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桜井静香の奇妙(?)な1日 後編

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桜井静香の奇妙(?)な1日 後編

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第2章 時間潰し――茶会・工作・他にも……

 集まった学生たちはそれぞれの持ち場に着くが、準備がやたら早かったのか、犯行予定時間まで1時間以上残っていた。
 内部からの犯行の可能性は無いし、犯人はたった3人。警備を強化するといってもこれ以上の人数が集まるとは思えず、またその方法も思いつかない。
 要するに、暇になってしまったのである。
「部屋で見張っている以上、宝石自体はまあ大丈夫でしょうけども、まだ時間まで結構ありますね……」
「時間まで指定するなんて大した自信じゃない。ただ私、待たされるのって嫌いなのよね」
 そんなことを言いながら金庫の部屋でティータイムの準備を整えているのは橘 舞(たちばな・まい)とそのパートナーのブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)の2人である。
「それにしても0時とは随分遅い時間ですね。しかも捕まえるのにまた時間かかりますから、間違いなく寮の門限に間に合わないですね」
 舞のその疑問は百合園生なら誰もが思っていることだった。お嬢様たるもの、夜更かしした挙句に門をこっそり乗り越えて寮に帰るなどということはあってはならない。だが今は依頼を受けて公然と夜更かししている最中である。解決した際の門限はどうなっているのか、誰もが気になっていた。
 だがその疑問をあっさり解決した者がいた。桜井静香である。
「あ、それなら大丈夫だよ。寮長さんには『僕が監督する』って言ってあるから」
 つまり、校長の静香の監督の下、依頼が遂行されるという形式となっているため、たとえ門限を過ぎてしまったとしてもお咎め無し、ということになっているのだ。
「桜井先生、結構用意周到ですね」
「犯行予告が深夜0時だったからね。一言断っておいた方がいいかなって思ったんだ」
 何はともあれ、静香のその行動によって百合園生は全員、門限を気にしなくてもいいようになった。
「では0時になるまで、少しばかりみんなでおしゃべりでもしましょう。今日はシナモンティーを用意してきました。あ、アントニオさんもどうぞ」
「おや、これはどうもありがとうございます」
 こうして、金庫の部屋にてささやかな茶会が開かれることとなった――光学迷彩で隠れていた祥子や、部屋の隅に陣取っていたみこともいつの間にか参加していた。
「しかし昨日は不覚を取ったわ。まさかあんな反撃があるなんて想定外よ」
 舞の淹れたシナモンティーを一口すすり、ブリジットはぶつぶつ愚痴る。
「そう、このままだと推理研の名折れってやつよ。弓子、あなたには負けないからそのつもりでね」
「は、はぁ……」
 先日、ブリジットは「弓子は実は生霊である」と本人を前にして堂々と言い放ったのだが、その本人から「死亡診断書が出てるから間違いなく死んでる」と論破されてしまっている。今回ブリジットがこの依頼に参加したのも、その借りを返すためなのである。
「ま、こういう事件での定番といえば、急な停電とか、あるいは催眠ガスが流される、ってところかしらね。弓子は幽霊なんだし、そのあたりの影響は受けないんじゃない? まあ殴られはしたけど」
「さ、さあ、どうなんでしょう……」
 さすがに弓子は言いよどんだ。幽霊になった後でそのような状況に出くわしたことが無いため、大丈夫ともそうでないとも言い切れなかった。
「あるいは何者かに一服盛られる、っていうのもあるけど……、そういえば弓子は紅茶飲めないんだっけ。だったら毒殺の心配も無いわね」
「確かにそれは無いと言い切れますね」
 幽霊であるため、弓子は食物を取り込むという動作ができない。エリシアが先日持ち込んだ「ナラカエクスプレス特製弁当」を除いて、物を口に入れようとすると体が拒絶反応を起こし、そもそも口を開けることができなくなるのだ。それは飲み物も同様で、弓子は紅茶の香りだけを楽しむしかできなかった。逆に言えば、何も食べられないので薬を飲まされる心配が無いということなのだが。
 ついでに言えば、今回もブリジットの予想は外れることとなる。彼女は正確に把握していたわけではなかったが、「狐の目」の行動パターンの中に「停電やガスを使ってパニックを起こさせる」というものは無く、まして「薬品を使う」も無いのである。弓子が霊体であるため催眠ガスが効かないのは当たっていたが、今回に限っては考えるだけ損というものだった。
「ふふ、弓子さん、昨日といい今日といいブリジットが失礼なことを言っていますけど、一応フォローさせていただきますと、悪気は無いんですよ」
「ええ、何となくわかります」
 横から舞が口を挟むが、弓子はそれを笑って流した。ブリジットに本当に悪意があるのなら、もっと突っかかってくるはずである。それが無いというのは、彼女に悪意が無いことの証明である。
「むしろブリジットはツンデレさんなので、あんな風に悪く言うのは、相手に好意を持っている時なんですよ」
「こらそこ、ツンデレ言わない。っていうか私はツンデレじゃない」
 本人にとっては不本意な言われようである。ブリジットは即座に否定した。
 だが実際のところ、口にこそ出さないが、彼女はこの事件の手柄を弓子に取らせる気でいた。口に出すのは弓子に対するライバル心だが、行動が伴っていない以上、ツンデレであると言われても仕方が無い。
「それにしても、弓子さんは本当に亡くなられているようで、とても残念ですね……」
 飲みかけの紅茶を皿に置き、舞はため息をつく。
「せめて今日を含めた百合園での日々が、いい思い出になるといいですね」
「寂しい気もしますが、これも天の定めなんですよね……」
「まあ今日の『契約者の仕事』を浄土への土産話にしなさいな。あんまり派手なことはできないかもしれないけどね」
 舞に続き、みことや祥子も同調した。
「……はい。成仏するまで、楽しませていただきます」
 飲めない紅茶を手に、弓子は微笑んだ。
 ところでその一方で笑えなかった人物がいる。アントニオ・ロダトである。
「あの、桜井校長……。さっきからかなり不穏な話が聞こえているんですが……?」
 静香にこっそり近づいて、アントニオは声を震わせる。
「あ、あはは……。ええ、そうなんです。弓子さんは実は幽霊だったりするんです」
「た、たたられたり、しませんよね……?」
「そこは大丈夫ですよ。弓子さんは悪霊じゃありませんし」
「で、ですよね。見た目からして、そうですよね、は、ははは……」
 道理で手を握った時に物理・精神両方の意味で寒気がしたわけだ。アントニオは笑顔を引きつらせながら所定の位置に戻った。

