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桜井静香の奇妙(?)な1日 後編

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桜井静香の奇妙(?)な1日 後編

リアクション

「どうやら、事件は無事に解決したようですわね」
 それぞれの場所で倒された「狐の目」は、全員その場で捕縛され、ヴァイシャリーの教導団詰め所へと連行されることとなった。これまでに盗んだ品物は当然ながら回収され――盗品を売りさばくようなことはしなかったらしい――、5件の窃盗罪、1件の窃盗未遂、及び軽い傷害罪により、しばらくは檻の中で過ごすこととなるだろう。
 その光景を眺め、エリシア・ボックは非常に満足げな表情を見せた。状況が状況だけに弓子の傍にいてやることはできなかったが、少なくとも彼女や静香に怪我が無いところを見ると、どうやら無事だったらしいことがわかり、安心できた。
「では、先ほどの携帯、返していただけますか?」
「あ、うん。これだね」
「……はい、確かに回収いたしました。後、これは餞別代わりですわ。こっちは返さなくてもいいですわよ」
 静香から魔法の携帯電話を返してもらい、エリシアはそれを服のポケットに押し込み、それから彼女は餞別代わりとしてナラカでも使えるICカード乗車券――通称「Naraca」を弓子に手渡した。
「成仏までは、まだ日があるのでしたわよね。この後すぐに用事がありますから、その現場に立ち会えないのが、少々残念ですわ」
「あれ、エリシアさん、急ぎの用事でもあったんですか?」
 弓子が目を丸くするが、エリシアはそれを笑い飛ばす。
「重要ですけど、大丈夫ですわ。ちょっとこれから陽太に付き合ってナラカに発ちますの」
「えっ……?」
「ナラカはナラカで別の事件が起きてましてね。それの解決に行ってきますわ」
 その口ぶりは、まるで「ちょっと買い物に行ってきます」とでも言うような軽いものだった。
「では、わたくしたちはこれにてお暇いたします」
 外で陽太が待っている。エリシアは急ぐことにした。
「ああ、そうそう。弓子がナラカに着いた折には、ナラカエクスプレスのニコニコ労働センター前駅を訪ねてくださいまし。わたくしが伝言を残しているかもしれませんわ」
「へ?」
 謎の単語を残して、エリシアは去っていった。

 いち早く玄関を出ると、パートナーの影野陽太が小型飛空艇エンシェントを起動させて待機していた。
「目的は果たせましたか?」
「ええ、バッチリですわ」
 言いながらエリシアは飛空艇の座席に乗り込む。それを確認すると、陽太は飛空艇を発進させた。
「ナラカはナラカで別の事件が起きている……。やれやれ、弓子にはああ言いましたけど、完全に約束を果たすのは無理かもしれませんわね……」
「携帯を駅に届ける、っていうアレですね。確かに、うまくいくのかどうか……」
「まあ、できないかもしれないからって何もしないほど、わたくしは諦めがいい方ではありませんわ」
「……それは、俺もですよ、エリシア」
 それでもやってやろう。2人はそれぞれの想いを胸に、死者の世界へと向かう。
「それじゃエリシア、掴まっててください。全速力で飛ばしますよ……。環菜が待っています!」
 2人を乗せた古代の飛空艇は、シャンバラの空を駆け抜けていった。

