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【カナン再生記】ドラセナ砦の最初で最後の戦い

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【カナン再生記】ドラセナ砦の最初で最後の戦い

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7.何者かが、内部に侵入しています






「一時はどうなる事かと思ったけど、なんとかなりそうだな」
 ドラセナ砦の城壁の上にいるジェラール・バリエ(じぇらーる・ばりえ)には、戦場全体の様子がよく見える。いきなり敵がかなり近くまで接近された時は焦りもしたが、それから敵に砦に取り付かれることなくなんとか持ちこたえている。
「投石機が使えると、やっぱり違うだね」
 と、祠堂 朱音(しどう・あかね)。敵が接近されてから、味方への誤射の危険があったために存分に使えなかった防衛兵器が稼動しだすと、目に見えて効果が現れてきていた。
「朱音、次のを」
「あ、うん。これ」
 そう言って、穴の開いた鍋を須藤 香住(すどう・かすみ)に手渡す。
 三人はぎりぎりまで城壁の強化や、城門周りにトラップなどを仕掛けていた。そのために、色々な使えそうな使えないものをかき集めたのだ。穴の開いた鍋や、毛を失った箒とか、そういったものが使い切れずにまだ沢山残っている。
 戦闘が始まってから悠長にトラップを仕掛けている余裕も無くなり、とにかく敵を追い払わねばと城壁にあがってサイコキネシスで余った資材を撃ち出して援護射撃を行っているのだ。精度が高く味方を誤射する心配もない。戦いが始まってからは、半ば固定砲台状態である。
「そこの三人!」
 そんな三人ところに、息を切らしながら駆け寄ってきたのは戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)だった。
「妙な奴を見ませんでしたか? 外ではなく、砦の中に」
「妙な奴って? 何かあったの?」
「何者かが、内部に侵入しています」
「侵入者? 俺達ずっとここで敵の動きを見てたけど、誰も入り込んでなんかいないぞ」
「何があったの?」
「砦の中で石化した兵が見つかりました。万が一に備えて、内部の警備を頼んでいた班のうちの一つです」
 目立たないとろこで、二人の石化した兵士を発見された。争った形跡はなく、不意打ちでもここまでうまく行くのは珍しい。
「数はそれほどではないでしょうが、隠れたり潜んだりするのは恐らく得意と思われます。そうでなければ、もう誰かの目に留まっていてもおかしくない………このまま放置するわけにはいきません、手を貸していただけますか?」
「当然だよ!」
「わかった、とにかく怪しい奴を見つけてとっ捕まえればいいんだな」
「放っておくわけにはいかないわね」
「助かります。とにかく、一刻も早く見つけなければいけません。私は向こうを探します」
「わかった。じゃあ、ボク達は向こうから見てくるね! 行こう、香住姉、ジェラール」
 三人は頷くと、小次郎とは逆の方向に向かって走り出した。
 敵が攻撃をしかけてきているのなら、人が集まっているところだ。小次郎が向かったのは、先ほど収容した兵士達のところ。朱音達が向かったのは、戦が始まる前に非戦闘員に集まってもらった礼拝堂だ。
「あそこに居るのは、兵士ではない普通の人たち。まさか、そんなところを襲ったりなんてしないと思うけど………」
 しかし、彼女達の眼前に現れたのはそのまさかの光景だった。

「ふふん、慌ててる慌ててる。さぁて、そろそろ本格的にいこうかな」
 走り回る兵士達を横目に、マッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)がほくそ笑む。黒影で影から影へと潜むマッシュを見つけるのは、簡単なことではない。
 マッシュは助け出された市民に便乗して砦の内部に入り込み、警戒の緩くなっているところに忍び込んでは、片っ端から石化をかけてまわってきている。相手を選んでなんかいない、兵士も民もおかまいなしだ。
「さぁて、まずはどこからにしようかな」
 マッシュは影から影に移りながら、次の獲物を探す。できれば、外を攻撃している兵士なんかを狙いたいところだが、城壁の上となると少し目立って厄介だ。戦う事も視野に入れているとはいえ、見つかっていないという優位を自分から捨てるのは惜しい。
「………いいとこみっけ」

