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蒼空サッカー/非公式交流戦

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蒼空サッカー/非公式交流戦

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第5章



 青チームは、グラスボールをネノノ・ケルキック(ねのの・けるきっく)ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)のふたりで蹴り出した。
(!)
 ミューレリアの「殺気看破」に、何かの気配が反応。直後、ふたりの眼前に「それ」が姿を現した。
「!?」
 喪悲漢頭の鬼崎朔が、「光学迷彩」を解くと同時に、手に握り込んでいた「しびれ粉」をばらまいた。まともに浴びたネノノとミューレリアはその場に昏倒するが、鬼崎朔が取る前にこぼれたボールはエメリヤンがスライディングで前に蹴り出す。
 グラスボールはレロシャン・カプティアティ(れろしゃん・かぷてぃあてぃ)に渡り、芦原 郁乃(あはら・いくの)イングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)らとともに青チームも速攻にかかった。
「クド!」
「はいな」
 如月 正悟(きさらぎ・しょうご)の指示を受け、クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)は正悟とともに精神を集中、「氷術」を使用。青の速攻部隊の予想進路上に「氷術」で氷柱を乱立させた。
 グラスボールをドリブルしていた紫桜遥遠は、迂回路を探った。左にはカレン・クレスティア、ジュレール・リーヴェンディ。右には近藤 勇、クドが待ち構える。
「ボール頼みます!」
 紫桜遙遠はイングリットにボールを回すと、氷柱群に突っ込んでいった。「爆炎破」を体にかけて炎と熱の固まりと化し、目前の氷柱を次々に粉砕、突入路をきりひらいていく。

(うわぁ……)
 氷柱群の際の位置にいたレフィ・グラディオス(れふぃ・ぐらでぃおす)は、目の前の光景に唖然としていた。
 突然林立した氷柱。それを吹き飛ばしながらこちらに突撃してくる熱の固まり。「禁猟区」には「危険」が凄まじい勢いで反応している。
 まともなサッカーにはならないと予想してはいたけれど――これはサッカーの姿をした別な何かだ。
(……でも、相手チームへの直接戦闘や攻撃スキルは禁止されてたよね……)
 主よ、ご加護を――
 レフィは心中で十字を切った。

 突然視界が開けた。紫桜遙遠は氷柱群を抜けたのだ。
 が、その正面には黒6番のレフィ・グラディオスが待ち構えていた。紫桜遙遠によれば、確かこの選手は蒼学サッカー部員だったはず――
(サッカー部員相手の競り合いは、分が悪いですね――)
 紫桜遥遠はそう判断し、後ろ手で緋桜遙遠に合図を出した。緋桜遙遠は合図を受け、「地獄の天使」を使って空に飛ぶ。「バーストダッシュ」で初速をつけ、「奈落の鉄鎖」でさらに加速して高位置についた。
「ボール! こっちに飛ばして!」
 緋桜遙遠が声を出すと、イングリットからグラスボールが真上にパス――トス?――された。
 ゴールまではまだ距離があった。が、だだっ広い黒のペナルティエリア内には既に青の攻撃部隊が走り込んでいる。そして、空からゴール前までの間には、遮るものは何もない――いや。
 翼を広げ、こちらに向かって来る者がいる。黒6番。そう言えば、この選手は「守護天使」だったか。
(ならば、吹き飛ばしてやりましょう!)
 上げられたボールが、緋桜遙遠の足元にまで達した時、「罪と死」の破壊力を込め、グラスボールを蹴り下ろした。
 黒い尾を曳きながら、グラスボールが宙を貫く。
 止めに入ったレフィは、ものの見事に吹き飛ばされた。
「……!」
 たたれそうになる意識をギリギリで繋ぎ止め、転落しかけるのを何とか態勢を立て直し、軟着陸する。ヒール。ダメージは回復したが、闇黒属性魔法の影響は残った。

