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リアクション
2章【海の幸、調達作戦:パラミタ観音イカ(海上)前編】
ライラック・ヴォルテール(らいらっく・う゛ぉるてーる)が動く漁船の上から、次々と魚を釣り上げペンギンたちに餌をあげている。
それを感心しながら加能 シズルは見ていたが、船のエンジンが止まり、目的地にたどり着いたことを彼女は察した。そしてもう一隻の漁船に合図。今回は二隻、小型の漁船をチャーターした。
どちらの漁船の運転手も、原色系のハッピに白いハチマキを身につけていたが、シズルはそのことは気にしないようにしている。
もう一隻の漁船の甲板では、合図を送ってきたシズルを秋葉 つかさ(あきば・つかさ)が何故かビキニ姿で恨めしそうに睨んでいた。
「今回こそはシズル様にお色気担当を担っていただくつもりでしたのに」
そうこぼすつかさのビキニ姿はかなり際どく、彼女一人だけでも十分その成分はまかなえる気がするのだが、本人は全く不本意のようだ。
「……そして寒いです」
つかさはブルッと身体を震わせる。冬の海である。上着を羽織ってしかるべき気温なのだ、彼女が震えるのは当たり前すぎる人間の生理現象だった。
甲板で震えるつかさを、シズルは物凄く微妙な心持ちで眺めていたが、急に船が揺れだした。シズルが海を見ると、海は荒れるというより、漁船と漁船の間の部分だけ、不自然に盛り上がろうとしていた。
「来たわね、艦内のみなさんにターゲットが現れたことを伝えてください」
シズルは漁船の柵に捕まりながら、ライラックに言った。ライラックはそれに無言で頷くと、ペンギンたちを連れて船室へともどって行く。
水飛沫が盛大に舞い、海が隆起した。強大な轟音と共に海がめくれ上がると、そこには巨大なイカ――パラミタ観音イカが、その驚くべき巨体を露わにしていた。
「思っていたよりも大きい……」
観音イカの予想以上の巨大さに、シズルは息を呑む。と、上空からいきなり凄まじい火炎が観音イカに向かって襲いかかり、観音イカはたまらず触手を振り回し海水を大量に巻き上げると、これを防いだ。
「防がれちゃいましたか」
空を旋回するワイバーンの上から、プリムローズ・アレックス(ぷりむろーず・あれっくす)が残念そうに呟く。観音イカはすかさず上空めがけ数発、球状のイカスミ弾を放ったが、これは軽々と彼女たちに回避される。
その間にアルテミシア・ワームウッド(あるてみしあ・わーむうっど)と毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)が船室から甲板へと上がってきて、アルテミシアはプリムローズの援護を、毒島は手持ちのデジタル機器の手入れを始めた。
「またお約束なの?」
銃をしきりに撃ちながら、アルテミシアがあきれた口調で問いかける。
「もちろんなのだよ」
それにさも当然といった口ぶりで毒島は答えると、パートナーたちが観音イカと戦闘になっているにも関わらず、レンズを綿棒のようなもので丹念に拭き続けることを毒島はやめない。
「まあ、いいですけど、ねっ!」
蠢く触手にアルテミシアは依然として発砲し続けるが、観音イカはびくともしないようで海を荒らすように暴れ続ける。
そこへペンギンたちを船室に押し込めて戻ってきたライラックが、レプリカディッグルビーで観音イカの触手のうちの一本に斬りかかった。だが、
「ライラック! 武器から手を離せ!」
アルテミシアがそう叫んだが、間に合わなかった。中途半端に触手へ刺さったライラックの武具はそのまま持ち主ごと豪快に空へと投げ飛ばされる。
しかし、それを見事に上空でキャッチするプリムローズ。
「危なかったですね、ライラックさん」
「……ありがとう」
小声のライラックの謝辞を聞くと、プリムローズは急速にワイバーンを降下させ、ライラックを船へ投げる。そして、アルテミシアが受け取るのを確認もせず真正面から観音イカへと突っ込む。
「仲間を危険な目に合わせたお返しはさせてもらいます!」
ワイバーンが先程と同様に火炎を吐き、観音イカが触手を防御に持ち出したところを見計らってプリムローズはコピスを力いっぱい振るってそのうちの一本を弾き飛ばした。
「見事なものだ」