「少し、休むわ」
「ああ、わかった」
 雨宮 七日(あめみや・なのか)マルクス・アウレリウス(まるくす・あうれりうす)にそう告げると、見張り台の奥へと入っていく。七日は大魔弾『クロウカシス』によって援護射撃を行ってもらっているのだが、クロウカシスを扱うための補助も含めて大量のSPを消費する。当然、その消費に見合うだけの効果は発揮されているのだが、どうしてもチャージには時間がかかってしまう。
「少し顔色が悪くなっていたな、少し長く休んでもらったほうがいいか」
 マルクスは、ゴーストのヤマダさんに七日のことを頼むと、一度見張り台の外に出た。連絡にあった通り、かなり遠くに集団が見える。相手の背後を取りにいった部隊だ。
 待ち伏せを受けたという報告があり、今はそれと戦っているのだろう。指揮官らしき女騎士は逃したらしいが、かなりの数が向こうに引きつけられている。一方、こちらも一時は押されていたが、だいぶ持ち直した。今は砦の援護がその力を遺憾なく発揮し、敵の無理やり契約者を一対多数の状況に持ち込む戦法もできなくなっている。
「まともにやりえば、向こうの方が有利であっただろうな。無理にでも砦にとりつかなければいけない理由などがあったわけでもないだろうに………」
 まだ戦は続いているが、いずれこちらは守るのではなく残った敵を片付けるために動くようになるだろう。まだ向こうのキングを捕えておらず、チェックメイトとはいかないだろうが、他の駒が無くなった時点でキングに勝ち目は無い。
「随分と難しそうな顔してるね? 疲れてるんじゃない? 少し休ませてあげるよ」
「なに!」
 マッシュが不意をうって、マルクスを襲う。
「あーらら、外れちゃったか。こっちに気づいた瞬間の驚く顔で石像にしようって、欲を出しちゃったからだね。失敗、失敗」
「お前か、通信で言っていた、侵入者というのは」
「そんなことより、見てたよさっきの花火、凄かったね」
 花火とは、クロウカシスのことを言っているのだろう。
「あんなのバカスカ撃たれちゃったらたまらないよ。あんたがやってたみたいじゃないって事は、この中かな?」
 先ほどの攻撃を避けるために、マルクスは見張り台から離れてしまった。今は、マッシュの背に見張り台がある。中にいるヤマダさんは戦闘能力はないし、七日はガス欠状態。今狙われるのはまずい。
「どうやら、この中で当りみたいだね」
「待てっ!」
 マッシュはマルクスを無視して見張り台の中へ入ろうとする。追おうとするマルクスよりも早く、マッシュの道を塞いだのは日比谷 皐月(ひびや・さつき)だった。
「おっと、挟み撃ちにされちゃったよ」
 なんて言いながらも、マッシュには余裕があるようだ。
「皐月、どうしてここに?」
「戦部さんから話を聞いてきたんだ。だから、心配になって………それに、テントをやったのもおまえなんだろ?」
 怪我人を収容するために仮説テントを用意していたのだが、そこも何者かに襲われてしまっていた。
「なんのことかな?」
「このっ!」
 皐月がマッシュに攻撃を仕掛ける。少し頭に血が昇っているらしい。怪我人が襲われたのが許せないのだろう。この状況で冷静になれと口にしても逆効果だ。このまま、皐月をサポートするべきだとマルクスも動く。
「くらえっ!」
 最初に一撃を打ち込んだのは、皐月だ。そして、それは見事に入った。
「ぐぅっ………つぅ、やっぱり痛いね、けど」
 マルクスには、まるでマッシュがわざと攻撃を受けたように見えた。避けたり、防御したりしようとする動作が見えなかったのだ。それに加えて妙な事がもう一つ、攻撃をしたはずの皐月が、なぜか剣を取り落としたのだ。
「皐月、何をされたのだ?」
 石化を食らったわけではない、マッシュを牽制しつつマルクスは皐月の肩を揺する。見れば、凄い量の汗をかいている。
「………アボミネーションか」
「ご名答」
 アボミネーションは、相手に畏怖を植え付けるスキルだ。だが、その効果だとしても皐月の様子は深刻すぎる。
「だから、わざと攻撃を受けたのですね?」
「五分五分もいいとろこだったけどね。思った通りの人でよかったよ」
 皐月がアボミネーションを受けたのは、攻撃を当てた直後だろう。その手には、肉を切る感触が伝わっていたはずだ。アボミネーションは、皐月にあった生き物を殺す恐怖を引き出すのに使われたのだ。
「博打もいいとろこですね」
 こんな手段、皐月の人となりを知っていなければできるものではない。失敗したら、一方的にダメージを受けるだけの危険な博打だ。
「うまくいったじゃないか。それでそいつはもう動けない。あんたは、そいつを守りながら俺を倒せるかな?」
 リジェネレーションの効果で、マッシュの傷はじょじょに回復していく。時間をおけば、それだけ回復されてしまうが、マルクスが攻撃をしかけようとすれば躊躇無く皐月が狙われるだろう。
「うるさいです」
 壊れそうな勢いで扉を開けて、七日が見張り台から出てきた。
「さっきからがちゃがちゃと………ん?」
 不機嫌顔の七日が、皐月を見る。
「なにやってるんですか、この人は? 好きにしてくださいとは言いましたが、こんなところでガタガタ震えてていいなんてつもりで言ったわけではありません」
「いや、皐月は別にそういうわけでは」
「同じ事です。こんな単純なバッドステータスを受けてしまって………目を覚まさせてあげます」
 そう言って、七日は皐月のほほを平手打ちした。痛そうな、遠くにも響くいい音を鳴らす。
「あ………あれ?」
「目は覚めましたか?」
「え? あ、うん」
「………無茶苦茶な」
 マルクスがそんな言葉を零す。あれだけ深く決まっていたものを、平手打ちで吹き飛ばすなんて非常識だ。とかなんとか思いつつも、この二人ならばありえると思えてしまう。
「全く、しっかりしてください」
「ごめん、助かった」
「別に謝って欲しいなんて思ってません。それに、そう思うのでしたら、行動で示してください。それで、騒ぎの原因は?」
 七日が周囲を見渡すが、既にマッシュの姿は見当たらなかった。
「逃げたよ。不利だと判断したのだろう。敵ながら、見事な決断だな」

