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【カナン再生記】ドラセナ砦の最初で最後の戦い

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【カナン再生記】ドラセナ砦の最初で最後の戦い

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8.………おれ………一番………つよい



「あれは………煙? 誰か戦っているのでしょうか、それにしては随分と奥のほうですね」
 ユイリ・ウインドリィ(ゆいり・ういんどりぃ)はサンドドルフィンに乗りながら、あがっている煙を注視する。正門や裏門は激しい戦闘が繰り広げられているため、煙も何も珍しいものではないが、ずっとにらみ合いを続けている側面では珍しい。
「聞こえますか、ユイリ?」
「聞こえていますよ。あの煙ですね?」
 繋ぎっぱなしの携帯に、ジーナ・ユキノシタ(じーな・ゆきのした)の声が入る。向こうも、あの煙を見て不審に思ったのだろう。
「………はい、少し見てきます」
 側面の敵はほぼモンスターだけだ。確認できている兵士は、あのドウフとかいう大男しかいない。また、戦闘も正門のように突撃するのではなく、ゴブリン達が壁を作りじわじわと前進しながら弓や投石で敵を近づけないようにしてきている。
 砂の中にモンスターが潜んでいる可能性がある以上こちらも大きく前に出れず、銃や弓で遠距離攻撃を加えており、互いに少しずつは削れているものの最初の状態から大きな変化は無いままだ。
 そんな最中に、敵陣で煙があがった。狼煙ではないらしく、その付近の壁に乱れが発生している。何かあったのは間違いない。
「大丈夫ですよ、無理はしません。はい、お願いします」
 あの場所に一番近く、一番早く動けるのはユイリだけだ。ジーナ達も向かってくれるらしいが、とにかく何が起こったのかを確かめる必要がある。
「できれば、ずっとこのままにらみ合いをしていたかったのですが………とにかく急ぎますよ」



「むこうも動いたか」
 橘 恭司(たちばな・きょうじ)は手を離し、あがっている煙に視線を向ける。真っ黒な煙だ、一体何が燃えているかわからないが、相当な勢いがあるようだ。
「………まるで、キュービズムのようですね。何がなんだかわかりません」
「あの煙がか?」
「違いますよ」
 魔鎧となっているミハエル・アンツォン(みはえる・あんつぉん)の気の毒そうな発言の原因は、先ほど恭司に捕まってしまった敵兵だ。手も足もあらぬ方向に向かって曲がってしまっている。
「なに、殺しやしてないさ。肩は外れているだけだし、腕も折れてはいるが綺麗に折ってやった。あとでくっつく時は、もっと丈夫になるだろう」
「そうですか」
 この姿を写真にとって、治療後に見せたらこの人はどんな顔になるだろうか。きっと、失神するか信じないか、悪夢には違いない。
「あとでもう一度礼を言っておかないとな」
「どうしたんです、いきなり」
「なんでもないさ………しかし、外に回りすぎたか、この辺りの奴らはほとんど片付けてしまったようだ」
 まだ取り付けたばかりの機晶姫の腕のリハビリもかねていたので、激戦区から少し外れて回るように動いているうちに、少し外に出すぎてしまったらしい。半分側面に出てしまっている。
 進展しそうな側面に向かうか、まだ戦いの続いている正門に向かうか少し悩みどころだ。
「主っ!」
「わかっている」
 砂柱を立ち上げて、何者かが恭司に向かって突っ込んできた。受けずに避けて、何が来たのかを確認する。
「こいつは………確か、ムシュマフとかいう兵士だな。どうしてこんなところに?」
「撃墜されたはずですが、砂地が墜落のダメージを軽減したのでしょうか」
 二人はムシュマフが撃墜されたという情報は受けていたが、真っ二つになったという事実は知らない。仮に知っていたとしても信じなかっただろう、目の前に現れたムシュマフはきちんと五体満足の状態で立っているのだ。
「あれは?」
「主、余所見しないで、来てます!」
 ムシュマフの手に武器は無く、間合いを詰めながら行う動作も大きく手を振りかぶるというものだった。関節を取るなら受け流しつつ腕を取るべきだろう、そう思い恭司は構えてタイミングを計るが、ムシュマフはいきなり急停止すると、まるで恭司など見えていないかのようにそっぽを向いてそちらに向かって走り始めた。
