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リアクション
8.とある大学生の熊猫観察
「話をしよう」
村から少し離れた場所で、パンダ像の動向を観察していた湯島 茜(ゆしま・あかね)に、明けの明星 ルシファー(あけのみょうじょう・るしふぁー)が語り始める。
「あれは今から百万……いや、三十万年前だったか。まあいい。オレにとってはつい一昨日くらいの事だ」
彼はどうやら客寄せパンダに関する歴史を伝えようとしているらしい。そもそもそんな昔に今でいうパンダが存在していたのだろうか。
「かつて人類にはギガントピテクスという血縁がいた。巨人族で、身長は三メートルになろうかというほど――聖書ではネピリムと呼ばれ、ここパラミタにおいてはマホロバ人の祖とされる連中さ」
茜はそんな彼の話を聞き入っている……ようでその実勝手に言わせておけばいいという程度に聞いていた。
彼女としてはそんな事より、一番いいもの(パンダに関する)を頼むといったところだろう。だが、ルシファーはそんな事はお構いなく続ける。
「ともかくギガントピテクスは竹を食する種族だった。そのせいで奴らは同じく竹を主食とするパンダと戦いになり、滅亡したのだ」
それを真実とするならば、パンダはどんだけ強いんだという事になる。古代種を滅ぼしているのだから。むしろ、パンダは古代種の生き残りになってしまう。
「そう、パンダはそのころから霊長類を滅ぼそうとしているって事だ。さあ、お互いに争うがいい!!」
人間とパンダの戦いではなく、現実に行われているのはパンダ信者と契約者とモンスターの三つ巴バトルなのだが。
それはともかくと、ルシファーの言ってる事は何一つ役に立ちそうにないので、茜は観察を続ける。
とはいえ、客観的に分析をしているのは彼女だけではない。
「しかし、ここまで来ると魅了ではなくて、洗脳ですね」
藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)は村の中も見れるよう、望遠レンズ付きカメラで村の中を見、気付いた事をメモにまとめるという作業を繰り返している。
皆笠をかぶったままなのは、どの程度の距離で魅了されるのかが分からないからだ。人間やある程度の知能を持つ生物なら、ある程度は大丈夫なのかもしれないが、パンダが見えないにも関わらず引き寄せられているモンスターがいる以上、油断は出来ない。
「問題は、どういう仕組みになってるかだよね。必ずしも見なければいい、ってわけじゃないみたいだし」
集まっているモンスター達は、パンダ像を実際に見ているわけではない。視覚情報という線は外れる。
「見なくても魅了されるとなると、厄介ですね……」
どこか浮かない表情の優梨子。既に自分の信ずるものがある身としては、他の者に自分の心を捧げるわけにはいかない、といったところだろう。
編み笠を片手で必死に押さえている様が、いかに彼女が必死なのかを物語っている。
「あれは……ワイバーン?」
何かが空を飛んでいるが見えていたが、優梨子が望遠レンズで覗いた事により、それが判明した。
「えーっと、これまでに引き寄せられているのは、スケルトンやゾンビやゴーストみたいなアンデッドに、大荒野に生息している獣。それに、今ワイバーンが加わった。段々引き寄せられるモンスターが巨大化している……ってことは、パンダ像の力が今まさに増してきている?」
「力が!? うう、困りますね」
このままでは、いずれ自分達にも影響が出てくるだろう。二人ともそれは避けたい。
「ただ、この編み笠を被っていれば、今のところ村の中でも魅了されずには済んでいるようです」
優梨子が覗いた先には笠を被っていない契約者と笠を被っている契約者が戦っている光景がある。どちらも魅了されているなら、戦う必要はない。
戦い好きな彼女としては中に飛び込みたいところだろうが、それ以上に魅了の力を危惧している。笠で顔は見えないが、どこか見覚えのある鉄扇を持った侍がいたりもするのだが。
「この編み笠の仕組みもイマイチ分からないよね。明倫館の人も、文献にあった素材と方法を再現しただけだから詳しい事は知らないって言ってたし」
茜は笠を受け取った時に尋ねたのだが、肝心の作った本人達も原理を知らないらしい。
「もし、魅了の力が魔法的なものだと仮定するなら、これ自体が何らかの術式を組んでいるのかもしれませんね。この笠がその類を遮断している、と」
「魔法、って線は強いよね。だけど、見ないで引き寄せられるものには限りがありそうだよ」
モンスターに共通するのは、高度な知能を持ってはいないという事。確かにワイバーンが来るほどまで力を増してはいるが、パラミタの中でも「動物」の範疇に収まる程度には止まっている。
「なんだか、無理に魅了するのではなく自然とそうなるように仕向けているようですね。モンスターの事も考えれば、本能に直接訴えるものであり、人間の場合は理性が間に割り込むから、そう簡単に引き寄せられるわけではない、といったところでしょうか」
自分達の考察も含めながら、彼女達は記録を取っていく。
「あと、村に集まった数と、像の力も関係がありそう。数が増えれば増えるほど、引き寄せる力が強くなってるようだからね」
二人はそこまでまとめた上で、各々の仮説を立てる。
「パンダ像に魅了された人は、あの像一筋になっている。精神集中みたいなものが像の力を増大させて、影響力を強くする。モンスターが死者から段階的に推移しているのを見ると、それがパンダ像の力だとあたしは考えるよ」
