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3章【海の幸、調達作戦:パラミタ毛ガニ(東岩礁)前編】





「それにしても、まるでゴミのようにいるよね……」
 岩礁を覆いつくさんばかりに大量に目の前を蠢いているパラミタ毛ガニたちを見て、イシュタン・ルンクァークォン(いしゅたん・るんかーこん)は思わず呟いた。
「よし、とりあえず……」
 彼女はそう言うと群れの中の一匹に狙いを定め走りだすと、
「殴ってみよう!」
 その言葉と共に毛ガニの顔面へ正拳突きを繰り出すイシュタン。だが、
「あちゃあ、やっぱ効かないかぁ」
 毛ガニは少し後ろに後ずさっただけで、一向に堪えたような仕草は見せない。それどころか、怒ったように両バサミを振り上げると目の前にいるイシュタンに向けてそれを振り下ろした。
 しかし、その攻撃を直前に間へ滑り込んだミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)がタワーシールドで受け止める。
「みんながいるからって、あんまり突出しすぎちゃダメなんだよ?」
 ミルディアが盾を持った両腕の痺れに若干の快感を感じながらイシュタンをたしなめていると、そのやや後ろから四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)が火天魔弓ガーンデーヴァを構え、肩にのっている霊装 シンベルミネ(れいそう・しんべるみね)に向けて話しかけた。
「ミネ、お願い!」
「了解だよ!」
 シンベルミネは瞬時に魔鎧状態になると、唯乃に装着。それを合図にミルディアたちを取り囲もうとしていた毛ガニたちに向けて彼女は弓を放つ。
 すると放たれた矢は煌々と燃える炎を纏いながら毛ガニたちの間を駆け抜け、その付加された衝撃波によって、射線上周辺にいた毛ガニたちを豪快に吹き飛ばした。
「何この魔弓、最高にクールじゃない」
 ミルディアたちの退路を容易に開いた自分の武器を、満足そうに唯乃は眺める。そしてひっくり返った毛ガニを狙って騎沙良 詩穂(きさら・しほ)がばたつくハサミを強引に抑えると、
「腕十字固め♪」
 とにこやかに言いながら全体重をのせて毛ガニの腕をあらぬ方向へ折り曲げた。
「あれ、やりすぎちゃった☆」
 詩穂はブランとしたハサミの腕を見ながらそう言うと、次の瞬間にはもう片方の腕へと肉薄。しかし、今度は毛ガニも死に物狂いで抵抗し、中々筋を伸ばすまでには至れない。
 なので彼女はヒロイックアサルトなどを駆使して一気に持っていこうとしたが、それをハサミに潰されかけていると勘違いした橘 恭司(たちばな・きょうじ)はレプリカ・ビックディッパーで詩穂が絡んでいたハサミを根元から叩き斬った。
「大丈夫か!?」
 橘は心配そうに声をかけるが、対する詩穂はきょとん顔。
「ありがとうございます! でも、サブミッションをかけていたので、全然大丈夫でした♪」
 その後ニコッと詩穂は微笑むと、またひっくり返っている毛ガニを狙って走りだした。一方今度はそれを呆然と見送る橘。
「あんな女の子が、サブミッション、関節技ってありか……?」
 彼にとってそれはにわかには信じがたい事実だったが、そんなことも目の前に群がる毛ガニを見ると一瞬で吹き飛んだ。
「そんなことより冬の幸を満喫するために、一匹でも多くカニを狩らなきゃな」
 橘は自分の目的を再確認すると、手近な場所にいた毛ガニに斬りかかる。実は先程の唯乃の一撃でパラミタ毛ガニたちは大混乱を起こし、今は狩人と獲物がごちゃごちゃにぶつかり合う、乱戦状態になっていた。
 そのため、後ろを見てもカニ。前を見てもカニ。
「よし、まず一匹!」
 毛ガニの口へと直接刃を突き刺した橘が、上機嫌に言った。だが、背中にはすでにもう一匹毛ガニが迫ってきている。
 その毛ガニをゴーレムで抑えつける葉月 フェル(はづき・ふぇる)
