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リアクション
●タイムカプセル・マジック
無論、『タイムカプセルメール』は自分に送ることもできるのである。
秋葉 つかさ(あきば・つかさ)は10年後の自分に向けてメールを発信していた。
「たんなる自己満足かしら? ……いえ、単純に送る相手が他にいないだけですわね」
ふっと、自嘲気味に独言して送信を行った。
「10年後の私へ。
このメールを見るという事はまだ生きているのですね……。
もう三十路も過ぎているというのに何一つ変わっていないあなたを見て、皆様はどう思ってらっしゃるのですかね。
どうせあなたは周りの方とは一緒に成長できないのですよ、だからと言って長生きできるわけもない、それ以前につらいでしょう? 苦しいでしょう?
皆に取り残されるというのは……
それとももう闇からは解き放たれたのでしょうか? あなたの様なモノを受け入れてくれる人などいないでしょうけれどもね、万が一見つかったというのであれば、おめでとうございます。
きちんと説明してあるのですか? あなたの過去を……汚されてない所など無いないその身体を……ふぅ、奇特な方もいたものですね
このメールで自分の立場というものを思い出していただけたのではないですか?
所詮幸せなどあなたには許されないのですよ、いつまでも苦しんでくださいませ。
―――10年前の秋の私から、絶望を込めて」
ついつい暗い内容になってしまったが、それもまた、『この瞬間」のつかさを捉えたメールということであり、一概に悪いとは言いきれない。
願わくばこれを読む将来の自分が、明るい日々を送ることができていますように……!
「こんな文面、笑い飛ばせる私に……なってたらいいですわね」
祈るようにつかさは、メールを送った。
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新携帯電話『cinema』、軽く触っただけであまりに多機能なのに気づく。仕事にも学業にも遊びにも活用できる場面は多数ありそうだ。そういった部分は追々調査するとして……。
「早速試運転してみよ〜っと」
月谷 要(つきたに・かなめ)は軽い気持ちでメール送信画面を開く。
ところが、宛先に『霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)』と表示させた途端、他に誰もいない自室だというのに、やたらと言い訳がましくなってしまうのだった。
「……べ、別に気持ちをどう伝えれば良いか良く分からないから、メールに頼ってるって訳じゃ無いよ! ほんとだよ?! 短いのは試運転だからだよ!?」
などと独り言しながら、ますます深みにはまっていく要なのである。
最近、彼は悠美香を、ただの腐れ縁と思えなくなってきたのだ。理由はわからない。ふと見せる仕草にドキッとするし、姿がなくても彼女のことを考えるだけで動悸が速まる。繰り返す、その理由はわからない。それに、自分のこの気持ちも上手く表せない。(誰か『恋だろ』と言ってやってくれ!)
着信は一時間後のタイムカプセルメールとして設定、そして、書く!
「悠美香ちゃんへ
とりあえず、新しい携帯の機能を試す為にメールを出すよ。
タイムカプセルメールってやつ。書いてから一時間後に届く設定。
あぁうん。短いのは勘弁してね〜? 結局は試運転だしさ。
(ものすごい長い改行の後に、一言だけ)
いつも、ありがとう。」
さてそんな青春野郎、要を見守る姿があった。要の自室、そのドアの隙間から見ている。
何ぞ知らん、それは悠美香その人ではないか。
「……へぇ。あんな風に動かすのね」
どうやらメールを送り終わったらしい――と、思ったところで要が飛び上がるのが見えた。
「ゆ、悠美香ちゃん!!」
ここで慌てたりせず、しれっと微笑む悠美香である。彼を観察していたことなどおくびにも出さない。
「どうしたの要、なんでそんなに慌てて……え、買ったばかりの携帯電話で、メール機能の試運転してた? じゃあそんなに慌てなくても……はいはい、自分の部屋へ帰れ、って言うのね、わかったわよ」
くねくねとボディーランゲージする要から意思を読み取って、悠美香はぺたぺたと自室へ戻った。
「……」
悠美香は戻るなり、自分の携帯電話をチェックする。
ところがメールは来ていない。要が出してくれるかも、と期待していたのだ。
(「なんか、割り切れないというか……」)
なんとなく、もやもやした気持ちを抱きつつ、悠美香はごろりとベッドに寝そべった。
――一時間後、彼女のもやもやが晴れ、その顔が笑顔に変わったのは言うまでもない。
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ポンとベッドから身を起こし、画面に表示された解説を読む。
「お? タイムカプセルメッセージ? こんな面白い機能もあるんやな♪ なら早速使ってみよか!」
新機種『cinema』を買ってすぐ、日下部 社(くさかべ・やしろ)は説明書も見ぬままずっとこれをいじくっていた。ゲームしてみたりネットを見たり、立体写真を撮ったりしているうち、この機能を発見したのである。
「よっしゃ! いってみよか!」
ボイスメールでも送ることができるらしい。はりきって試してみる。
「おぅ! 俺! 俺や俺! え? 新手の俺俺詐欺やないかって? んな事あるかいっ!w
……とまぁ、2020年の俺はこんな感じやで♪ 覚えとるか?」
空咳して一時停止、深呼吸して続けた。
「あー、あらためておはようさん。3年経ってお前、っつか、俺もとうとう二十歳なんやな。
どや、成人になった気分は? とうとう大人の仲間入りやで。
それで、今はどこで何やってんのや? まだパラミタで過ごしてんのか? パートナーとは仲良うやっとるか?
