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リアクション
5
「わー! やっと帰ってきたね!」
一日空京に留まる羽目になり、今日になって蒼空学園まで戻ってきたピノは、元気に門をくぐっていく。すっかりいつも通りだ。しかし、ラスはどこか気が気じゃなかった。またいつ、こてっ、と倒れるか分からない。あと2、3日は休ませておきたい所である。
まあ、昨日はもう診療所ではしゃいでいたし大丈夫だとも思うのだが。
……はて、気苦労が増えるというのはこういう事を言うのだろうか。
「あんまり、走るなよ?」
声を掛けて自分も門をくぐる。その時、ピノが何やら見覚えのある車椅子を猛スピードで押して戻ってきた。その勢いの方にびっくりしたが――
「お兄ちゃん! これ!」
びっくりしている場合ではない。
「……何で、これが残ってるんだ?」
ファーシーはとっくにキマクに向かっている時間だろう。それが何故、こんな所に車椅子がある?
ほぼ同時刻、キマク。
「今日は大事な客人がここ、キマクに来る日じゃ! アクアの隠れ家は皆に伝えた通りじゃ。他のチンピラグループがちょっかいを出さないように声を掛けてって回るようにの!」
シルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)は、ハーレック興行にて子分達に指示を出していた。隣にはガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)が立っている。
キマクは、シルヴェスター達のホームグランドである。
D級四天王であるガートルードは、子分達をまとめてハーレック興行という組織を持っている。今、ここにはニッカポッカを穿いた彼女の子分と、シルヴェスターの子分達が集まっている。
ちなみに、シルヴェスターはハーレック興行の番頭、仕切り役である。
「特徴は青い髪の機晶姫じゃ! 車椅子に乗っておる」
……乗ってないんだけどね。
「大勢で来るじゃろうが、カチコミじゃないから勘違いせんように!」
おぅ! と子分達が声を上げる。
シルヴェスターは、先日のホレグスリの失敗をスッカリ忘れていつもの威勢を取り戻していた。流石、機晶王を目指す馬鹿。最悪な形での失敗も一晩寝れば気にしないのだ。今は超前向きに、自分の地元でファーシー達を盛大に歓迎しようと張り切っていた。
「丁重に迎えるんじゃ!」
おぅ! と、また子分達が声を上げる。
「では、お願いします」
ガートルードが号令を出すと、彼等は一気に散っていった。
「それにしても、アクアの隠れ家があんな所にあるとはのう」
「盲点でしたね。あれでは誰も気にしないでしょう」
「じゃあ、ワシらも町を回っていくとするかの!」
町に出た2人は、すれ違う通行人や知り合い、商店のおっちゃんおばちゃんに声を掛けていく。スキルの根回しを使って、情報を拡散していくようにも頼んだ。
「ファーシー達は四天王ハーレックの客人じゃ! 手出し無用じゃぞ!」
アクアの家までを征圧して、ファーシーが安全に対面を果たせるように――
「ふっふっふっ、パラ実生の子分達を仕切る凄いワシをファーシーが見たら……! これで尊敬させちゃるけえ!」
……あれ、そういう目論見もあったのか。
「……妙な自警団のようなものが動き出したようですね」
キマクの町中を、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)は独りのんびりと歩いていた。ピンクチラシや売り出しセールなどの雑把なちらしが人々に踏まれて薄汚れて地面に張り付いている。にぎやかな人通りに風が吹き、空き缶が転がり枯れ葉が飛ぶ。
「まあ、おかげで彼女の居場所が判りました。私は警戒されていないようですし……」
エッツェルは、ガテン系あんちゃんが別グループに話しかけるのを見て、通りがけにアクアの隠れ家についての情報を手に入れていた。その情報を元に、歩く。
やがて、目に入ってきた建物を見上げ、彼はその扉を開けた。中に入り、更に上への階段を上りまた扉を開ける。そこに、澄んだ水色の髪を持つ機晶姫が――居た。
「……誰ですか?」
「エッツェル・アザトースといいます。アクア・ベリルさんですね?」
「貴方の名前なんかどうでもいいです。立場は? 私の名前、居場所を知っている人間は限られている。山田太郎達か、ファーシー……後は、情報収集に使った連中ですか……。貴方は、誰の関係者ですか?」
「情報に関しては、ファーシーさん側から手に入れましたが……というかだだもれですが……私はどちらでもありません」
さりげなく攻撃の準備をするアクアに気付きつつ、エッツェルは自分のペースを崩さずに言う。