「面白くないなぁ」
 あの強力な砲台を落とせれば、大なり小なり戦況に変化が出たはずだ。実際、途中まではうまく行っていたのだが、中から出てきた七日によってマッシュの計算が狂ってしまった。
 互いが互いの足かせになるように、きちんと段階を踏んでいたというのに、あの平手打ちがそれを全部持っていってしまった。正直、あれはちょっとずるい。怪我のし損だ。あのままやりあってもジリ貧なので、とりあえずあの三人は後回しにすることにする。
「しょうがないなぁ、とりあえず投石機を一つずつ潰して―――」
「そんな事はさせませんよ」
 マッシュの正面を、小次郎が塞ぐ。向こうは既に臨戦態勢だ。だが、一対一でもある。リジェネレーションのおかげで、だいぶ回復しているしやってやれない相手ではないだろう。
「見つけたよ! 怪我人や一般の人ばっかり狙って、許さないんだから!」
「げっ」
 声は後ろからした。朱音だ。
 今二人を相手にするのは不味い、横に逃げようかとそちらを見ると左右もそれぞれ香住とジェラールに塞がれている。だが、ここは開けた場所ではなく潜り込めそうな影がそこかしこにある。逃げるだけならなんとかなるはずだ。
「逃がすかっ!」
 一番手近な影に入ろうとしたマッシュを、小次郎が捕まえようと手を伸ばす。肩を掴もうとした手は届かなかい。だが、むしろまだ肩を掴んでくれた方がマシだった。小次郎の手が掴んだのは、マッシュの尻尾だったのだ。
「しまっ………!」
 機敏な動きをしていたマッシュが、急に力なくその場に倒れこむ。尻尾を掴まれてバランスを崩しただけでは無いようだ。
「どうやら、ここが弱点のようですね」
「は、放せっ!」
「誰が放したりするものですか。全く、手間をかけさせてくれましたね………こいつは私が対処しておきます。皆さん、ありがとうございまいた」
「いいってことよ、それよりあとは一人で大丈夫なのか?」
「ここを掴んでいる限り、こいつはまともに動けないようですからね。それに、まだ戦は終わってません。こいつに構っていたために攻め込まれたなんて事態にはしたくありません」
「………わかったわ。あとは、お願いします。行こう、朱音」
「うん。もしまた何かあったら、ボクたちに声をかけてね!」
「そういう事態にならないのが一番なんですが、とにかくありがとうございました………さて、行こうか? 聞きたい事も少なくないしな」