたのにい。逃がしちゃったか!」 カレン・クレスティアが悔しがった。 最近、各学校でもイコンが次々に配備されているらしく、イルミンスール魔法学校にも謎のイコンがあるらしいという噂がたっている。これは、なんとしても真相が知りたいではないか。 「よし、ここから本気モードだよ。直接大ババ様にアタックなんだもん。アイスクリームで買収よー」(V) そう叫ぶと、カレン・クレスティアは、現れたときと同じ速さで大図書室を出ていった。 「うーむ、校長や大ババ様から話を聞こうとしても無駄だと思うのであるが……」 さすがに最高機密扱いの情報を簡単には教えてはくれないだろうと、ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)がカレン・クレスティアに釘を刺す。 「いいのよ、ダメ元なんだから。それに、ジュレはいいわよ、ミサイルランチャーとか、いろいろ対イコン用の武器使えるじゃない。ボクなんか、ほとんど素手みたいなもんだよ」 「いや、音速で飛ぶ敵にロックオンさせるのは、言葉で言うほど簡単ではないのだが……」 無茶を言うなと、ジュレール・リーヴェンディが困ったように言った。 「でも、イコンだよ、イコン。あのパラ実だって、最近作ったっていうんだもん。もっとも、ものすごく見かけ倒しみたいだけど。教導団はまだロボロボしいだろうけど、薔薇の学舎とか百合園のイコンなんか、きっと派手派手すぎて強くないんだよ。羽根飾りとか、スカートひらひらさせてるイコンに決まってるんだもん」 さすがにそれはギャグ兵器にしかならないだろうと、思わずジュレール・リーヴェンディはカレン・クレスティアにツッコミかけた。 ★ ★ ★ 「誰か、七不思議に詳しい人いませんかあ」 世界樹の中を徘徊しながら、ソア・ウェンボリスはすれ違う人に訊ねていった。 「御主人、これってかなり無駄なことやってるんじゃねえのか?」 さすがに世界樹の中を上り下りすることに疲れてきた雪国ベアが、ソア・ウェンボリスに言った。 「だから、ベアが早くゆる族の墓場の秘密を吐けばすべて丸く収まるのよ」 私だって疲れているわよと、『空中庭園』ソラが雪国ベアをつついた。 「だから、そんな物は存在しないって何度も言ってるだろうが」 噛みつくぞと、雪国ベアが唸る。 「だったら、なんで七不思議になってるのよ。火のない所に煙はたたないわ」 『空中庭園』ソラが言い返した。 「二人とも、喧嘩しちゃだめですよ。それをはっきりさせるために、頑張って聞き込みをしましょう。誰かあ、七不思議に詳しい人はいませんかー」 言い争う雪国ベアと『空中庭園』ソラを諫めると、ソア・ウェンボリスが聞き込みを再開していった。 「いいかげん諦めてくれよー、御主人ー」 とぼとぼと後をついていきながら、雪国ベアが溜め息をついた。 ★ ★ ★ 「大ババ様ー、イコンのこと教えて。イコン、イコン、イコン、イコン、イコンー……」 校長室の扉を蹴破らんばかりの勢いで、カレン・クレスティアは中に飛び込んでいった。さすがに、止めそこなったジュレール・リーヴェンディが焦る。だが、幸か不幸か、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)もアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)も留守で、校長室は空っぽであった。 「やはりな。校長たちも何か忙しい事情があるのであろう。うんうん」 したり顔で、ジュレール・リーヴェンディがうなずく。 「せっかく、いろいろ聞きだそうとしてたのに……」 カレン・クレスティアが、がっくりと肩を落とした。 「すみませーん。騎士団長はいらっしゃいますでしょうか?」 そこへ、大ババ様を訪ねて、フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)とルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)がやってきた。手には、何やら書類の束をかかえている。 「今、留守みたいだよ」 同じような人が来たと勝手に決めつけて、カレン・クレスティアが苦笑した。 「ええっ、せっかくイナテミスに作るミスティルテイン騎士団支部の資料を持ってきたのに……」 残念そうにフレデリカ・レヴィが言う。せっかくいろいろな人に手伝ってもらって作った資料なのに……。 「しかたないですね。また今度相談に来るとしましょう」 ルイーザ・レイシュタインも残念そうだ。 「でも、あまりのんびりはしていられないのに……」 まとめた資料をパラパラと読み返しながら、フレデリカ・レヴィが言った。 「ええ。あまり遅くなっても、その間にイナテミスに何かあっては大変ですし」 ちょっと嫌な予感に、ルイーザ・レイシュタインが言った。 「まあいいわ。いないのなら、見つけだすまでよ。行くわよ、ジュレ!」 気をとりなおしたカレン・クレスティアが校長室を飛び出していく。 「やれやれ」 ジュレール・リーヴェンディは、フレデリカ・レヴィたちにぺこりと一礼すると、彼女の後を追いかけていった。