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ぶーとれぐ 愚者の花嫁

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ぶーとれぐ 愚者の花嫁
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第十一章 高名な依頼人

え? 私? 私はどんなのでもいいよ。  リネン・エルフト(りねん・えるふと)(改獣の園)

ハンニバルさんなのだ。
セリーヌは、ボクのことをどう呼ぼうか迷いもせずに、ハンニバル・バルカと呼んでいるのだが、たしかに、ハンニバルでは人喰いだし、名前呼ぼうとするとフルネームになってしまうのは、しかたがないのだ。
実際は、呼び方は、ハンニバルさんでボク的にはかまわないのだが、名前を呼び捨てにしたいらしいセリーヌには、フルネームを呼ばせておくのだ。
セリーヌとクド公とクリストファーとクリスティーのダブルモーガンと街にでたら、リネン・エルフトという胸の大きな幸薄そうな女がどこからともなくあらわれて、セリーヌの横にくっついたのだ。
結果として、セリーヌは、クド公とリネンにぴったり挟まれて、ほぼ足枷のない三人四脚の状態で歩いているのだが、はたから見ているとバカとしか言いようがないのだ。
ボクはクド公たちの少しうしろにいるのだ。仲間と思われたくないのだ。

「ルドルフ神父とは仲が悪いようだけど……彼はあなたを…天使の姿をした悪魔…と言っているのね……なら、あなたの性別が気に入らないだけで…あなた自身のことは、キライではないのではないかしら」

「外見が少年なら誰でも天使なんですよ。
リネンもルディのところに行くつもりなら、どうにか胸を引っこめて、男装していかないと悪魔呼ばわりされるよ」

「……そうなの…あなたのことが好きなわけじゃ…ないのね」

「お兄さんは、セリーヌさんが好きですよ。
そこんとこは、大事なポイントだと思います」

「あんたの場合は、女の子なら誰でも好きなんでしょ。ようするに好みは違うけど、ルディと似たもの同士だよ」

「変態さんと一緒にされるとつらいですねぇ。
まったくめげませんが」

「お願いだから、めげてください。
さっきから、何度も何度も私の手を握ろうとしてるのは、痴漢行為です。
こっちが、イヤがってるの、わかんないかな」

「素直にならないセリーヌさんが悪いんじゃないですか?
お兄さんは、あきらめませんよ」

「…手と手、心と心をつなぐのは、人として…大事よ…私もあなたと…手をつなぎたいわ」

「リネンまで、やめってたら。
な、な、なんだ。おまえら。
両側からむりやり腕を組まれたら、私の体が宙に浮いて、捕獲された宇宙人みたいじゃないか。
誰が逆上がりなんかするか。
早く離せ!」

こいつら、けっこう大声で派手なパフォーマンスをしながら道を歩いていて、恥ずかしくないのか、とボクは思うのだ。
クド公がおかしいのはよく知っているが、セリーヌもリネンも羞恥心がないらしい。
要注意なのだ。
クリストファーとクリスティーが道案内してくれて、なんとかテレーズの屋敷にはつけたのだ。
大金持ちの屋敷にきたのだから、前の三人、そろそろ黙るのだ。

「それじゃ私は…ルドルフ神父のところへ行くわ……あなたの手のぬくもり…忘れないわ」

「手じゃなくて腕か肘です。
服着てるから、私のぬくもりって言うより単純に熱エネルギーじゃないですか」

リネンが行ってしまったのだ。
セリーヌは、そっぽをむいてむくれているのだ。
結局、セリーヌに頬を一発張られても、まだ隣でにやにやしているクド公は、品質保証つきのどうしようもないやつ、ということだ。

「あなたたちもテレーズに会いにきたの? 
彼女はいないよ」

物陰から女がでてきたのだ。
ブラックジーンズに半袖シャツでスタイリッシュにまとめていて、腰に剣をぶらさげ、右肩だけショルダーアーマーをつけているのだ。
強そうな女、なのだ。

「テレーズは、ルディ神父は、どこに行ったのかな。
きみとは、空京大の怪談の講義であったよね。
ネル・マイヤーズさんだっけ。きみは、今日は?」

クリストファーが女に語りかけたのだ。

「私と邦彦はテレーズの護衛をしていた。
だが、いまは、テレーズはダウンタウンに行ってる。
くわしい事情は、中で邦彦に聞いてくれ。
あの、神父の方は、教会へ帰ったんじゃないか」

「テレーズ嬢の護衛はもういいのかい」

「あっちはあっちでやってるでしょ。
ついさっき、この家に賊が入って、私と邦彦は、いまはそっちを調べてる。
あなたたちは、てっきり賊の一味かと思ったけど、違うみたいだね」

