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第1章「始まり」
蒼空学園の大学部へと続く道、シンクへの電話を終えた篁 透矢(たかむら・とうや)が顔を上げると、前方に火村 加夜(ひむら・かや)の姿が見えた。加夜の方も透矢を見つけたらしく、こちらへと手を振る。
「透矢さんっ。良かった、まだ帰ってなかったんですね」
そのまま小走りで走り寄る。加夜は可愛らしい笑顔を浮かべながら言葉を続けた。
「大学部に用があったから一緒に帰ろうかと思ったんですけど、先に帰っちゃったのかと思ってました。良かったら一緒に帰りませんか?」
「いや、悪いんだが……」
言いかける透矢の視線の先にもう二人、知り合いの姿が目に入った。同じ講義を受けている無限 大吾(むげん・だいご)と、そのパートナーの西表 アリカ(いりおもて・ありか)だ。
「あれ、透矢くん。今日は早く帰るって言ってなかったっけ?」
大吾は講義が終わってすぐに教室を出て行った友人の姿を不思議に思う。そして隣にいる加夜を見て、合点がいったという顔をした。
「あー、なるほど。デートだったんだね。これは邪魔をしちゃったかな」
「ええっ!? ち、違いますよ!」
加夜が慌てて手を振る。そこにアリカがフォローを入れた。
「違うって大吾。ほら、今日は花梨さんが戻ってくる日だって言ってたじゃない」
「そうか、そういえばそうだっけ。……それじゃあ、何かあったのかい?」
「ああ。実は今、花梨から連絡があってな――」
透矢が三人に、篁 花梨(たかむら・かりん)が乗った馬車がならず者達に襲われた事を話す。話を聞くにつれ、三人の顔に緊張の色が加わった。
「そんな……子供達まで巻き込まれているなんて……」
「大吾! ボク達も助けに行こうよ!」
「もちろんだ。透矢くん、俺達も力になるよ」
「わ、私にもお手伝いさせて下さい!」
「ありがとう。大吾、アリカちゃん、加夜……本当に助かる」
協力を申し出てくれる三人に感謝する透矢。その時、後ろから男の呼び声が聞こえた。
「篁、何かあったのか?」
振り返ると、そこには透矢の知り合いである氷室 カイ(ひむろ・かい)の姿があった。更にその声で透矢に気付いた御凪 真人(みなぎ・まこと)がもう一人の男と共にやってくる。
「カイ、それに真人」
「こんにちは、透矢さん。……何やらただ事では無い様子ですね」
真人がその場の雰囲気を敏感に感じ取る。透矢が改めて説明をすると、真人に同行していた男が声を上げた。
「何て許せねぇ野郎どもだ! 真人、遊びに行く約束はキャンセルだ。俺はふざけた奴らをぶっ潰しに行くぜ!」
「当然ですね。平和を乱す者共を野放しにしておく訳にはいきません」
「透矢って言ったな。俺は武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)。お前に協力させてもらうぜ!」
「ああ。ありがとう、武神」
「牙竜でいいぜ。真人のダチなら俺のダチだ」
「分かった……ありがとう、牙竜」
牙竜と透矢が握手を交わす。
「篁、当然俺も協力させてもらおう」
「カイ……いいのか?」
「ああ。護る為の戦い……俺の刀はその為にある」
そう言って腰に帯びている妖刀村雨丸に手をやるカイ。その姿には力強さを感じられた。
協力者はそれだけに留まらなかった。近くで話を聞いていた桜葉 忍(さくらば・しのぶ)と織田 信長(おだ・のぶなが)が透矢に声をかける。
「話は聞かせてもらったよ。透矢、心配するな。俺達が必ず花梨達を助けだしてやる」
「ふむ。お前が篁透矢か。以前より忍から話は聞いておった。忍が協力するというのであれば、私も手を貸してやろう」
そう言うが早いか信長は近くにあった台に乗り、周囲の人達に聞こえるように声を張り上げた。
「聞けい、皆の者!」
その声が聞こえた人達は、何事かと信長に注目する。その視線を受けた信長は満足そうに続けた。
「今、東の森で賊共が馬車を襲っておる! その馬車には年端もいかぬ子供達が乗っており、森の中で助けを待っておる! そこで私はこの者らと共に、賊を退治し子供達を助ける事にした!」
子供が襲われていると聞き、周囲がざわめく。芦原 郁乃(あはら・いくの)もその中の一人だった。
(子供達まで襲うなんて、何て悪い人達! これは、私もお手伝いしなきゃ……!)
