葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

機晶姫トーマス

リアクション公開中!

機晶姫トーマス

リアクション



=第2章=   爆薬けん引中にて、危険




 青髪で、いかにも戦い慣れした風体の青年が、籠手型HCを口元にかざしながら車掌室へ入り込んできた。
 影野陽太からHCで連絡を受け走って来た、橘 恭司(たちばな・きょうじ)だ。

 【アルマゲスト】のメンバー間では情報伝達が迅速に行えるため、今がそのコミュニティの連携プレーを存分に発揮する時だ。
 車掌はすでに、レバーだけを握る人形と化していて、たぶん、車内放送など他のことには手が回らないだろう。
 いや、変に事態を大きくしても問題だし、このまま黙っていてくれた方が有り難くはある。


「キミ、影野陽太・・・・・・だったか。現在の状況は?」
「機晶姫モートンが暴走して、もうひとりの機晶姫トーマスがそれを食い止めています」
「人員が少ないな。キミは連絡係か」
「今は、そうです。本当はモートンを浮遊させたいのですが、何の情報もなしに勝手に動くのも、反対に危ないと思って・・・・・・」


 陽太の言葉を聞くと、恭司は少し笑顔になった。


「その選択は、どうやら間違っていないようだ」


 何に対して褒められたのか、恭司の発言に首をかしげる陽太だったが、何か言いかけた時に別の声が絡んできた。


「イコン用の爆薬をこの列車が積んでるって言うのは、本当か・・・・・・!」
「恭司殿から話は聞き申した。助太刀に来たのだよ!」


 橘 カオル(たちばな・かおる)草薙 武尊(くさなぎ・たける)だ。
 しかしながら、成長した男ふたりが更に加わって、車掌室内はなんとも大わらわの状態だ。

 先頭車両に恭司がやって来る途中、たまたま通路に立ちあがっていたふたりに声をかけたのだという。
 しかも陽太にとって、この列車が爆薬を積んでいるというのは初耳だった。
 焦っていない陽太は、冷静すぎる人間に見えていたかもしれない。


「爆弾の知識に通じた者が、HCから連絡をくれたんだ。この列車は、一番後ろにイコンに使う爆薬をけん引しているらしい」
「急がば回れ・・・・・・ですね。まずは、その爆薬を積んだ貨車を切り離したほうがよさそうです」


 さすが、統率力のある陽太は瞬時に物事を整理し、その場で動ける者に指示を出す。


「念のために、各車両の連結部に人員を配置しよう。俺は3・4車両間の連結部へ」
「オレは2・3車両間の連結部へ行くぜ!」
「我は1・2車両間の連結部へ行き申す」


 アリの子を散らすようにパッと、いっそ爽やかに、3名の青年たちが一気に車掌室から駆けだして行った。
 先ほどから、人口密度の高い車掌室周辺の乗客たちは、入れ替わり立ち替わりやって来る人間を新手のパフォーマンスか何かと勘違いして、
 声援などを飛ばしている。

 
(爆薬を何とかすることもそうだけれど、乗客のパニックも想定しないといけない)


 モートンを必死に止めているところに、自分も助っ人に入りたい気持ちは山々だ。
 しかし、情報が秒刻みで入って来るかもしれない場面にあって、連絡係を担っている自分が、落ち着いて話せる余裕を持っていなければ
 意味がない。

 陽太は自分が行動したい衝動を抑え、一刻も早く、非常事態を認知した者たちが助けに動いてくれることを祈るばかりだった。




 *




「たまたま銃型HCの電源を入れておいたら、大変なことを聞いちまったぜ」


 佐野 亮司(さの・りょうじ)は、全身真っ黒な怪しい恰好でドタドタと一番後ろにある貨車へ向かっていた。
 いくら忍者とは言え、暴走した機晶姫が爆薬を積んだ貨車を引いていると聞いて、にんにんと忍んではいられない。
 余裕がなかったせいもあり、置いてあった客の積み荷からロープを拝借し、これで列車をどうにかできないと思ったのだ。

 もちろんひとりではどうにもできないだろうし、できるとも思ってはいない。
 そう考えて、後部車両へ来る途中に、あきらかに戦い向けの服装をした男を連れてくる周到ぶりは、やはり忍者と言えるかもしれない。


