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はじめてのひと

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●2020年のママより

 蓮見 朱里(はすみ・しゅり)は携帯電話売り場を出てすぐ、通話の着信を受けた。
「さっき購入したばかりなのにこんなに早く……?」
 発信者の名前を見て目を細める。
(「私の機種変更が終わるタイミングを、直感したのかな?」)
 親子の間には、目には見えない強い結びつきがあるという。その結びつき……つまり絆は、ときとしてこのような偶然を実現する。心からの結びつきがあれば、そこに血のつながりの有無は関係ない。
 電話は、朱里の養子ピュリア・アルブム(ぴゅりあ・あるぶむ)からのものだった。
「もしもし……朱里だよ」
「ママ! すごいね、ママの声、はっきりと聞こえるよ! 遠くにいるのに、すぐとなりにいるみたい!」
 携帯を所持していないピュリアのため、朱里とアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)が選んで数日前に購入した機種『angelia』から連絡しているのだ。これは、朱里が購入した『cinema』とは違い、ごくシンプルで使いやすく、安全性の意味でも優れた機種である。
 せっかく買った『angelia』なのに、ピュリアは「ママが新しい携帯電話を買ったときに最初に話すの!」と宣言して、使いたくてわくわくしているにもかかわらず、ずっと今日――『cinema』の一般発売日を待っていてくれたのである。
「お電話ありがとう。そして、あらためてよろしくね、ピュリア」
「うんっ! この電話の使い方、しっかりおぼえたよ。これからは、なにかあったらすぐママに電話するね!」
 それでね、と嬉しそうにピュリアは告げる。
「ママ! ピュリアね、お外でとっても素敵なものをいっぱい拾って来たの!
 真っ赤なもみじとか、いちょうとか、どんぐりとか! 帰ってきたら見せてあげるね!」
「ええ、楽しみにしておくわ」
 それからしばし、他愛もない会話をかわして電話を切った。
 ピュリアの気持ちに打たれ、朱里は胸が一杯になってしまった。ほんの短いやりとりだったが、目頭が熱くなるほどに嬉しい。
「本当は……ピュリアが眠ってから打つつもりだったのだけど……」
 もう矢も盾もたまらず、朱里は愛娘への、タイムカプセルメールを作成することにしたのだった。
 到着予定日は、今日からちょうど10年後。

「10年後のピュリアへ

 このメールを受け取る頃、あなたは今の私と同じぐらいの歳になっているでしょう。
 学校は楽しいですか? お友達とは仲良くしていますか?
 もしかしたら、誰か素敵な男の子に恋をしているかもしれませんね。

 ママがパパと出会い、そしてあなたを養子に迎えたのも、ちょうど同じぐらいの頃でした。
 それはかつて大切な人を失い、孤独な魂を抱えた者同士が出会い、種族の壁を越えて、一つの家族になったことを意味します。
 その絆は、きっと10年後にも続いているとママは信じています。

 2030年のパラミタは、どうなっていますか?
 『2020年のシャンバラ』は、徐々に戦争の足音が近づいてきています。今はまだ家族や友人と平和な日常を送っていられるけれど、国境付近では既に帝国の軍隊が攻め込んでおり、いつ戦火が飛び火するかも分かりません。
 だけど、だからこそ、『平凡な日常』はとても素晴らしく、いとおしいものだと思います。

 今のパパもママも、平和な世の中になるよう頑張っています。
 だからあなたも、すぐ傍にいるお友達を、大切にしてください。
 その絆と優しさが、きっとあなたを支えてくれるから。

 2020年のママより」


 メールを送って帰宅すると、朱里を待ち受けていたのは、
「ママ! お帰りなさい!」
 満面の笑みを浮かべたピュリアだった。その小さな掌には、あふれんばかりの木の実や落ち葉が乗せられている。公園で集めたのだという。
「綺麗な紅葉ね、それに、可愛らしいどんぐり……」
 大人から見れば他愛のないものかもしれない。しかしその純粋な美しさは、宝石以上にピュリアの心を魅了したのだろう。その証拠に、ピュリアの目は輝いている。
「ピュリア、そのまま動かないで」
 アインが姿を見せる。彼の手には、買って使わずに置いていた携帯電話があった。
「朱里はピュリアに寄り添ってくれ。そう……じゃあ、撮るぞ」
 秋の収穫を誇らしげに示すピュリア、その娘の両肩にそっと手を置く朱里……永遠に残る瞬間を、アインのファインダーは正確に捉えていた。
「機晶姫の僕は、歳を取ることもなく、一生この姿のままだ。だけど君達は、時と共に成長し、日々その姿を変えてゆく……僕はその一瞬一瞬を、君達の成長を残しておきたい」
 二人の携帯電話にこの写真を転送しつつ、アインは告げる。
「そしてそれを、この携帯と一緒に、常に肌身離さず持っていたいんだ」
 また、撮ったばかりの写真を自分の携帯電話の待ち受け画面に設定し、うっすらと微笑してこれを見せた。
 朱里は、左手をピュリアの肩に載せたまま、右手を彼の掌に乗せた。
 彼女の夫――アインはその手を握り返すのである。
「どんな過酷な状況になっても、君達の存在が、僕を奮い立たせ、守ってくれる。そんな気がするから」