「主、追わないのですか?」
 罠でも誘いでもなく、移動のために動いているのだと判断してからミハエルが恭司に尋ねた。
「………あれを見てみろ。ワイバーンのようだが、何かの肉の詰め合わせだ。しかも、まだ動いている。ムシュマフの中身も同じなんだろうな」
 言いながら、羽を失い芋虫のように動くワイバーンのような何かに恭司は近づく。その辺りにいた兵士の持ち物を使って、そいつに火を放った。
「アンデッドの兵士ですね。以前、砦の中にも配備していた」
「命令に絶対服従で、堅くてパワーも申し分ない。俺はもっとこの戦いに使ってくるかと思っていたが、今のところあの一体しかこの戦場にはいないらしい」
「それだけ、あの一体が高性能ということですね」
 砦の中で暴れまわったのも、二体一組で動いていた。アンデッド故に、一体だと動きが単調になるからだろう。しかし、ムシュマフは一人で動き回らせることができるらしい、最低でもあのアンデッド兵二体分は働けるのだろう。
「味方も近くにいないこの状況では、癪だが、助かったな」
「まさか、放っておくつもりですか?」
「まずはとにかく奴が生きている事を砦の奴に伝えるべきだ。あいつを他の兵士と同じようなつもりで相手をするのは危険だろうしな」
「わかりました。一度砦に戻りましょう」
「報告が終わったら、あいつを追うぞ」
「わかってますよ。ですが、あまり無茶をしないでくださいね」



 炎を背にして、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)はモンスターの群れと対峙していた。
 地下通路を利用し、モンスターの背後に回りこみ、彼らのものである荷台に火を放つまでは予定通りいったのだが、砂地には身を隠せる場所がほとんどなく、見つかってしまった。
 なんとか切り抜けて、背後に回るのに利用した地下通路まで入れればなんとでもなったのだが、サンドワームに途中で道を阻まれ今は火を放った荷台にまで追い詰められてしまっている。
「困ってしまいました………どうしましょう?」
 ぱっと見て、ロザリンドを囲んでいるのはゴブリンが十体ほど。さらに、サンドワームが二匹が遠巻きにこちらの様子をうかがっている。背中には炎、だいぶ勢い良く燃えている。飛び込んだとして、反対側が安全だという保障もない。
「息を止めて、手をっ!」
 そこへ、サンドドルフィンに乗ったユイリが文字通り飛び込んでくる。ロザリンドを囲んでいるゴブリンの上を飛び越えてきたのだ。ロザリンドは、ユイリの手を掴むといわれた通りに息を止める。
 飛び込む勢いのままサンドドルフィンは一度砂にもぐりこみ、その勢いを殺さないでまた飛び上がる。驚くゴブリン達の頭上を飛び越えた。
「けほっ、けほっ、砂が口に」
「水です。口をゆすってください」
「助かります」
 サンドドルフィンは、そのまま砦とは逆方向に向かって進んでいく。かなり距離を取り周囲に敵がいないところまで来て、動きを止める。
「随分遠くまで来てしまいましたね」
「途中、砂の中に気配を感じましたから。さすがに、こちらの速さには反応できていませんでしたが。ここで聞くのもなんですが、他に仲間が取り残されていたりはしませんよね?」
「いえ、私一人だけです」
「そうですか。安心しました。しかし、もう一度敵軍を飛び越えるのは難しいでしょうね。さすがに警戒されてしまっているでしょう」
「でしたら、地下を通りましょう」
「地下ですか。この当りは地下通路が広がっているとは聞きましたが、迷路のようになっているとも聞いていますが………」
「大丈夫です。私が地下のマップを持っていますから」

「先ほどの煙は、敵の物資に火が放たれたからであるか………無茶をする」
 ガイアス・ミスファーン(がいあす・みすふぁーん)が先ほど煙のあがっていた方を見る。もう煙が出てないという事は、燃え尽きたか消火したのだろう。どちらにしても、かなり大きな損害にはなったはずだ。
「ユイリさんは、一緒になったロザリンドさんと地下から戻ってくるそうです」
 ガイアスはジーナの言葉に、そうか、と頷く。
「地図もあるそうなので、心配はいらないそうです」
「ならば、我らは眼前の問題を対処していくべきであろう」
 ここに来て、今までずっとゆっくりとした前進を続けていたモンスターの軍団が突撃を始めた。二十ほどのゴブリンに、サンドワームや砂タコが随伴する形だ。既に、いくつかの部隊がぶつかっている。