そうそう、妹の千尋はもっと可愛くなっとるか? まあこれは2020年時点でも自信があるがな。
それで友人は増えたか? 好きなあの娘には告白したのか?
え? いっぺんに質問されたらなにが聞きたいんかわからん、やて? やかましわ!」
笑い声も録音してしまった。しばし呼吸を整えて、再度、社は携帯に向かった。
「それで……ま、少しだけ真面目な話もしょうか。
三年後のお前は、ちゃんと笑えてるか? それに周りの皆もや、爆笑させてるか?
二十歳やいうたかてまだまだ未熟な大人やろうけど……。
未来の自分には、良い大人になっていて欲しいからな。頼むで。
さて、三年後の俺へのメッセージはこれで終わりや。
もっと楽しい事沢山やってこうな!」
これでいい、と笑顔で社は携帯を閉じるのだった。
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本郷 涼介(ほんごう・りょうすけ)はしばし目を閉じ、10年後の自分を想像してみた。
……想像が付かない。
悩んでも仕方がない、と腹をくくって、思いつく限りのことをしたためておく。
「10年後の私へ。
元気で暮らしていますか。あれから10年の年月が経過した思いますが、今あなたは何をしていますか。
ちゃんと大学を出て医者になったのか、それとも大学に行かず魔法の研究をしているのか……。
それはさておき、10年後というとあなたも28歳ですね。
野暮なことを聞きますが結婚は出来たのかな。あなたは奥手なところがあるから、下手をすると彼女いない暦が年齢とイコールになっているかもしれませんね。そうなる前に結婚できていたら、自分のこととはいえ素直におめでとうと祝福をしたいものです。
最後に2030年、世界はどうなっているのかな。今と違って平和な世の中だといいな。
仮に、このメールを打っている今より悲惨な時代でも、あなたがみんなの笑顔のために働いていることを祈っています。だって、人の笑顔のためなら自分のことを省みないような大馬鹿野郎の性格が10年で変わるわけ無いもの。
……でも、あまり無理だけはしないでください。無理をして大切な人を泣かせるようでは意味が無いからさ。
それでは、どのようなことになっていようと自分らしく誇らしく前を向いていることを信じています。
2020年秋、18歳の私から28歳の私へ」
タイムカプセルメールよ、今度は10年後に会おう。
さてその涼介には、長谷川 真琴(はせがわ・まこと)がメールをしたためている途中だった。
(「久しぶりのメールだけど、こっちに来てからは『はじめて』のメールだから……」)
思いを伝えたい、そう願う。
涼介は真琴のことを意識してくれているのだろうか。ただの幼なじみとしか思っていないのだろうか。それどころか、もうおぼろげな記憶としてしかに残っていないのだろうか……。
――いずれにせよ彼は知らないだろう。真琴にとって涼介は、憧れの人だということを。
購入したばかりの『cinema』の説明書を丁寧に読み、寮の自室のベッドの上で、なんとなく正座しながら真琴はメール打っている。今日は休みの日だというのに、なんとなく作業服を室内着がわりにしているあたりが彼女らしい。
「親愛なる涼介さんへ
お元気ですか? 私も元気です。
涼介さんがパラミタに行ってもう二年が経ちましたね。折に触れてはメールでそちらの様子を聞いていましたが、そのたびに怪我をしていないだろうかと心配でした。
だから、私も今年からパラミタの学校に通うことにしました。今は天御柱学院というところで整備士の勉強をしています。まだ、半人前だけど、いつかみんなが信頼してくれるメカニックになれるように頑張っています。
涼介さんも立派なお医者様になれるよう頑張ってください。
追伸、今度、空京にあるデパートで一緒にお買い物をしませんか。
それでは、かしこ」
「これでよし」
と送信アイコンに触れる。あっという間に『送信完了』のメッセージが表示された。
(「早く返事が来るといいな……」)
じっと正座していたので、足を崩すと痺れて動けない。
それでも真琴は、笑顔だった。
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リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)は敢えて相手を特定せず、コミュニティ「SxSxLab」メンバーが集まる掲示板にタイムカプセルメールを送っておいた。
到着予定設定は、2020年12月31日の23時59分、これをもって、今年一年の感謝状の代わりとしたい。
件名は、「大晦日の晩に失礼」
以下、そのメッセージとなる。
「実は、機種変した直後にこれを書いています。
これをオレが書いている時は、情勢は安定せず、いつ戦争になるか分からない状態です。
けれど、これを読んでいるということは、無事に新年を迎えているということですね。
まずは、それが嬉しいです
ここは、東西の情勢を気にせず、皆で楽しいバカ騒ぎをやれる場所だと思っています。
皆がいる、この場所がオレにとってはかけがえのないもの。
誰が欠けても駄目です。
皆一緒だから、楽しいんです。
オレも待つから、皆も待ちましょう。
この場所を愛する仲間を。
新年を迎えても皆で楽しくバカ騒ぎが出来るように。
オレ達が愛する、代わり映えのない日々が守られるよう。
オレは、願って止みません。
皆がそうであるように、オレもここを愛していますから。
さぁ、新年を迎えましょう。
計算されたバカ騒ぎで旧年に別れを告げましょう。
大好きなSxSxLabの皆へ。
リュース・ティアーレより感謝を込めて」
リュースから皆へ、伝えたいことは多すぎるけど、その中心にあるものはただ一つ。
いつだって感謝していること――その想い。
目を閉じてそっと、送信を行った。