「色々と観察させてもらったけど、どうも納得できないんだよねぇ」
 どことなく不満げな表情で、桐生円が弓子と静香に近づいた。
「フラワシにしてはあまりにも戦闘力が無さ過ぎるし、っていうか、戦闘に参加できないなら出しっぱなしじゃなくて引っ込んでいればいいのにそれをしない。大体、こうして触ってると、まるでボクの『ティアーズ・ソルベ』みたいにやたら冷たい……」
 弓子の手を握ったり、セーラー服の裾を摘んでみたりと、円は「フラワシ」を至近距離で観察していた。
「本当、なんなんだキミは……?」
 どうしたものか、と言いたげな弓子の顔を円は覗き込んだ。覗き込むといっても、円と弓子の身長差は23cmあり、弓子の方が高かったのだが。
「……話して、それで信じてもらえるかどうかはわかりませんけど」
 そう前置きして、弓子はようやく「真実」を口にする。事情を聞く度に、円の顔はどんどん青ざめていった。
「え、えっと、それじゃ……。キミは最初からフラワシでもなんでもなくて……、っていうか誰にも見えてて、なぜか触れて、道理で冷たくて……。まさか、全部……?」
 歯の根がかみ合わない円に、静香と弓子は互いに苦笑しながら頷いた。
「……うわあぁぁ!」
 全てを心で理解した円は、恥ずかしさを隠すように両手で顔を押さえながら、その場から全速力で逃げ出した。ただでさえ黒いゴシックロリータ服の上、もしかしたら光学迷彩も使って、必死で姿を隠したかもしれない。
「大丈夫ですかね、彼女?」
「まあ、大丈夫なんじゃない?」
 逃げていった円の背を見送り、2人は肩をすくめ合った。

「いやあ、実に助かりました! 本当にありがとうございます!」
 犯人グループが連行された後、依頼主のアントニオ・ロダトは全員に頭を下げた。後は「夕日の涙」が彼の手元に戻ってくれば、事件は完全に解決したことになる。
「ところで、私の『夕日の涙』はどちらに?」
「あ、ここにあります」
 宝石を隠す役割を担っていた宇都宮祥子が進み出て、アントニオの手にオレンジ色のダイヤモンドを返還した。
「おお、『夕日の涙』も完全に無事! 完璧です! ……ただちょっと熱を持っているのが気になりますが」
「おほほ……。まあその辺は大丈夫ですよ。実は私が肌身離さず持っていましたから」
「……え?」
 別の場所に隠しに行ったのでは? その場にいる全員が同時に疑問に感じた。
 この疑問を解消するためには少々の説明が必要である。まず3ページ目の頭を思い出してほしい。ダイヤをすり替えた後に、祥子は一度部屋を出ている。普通に考えれば、いかにも「宝石を別の場所に隠しに行った」ように見える。だが今度はもっと前の2ページ目、その最後の方にご注目いただきたい。祥子のセリフに「宝石は私が持っておくわ。その方が安全だろうしね」とあり、しかもその後で、小箱に入れてポケットに突っ込んだとある。
 実はこの祥子の行動こそ1つのフェイクだった。真相は、「夕日の涙」をポケットに入れた後、一度トイレに行き、そこで彼女は宝石をラップで厳重にくるみ、自分の「体の中」に隠したのだ。その時の彼女は、
(どう考えてもこれは、宝石の護衛というより、麻薬の密輸ね……)
 と思ったそうだ。
 つまり、金庫の部屋の中でレミかナタリーのどちらかがトレジャーセンスを働かせていれば、目当ての宝石を体の中に隠し、光学迷彩で隠れている祥子にヒットしていたのである。それが無かったのは、ひとえに犯人の頭脳がマヌケだったからに他ならない。
「えっと、それで参考までに、どこに隠してたのか、聞いてもいいかな……?」
 恐る恐るたずねる静香に、祥子は耳打ちした。
「女の子の体には、隠す場所があるんですよ……」
「?」
 わかるようなわからないような。静香はそんな表情をするしかなかった。
「ではもう遅いですし、本日はこれでお開きといたしましょう。報酬は後日、お支払いいたします。わざわざ来てくださいまして、本当にありがとうございました!」
 言ってアントニオは、全員に深々と頭を下げた。

 帰りの道すがら、弓子は静香とこんな会話を残していた。
「そういえばあの戦闘の最中、アントニオさんは別の部屋で待機してて、戦いに巻き込まれたわけじゃないんですよね」
「そうだね。銅鑼が連打で鳴った以外に、大きな物音や爆発とかも無かったし……。戦いには気がつかなかったらしいよ?」
「……となると、さしずめこんな感じでしょうか」

 3姉妹は、仲良くリタイアしてしまいました。
 依頼主のアントニオは、襲われたことにも気づかず、戦いは終わっていたのです。


「ちゃんちゃん♪」