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8.雪だるま王国

 
 
「王国民は陛下の参加を待ち望んでいます。彼らの努力を水泡に帰してはいけません」
 雪だるま王国ブースの楽屋裏で、クロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)が、雪だるま王国女王である赤羽 美央(あかばね・みお)の前に跪いて言った。
「雪だるまコンテスト? 私は雪だるまの審査兼解説? 人前でなにか言ったりするのは苦手ですが……。まあ、この状況で逃げるわけにも行きませんね……」
 はあっと、赤羽美央が深い溜め息をつきながら言った。雪だるま王国の知名度をさらに高めるために企画した雪だるまコンテストを成功させるべく暗躍したクロセル・ラインツァートによって、彼女は無理矢理この会場へと連れてこられたのだ。
「女王になんてまねを。まったく、クロセルさんは幼女連続誘拐犯ですね」(V)
 また、クロセル・ラインツァートの罪状一覧に新たな一ページが加わったようだ。
「まあいいでしょう。すべては雪だるま王国を思ってのこと。可愛いヤンデレさんのお茶目な行動として水に流してあげます」
「ははー、ありがたき幸せ。では、さっそく会場の方へ……」
 とりあえず平伏してみせると、クロセル・ラインツァートは雪だるまコンテストの会場へと赤羽美央を案内していった。
 ブース横に作られた会場には、すでに雪だるま王国の者たちによって大量の雪が用意されている。
「ははははははは、虹と雪の造型師、クロセル・ラインツァート、ここに氷結一番搾り!」
 すっくとテントの上に立って現れたクロセル・ラインツァートが、よく通る声で名乗りをあげた。すかさず、コンテストの参加者たちから雪玉が投げつけられる。
「いてっ、いてっ、こらやめ……はうあ! 誰です、雪玉の中に石を入れたのは……!」
 頭からだらだらと血を流しながら、クロセル・ラインツァートが怒鳴った。
「気をとりなおして、では、我が雪だるま王国女王様から、ありがたい開会のお言葉です」
 クロセル・ラインツァートに紹介されて、赤羽美央が壇上に現れる。
「雪だるまを愛する心を持つ集団、それが雪だるま王国なのです!」
 赤羽美央の言葉に、童話 スノーマン(どうわ・すのーまん)たちがパチパチと拍手をする。
「ゆえに、雪だるまコンテストを行いたいと思います。参加者にはもれなく……えっと、あそこの馬鹿……じゃなかった、クロセル・ラインツァートが持つ雪だるまストラップを。優勝者には、この黄金の雪だるま王国ロゴ入りクッションを贈呈します。レアグッズなので、ネットオークションに出せば高値確実と言われる商品です。頑張ってゲットしてください。審査は、これぞ雪だるま王国の雪だるまと言える雪だるまを作った人が優勝です。では、制限時間いっぱい、みなさん頑張ってください」
 おおーっと、参加者たちから歓声があがる。大きな時計が動き始めてコンテストが開始された。
「ふっ、雪だるま王国の王子であるこの拙者が優勝しなくてどうするでござるよ」
 やる気満々で、童話スノーマンがてきぱきと等身大雪だるまを作っていった。何が等身大といって、はっきり言って自分の姿が雪だるまその物であるのだから、当然モデルは彼自身である。
「この気品に満ちた雪だるまが優勝に決まっているでござるよー」
 その横では、魔鎧 リトルスノー(まがい・りとるすのー)が、自身の纏った鎧の手をサイコキネシスで動かして、ちまちまと可愛いらしい雪だるまを作っていた。
 本人曰く、だって素手で作ったら冷たいじゃないというわけなのだが。今ひとつちゃんとしたマテリアル体の身体になっていない魔鎧リトルスノーは、普段からほとんどアストラル体のような感じでふよふよとしている。それではちょっと困るというので、兜と両腕と背面装甲しかない巨大な鎧をマントか何かのように纏い、それをサイコキネシスで動かしているのだった。
 ちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちまちま……。
 魔鎧リトルスノーが小さい雪だるまをちまちまと数多く作っているのとは対照的に、四谷 大助(しや・だいすけ)たちは四人がかりで大きな雪だるまを制作していた。
「どうせならオレ、暖かいカフェとか行きたかったんだけどな……」
 チーム内で唯一の男性のため、力仕事を一手に任された四谷大助が、ぼやきながらもスコップで雪を積みあげていく。
「マスター、雪です! 雪でいっぱいです!」
 初めて雪を見た四谷 七乃(しや・ななの)が、嬌声をあげた。
「うん、そうだな、雪だな……」
 黙々と雪を積みあげながら、四谷大助が答えた。
「大助! もっとじゃんじゃん雪集めて来い、デカいの作るぜ! 周りのヤツらもスゲーの作ってんだ、あたしらも負けてらんねーぜ!」
 メガエラ・エリーニュエス(めがえら・えりーにゅえす)が、他の参加者たちの方をチラチラと見て、四谷大助を急かした。
「はいはい、分かったよ。ったく、少しは手伝えってんだよ」
「ほら大助! そんなとこで不貞腐れてないで、もっと積みあげて!」
 くさる四谷大助に、グリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)が言った。
 軽く人の背を超えた雪の山をしっかりと固めてから、雪だるまの形に削っていく。本当なら雪玉を転がして二段三段重ねにするのだが、あまり大きくなってしまうと上に載せるのが大変だし、この限られた狭い会場では雪玉を転がすスペースもはっきり言ってない。そのため、普通に雪だるま型の雪像ということに落ち着いたのだった。
「ナナちゃん、寒くないかしら? 大丈夫?」
「うん、大丈夫です」
 ペチペチと楽しそうに雪を叩いて固める四谷七乃を気遣って、グリムゲーテ・ブラックワンスが訊ねた。
「なかなか、細かいとこが……難しいよ……な。よいしょっと」
 メガエラ・エリーニュエスが、固めた雪を剣先で器用に削っていって、ちっちゃな四谷七乃の雪像を作る。
「よし、大助、これを載せるの手伝え」
 とりあえず満足できる形になった雪像を持ちあげて、メガエラ・エリーニュエスが四谷大助に言った。
「手伝えって……」
 いったいどうするんだと、四谷大助が聞き返す。
「あたしが雪だるまに登るのを支えてしっかりと押し上げろって言ってんだ。せっかく作った雪だるまを崩したらアウトだかんな。ちゃんとサポートしろよ」
「はいはい」
 できあがった二段の雪だるまに足をかけるメガエラ・エリーニュエスのお尻を、四谷大助がよいしょっと持ちあげた。
「うっ、重……」
「何言ってやがる。大助、もっとちゃんと押せ。こ、こら、どこ触ってやがる。上は見るなよ!」
「しかたないだろ。早く載せろよ」
 バタバタしながらも、なんとかメガエラ・エリーニュエスが四谷七乃の石像を雪だるまの上に立たせる。
 本当なら四谷大助が上になればなんの問題もないのだが、力仕事は嫌だというメガエラ・エリーニュエスのせいで、肉体労働的にも視線的にも困ったことになっていた。
「マスター、メガエラさん頑張ってー」
「よーし、載ったぜ!」
 石像を固定したメガエラ・エリーニュエスが、ガッツポーズをとった。
「あら……ららららら……」
 そのままバランスを崩して、メガエラ・エリーニュエスがぺたんと四谷大助の頭に尻餅をつく。
「うぷっ、うわああああ!」
 押し潰される形になって四谷大助が倒れた。そのまま、メガエラ・エリーニュエスのお尻に押し潰される。もしも下が雪でなかったら、そのまま帰らぬ人になっていたかもしれない。
「いててててて……」
「大丈夫、二人とも」
 メガエラ・エリーニュエスが立ちあがった後で、まだ倒れている四谷大助の手をグリムゲーテ・ブラックワンスが引っぱって助け起こした。
