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はじめてのひと

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●殺戮の愛? / だから俺は約束する

 手元には、古ぼけ、傷んだ過去の携帯電話と、ぴかぴかの新型携帯がある。どちらも霧雨 透乃(きりさめ・とうの)のものだ。本日、古いものから新しいものへの引き継ぎが終わった。
「今まで使っていた携帯電話は、今までありがとう。新しい携帯電話は、これからよろしくね」
 と、手を合わせて引き継ぎの挨拶が完了、さっそく新携帯電話を使うとしよう。
「陽子ちゃん宛にはじめてのメールを送ってみるよ〜!」
 宣言して勢い良くメールを打ち出す。手慣れた動作だ。とても速い。

「やっほーぅ! 携帯変えたよ! なんと私の機種変更後初めてのメールだよ!
 嬉しいかな? 私は陽子ちゃんの初めてもらえたら嬉しいなー、っと思ってるよ! まだ残ってたら頂戴! なんちゃって」


 そう、透乃のパートナーである緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)、それに、同じく月美 芽美(つきみ・めいみ)も今日、新しい携帯電話に機種変更しているはずなのだ。
 冒頭文は以上、つづいて本題を入力する。

「初めてというと、私が初めて友達や家族としてではなくて、恋愛対象として『好き』になったのは、陽子ちゃんだよ。初めてどころか未だに陽子ちゃんだけだね。
 そういえば、今まで陽子ちゃんのことを振り回してばかりだったけど、嫌じゃなかったかな? もし嫌だったらごめんね。
 なんて言ったけど、多分これからも振り回すと思うよ。
 でもそれはね、陽子ちゃんといろんなことをしたいって、私の気持ちの表れなんだよ。陽子ちゃんが好きだからなんだよ。
 だから、これからも私に付き合ってくれると嬉しいな。」


 振り回すのも、愛ゆえ……この気持ち、きっと陽子なら判ってくれると思う。

 交換したばかりの電話にスイッチを入れたばかりの陽子であったが、そこに透乃からのメールが飛び込んで来たので目を丸くする。
「透乃ちゃんからメールです。早いですね」
 メールにあった『振り回す』という表現に胸がキュンとなる。どんな振り回しかたをしてくれるのだろう……と、妙な意識がうずうずしてしまう陽子なのである。
 急いで返事を送った。

「毎日会っているのに、こうして改めてメールを送るというのは……少し恥ずかしいですね。でも……この機会に伝えたいことがありますので。

 透乃ちゃん、今までありがとうございました。
 私は私の臆病で弱気なところが嫌いでした。ですが、透乃ちゃんのお陰で、その嫌いだったところを克服できたと思います。方法は少し強引でしたが……。
 いえ、強引だったからこっそ、私は透乃ちゃんのことを……その……好きになったのかもしれませんね。
 これからも、あなたのために様々なことをさせてください。
 これからも、透乃ちゃんのことを好きでいさせてください。

 そして、これからも、私のことを……好きでいてください。」


 その頃、芽美は買ったばかりの携帯電話のカメラ機能に驚嘆していた。
「すごい画質……しかも立体撮影ができるだなんて! これなら、臨場感のある惨殺死体写真が撮れるわね。いいのが撮れたら、最近良い感じに趣味が私に影響されてきた透乃ちゃんにたらふく送って、衝動を駆り立ててあげたいな……。それに陽子ちゃんにも送って、身悶えするくらい喜ばせてあげたいし……」
 どこかに死体、落ちてないかなー、などと、街中なのにひたすら物騒な芽美なのである。
 もちろん芽美の『はじめて』のメール相手も透乃だ。

「私があなたと契約してから5ヶ月くらい経ったわね。
 今まで言ったことはなかったけど、実は契約してくれて、凄く嬉しかったわ。

 それまでの私は、彼女のような地位もなければ、契約者程の力もなかった。あったのは彼女から引き継いだ大きな殺戮衝動とそれを満たすにはあまりにも心もとない力だけだった。
 そう、あの頃の私は力目当てで誰でもよかったの。でも今は、あなたでよかったと思っているわ。
 あの時、私に契約をもち掛けてくれて、ありがとう。