「こんなに人カニ入り乱れてたら、隠密も待ち伏せもないじゃん」
「全くだ」
 上空から葉月 ショウ(はづき・しょう)がそう答えると、空飛ぶ箒から飛び降り、ウォーハンマーを振り上げる。落下速度に加え、バーストダッシュをショウは使用すると、弾丸のような速度で地上に降下し、勢いそのままに毛ガニにハンマーを振り下ろした。
 破砕音と共に、無残にひしゃげる毛ガニ。ショウは危なげなく岩礁に降り立つと、ポリポリと頭を掻いた。
「やりすぎた……」
「これじゃあ足しか食べれないじゃん」
 二人は苦々しげにぺちゃんこの毛ガニを見たあと、今度はちゃんと仕留めようと、もう一匹チャレンジしてみることにする。
 まず、フェルがゴーレムを操り、近くにいた毛ガニを取り押さえる。
「今度はしっかり」
「おう、任せろ!」
 気合い充分にショウは岩礁を蹴って跳躍。そして今度は己の力とバーストダッシュのみで付加効果を与えて、ハンマーを振り下ろす。
 毛ガニの胴体を覆っていた甲殻が砕け、くぼんだ。だが、毛ガニにはまだ息があった。
「あとはフェルがやる!」
 そう言ってもう一撃繰り出そうとしていたショウをフェルは制止すると、ゴーレムから飛び降り、甲殻が割れて露出した部分に栄光の刀を突き立てた。
瞬間、糸の切れた人形のように岩礁へ突っ伏す毛ガニ。今度はちゃんと食材として使えそうなカニを狩ることができたので、二人はとても満足そうに微笑んだ。




 パラミタ毛ガニと狩人達が入り乱れる岩礁地帯を、小型飛空艇で低空を滑空しながら佐々良 縁(ささら・よすが)がしみじみと呟いた。
「まるで戦争みたいだねえ」
 後ろに続く蚕養 縹(こがい・はなだ)孫 陽(そん・よう)がその言葉に答える。
「わっちにはカニたちはざっと百匹以上いるように見えるんですがね」
「まさか加能さんも、こんな事態になるとは想像していなかったでしょう」
 三機の飛空艇は、岩礁と海の境目辺りを飛行し続け、縁が水中銃を発砲したりしてこれ以上岩礁に上がってくるカニが増えないように、主に牽制的な役割をこなしていた。
「よおし、はなちゃん。ギリギリまで近づいて毛ガニたちを海におっことそうか」
「あねさんあんま無茶言わんでくだせえ! 失敗したら海面に墜落しちまいます!」
「しかし有効な手段です。陸に上がったカニの数を減らすことができますし、地上で戦っているみなさんへの最上の援護にもなります」
「先生までそんなことを……」
 蚕養は苦しげに呻くと、覚悟を決めたように一度地上に近づきそこから縦に旋回して海上へ飛んで行く。
 その動きに気を取られた毛ガニたちはゾロゾロと海へ雪崩落ち、すかさず縁が銃を連射し、孫陽が氷術を海へ叩き込んだ。
 海際に、少しのスペースが出来た。だが、そこに盾を構えながら赤羽 美央(あかばね・みお)が滑りこんでくる。
「唯乃ちゃんたちとはぐれてしまいました……」
 遅れて一匹の毛ガニが美央を追いかけてこのスペースに飛び込んでくる。どうやら美央はこの毛ガニに弾かれてここへ辿り着いたようだ。
「陛下に何してくれてんだ、コノヤロウ!」
 さらにそのあとから日比谷 皐月(ひびや・さつき)が飛び込んできてヴァーチャースピアを毛ガニに向かって突き出すが、これは刺さらず甲殻によって弾かれた。
「やるぞ卯月!」
「わかったわ、海鮮料理って食べたことないからしっかり倒して食材をゲットしましょう」
 日比谷の一声に魔鎧状態になる翌桧 卯月(あすなろ・うづき)。日比谷は魔鎧を纏うと、サイコキネシスでヴァーチャースピアと光条兵器を宙に浮かせた。
 それを見て、美央が叫ぶ。
「日比谷さん、ダブルバレストです!」
「りょーかい!」
 すると二人は示し合わせたように動き出し、日比谷は軽身功を使い水面を走る。それに毛ガニが気を取られていると、美央はその死角を突いて毛ガニに近づいていく。
 日比谷が、水面を蹴って毛ガニに向かって跳んだ。