ただ、その限界点に関しては答えが出てこない。
それに関しては、優梨子の方が推測している。
「力を増し、最終的にパンダは自分と同種の存在を呼ばんとしているのではないかと思います。像は仮の姿で、本来の姿に戻るためには同族を召喚する必要がある。その力を得るために、自分への『信仰』を集めようとした、といったところでしょうか」
もし信仰によって力を集めるというのがパンダの本質だとしたら、あの像の正体は神という事になるだろう。神の力は信者の数に比例するとも言われているくらいだからだ。
* * *
パンダ村内部。
そこにいる空京大学生は、魅了された男と、学校のため像を確保しようとしている男だけではなかった。
「一般人は像の近くにはいないみたいだな」
エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)とメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)だ。二人とも、当然のように編み笠を被っている。その背にもまた、大量の笠がある。
彼は魅了状態をどうにかする方法を試そうとしているのだ。
「エース、見つけたよ」
村の中では、ほとんど契約者だけが戦闘態勢に入っている状態だが、端の方には侵入者と戦おうとしている一般人がわずかながら残っていた。
「ちょっと失礼」
村人に近付くエース。
「な、身体が……」
抵抗出来ないように、メシエがサイコキネシスで村人の動きを抑える。とはいえ、目の前にいるのは三人だ。全員を一気に止めるのは難しい。
「おっと、別に手荒な事をしようってんじゃないよ。だから武器を下ろしてくれると助かる」
「お、お前達、パンダ様に手を出そうものならタダじゃおかないぞ!」
村人にとっては、自分の身よりパンダ像らしい。
「そんな事はしないさ」
エースは背中の笠に手を伸ばし、すっと村人の一人に被せた。
「さて、気分はどうかな?」
それまで必死に抵抗しようともがいていた彼だったが、状況が飲み込めていないかのように、ぽかんとしている。
「あれ、ここはどこだ? 確か、荒野を歩いていたら村が見えて、そこに入ったら……」
そこで、はっとする。
「そうだ、祠に祀られてるパンダの像見たら、それの愛くるしさに心奪われたんだ」
「お前、今パンダ様をパンダっつったな!?」
「様をつけろやゴルァ!」
どうやら、笠を被った男は正気を取り戻したようだ。ただ、このままだとあとの二人にボコられるのは確実なので、
「はいはい、喧嘩しない」
残りの二人にも笠を被せる。すると、その二人も元に戻ったようだ。
「あれ、何でただのティーカップパンダの石像をパンダ様なんて崇めてたんだ?」
「ただの石像じゃん。まあ、かわいいっちゃかわいいけど」
どうやら、魅了されていても笠を被れば魅了の効果は解けるらしい。
「……って、うわなんだよ。モンスターだらけじゃねーかよ、くそ、早く逃げねーと」
「こんな村にいられるか、早く帰んないとな」
そのまま村から出ようとする村人。いや、元村人か。
しかし、勢いよく飛び出そうとした一人の笠が、ぱさっと落ちる。その瞬間、
「パンダ様万歳! パンダ様万歳!」
先刻まで魅了されていたせいか、笠がなくなった途端また魅了状態に逆戻りした。
それを今度はメシエが拾って被せた。
「おっと、すまねえ。危うくまたパンダの虜になるところだった」
いや、なってだろ、とは突っ込まなかった。
「村から出るなら、飛空挺に乗ってくかい?」
飛空挺はエースとメシエ、それぞれが所持している。頑張れば三人乗せられない事もない。三人乗りになる方はスピードが落ちるが。
「おお、助かるぜ」
一刻も早くこんなところはおさらばしたい、と思っていたらしく、エース達について行く事になった。
そのまま飛び続け、村からある程度離れたところで、エースは村人の笠を外した。
「気分はどう?」
「別になんともないぜ。もうこれとっても大丈夫みたいだ」
距離を取った事と、多少魅了が解けてから時間が経過した事により、笠がなくても問題なくなったようだ。
そのまま村人と別れるエース達。
「よし、魅了されてても、笠を被せれば正気に戻るな」
そう、エースが行ったのは、魅了が解けるかの実験だった。その結果は、成功である。その場で携帯電話を操作し、それを空京大学に送る。これだけではレポートとするのは難しいが、事態の悪化を止めるには有効な情報となるだろう。
「それにしても、あれだけ心酔して、触れようとするものは排除するという態度なら、その像に近い彼らは自分達同士で争ったりしないのだろうか」
メシエが疑問を口にする。その通りなら、村もコミュニティとしては成り立たないだろう。
「みんな、パンダ様万歳で、しかもその意思で村が統一されていたから、きっとそれはないんじゃないかな。あくまでも外敵に敏感になるだけで」
「いや、もしそうだったら、あの島が滅んだ事にも理由が付くと思ったのだがね。ただ、皆が村から出たがらないのならずっと平和というわけにもいかぬだろうよ」
パンダ像があった島が滅んだ理由はまだ分からない。それも気になるが、実験結果も出た以上、やる事は一つだ。
「さて、戻って魅了されてる人に笠を被せに行こうか」
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