毒島がカメラを調整しながら言う。それをアルテミシアが呆れ顔で見ていると、また急に海が荒れだした。どうやら観音イカがこちらの船は容易に襲えないと踏んだようで、もう1隻の船へと狙いを変更して動き始めたのである。
「こっちに来るわよ!」
甲板に出てきていたアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)が、同じく甲板にいるつかさへ注意を促す。
観音イカは豪然と船に迫ると、こちらの抵抗が薄いことを察し、つかさとアリアに向けて鋭く触手を突き出した。
「危ない! よけて!」
アリアはそう叫んで身をひるがえし触手の攻撃を躱したが、つかさは一切避ける素振りすら見せず、触手に絡め取られ海上へと連れ去れていった。
「マズイ、助けないと!」
瞬時に頭を切り替えて空飛ぶ魔法でつかさのあとをアリアは追う。剣を構えて空中から観音イカと対峙すると、つかさは観音イカの太い触手に身体をグルグル巻きにされ、どちらかというと苦しそうというより不満げな顔をしていた。
「見誤っていました。こんな巨大な触手では、例えシズル様をこんな目に合わせても、何も見えないではありませんか!」
「つかささん、ちょっと何言ってるかわかんないけど、今助けるから!」
「わからない……? なるほど、見えるのはお顔だけ。でもその限られた情報の中でシズル様が顔を薔薇のように赤らめさせる……。官能的です! 実に良いアイディアですアリア様!」
触手に巻かれたつかさが何事か興奮気味にまくし立てているが、アリアには何を言っているかよく理解出来ない。
とにかくアリアはつかさを救おうと、持っていた剣を構え直し、そして片足を突如下へと思い切り引っ張られた。
「きゃあああああ」
逆らうこともできず、豪快にアリアは海面へと叩きつけられる。片足を観音イカに巻き付かれたのだ。
「ううう……」
視界がぼやけていた。かなりの衝撃で海面にアリアは叩きつけられたらしい。と、
「……! ちょ、ちょっと、いやあああ!!」
海面からアリアを引き上げた観音イカの触手が、やけに生々しくアリアの身体にまとわりついていく。
「あっ……吸盤が、いやっ、やめてえええ」
絶叫するアリア。その瞳から涙も零れ出しているのだが、その様を見てつかさは感動の眼差しをアリアへ向けていた。
「有言実行とは……アリア様、グッジョブでございます」
「ちがううううう!」
観音イカが女性二人に対して好き勝手行っているところを、毒島は荒れた海に翻弄されながらも、確実にそのカメラとビデオにこの光景を収めまくっていた。
「ふふふ……万事順調なのだよ」
毒島は着々ともがいている彼女たちをフレームの中へ収めていく。
「あとはこの、激しすぎる揺れさえ、どうにかできれば僥倖なんだが……」
「全くだねえ、おかげで船室から上がってくるのにこんなに時間がかかったよ」
そうぼやく毒島に、船室から這い出るように現れた清泉 北都(いずみ・ほくと)が同調の声をあげた。続けて船室から現れるソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)。
「クソ、おかげで酔うかと思ったじゃねえか。おい、北都さっさと仕留めちまおう」
「そうだね、僕もだいぶ船室を転がされたから、とっとと倒しちゃおう」
清泉はそう言うと海上で未だ好き勝手暴れている観音イカに向かって、捕まっている二人には完全なるノーリアクションでサイコキネシスを使って動きを制御しようとするが、
「対象が大きすぎてビクともしない」
彼はすぐにお手上げのポーズを見せ、ソーマへと振り返る。それを見てソーマも観音イカへ向けてアボミネーションを放つが、それでも尚観音イカはビクともしなかった。
「足元も悪くてお互い上手く技に集中できないみたいだねえ」
清泉が次はどうするべきか思案を巡らし始めると、再び海の一部分が隆起するように盛り上がっていく。
「まさか……」
「そのまさか、だろう」
隆起する海面を見ながら驚愕するソーマに、悟ったように荒れた海をレンズ越しに眺める毒島。
轟音が響き渡り、海が空を穿つように吹き上がる。舞い上がった海水が豪雨のように降り注ぎ、それを全身に浴びた清泉たちが見たものは、海中から現れたもう一匹の巨大な観音イカだった。
「これはまずいかもねえ」
「つがいだったなんて……」
清泉が思わず言葉をもらし、シズルが苦虫を潰したような表情をして、二匹の観音イカを睨んでいた。