つまり、テレーズはダウンタウンで誰かに守られているのだ。
ネルは、外で見張りを続けるそうなので、ボクたちは中に入って、ネルのパートナーの斉藤邦彦に会いにいったのだ。

髪、コート、ネクタイ、スーツ、靴、全部黒のおっさんがいたのだ。
だが、シャツは白で、肌も白っぽいのだ。
交渉役は、またクリストファーにお任せなのだ。
クド公はまだセリーヌにべったり、クリスティもセリーヌにあれこれ話しかけているのだ。
男装の少女で、二人の男のパートナー。
人気があるんだか、ものめずらしがられているんだか、いじられている本人がうれしくなさそうなことぐらいしか、ボクにはわからないのだ。

「斎藤さん。ここに賊が侵入したんだって、被害はどうなの」

「誰かと思えば、きみらか。いつものメンツがどんどんでてくるが、今回は、少年探偵はいないんだな。
賊ならそこにいるぞ。
知らせを受けて駆けつけたら、ま、こんな感じだ」

しゃべり方も投げやりっぽくて、本物のおっさんなのだ。
斉藤の目線の先には、グランドピアノとまったくタイプの違う二人の少女がいるのだ。
一人がピアノの上にのり、もう一人が適当にピアノを爪弾いているのだ。
ピアノを弾いている方が、こちらに親しげに手をあげたのだが、はて、誰だ。
「小さい子だね」

クリストファーのつぶやきはもっともなのだ。
ピアノの上にいるのは、身長が二十センチくらいしかない少女なのだ。
黒装束のポニーテールで、女忍者といった感じなのだ。

「俺は、呂布奉先。
この小さいのは 霧雪六花(きりゆき・りっか)だ。
話題のテレーズを強奪しようかと思ってきたんだが、先をこされちまったな」

男もののシャツとスーツをラフに着こなした呂布は、カッコイイ女の子なのだ。
さっそく、クド公が抱きつこうとして、肘鉄を食らったのだ。
呂布は、ボクらの一団を見回して、セリーヌにウィンクしたのだ。

「その格好、似合うよ。
メンズの服っていいよね。今度、一緒に買い物に行こうか?」

互いに男装女、マイノリティ同士、共感をおぼえたらしいのだ。
セリーヌの瞳が、クド公をみる時より、ずっと輝いているのだ。

「路上ライブとこの屋敷に寄り道。
呂布、今日は遊んでいる時間はもうないわ。
ライブ会場へ急ぎましょう」

呂布の肩に身軽に飛び乗って、六花がささやいたのだ。
サイズは小さいけれど、普通に人間しているのだ。

「OK。みなさん。
んじゃ、失礼。
俺はただの冷やかしだから、ここにきたのも深い事情は、なんにもねぇよ。
騒がせて悪かったな。
そういや、さっきの話、こいつらに教えていいか」

きかれて、六花はこくんと頷いたのだ。

「六花が集めてきた情報だけどさ。
テレーズの一族の裏も男爵に劣らずやべぇらしいぜ。
俺のパートナーの探偵がからんだことがある犯罪王の仕事にも噛んでんじゃねぇかって。
案外、結婚への横槍はそこらへんの勢力争いからきてんのかもな」

六花を肩にのせたまま、呂布はでていったのだ。
誰も二人をとめず、斎藤も天井を仰いで、

「テレーズの護衛の依頼を受けてる以上、あんまし話を複雑にされると、俺としては面倒だわな」

などとぼやいているのだ。
呂布たちと入れ替わるように、また、女子の二人連れが入ってきたのだ。
またもや男装、というか執事服を着たのと、フリフリドレスのコンビだったので、これはこれでインパクトがあるのだ。

「沢渡真言です。
テレーズ嬢に伝えたいことがあってきたのですが、いらっしゃらないのですね。
ここにくる前にアンベール男爵のお屋敷にも行ったのですが、彼も不在で、どこにいるのかさえ教えていただけませんでした。
テレーズ嬢とアンベール男爵がお二人とも姿をくらましているとは、いよいよ猶予はありませんね。
親族の方にテレーズ嬢の護衛を依頼されているのは、あなたですか」

姿形も言動もビシっとしている執事服の真言に面とむかって問われて、斎藤はややたじろいでいる様子なのだ。

「彼女の身に危険が迫っています。
警戒を強化してください」

「わたくしとお姉様はダウンタウンで男爵の情報を集めましたの。
過去に男爵にひどいめにあわれた女の方たちが、みんなで男爵とテレーズ様を襲う計画を立てているのです。
お二人の顔を硫酸で顔を焼いてしまえとか、おそろしいこと言っているようですわ」

「ウギャ」

ヘンな声はクド公の悲鳴なのだ。
執事服とロリドレスが懸命に話しているのに、背後から彼女らに抱きつこうとしたクド公のスネを今度はボクが思い切り蹴ったのだ。