 ジーナ達のところにも、砂タコを柱にしたゴブリン部隊が向かってきていた。砂鯱が一緒にいるので速度としてはこちらが上、逃げようと思えば十分に可能だ。
「どうする、ジーナ?」
「彼らが今まで攻めてこなかったのは、こちらの突撃を待っていたのだと思います。それが、先ほどのロザリンドさんの行動で待ってもいられなくなってしまったのでしょう」
「ふむ、それで?」
「サンドワームやサンドオクトパスを連れているのは、自分達だけでは突破できないと考えているからです。なら、頼りのサンドワームを追い払えれば、きっと引き返してくれるはずです」
 ゴブリン達は、以前の戦で大きな損害を被っている。数に押して攻めた結果は、以前の戦いで証明されているのだ。そのため、今回は自分達から攻め込まずに大型モンスターを配置して待ちの姿勢を取っていた。
 こちらからも攻め込まなかったのは、その配置を早くに見抜いて踏み込まないようにしていたからだ。訓練を積んだ兵士といえど、砂中で生きる獣には後手で対処するしかない。
「できれば、このまま他の戦いが終わるまでこちらは互いに損害を出さないにらみ合いであった方がよかったのですが」
「仕方あるまい。状況とは常に変化してくものである。さぁ、来るぞ、狙いはあのタコでいいのだな?」
「なるべく、殺さないであげたいですね」
「なに、こちらには砂鯱がいる。一度殴って目を覚まさせれば、タコと鯱、どちらが優位であるかぐらいわからせずとも理解しているであろう。我がタコの相手をする、ジーナはゴブリンどもが余計な事をしてこないように援護を頼むぞ」
「はい」

「スケールは小さいが、まるで怪獣映画じゃのう」
 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)のゴーレムが、砂カニとがっぷりと組み合いの戦いを繰り広げている。その様子は、ミア・マハ(みあ・まは)の言葉通り怪獣映画のようでもあった。
「どれ、わらわも少し気張ってみるかの」
 砂カニとゴーレムの戦いはほぼ互角のようだ。このまま戦わせるとどちらが勝つのか少し気になるが、手をかして早く決着をつけるべきだろう。敵はこの集団だけではない。
 ゴーレムが範囲に入らないように注意しながら、ミアはファイアストームを砂カニに向かって放つ。砂カニを包んだ炎がはれると、明るい黄土色から真っ赤になり、その場にがくりと倒れこんだ。
 砂カニが倒れると、共にやってきたゴブリンらが明らかに動揺しているのが見てとれる。
「逃げるんなら追わない、けど、向かってくるなら容赦しないよ」
 ゴブリン達とミアの間に、レキが立つ。
「どうやら、そなたらのお友達は逃げてしまったようじゃのう」
 砂カニと共に来たゴブリンの半分はレキが足止めをしていたが、砂カニが倒れたと見るや下がっていったようだ。残ったゴブリン達も、自分達が孤立しているとわかるなり下がっていく。
 彼らの動きを見て、二人もすぐに移動を開始する。
「ふむ、ここも追い払えたか」
「素直に下がってくれるね」
「それだけ、大型のモンスターに頼っているのだろう」
 実際、大型モンスターとゴブリンの連携は効果的だ。こちらがモンスターを攻撃しようとすればゴブリンの邪魔をされ、ゴブリンを狙おうとも暴れるモンスターは無視できない。レキにはゴーレムがあるので動きを止められるが、兵士だけの部隊はかなり苦戦を強いられている。
 二人はそんな苦戦している部隊の援護のために、砂地を動き回っているのだ。ゴブリンだけにしてしまえば、兵士達でも十分対応できる。
「ゴブリンは私が、ミアはサンドワームをお願い」
「うむ、心得た」
 次の集団はサンドワームを従えていた。相手がカニだろうがミミズだろうが、やる事は変わらない。ゴブリンをレキが牽制し、その間にゴーレムでサンドワームの動きを止めて魔法で仕留める。
「よし、ちゃんと掴んでおれよ」
 飛び掛ってきたサンドワームをゴーレムが捕まえた。だが、魔法を放つ前に巨大な砂柱が真っ直ぐにゴーレムのもとへ向かって来る。砂柱から巨大なハンマーが飛び出してくると、ゴーレムを横薙ぎに打ち払った。
「お前………強い………戦う………おれ」
 ゴーレムを一撃で吹っ飛ばした巨大なハンマーを軽々と操る大男、ドウフだ。その体の大きさから想像できない速度で走ってきたのだ。先ほどの砂柱は、あまりに重い踏み込みで砂が舞い上がっていたのだろう。
「なんと豪快な」
「凄いね、けどその分、この人が倒れれば」