信長の演説は続き、細かい状況を伝えていく。
「――という訳じゃ。この志に賛同する者あれば私と共に来い! このようなくだらぬ事をする輩を誅し、身の程を教えてやるのじゃ!」
周囲の「おう!」という声に満足そうに頷き、台から降りる。すぐに透矢や信長達の所に協力を申し出る人達が集まってきた。
「賊の襲撃を見過ごす訳にはいきません。すぐに助け出しましょう」
「まぁ話を聞いちまったからな。これで何かあったら寝覚めが悪いし、人助けくらいさせてもらうぜ」
まず、九条 風天(くじょう・ふうてん)と夜月 鴉(やづき・からす)が透矢へと告げる。その後ろではグリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)が四谷 大助(しや・だいすけ)を引っ張っていた。
「ほら大助、私達も手伝いに行くわよ! チンピラなんかに好きにはさせないんだから!」
「わ、分かった、分かったって。ああ……またロクでもないことになりそうだ……」
大助はいつもグリムに振り回されている事を思い出し、ため息をつく。だが、子供達を助けたいと思っている事は同じなので、抵抗はせずに信長達の所へと向かった。
その信長の所では小さな女の子が話をしていた。
「私は四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)。イルミンスールから遊びに来てたんだけど、子供達のピンチと聞いたら放ってはおけないわ」
「ふむ。しかしお前も子供のようじゃが……大丈夫なのか?」
「私はこれでも17歳よ。弓を使って立派に戦えるわ。それに――」
唯乃が肩に目をやる。そこには10cm程の大きさの女の子、霊装 シンベルミネ(れいそう・しんべるみね)がいた。その手には銃型のHCを持っている。
「ボクがこれで主殿を助けるよ。マッピングって結構好きだから任せて」
「――って訳。戦い以外でもやれる事ってあるでしょ?」
「なるほど。ならば唯乃と言ったな。お前の行動、期待しておるぞ」
彼女達から少し離れた場所では、シャンバラ教導団から来ていたクレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)達が話をしていた。
「こちらでの仕事が終わったと思ったら、厄介な事だな……。だが街道を賊に占拠させたままにしておく訳にもいかぬか。黒龍、あなたはどうする?」
「……私は……」
話を振られた天 黒龍(てぃえん・へいろん)が少し考える。だがその結論が出るより先に黄泉耶 大姫(よみや・おおひめ)が答えた。
「何を迷う事がある、黒龍」
「黄泉……?」
「蛮族を退治し子供達を助ける。反対は認めぬぞ」
黒龍は大姫の積極さを少し不思議に思ったが、特に反対する理由も無いのでそれに頷く。
「……分かった。シュミット、私達も協力する」
「そうか。なら彼らからもっと詳しい話を聞くとしようか」
そう言ってクレア達が透矢の所へ行こうとする。それを久多 隆光(くた・たかみつ)が呼び止めた。
「おいおい、クレア。俺には聞いてくれないのかい?」
「なんだ、あなたも来るのか?」
「そりゃ当ったり前だろ。美女のピンチは放っておけないって」
整った顔で笑顔を浮かべる。普通の女の子なら心を奪われそうなものだが、クレアはため息を一つつくだけだった。
「……要救助者が美女とは限らんぞ?」
「おっと、そういう突っ込みが来るとはね。ま、それならそれで美人の皆さんの手助けをするって事で」
「軽い動機なら協力してもらう必要は無い」
冷静に言い放つクレア。隆光は苦笑しながらも引き下がりはしなかった。
「まぁいいじゃないか。俺だって後味悪い終わり方は嫌だしな。子供を助けて、美女を救って、悪党どもを懲らしめる。シンプルに行こうぜ?」
「……いいだろう。ついて来い」
こうして多数の協力者を得た透矢は、細かい作戦を検討していった。
まず、小型飛空艇や箒を使って空を飛べる者達が上空から花梨達を捜索。
森の中では携帯電話を使う事が出来ない為、見つけた者達が護衛に回るか他の捜索者への連絡に回るかはそれぞれの判断にゆだねられる事になった。