「おいおい!爆薬が爆発するかもって、本当―――むぐぉ!」
「(声が大きいっっ)」


 亮司は咄嗟に、後からついてきた三船 敬一(みふね・けいいち)の口を塞ぐ。
 忍者と言うクラス柄もあるが、それでなくとも爆薬の貨車のことはオフレコな内容なのだ・・・・・・扱いの丁寧さは国宝級に相当する。
 
 しかし、自分から無理に引っ張って来たというのに、ひどい扱いではある。



 第4車両目の後方へ移動した亮司と敬一は、注意しながらドアを開け、軽々と連結部を渡る。
 その間に後部車掌室があったが、亮司はピッキングでそこへのドアを開いて、瞬く間に外へ出た。

 貨物車までやってきたところで、どうやらそこへ続くドアも開いていることに気付く。

 爆薬を積んでいるというのに、厳重に閉まっていて然るべきはずのドアが無警戒に解錠されているとは・・・・・・と、いぶかしんだのは敬一だ。
 シャンバラ教導団の生徒として、そういう部分には厳しいらしい。


 貨物車のドアを睨んでいると、重厚そうなドアが内側から突然ガバッと開いた。


「なにかご用ですか?」


 金の髪を青いリボンで束ねた少女――ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)が顔を出した。
 ローザマリアは教導団員として、貨物車内の爆薬に異常がないかを検閲している最中だった。
 彼女の手には、何枚もの紙を挟んだバインダーが握られている。

 貨物車のドアの前で怪しい男ふたりがこちらを覗いているので、何事かと表へ出てきたのだ。


「走行中の列車の中で歩くのは危険よ。戻って」
「ゆっくりしてる場合じゃないんだぜ!」


 客車の外では遠慮なく大声になれる。
 亮司は、ローザマリアにことの一部始終を話した。
 
 この列車をけん引する機晶姫が暴走していること。
 いまここで検閲している爆薬が最悪の場合、衝撃で爆発して被害が出るかもしれないこと。

 その話を聞いたローザマリアは一瞬目を見開いたが、受けた衝撃はすぐに内におさめる。


「それが本当なら、大変だわ――菊、聞いてたわね。作業中断!」
「はいっ、御方様!」 


 貨車内にいた彼女のパートナー、上杉 菊(うえすぎ・きく)が呼ばれてひょっこりと出てきた。
 ローザマリアは、重要書類が挟まったバインダーをパートナーに預けながら、言った。


「力を貸して。連結部を切り離さないといけないの」
「それならば、わたくしの【火術】と【氷術】を併用いたしましょう!」


 菊がひょひょいと貨車の上へ移動すると、ローザマリアも軽い身のこなしで貨車の上へ到達する。
 やはりというか、バインダーは菊の手からも離れ、列車の片隅に追いやられ、紙だけがパタパタと寂しそうにはためいていた。

 
「私は、他の車両の連結部を見てくるわ。もう事態に気付いた人が動いているかもしれないわ」
「心得ました!」


 ローザマリアが屋根伝いに車両を移動するのと、菊が手から吹雪に似た氷の風を出したのは同時だった。

 凍った部分がとがって地面に刺さらないよう、繊細な動きで菊は連結部を凍らせていく。
 凍らせた後に【火術】で急速に熱し、鉄自体をもろくしようという魂胆らしい。


 ローザマリアと菊の見事な手際に、亮司と敬一は感心するばかりだ。
 しかし気がかりがあり、亮司はローザマリアが伝って行った客車の方を見上げ、ぼそりと呟いた。


(爆薬が安全か確認してた奴が、それを放っぽって行っちまうのかよ!)




 *



 パシャッと、カメラのシャッター音が鳴る。
 第4車両の後部車掌室の影に隠れ、国頭 武尊がデジタルカメラのシャッターを切っている。


(なんだか知らないが、良い写真が撮れたぜ!)