 戦場で強い戦士が倒れれば、兵士達に大きな影響が出る。共に進軍するモンスターが倒れると撤退するゴブリン達も、恐らくはそれが通用するだろう。いきなりゴーレムを倒されたのは想定外だが、ここでドウフを倒せれば状況が大きく変化するはずだ。
「勝負!」
 まずはレキが奈落の鉄鎖をドウフに向かって放った。これで少しでも動きを阻害する。
「どれ、これでもくらがよい!」
 まだドウフが自分に何の変化がわかっていないうちに、凍てつく炎でミアが追い討ち。それを目隠しにして、レキが一気に接近する。狙うのは腕、武器を持てなくすれば戦意も喪失するだろう。無闇に殺すのはレキにとって本意ではない。
 ドウフのとった対応は、その場に立ったまた足を強く踏み込むというものだった。
 先ほどより重力が強くなっているはずなのに、砂柱が立ちあがり凍てつく炎に対して壁となる。
「レキ、離れるんじゃ!」
 凍てつく炎を防いだ砂柱を切り裂くようにして、巨大ハンマーが振られる。打撃面だけでレキをすっぽりと多い尽くすほどのハンマーだ。レキもすぐに避けようとするが、砂に足が取られてしまう。
「………っ!」
 巨大な鉄の塊が、信じられない速度でレキへと迫ってくる。ゴーレムを一撃で吹き飛ばすハンマーだ、当ってしまえばどれだけのダメージとなるか。いや、ダメージで済むかどうかもわからない。
「………あれ?」
 だが、ハンマーはレキに当るほんの数センチ手前で止まっていた。ドウフが止めたのではなく、ハンマーの持ち手の部分を掴んでいる人の姿が見える。
「下がっていろ。こいつは最初っから、俺の獲物だ」
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)が手を離すと、ハンマーが落ちて砂埃をあげる。
「そーゆーこと」
「ふぇ?」
 ロートラウト・エッカート(ろーとらうと・えっかーと)がレキを抱え、ミアのところまで下がる。そこでレキを降ろすと、ロートライトは両手を合わせながら二人に向かって言う。
「ごめんね。この間決着がつかなかったのが悔しかったみたいで、邪魔しないであげてくれるかな?」
「けど………!」
 レキの会話を遮るように、爆発音が響く。しかも、一つ二つではなくまるで花火のラストスパートに入った時のように、爆発音が連鎖している。
「これで、周囲の邪魔者は全部片付いたでありますな」
 合身戦車 ローランダー(がっしんせんしゃ・ろーらんだー)が、三人のところへ合流する。先ほどの爆発音は、ローランダーの放ったミサイルが原因らしい。ミサイルの攻撃によって、先ほどのサンドワームは倒れていた。
 ローランダーも、ロートラウトもその場から動こうとしない。二人とも、エヴァルトとドウフを一騎打ちさせるつもりなのだ。

「お前………すごい………とめた奴………いない」
「ふん、自分だけが怪力の持ち主だとでも思っていたか?」
 肉体の完成、ドラゴンアーツ、金剛力によってエヴァルトの身体はかなり強化されている。速度も、ハイパーガントレットによって底上げしている。もっとも、これでも止めに入れたのは柄だったからだとエヴァルトは痛感していた。もし、遠心力が一番のるハンマーの部分に割り込んでいたら、こちらも無傷では済まなかっただろう。
「今日………全力………いい日………」
「先日は全力じゃなかったわけか。奇遇だな、俺もだ!」
 ドウフは確かに早い。それに先ほど見せた、魔法を砂を巻き上げて受け止めるなんて行動が取れるほどに、機転が回る。身体能力が優れているだけではなく、ちゃんと知恵を使ってくる強敵だ。
 だが、それでいい。ここまでこいつを追ってきて、がっかりさせられる方が憤慨ものだ。
「うぉぉぉぉぉぉっ!」
「………!!」
 ただでさえ、体の大きさで互いの間合いが違う。そのうえ、あの長いハンマーがさらに間合いを広げてくる。速度でエヴァルトに優位があるといっても、そうやすやすと内側にもぐりこめない。
「さすがだな」
「お前………つよい!」
 ハンマーをかいくぐって間合いに入っても、砂の壁が邪魔をする。一時的とはいえ、下から上に吹き上がる砂の塊だ。下手に手を出せば、エヴァルトの動きをほんの一瞬奪われてしまうだろう。今は、その一瞬は命取りになりえた。
 互いに激しく動きながら、ただの一手も打撃を与えられない。ドウフもまた、エヴァルトの一撃が致命傷になりえると見ているのだ。互いに相手の実力を認めたうえで、守りではなく攻めで打ち勝とうとしている。その結果として精神の削りあいだ。