 廊下や外といった周辺の見回りと、そのついでとしてトイレに向かった祥子とみことと入れ替わるようにして、ティータイムの間、見回りに行っていたロザリンドと円が入ってきた。
「ん、紅茶……? 中身が減ってないってことは、飲めないのかい?」
 舞から紅茶を受け取り、円は弓子の観察を続行する。
「ええ、飲みたくても飲めないんです」
「まあそうだよねぇ。食事までできるフラワシがいたら、食費がかかってしょうがない」
「……そうですね」
 もうここまで来ると慣れたもので、弓子は自分がフラワシであると思い込ませることにした。
「ところで、私も飲みたくても飲めないんですが……」
 そう言うのは全身パワードスーツのロザリンドである。このティータイムに参加しているというのに、彼女はいまだにマスクすら脱いでいない。
「……いや、ティータイムの時くらい脱ぎましょうよ、それ」
 その場にいる6人の声が揃った。というか、息苦しくないのか。それ以前に汗をかいてたら結構内部は大変なことになってるんじゃないのか。全員そう思ったが、彼女がパワードスーツを「乙女のたしなみ」と言い張っている以上、その辺りを指摘するのは逆に無粋というものだった――ただし、内側に着ているパワードインナーのおかげで、その辺りの「不快な事情」はほとんど考えなくても大丈夫だったが。

 時間つぶしという名目の茶会が終わり、金庫の部屋には光学迷彩で姿を隠した祥子と、部屋全体が見えるように隅に陣取ったみことだけが残された。舞とブリジット、アントニオは食堂にて待機。静香、弓子、円、ロザリンドの4人グループは揃って屋敷の散策を行うため部屋を出ていた。
 そこに2人の男が入ってきた。彼らの名はそれぞれ久多 隆光(くた・たかみつ)童元 洪忠(どうげん・こうちゅう)。また、隆光の背には魔道書の木黄山 三国志(ぼっこうざん・さんごくし)がくくり付けられていた。
「ん、おや、先客さんがいたのか」
 かなり大型の段ボール、そして何やら銅鑼を手に、隆光はみことを見やった。みことは一瞬身構え、ディテクトエビルをもって悪意を感じ取ろうとしたが、隆光たちからは悪意を一切感じなかった。
 それは光学迷彩で隠れている祥子も同様だったがこちらは少し事情が違う。祥子は相手をよく知っていた。あの段ボールと銅鑼を持った男は、祥子が教導団時代からの親友なのだ。つまり、今回の敵にはなり得ない。
(段ボールで蛇のごとく隠れるつもりかしら……。それにしてはあの銅鑼が気になるけども、まさかジャーンジャーンとか鳴らすつもり? 誰かに『げぇっ!!』とか言わせるつもりなのかしら……?)
 祥子のその予想は実は大当たりだった。