「ふむ、騒がしいことだ」
 四谷大助たちの横で黙々と可愛い雪だるまを作っていたアルハザード ギュスターブ(あるはざーど・ぎゅすたーぶ)が、少し迷惑そうに言った。
「何を言ってるんだよ。あっち見なよ、これじゃあ負けちゃうだろ!」
 げいんとアルハザードギュスターブの作っていた雪だるまを蹴り壊して、真白 雪白(ましろ・ゆきしろ)が言った。
「おい、何をするんだ!」
 さすがに、アルハザードギュスターブが怒る。
「もっとこう、芸術的でなくっちゃ。そうだなあ、ローマ彫刻的な雪だるまとかさあ……」
「ああ、分かった、分かった。そういうの作ればいいんだろうが」
 反論してもめんどくさいだけだとばかりに、アルハザードギュスターブが、言葉どおりの何やら場違いな雰囲気の雪だるまを作っていった。いや、それは雪だるまと言うよりは、雪像、まさに雪で作ったローマ彫刻といったできばえだ。
「うーん、ちょっと物足りないなあ……」
 そう言うと、真白雪白は雪像の顔の部分に光学モザイクを貼りつけた。
「おいおい、それはなんなんだ」
「この方が、現代アートっぽくていいだろ?」
「はあ……」
 真白雪白のセンスはよく分からんと、アルハザードギュスターブが溜め息をついた。
「なんだか、どっと疲れたな。審査結果が出るまでにはまだ時間がありそうだから、飯でも食いに行くか」
「うん、行こうぜ」
 真白雪白が同意したので、アルハザードギュスターブは彼女と連れだって他のブースへ食事に行ってしまった。
 早々と完成させた真白雪白とは違って、他の三組は制限時間いっぱいまで黙々と雪だるまの仕上げを行っていった。
「はーい、そこまで。では、審査を行いまーす!」
 クロセル・ラインツァートがホイッスルを吹いて、競技終了となる。
「ふーん、みんな力作揃いね……」
 それぞれの雪だるまを見て、赤羽美央が採点表に点数を記入していく。
 童話スノーマンの雪だるまは、完璧に彼そっくりで、ならんで立つとどちらがどちらだか見分けがつかない。
「うーん、見慣れた顔が二つあるというのはどうも……」
 ある意味完璧なできなのであるが、何をして完璧かで評価が分かれるところだろう。
「わあ、これはまたたくさん作ったわね」
 魔鎧リトルスノーの作った雪だるまは特に特徴はないものの、数が半端ではない。しかも、よく見ると、ちゃんと一つ一つにちょっとした個性がつけられていた。これは、全体で一つの作品としてみるべきか。
「大きいわねー」
 四谷大助たちの雪だるまを見あげて、赤羽美央が言った。二段の雪だるまの上に、四谷七乃の雪像がちょこんと載っかっている。これはまた楽しげな雪だるまで、何よりも大きいので迫力満点だ。
「こ、これは……」
 最後に真白雪白の雪だるまを見た赤羽美央がちょっと顔を赤らめた。
 早く作りすぎてしまったのと複雑な形のために、ちょっと雪が溶けて形が崩れ始めている。そのため、あろうことか顔面につけられていた光学モザイクがずり落ちて雪像の股間に来ていた。
「クロセル!」
「はっ。みなさん、あれはなんでしょう!」
 名前を呼ばれたクロセル・ラインツァートが、突然大声をあげて空を指さした。何ごとかと観客が空を見あげた隙に、等活地獄で真白雪白の雪像を完膚無きまでに破壊する。
「これで、なかったことに……」
 そう言うと、クロセル・ラインツァートは表彰に移るように赤羽美央をうながした。
「では、審査結果を発表します。優勝は、魔鎧リトルスノー作『雪だるま村の冬祭り』です。おめでとう」
 そう言うと、赤羽美央が、呼び寄せた魔鎧リトルスノーに賞状と副賞のクッションを手渡した。
「どれも力作でしたが、優勝作品が一番雪だるま王国を表現していたと思って気に入りました。おめでとう」
「ありがとうございます。みなさん、後でお好きな雪だるまをお持ち帰りください。雪だるまは、みんなの物なのですから」
 壇上に上がった魔鎧リトルスノーが、クッションをだきしめながらそう言った。