「他の方々は!?」
「こんだけ船体が揺れてんだ、多分まだ中で伸びてるぜ」
ソーマが船室への入り口を見ながらそう言うと、その次には素早くその身を横へ飛ばす。新たに現れた観音イカが、早速触手で甲板の人間たちに攻撃を仕掛けてきたのだ。
「ソーマ、ちょっと来てくれるかなあ」
近くで清泉の呼ぶ声が聞こえ、ソーマは素早くその身を起こすと清泉へすぐさま駆け寄る。
「なんだ北都、ケガでも」
「助かったよお」
瞬間、襟首を掴まれるソーマ。と、ソーマに向かって大量のイカスミが滝のように浴びせられた。
「…………」
真っ黒になったソーマが、プルプルと震える。
「……これは頂けないな、なあ……北都?」
ゆっくりとソーマは清泉の方へ振り返る。目の前に観音イカがいるにも関わらず、ソーマは全くそれを意に介していなかった。
そして無言で両腕を大きく広げると、彼はそのまま清泉に抱きつこうとした。
「それじゃ盾にした意味がないよお」
それを間一髪で回避した清泉。そのままソーマから逃げ出すと、二人は観音イカそっちのけで追いかけっこ開始してしまった。
二匹の巨大な観音イカが現れたにも関わらず、二隻の攻撃の希薄さに湯島 茜(ゆしま・あかね)はジェイダス人形(大)に乗って荒れた海に浮かびながら、グリントフライングギロチンを構えた。
「今こそあたしの出番だね!」
海が観音イカが常に暴れて波を起こしているため、通常のままではまず攻撃は当たらないだろう。
なので彼女はシャープシューターを駆使して、仲間を捕まえている観音イカへ狙いを定めると、タイミングを見計らって豪快に観音イカ目がけギロチンを投擲した。
ギロチンは風を裂くように一直線に飛んでいくと、見事に観音イカの目に突き刺さり、観音イカは痛みのあまり激しく暴れる。
「今だ!!」
それを見て、つかさ側の甲板に上がってきていた闇咲 阿童(やみさき・あどう)がこの機を逃すまいと、漁船の柵に足をかけると一気に大きく跳躍。
のたうち回っている観音イカに飛びかかり、ブライトグラディウスでアリアを掴んでいた触手を一直線に斬り裂いた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございますっ!」
涙混じりのアリアを闇咲は抱えると、今度は顔部分を踏み台に一気に漁船に向けてバックジャンプ。
しかしそれを目印としたのか、観音イカは激しく触手を振り回し、四方八方にイカスミを噴射しまくる。
「えっ――」
その当てずっぽうのイカスミ乱れ打ちは、さっき見事な投擲を見せた茜へとクリティカルヒット。茜もソーマ同様真っ黒けになってしまう。
そんな光景をシズルの横で唖然として眺めていた咲夜 由宇(さくや・ゆう)は、シズルにその袖を引っ張られてはっと我に返った。
「私としたことがバトル要素とお色気要素と、最近のラブコメに良く見られるような成分を多分に含んだ目の前の光景に思わず目を奪われていたですぅ」
「このままじゃ船を沈められてしまうかもしれません! 由宇さん、力を貸してくれますか?」
「もちろんなのですよ! シズルくん」
そう言って由宇は運動能力を向上させるあらゆるスキルを自分にかけると、闇咲を彷彿とさせる動きで柵を軽快に飛び越えるとまるで軽業師のように、新しく現れた方の観音イカに巧みに飛び移った。
たまらず観音イカは触手を振り回して応戦するが、由宇はこれを難なく躱すどころか龍騎士のコピスで数本の触手を斬りつける。
前以上に暴れる観音イカ。
そこへ同じように観音イカへ飛びかかったシズルが上段に構えた剣を、重力負荷の重さも合わせて激しくその額に叩き込む。
二人は支え合いながら甲板へ戻り、額を強打された観音イカはピクリとも動かない。
「やったのかな……」
息を切らせながらシズルが動かない観音イカを見る。
「どうやら一匹はやっつけたようで」
その時、上空に漆黒の閃光が迸った。その様に思わず由宇は言葉に詰まってしまう。
「しぶといっ」
またもシズルは苦々しげな表情。というのも、空をかち割るように放たれた黒線は観音イカの凄まじいイカスミ噴射であり、伸びていたはずの化物は、既に意識を取り戻して触手を怒りに任せて乱暴に振り回していた。
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