「「ランバレスト!」」
 二人が同時に叫び、毛ガニは二人の同時攻撃によって無残にも両ハサミを吹き飛ばされた。毛ガニは当然命の危機を感じ、目の前の二人に向けて泡を吹こうとしたが、着地した日比谷はそのチャンスを逃さず軽身功を解くと、ありったけの力でヴァーチャースピアを毛ガニの口へ押し入れた。
「もう一丁ランバレスト!」
 口から一直線に貫かれた毛ガニは、少しだけ泡を吹くとそれきり全く動かなくなった。




 まるで蟻のように次々と襲いかかってくる毛ガニたちに、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)は辟易していた。
 自分に群がってくる毛ガニを次々と虚刀還襲斬星刀で斬り払っていくが、一匹のハサミがエッツェルを捉え、はさみこんで万力のように絞め上げる。
「いくら痛くないとはいっても、こう波状攻撃を繰り返されてはこちらも疲れてしまいます」
 巨大なカニのハサミに掴まれているというのに、エッツェルは至極冷静にそんなことをぼやく。そんな様子を、ネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)は丁度良くあった高台から眺めている。
「我は食べるのが専門ですから。主公、死なないように気をつけてください」
「死にはしないでしょうが、このまま胴と足を切り離されてしまうと、私も困りますね」
 あまりに片側がピンチだとは思えないほどのトーンで話す二人。そこへ紅秋 如(くあき・しく)が撃ったボウガンの矢がハサミの関節部分に突き刺さり、毛ガニはそれによってエッツェルを手離した。
「どうやら助かったようですね」
 エッツェルは呑気にそう言いながら、正面から思い切り毛ガニを斬り上げる。毛ガニはそれによって胴を持ち上げられると、エッツェルの前に腹の部分をあらわにした。
「悪いがいいところいただくよ」
 毛ガニが弱点をさらけ出したのを見逃さず、木月 楓(こずき・ふう)はエッツェルの後ろから毛ガニに肉薄。そして、雷光の鬼気によって闘気を宿した拳で、毛ガニの腹へ豪快な一撃お見舞いした。
「お前、雷系統の攻撃は使うなって言われてただろ」
 電撃のエフェクトを体中に走らせながら倒れ伏す毛ガニを見て、紅秋は楓へと毒づく。
「ゼロ距離だし、どこにも二次被害は出てないだろ? 倒せばいいんだよ、倒せば」
 楓は紅秋の言葉をサラリと流すと、すぐに次の瞬間には他の毛ガニに殴りかかっていた。
「オラァ、どこからでもかかってこいやあ!」
「かかってこいやあ、と言って殴りかかる方は初めて見ましたね」
「我もです」
「それが悩みの種なんだ、全く……」
 肩を落とす紅秋。こういったことはどうやら珍しいことではないらしい。
 楓は同じように毛ガニに向かって、今度は関節部を狙って殴りかかったが、それを毛ガニは片手で防ぐ。
「お、少しはやるじゃねえか」
 そう言って楓は後方に飛び、一度距離を取り直そうとしたが背中に何か硬い物がぶつかった。
 振り返ると、巨大なハサミを振り上げた、毛ガニがもう一匹。
「やべえ!」
 慌てて紅秋がボウガンを連射するが、今度は上手く毛ガニの関節へピンポイントには刺さらず、全て弾かれる。と、
「これで貸し借りはなしでいいですか?」
 流暢にそんなことを言いながら、いつの間にか毛ガニの両腕をエッツェルは斬り飛ばしていた。しかし、すぐにまたエッツェルと楓の周りをワラワラと取り囲んでいく毛ガニたち。
「はぁ、めんどくせぇ事になりやがった」
 再び紅秋が毒づきながら、キリがない毛ガニたちの大群を見渡す。
「それに、いくら久世が倒したカニの回収を名乗りでたからって、こんだけの大群の中から一人で運搬するのは不可能だろ。そろそろ帰り道の確保もしなきゃな」
 これから行わないといけないことを頭で整理し、紅秋はまた毒づいた。
「はぁ、めんどくせえ」