(なるほど、これがスキルキックというものですか)
 黒のディフェンスで、如月正悟からの指示を受け、グラスボールの落着点に滑り込む者がいた。月美 芽美(つきみ・めいみ)。たった今、レフィを吹き飛ばした威力を目の当たりにしてもなお、その口元には笑みを浮かべている。
 狙いを定める。空にいる、たった今面白いキックを放った「青」。青チームのくせに、黒に向けて「黒」のキックを撃ってみせるとはなかなか面白いユーモアだ。ネタを振られたら、ちゃんと返すのが礼儀というものだろう。
 「軽身功」「神速」の勢いで、ボールに向けて跳ぶ。蹴り脚が稲妻を纏う。「轟雷閃」。
「その技より繰り出される球は、空を翔る流れ星!」
 そして、「ヒロイックアサルト」の呼吸で飛んできたボールをダイレクトで蹴り返す!
「翔空流星蹴!」
 蹴り返されたボールは、その名の通り流星のような火花を曳きながらもと来た方向へ戻っていく。雷撃を伴ったグラスボールは、今度は緋桜遙遠の体を跳ね飛ばした。
「あ〜ら、失礼! あはははっ!」
 きれいな受け身で着地を決めた月美芽美は笑い声を上げた。
「まさかそこまで体を張ったブロックをするなんて、考えてもいなかったわ!」
(何をぬけぬけと……!)
 緋桜遙遠は内心で毒づきながら、何とか地面への軟着陸を決めた。

「黒は『行動予測』使いが充実してるわねぇ。今のダイレクトクリアはいい反応だわ」
と、実況席で刹姫が感嘆した。
「いや、あの動きはスキルによる予測ではなく、経験によるものでしょう」
 エッツェルが合いの手を入れる。
「経験?」
「ええ。前の試合にも出場していた黒10番・如月正悟選手のの経験と『財産管理』によるものでしょう。前回の試合経過の反省と研究を相当重ねているようですね」
「スキルに依らなくとも、経験で相手の行動や戦術は十分読めるものなのですね」
 マザー・グースは再びクリップボードにペンを走らせる。

「さすがは10番を背負うだけのことはありますな!」
 黒のゴールで、ゴールキーパーのひとり、ルイ・フリード(るい・ふりーど)が大笑した。
「黒の守備に抜かりはないですね!」
「油断はできませんよ」
風森 巽(かぜもり・たつみ)は水を差した。
(そうさ。あいつらにとっては、この程度ピンチにもなっていない)
 話題に出された如月正悟も、心中でひっそりと答える。
 「氷術」を用いての氷柱群作り、さらには緋桜遙遠のコース予測。気力がごっそりと削ぎ落とされた。
(うちのFWは何やってるんだ……早く先制点決めてくれよ)

 跳ね返ったボールをいち早く拾ったのはカレン・クリスティアだ。
「ジュレ、サポートお願い!」
「うむ、反則にならん範囲でな!」
 スキル「銃舞」を応用したドリブルが始まる。随行するジュレール・リーヴェンディは、カレンへのチェックを牽制する役割だ。が、進路の正面に青のゼッケンを着けた人影が立ちはだかる。イングリット・ローゼンベルグ。
(くっ……!)
 内心でジュレールは舌打ちした。
 進路正面に立たれては、チェックへの牽制のしようがない。強行すれば「進路妨害」で反則、フリーキックを取られる。
「ジュレ、どけて! ドリブル止めた!」
「!? 何をするつもりだ!?」
「決まってるでしょ、シュートだよ、シュート! 1500メートルなんて目と鼻の先だって!」
「……! 好きにしろッ!」
 ジュレールはカレンの前方を開放した。前回カレンは重力制御補正付とは言え、3000メートルのドライブシュートを決めている。
 「紅の魔眼」「禁じられた言葉」「地獄の門」を同時に発動、跳ね上がった魔力を「ヒロイックアサルト」の蹴りに叩き込み、超高角度・弾道軌道で青ゴールに向けて撃つ!

(させないッ!)
 秋月 葵(あきづき・あおい)が飛んだ。スキル「空飛ぶ魔法↑↑」で弾道に飛び込み、カレンの「1500メートルドライブ」をブロック。吹き飛ばされそうになるのをこらえて態勢を立て直し、空中で「シューティングスター☆彡」をボールにかけ、キック。前線まで無理矢理ボールを戻す。
 暗闇、稲妻に続いて、今度は流星そのものを後ろに曳いたグラスボールが、みたび宙を貫く。
 ボールの落着点の見当をつけたミルディア・ディスティン(みるでぃあ・でぃすてぃん)は全力で走った。ロングパスやクリアが通用しないのは、前回通り――いや、最近は飛行系スキルが充実し始めているから今回は全く通用しないと考えてもいい。
(ダッシュ使いのサッカー部員が揃っている攻撃ライン突破なんてゾっとするけど、やるしかないよね!)
 いや、それより恐ろしいのは――!
 ミルディアの前に、ボールが落着した。誇張抜きにして落着点が爆発し、衝撃でフィールドが揺れ、ミルディアは吹き飛ばされた。
 青チーム・イングリットは既に前線に来ている。その相方の秋月葵も、ダッシュ系スキルこそ持っていないが、じきに前線まで到達する。ふたりが並んでゴール前に来たら、一体どうなる!?
 ミルディアは「ヒール」を自分に施すと、泥だらけの体を起こし、叫んだ。
「秋月葵を、大砲を前線に来させちゃダメ!」