 この状況を、エヴァルトは想定していた。それを見越して、奇策を一つ用意してある。
「そこだっ!」
 横薙ぎのハンマーに合わせるように、エヴァルトは持っていた剣を叩きつけるように振るった。剣は前もって折れやすくなるように手を加えていた、それにあのハンマーの速度に合わせたのだ。当然、剣は折れ刃がはじけ飛ぶ―――ドウフの顔を目掛けて。
 回転速度も、刃そのものの切れ味も申し分ない。今なら、奴の太い首でも落とせるだろう。だが、ドウフはその意表をついた一撃にも反応する。
「………え?」
 戦いをずっと見つめていた、ロートラウトが思わず声を漏らした。刃に当って弾き飛ばされた兜の中から出てきたのは、人間の顔ではなく、アンデッドのものでもなかく、ゴブリンのものだったからだ。
「動きがおかしいとは思っていたでありますが………操られるではなく、彼らには彼らの指揮系統があったのでありますね」
 ここまでモンスターの動きは、なるべく被害を少なくしようとしているようにローランダーには映っていた。ただの駒ならそんな事を考えずに、突撃させた方が砦にダメージを与えることができたはずだ。
 それを行わなかった理由。彼らには、彼らの身になって行動できる指揮官がついていたのだ。ゴブリンでありながら、カタコトながらに人の言葉を使い、一介の兵士では到底敵わないだけの実力を持った者が。
 刃は致命傷に至らなかったが、しかし、ドウフの顔は衝撃で大きく仰け反った。兜の中身にみんな驚いていたようだったが、エヴァルトは相手の顔を見ても動揺など無かった。
 仰け反った頭は、顎を狙ってくださいと言っているようなものだ。どれだけ厚い鎧を着込み、筋肉が体を強固にしていたとしても、守れない場所も鍛えられない場所も存在する。
「終わりだ」
 全力の拳が、ドウフの顎を打ちぬく。仰向けに飛んだ巨体が地面に倒れこみ、砂が舞い上がる。倒れたドウフは起き上がるどころか、指先一つ動かない。
「………おれ………負け………お前………勝ち………」
「まだ意識があったか」
 脳震盪で意識を奪ったと思ったが、まだドウフには意識があるらしい。
「当初の予定では、倒したあとに利用されぬように体を完全に破壊するのでありましたな」
「どうする?」
 ロートラウトとローランダーがエヴァルトに尋ねる。
「………こいつが、モンスターどもの指揮を取っていたのなら使い道がある。おい、ドウフ、今から俺が言うことを聞けるならおまえも、おまえの仲間達も見逃してやる」
「………」
「今すぐに、仲間を連れてここから立ち去れ。そして、二度とネルガルに関わるな」
「見逃すのでありますか?」
「でも、あいつらってモンスターを操れるんでしょ。ここで見逃しても、また操られちゃうかもしれないよ」
「最後の一撃を入れた時、力を抜いたな。まだあれだけ戦力が残っているのに、わざわざ前に出たのは何故か。こいつはな、倒される覚悟でここまで出てきたんだ」
「なんで?」
「………おれ………一番………つよい………おれ………勝てない………みんな………勝てない………みんな………逃げる」
「彼が倒れれば、勝ち目が無いためモンスター達は撤退する。そういう決まりがあったというわけでありますか」
「………」
「大方、食料でももらう代わりに戦っていたのだろう」
「………砂漠………ご飯………無い」
「安心しろ。そう遠くない未来、この国はおまえの知っているかつての自然を取り戻す。そうすれば、食い物に困る日も無くなるだろう………さて、聞こう。仲間をつれて退くか否か」
「………つよいやつ………決めた………おれたち………逆らわない」
「そうか」
 ドウフは、少し離れたところでこの戦いを見ていたゴブリンを招きよせると、何か指示を出して彼らを走らせた。あちこちで戦っていたモンスターが、一斉に引き上げ始める。ドウフもふらつきながらゆっくりと立ち上がると、砦に背中を向けて歩き始めた。
「本当に、見逃してよかったの?」
「あいつが、そうやすやすと操られるとは思えん。並大抵の奴じゃ、あいつに近づくこともできないはずだ。それに、あいつは約束を守るだろう」
「なんでそんなことわかるの?」
「拳を交えると、分かり合えるものがあると聞いた事があるであります。きっと、そういうものなのであります………しかし、随分とミサイルが余ってしまったでありますな」
「何を言ってるんだ? まだ戦いは終わってないぞ、モンスターを追い払っただけだ。そのミサイルをぶつけるべき相手は残ってる。行くぞ!」