 最近あなたも私に劣らず殺したがるようになったわね。私に似てきたのかしら?
 あなたの他人を殺す姿もなかなか素敵よ。
 これからも一緒に沢山殺しましょう。」


 ……やはり物騒ではあるものの、どこか愛の感じられるメールを送ったのである。


 *******************

 携帯メモリの住所録から水無月 零(みなずき・れい)の名を探していたところ、先にその当人からメールが来た。
「驚いた……」
 偶然とはあるものだ、と口調は冷静だが、神崎 優(かんざき・ゆう)は少し、胸の鼓動を早めていた。今日購入した新しい携帯電話は、設定さえ行えば送信者の画像も立体で表示してくれる。ホログラムディスプレイから浮き出る零の姿は、美の女神その人のように思えるほど鮮やかだ。
 しかもその映像は、アニメーションすら行うことができるのだ。微笑みながら零が、手をさしのべ、手紙を渡してくれるような動きをした。
 そしてメールが、開く。

「優へ
 今更かもしれないけど優にお礼。初めて優と出会った時、私に気付いてくれて本当にありがとう。
 貴方に出会うまで誰にも気付いてもらえずに、一人で彷徨っていて正直心が挫けそうだったの。
 お願い、誰か私に気付いて! って叫んでも誰も立ち止まってくれずにすり抜けて……。
 このままずっと一人なのかもしれないて、恐怖に包まれて凄く怖かったの。

 そんな時に優を見付けたの。
 不思議な人だな、でもとても心の優しい人だなって感じた。
 この人なら気付いてくれるかな? ううん、この人に気付いて欲しいと思って声を掛けたの。

 気付いてくれた時は本当に嬉しかった。だからこれからも側にいさせてね」


 心が温かくなるような文章だ。目の前に零がいるわけでもないのに、立体映像の零の姿に、優は顔を赤らめてしまう。
 しかも、優を敬慕する仲間は零一人ではないのだ。つづけて二通、神代 聖夜(かみしろ・せいや)、そして陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)からのメールも届いたではないか。
「俺は……幸せ者だな」

 聖夜の立体映像は、拳を突き出してこちらを元気づけてくれるようなアニメーションを見せてくれた。

「優へ
 照れくさくて何時も言えなかったから、メールで送る事にした。
 優、あの時自分の存在理由を求めて、一人月に吠えていた俺に、お前は何の躊躇いも無く『一緒に来ないか?』と手を差し伸べてくれたな。
 あの時、もの凄く驚いたんだぜ。今まで誰もが俺を恐れ、決して声なんか掛けようとしてこなかったのに、なんでこの男は声を掛け、なおかつ手を差し伸べてくれるんだ……ってな。
 だからお前になら俺の命を預けても良い、一生ついて行こうて決心したんだ。
 ありがとうな、優は俺の最高のパートナーだ!

 お前は自分は弱いって言うけど、それは誤解だ。
 お前は心も力も他の奴に負けないぐらい強い。俺が保証するぜ」


「俺が強いとしたら、それは……聖夜たちがいてくれるおかげさ」
 優は胸が詰まった。聖夜への返信には、きっとその言葉を入れようと思った。
 最後が刹那のメールである。着物の前で両手を組み、一礼するアニメーションだった。

「優へ
 まずは貴方にお礼を言います。私の封印を解き、パートナーにしてくれて本当にありがとう。
 優と初めて会った時、人と魔道書が引かれ合うのは本当なんだって改めて思いました。私と優はお互いの心の奥にある孤独をを感じ取ったんだと。

 優、貴方は本当に心から優しい人です。孤独で悲しんで、心で叫んでいる人に優しく手を差し伸べて前に進ましてくれる。光を差し伸べてくれる。
 私はそんな貴方が好きです。だからこれからも貴方のパートナーとして宜しくお願いしますね」


 自身の孤独が刹那との契りを招いたのであれば、孤独とて悪いものではないだろう。
「ありがとう……」
 普段、書物を手にするを主とし、あまり機械に触れない刹那が、一生懸命に携帯電話を操作している姿を想像して、優は口元を緩めた。
 さあ、三人に返事を書くとしよう。
 まずは最初にメールをくれたパートナー、そして、最愛の女性(ひと)、零に宛てる。

「零へ
 メールありがとう。お礼を言わなきゃならないのは俺の方だ。何時も気に掛けてくれて、こんな俺が辛い時には優しく包み込んでくれて本当にありがとう。零に出会えてなかったら、今の俺は居なかったと思う。

 だから俺は約束する。どんな事があっても絶対に零を一人にしない、と。」


 飾り気が少ないが、それだけに誠意を感じさせる文となった。
「どんな事があっても絶対に零を一人にしない……」
 無意識のうちに繰り返しながら、優はメールを送信した。