 ミルディアが取り損なったこぼれ球はフィーサリア・グリーンヴェルデ(ふぃーさりあ・ぐりーんう゛ぇるで)が確保。
(攻撃態勢を再構築しないとな)
 フィーサリアが、彼方の右サイド――もともと幅が1キロ近くあるフィールドだ――を走る芦原郁乃に眼を向けた矢先、突然全身から力が――いや、気力さえも根こそぎ奪われ、直後、その場に昏倒した。
(油断はいかんなぁ、青組!)
 虚空から姿を現したのは、鬼崎朔だ。「光学迷彩」を再度用いて自陣に戻り、「ヒプノシス」を使ったのだ。
(お見事です、朔様!)
 鬼崎朔の脳裏に声が響く。ベンチからフィールドを眺めているアテフェフ・アル・カイユーム(あてふぇふ・あるかいゆーむ)からの「精神感応」だ。
(今の「ヒプノシス」で青チームの攻撃部隊は大半が瓦解! 緋桜遙遠、紫桜遙遠、エメリヤン、レロシャン、イーグリットが昏倒しました!)
(何だ、前線の青全員じゃないか、他愛のない!)
(後顧の憂いは立ちました! このまま一気に駆け上がって下さい!)
(言われなくともそのつもりだ!)
 グラスボールをキープした鬼崎朔が、ドリブルを開始する。正面、本郷涼介、クレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)、そして先ほどの「しびれ粉」から回復したミューリレア、ネノノが待ち受ける。
(ふん……同じ事だ!)
 獲物を狙う光を眼に宿し、再び鬼崎朔は手元に「しびれ粉」を握り込む。
 不意に、ミューリレアとネノノが先攻した。それぞれに「バーストダッシュ」「加速ブースター」を用い、姿勢を低くしてこちらに突撃してくる。
 「しびれ粉」を撒くと同時に、鬼崎朔の両脇を青のふたりが駆け抜ける。駆け抜けた後には風が巻き――
(!)
 鬼崎朔は思わず立ち止まり、両腕で顔を覆った。風が収まるのを――たった今自分が撒いた「しびれ粉」をのせた風が静まるタイミングを待つ。
(……危ういな……自分の「しびれ粉」に自分がかかる所だった!)
 ――「しびれ粉」は、「粉」を撒く。「粉」はとても軽いので、風に舞う。「バーストダッシュ」や、「機晶姫」なら「加速ブースター」で駆け抜ければ、瞬間的に「粉」を散らすだけの風は十分に起こせる――
 鬼崎朔は片眼を開けた。風はどうやら収まったようだ。視界の中に、駆け抜けていったネノノの加速ブースターの排気が、白い蒸気となって曳かれているのが見えた。
 そして正面。本郷涼介と、クレア・ワイズマン。前回は共に闘った者達ではあるが――
(ふたりとも、容赦はせんぞ! 「しびれ粉」が封じられたとしても、こちらにはまだ「ヒプノシス」が……)
 その時、アテフェフからの「精神感応」。
(朔様! 後ろ!)
(何!?)
 その気配は後ろから鬼崎朔の足元に滑り込み、グラスボールを正面に――本郷涼介らの方向に蹴り出した。
 それはまさしく理想的なパスだった。ボールを受けたクレアは「ランスバレスト」のキックでグラスボールを前に飛ばし、先行していたネノノとミューレリアにつないだ。
 鬼崎朔の足元を滑り抜けた気配は起き上がると、自分のもといた場所――青にとっての最前線、黒にとっての防衛線に向かって走り出した。
 その気配は――とても小さい姿の、その気配は――!