「あなたに協力したく、参上した次第ですよ、アクアさん」
「協力……?」
アクアの声に怪訝なものが混じる。
「……何者ですか」
「それはこちらの台詞です。あなたは何者なのですか? ファーシーさんに何をしようとしているのです、呼び出した意図は?」
「……何故、そんな事を知りたいのです。第一、私に答える義理はありません」
「――ファーシーさんは動き出しましたよ。『あなたと再会を喜び合う為に』、そして『脚を直すために』。脚の方は……彼女の主治医も積極的に動いています。主治医は、バズーカを持ってライナスさんという技師の元へ向かいました」
「ライナス……? 再会を喜ぶ……?」
アクアはそう呟き、そして――
「あははははははははははははははっっ!」
ひきつけでも起こしたかのように笑い出す。
「ライナス……よりによって、彼ですか……偶然とは恐ろしい……何でしょう、まるで、手の平で踊らせようとしていた私が踊っているみたいじゃないですか。ははは……」
「……?」
一通り笑い転げると、アクアは携帯を取り出した。迷う様子無くボタンを押し、耳に当てる。その先には――
水道から水が流れている。水は、食器についた泡を綺麗に洗い流していく。少女の手も、一緒に濡らしながら。
ぴるるるるる……
着信音が鳴ったのは、そんな時だった。
「…………?」
チェリーはエプロンのポケットに視線を落とした。今、自分に掛けてくる相手に心当たりは無い。
不思議に思いつつ、蛇口を捻って水を止める。携帯電話を取り出し、液晶に表示されている名前を見て――彼女は動けなくなった。他には誰も居ないリビングで、立ち尽くす。しかし。
(……来たか……)
そうも、思う。約1日半、連絡が無かった事の方がおかしかったのかもしれない。
着信音は、止まらない。
「…………」
意を決し、チェリーは電話に出た。
「……アクア、か……?」
『ああ、やはり無事でしたか。あの妙な警察の謝罪会見から、その予感はしていました。元気でしたか?』
「心にも無いことを……」
『警察の犬にでもなりましたか』
「……違う。だけど、私は……」
『まあ、何でもいいんですけどね。……チェリー、モーナがライナスの所へ向かったようです。面倒だから、消してきてください』
「…………!?」
『モーナはバズーカを持っているそうです。取り返す絶好のチャンスですよ。取り返したら、私の所へ戻ってきて構いません。いえ、特に何もしませんよ。どうせ行く所も無いのでしょう』
「バズーカ……?」
「チェリー、どうした?」
「チェリーさん?」
着信音が聞こえたのか、如月 正悟(きさらぎ・しょうご)とエミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)がリビングに入ってくる。その声が向こうに伝わったのだろう。電話の先で、アクアの気配が変わるのが分かった。
『……そういうことですか。まあ、都合が良いといえば良いですね……チェリー、命令に従わなければ、その家を突き止めて破壊して差し上げましょう』
「…………!」
三流の台詞だ。悪役とかが言う台詞トップ3に入るくらいに月並みな台詞だ。だが、チェリーはそう口には出さなかった。今思えば……自分達も、散々三流めいた行動を起こしてきたのだ。それに、アクアが言う場合はシャレじゃない。彼女は本当に、どんな手を使ってでもやるだろう。ファーシーについて徹底的に調べた時のように、直にこの家の場所も突き止める。
『貴女がやらなくても、別の者達に頼みますから私としてはどちらでも構いませんよ?』
「……分かった……」
『良い子ですね』
電話を切ったチェリーは、新品の大きな鳥かごの出入り口を開けた。名前を呼ぶと、パラミタキバタン――ガーマルが出てくる。彼女はガーマルに、犬語で話しかけた。
「シャンバラ大荒野に、ライナスという機晶技師がいる。彼が殺されるかもしれない……。私は彼を守りたい。大荒野の中でも、遺跡が多くある所に住んでいるらしいから判りやすいだろう……伝言、頼めるか?」
ガーマルは、数秒黙ってから、人語で「ワカッタ」と言った。チェリーは彼(オス)に続いて、こう言う。やはり、人語で。
「ライナス、モーナ、狙われる。ライナス、モーナ、狙われる……」
キバタンを窓から放つと、チェリーは正悟達に改めて言った。
「すまない。もしかしたら迷惑を掛けるかもしれない。今……アクアから電話があった」
電話を切ったアクアに、エッツェルは言う。
「どうして、そんなにファーシーさんに執着するのです? よろしければ、教えていただけませんか?」
「…………」
アクアは横目で興味無さそうに彼を見ていたが――
「いいでしょう。知りたいなら教えますよ。私は5000年前……」