 隆光がこの依頼に参加したのは、ひとえに「あるもの」が欲しかったからだった。
(俺の魂は言っている。一番いい撥を頼むと)
 そう、手に持っている銅鑼を叩くための撥が欲しいのだ。
 彼が銅鑼にこだわるのは、実は一種の病気である。先日の空京センター街における新年会で、その場に居合わせた精神科医から「重症」だと診断されるほどに、彼は銅鑼が鳴り響く音を求め――本人曰く「ジャーンジャーン鳴るもの」――、その後で「げぇっ○○!!」と言わせる、あるいは自ら言うことにとりつかれていた。病気が発症したのはもっと前の事件なのだが……。
 そのような理由から彼は銅鑼を常に持ち歩くようになり、「ジャーンジャーン」鳴らすための撥を求めるようになったのである。
「俺の魂に従って依頼を成功させて撥をもらうか、それとも恐らく武装しているであろう怪盗共から撥みたいなのがあれば奪う。これしかねぇ! 相手が美人だろうが関係ねぇ。俺は銅鑼を鳴らしてジャーンジャーンをする為の撥が欲しいんだ!」
 これがやりたいがための依頼参加である。ある意味では欲望に忠実というかなんと言うか……。

「勢いが大事だし、ファーストインパクトを叩き込みたいから、泥棒が来たらまずは俺に銅鑼を叩かせてくれよ。まあそれで味方への合図ってことでさ」
 動機に関する部分はできるだけ話さないようにして、隆光はみことを相手に相談を始めた。
「はぁ、それは別に構いませんが、それではボクはどうしたらいいんでしょうか」
「俺たちは段ボール箱の中に隠れておくから、えっと、みことだっけ? お前は声出さずに合図だけくれないか? 見えるように箱には穴開けておくからさ」
「……では、泥棒が来る方向に向かって指差しますね。それで大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、問題無い。それで頼むぜ」
「……一応、私の方でも警戒しておきますね」
 隆光のパートナーである洪忠は殺気を感じ取る技を持っている。隆光と魔道書ともに段ボール箱の中に入り込み、それで泥棒の動きを知ろうというわけだ。
(それに、害意が無かったとしても、同時に複数で動く影があれば、その時点で不審だからな……)
 隆光は奇妙なことで張り切っているし、魔道書の三国志は当てにならない。少なくとも自分だけは真面目に取り組もう。洪忠が参加したのは、そういう理由からだった。
 数分後、部屋の隅に大型の段ボール箱が完成し、隆光と洪忠、そして三国志はその中に潜り込んだ。箱には穴を開けており、そこからみことの姿や部屋全体が見えるようになっている。
「さて、泥棒さんは0時にやってくるとのことだ。ここに入ってきた瞬間が勝負だな」
「ウム、その通りなのだよ。そうなればわたくしとしては本気を出さねばならんようだな」
 隆光の背から外された三国志が魔道書状態のまま、偉そうな口ぶりで隆光に同調する。
 洪中としては、どのようにして「本気」を見せ付けるのか非常に疑問だった。それに対する三国志の答えは、
「まあ鈍器だがな」
 三国志の本体は、文字通り「三国志」の本なのだが、なぜか三国志全巻がひとまとめになって繋がっているという、非常に奇妙な姿をしているのである。その形状ゆえに、本――というより鈍器としてはそれなりにリーチを期待できるものとなっていた。
「そうだな。それじゃ泥棒さんが来たらこれで銅鑼を叩かせてもらうか」
「ウム! 存分に扱うがいいのだよ」
 三国志は先ほどから偉そうな態度をとるが、これには少々の理由があった。
 三国志は現在「人型」の姿をしていない。つまり魔道書それ自体が意思を持って話しているという状態である。三国志に登場する武将に関する知識では誰にも負けないが、本という見た目のせいであまり頭が良いようには見られない。
 ならばどうするか。隆光が何事か発言するたびに「ウム」と言っておけば、それなりに頭が良く見えるかもしれない。
 そう考えた瞬間、三国志は自分の頭脳に恐れを抱いた。これはなかなかいい作戦ではないだろうか、自分としたことがなんと恐ろしい策を思いついたものだ。これならば相手に「げぇっ!!」と言わせることも不可能ではない!
 結局鈍器として使われるのだから、その頭脳が認められることは無いのだが……。

 そして、0時になった。