 黒チームのベンチで、フィールドを観察していたアテフェフは、自分のパートナーに恥をかかせた青25番の選手を睨み、歯軋りしていた。
「あのチビ……あのチビめがッ、よくもッ!」

「らしくないなぁ」
 客席守護の任務に就いていた大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)が今の出来事を見て、腕組みをした。
「後ろからあっさりボールとられるなんて。鬼崎は相当できるヤツと俺は聞いていたんだがなぁ」
 首を傾げる大久保泰輔に、「ムリもあるまい」と讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)が答えた。
「現在彼女は『殺気看破』等のアンチステルススキルは持っておらぬ。一方、青25番は現在『隠れ身』のスキルを持っていた……不意打ちを仕掛けられたようなものだ」
「それなんだがなぁ」
 大久保泰輔は、まだ納得できない風である。
「鬼崎って、黒チームのベンチから仲間のアテフェフがフィールドを監視して、危険があれば連絡受けるって手はずになっていたんじゃないのか?」
「青10番の加速ブースターの煙を見ただろう?
 あの加速ブースターから出る排気が、この冬の冷気で急激に冷やされて白い水蒸気と化し、一瞬スクリーンとなった。青25番は黒チームベンチからそのスクリーンの陰に隠れる形で鬼崎に肉迫したのだ。
 のみならず、用心をして『ちぎのたくらみ』で姿を小さくし、『ブラインドナイブス』で死角をつく動きまでした」
「……なるほど」
 大久保泰輔は、やっと得心したように頷いた。
「直前に使った『ヒプノシス』が、青25番まで届いていればなぁ」
「右サイドに大きく展開していたのが良かったな。鬼崎は完全にあの25番に足をすくわれた形になる。
 ……大したチビだ、あいつは」
 讃岐院顕仁は、ニヤリと口元を歪めた。
(……おお、そうだったのか)
(今のプレーにそんな理由があったなんて、全然分からなかったぜ)
(ばっきゃろー。俺は最初から見抜いていたぜ、あのチビは必ず何かやってくれるってな!)
 ――大久保泰輔と讃岐院顕仁の不自然に大きな声での会話は、彼らの後ろの観客にもきちんと届いていた。
 背中で観客の反応を聞いていた大久保泰輔は「反応は上々」と気を良くしていたが、いつまで経っても声以外の反応がない事に気付くと、次第に不機嫌そうな表情に変わっていった。
(……ベシャリだけじゃあかんかなぁ?)
 大久保泰輔と讃岐院顕仁、ふたりの立っている地面には、「投げ銭歓迎」と大書したビニールシートが敷かれてある。
 今のところ、何かが飛んできた事はない。
 ゴミが投げられないだけマシと思うべきなのだろうか。

 グラスボールを受けたネノノは、一度左サイドに出て黒チームDFをひきつけた。
 その間にミューレリアが「ヘルファイア」と「魔弾の射手」を併用して複数の火の玉を飛ばし、
「それ! みんな起きろっ!」
と、眠っている青チームメンバーにダメージを与えて叩き起こす。
 あちこちで悲鳴や、「無茶するなよ!」と文句が出るが、
「クレームだったら勝った後いくらでも聞いてやるぜ! さっさと立てって!」
と、取り合わない。
(……回復完了!)
 ネノノは、青チーム攻撃部隊が回復したのを確認すると、方向転換し、「光術」+「ソニックブレード」のキックでセンタリングをかけた。
 が、
(そのコースは読んでいました!)
と、風森巽は体を飛び上がらせ、その弾道を体でブロック。「軽身功」と「神速」による身のこなしと、「財産管理」によるコース予測、そして前回の試合参加の経験がものを言った。
 こぼれ球を拾ったのはクド・ストレイフだが、同時にその正面にミューレリアが立ちはだかる。
(どいてもらいますよ!)
(ボールは置いていけ!)
 両者の間で凄まじいボールの競り合いが始まった。

「……うわー。犬のケンカ、文字通りのドッグファイトねぇ?」
 クドとミューレリアの対決を客席でそう表したのはルクス・ナイフィード(るくす・ないふぃーど)である。
 その表現は適切かつ的確だった。
 ボールの主導権はクドの方にあるものの、両者はボールを中心にしてそのまわりをぐるぐる回っているように見える。
「何だありゃあ?」
「あのふたり、変わったダンスでもしてるのか?」
「おーい! ここは一応サッカーの試合だぞー! ヘタクソなダンスの発表会じゃないんだぞー!」
 誰かの野次に、観客がゲラゲラと笑い声を上げた。
「……分かってないね、あんたら」
 ボソリ、というルクスの呟きを聞きとがめた観客が「何だとコラ?」と凄んできた。
「分かってないだと? だったらおまえは何が分かってるってんだ、兄ちゃん?」
「どうしてあんな状況になったか、っていう理由だよ」
 ルクスは答えた。
「あのふたり、お互いに『銃舞』と『バーストダッシュ』を持っている。両方ともドリブルに応用すれば有効なスキルだけど、それがぶつかりあってるからあんな風になってるってわけ。『ダンス』なんて言ってるけど、そりゃそうさ。ふたりして同時に『銃舞』使ってるんだもの。
 ……分かった?」