それから、飛行手段を持っていない者達による地上からの捜索。
こちらには透矢が同行し、ならず者達を見つけた場合は戦って排除する形になった。
最後に子供達を迎える為の新しい馬車の護衛。
馬車は街道までしかついて来られない為、森へ捜索に行っている間は無防備になる恐れがあった。
ならず者達が襲ってくる可能性がある以上そちらにも人手を割かないといけないと言う事で、何人かは街道に留まる事を提案してくれた。
透矢は改めて協力してくれる者達を見回し、お礼の言葉を言う。
「皆、協力に感謝する。絶対に子供達を助け出そう」
「気にしないで下さい。ボク達は当然の事をするまでです」
「そうそう、それに礼を言うならちゃんと助け出した後でな」
風天と鴉の言葉に微笑を浮かべる透矢。その時、透矢の携帯電話が鳴り響いた。どうやらシンクの村長に依頼していた代わりの馬車の準備が整ったらしい。
「それじゃあ透矢さん、シンクまで送ります。乗ってください!」
「分かった!」
加夜が用意していた光る箒にまたがり、彼女に捕まる。
「出来るだけ急いで行きます! しっかり捕まってて下さいね!」
「頼む! それじゃあ皆、森の入り口で!」
そう言って透矢は加夜と共にシンクへと飛んで行く。他の者達も小型飛空艇や箒で空を飛んだり、森へと続く街道を走ったりとそれぞれの手段で飛び出して行った。
協力者全員が森へと向かい、人気の少なくなった蒼空学園。そこにはまだ二組の影があった。
その片方、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)は森の方を眺める。
(子供達を助ける、ね……。救助なんてのはガラじゃないが、悪党どもをボコるのは面白そうだ)
心の中でそうつぶやき、森へ向けて走り出す。
(ま、わざわざあいつらの前に出る事もねぇな。影から支援してやるよ)
次の瞬間、神速を使った彼の姿はこの場から消えていた。
さて、もう一組の影は――
「……ふふふ、聞いたわ聞いたわ」
三人組の中の一人、山本 ミナギ(やまもと・みなぎ)が姿を現しながら笑みを浮かべる。
「子供達のピンチ、襲い掛かるならず者達、そしてそこに颯爽と現れる主人公(あたし)! ……これよ、これだわ!」
「もしかして、丁度いいタイミングを狙う為にわざわざ別行動にしたんですか?」
拳を振り上げているミナギに獅子神 ささら(ししがみ・ささら)が尋ねる。その表情は「また始まった」と言いたげだった。
「当ったり前じゃないの! あたしが皆を率いて敵をばっさばっさと切り伏せていくのもいいけどね。やっぱここぞという所で現れてこそのヒーローだと思うのよ!」
自分の美学を語るミナギ。だが獅子神 玲(ししがみ・あきら)はどうでも良いという表情を浮かべる。
「私はお腹がすきました……。ミルキーさん、何か食べに行きませんかー?」
「食べに行かない! これから森に行くの! っていうかあたしはミルキーじゃない! ミ・ナ・ギ!」
ぜぇぜぇと肩で息をする。深呼吸をして気を取り直すと、自分の小型飛空艇に乗り込んで二人を促した。
「さ、そんな訳であたし達も森へ行くわよ。二人とも、準備はいい?」
「はーい」
そう言って玲が小型飛空艇に乗り込む。
「問題ありません」
そう言ってささらも小型飛空艇に乗り込む。
「……あのね、二人とも」
「何?」
「どうしましたか?」
玲とささらが呼びかけに答える。ミナギは肩を震わせ、『ミナギの』小型飛空艇に乗り込んだ二人に振り返った。
「何でアタシの飛空艇に乗り込むのよ! しかも二人とも! これ二人用だって知ってるでしょ!?」
「そう言われても」
「ワタシ達、小型飛空艇持ってませんから」
「はぁぁぁ!?」
あっさりと言い放つ二人に愕然とするミナギ。仕方なしに無理やり起動させるが、定員オーバーの状態では速度も遅く、動きも不安定だった。
「あーもう! これじゃあ出番に間に合うか分からないじゃない!」
そんな叫びを残して、彼女達の小型飛空艇も森へと飛んで行った。
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