 可愛い女の子と勇ましい女性のツーショットは、たまらない素材だ。


「機晶姫が暴走してうんぬんっつー情報も耳にしちまったし、こりゃ、先々で色んな場面が撮れそうだ」


 悪い人相でにやりと笑うと、武尊はその場を離れ、次のスクープを探しに車両を移動し始めた。
 すると、移動しようと出した手が、バフッと何かにぶつかる。

 視線を移すと、縦じまの模様が入った洋服が目に入った。
 更に上に視線を移すと、これまた金髪の美少女がいて、いきなり口を開く。


「機晶姫が暴走って、あなた、どういうことか説明して!」
「いや、だから、機晶姫のモートンさんが暴走して、このまま止まらないと空京に突っ込んで・・・・・・」


 金髪の美少女――ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、長くなりそうな武尊のセリフをブッた切る。
 あまりの迫力に驚いてしまったが、ルカルカのいう“説明”の重要な部分が言えていないので、武尊は丁寧に先を続けた。
 
「もし突っ込んだ衝撃があの貨車に伝わったら、積んである爆薬がドカーンって・・・・・・」
「一大事じゃないのよ!!」


 ルカルカは急いで車掌室のドアに手を伸ばした。
 思いのほかドアは簡単に開く。

 それが、実はさきほど亮司がピッキングで開けたままのドアだったなどとはつゆ知らず、ルカルカはそこに入り込み、
 そのまま連結部へと飛び出した。
 車掌室も一種のプライベートルームだと思うのだが、そんな約束など頭にないようだ。
 もちろん、後部車掌室の車掌も、目を丸くしていた。

 連結部に出ると、すでに作業している女の子――菊が、【氷術】を連結部に放射している真っ最中だ。


「はじめまして!・・・・・・なんて挨拶はあとね。爆薬を積んだ貨車って、うしろのそれのこと?」
「え、えぇと、そうですっ」


 どうやらまちがいなく爆薬らしく、貨車の中にはドクロマークのシールの張られた荷物がたくさん積み上がっている。
 それを確認すると、ルカルカは後ろについてきていたパートナーを振り向く。


「俺が爆薬を氷柱化して、安全なただの荷物にしよう」


 インテリ風な知的な顔立ちの青年――ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がそう言って応えると、さっそく貨物車へ飛び映り、
 中に入って【氷術】を放つ準備する。


「俺はルカのサポートに回るんだな!」
「・・・・・・待って。カルキノスも、ダリルと一緒に爆薬を凍らせて。ひとりの魔法力だけじゃ心配だから」


 豪奢な装備を身にまとった男らしき人物――カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は、
 変な方向へ曲がった機関銃を構えていたが、ルカルカにたしなめられて役目を変更される。
 
 なかなかに個性的なパートナーに、ルカルカは少しだけ息をつく。
 だが、延々と休んでいるわけにはいかない。

 ルカルカは、カルキノスと同じような機関銃を両手で振りあげると、レールを挟みこむようにして押し付ける。
 機関銃をブレーキ代わりにするつもりだ。

 相当な負荷がかかるが、怪力の籠手を装備している今のルカルカならば、多少の間はそうしてブレーキをしていられるだろう。

 

「止まれ、止まれ止まれぇぇぇーっ!」



 先頭車両と同じく、後尾車両でも激しい火花が散ることとなった。




 *




 車両の上を行く足音、貨物車にブレーキをかけるキキキキキッという奇怪な音、カメラ片手に前方車両へ移動していく男――この雰囲気は
 ただ事ではない。
 第4車両目の中腹にいた志方 綾乃(しかた・あやの)は異常な事態を予感していた。

 
(ここは後部車両だから、私はおかしい雰囲気に気付けたけど・・・・・・きっと中間車両の人たちは、何も気付いてないに違いないわ)


 ちょうど窓際にいたことが幸いし、綾乃は小さい動作で、窓を少しだけあける。
 とたん、ゴゥッと突風が流れ込んできて、周りの乗客が驚いた顔を綾乃に向ける。


(それに、列車にいる人数でどうにかできなかったら、大変です!)


 大げさな行動で周りに騒がれてしまってはいけないと、綾乃は最小限の行動で外部に助けを求める信号を放つことにした。
 信号になりえそうな明るい何か・・・・・・と考えた時、スキル【火術】【光術】を思いつく。

 数センチ開いた窓から手を出し、指だけを上に向けて、魔法を小刻みに連発する。


 パン!パン!パン!パン!ヒュー!ヒュールルル!


 花火のような音が何回もし、車内の子供たちが「なになに?」という感じでざわめく。


 (大胆な信号でないと、気付いてもらえる可能性が低いんだけど・・・・・・この場合、志方ないのですっ)


 ギュッと目をつむり、綾乃は両手を胸の前で握った。
 それはさながら、祈りをささげるシスターのようだった。