葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

ホワイト・ディAfter

リアクション公開中!

ホワイト・ディAfter

リアクション

 その頃、通話を終了したイルマ達がいる蒼空学園では。
「なんか明るくないか?」
 流れでその場に居合わせることとなった正悟が、不意にそんなことを呟いた。
「確かに明るいようであるな」
 頷いた武尊が、首を傾げる。
 それもそのはずで、蒼空学園の二階の一室が、異様な電飾で光り輝いているのが彼らの視界へと入っているのだった。
 皆がそうして視線を向けた――数十分前のことである。

――ケケケケケ!

 そんな哄笑が、蒼空学園の一角に響き渡っていた。
 ぶら〜ん、ぶら〜ん。
 間の抜けたそんな音が、辺りに谺する。それはモモが手にした削岩機が大きく揺れる音に他ならなかった。彼女の歪んだ笑みを浮かべた唇が、俯き髪に隠れた顔からもしっかりとのぞいており、その眼光は鋭い。
「クケーッ!」
 叫び声とも嘲笑ともつかない声を、モモは上げた。
 そして情緒不安定な彼女は再びイゾルデに感化され、学園内に逃げたヘイズ達カップルの数々に襲いかかるのかと思いきや……
――ガンガンガン!
――トントントン!
「これで良し……」
 モモは、暫しの作業を終えた後、ひっそりとそう呟いた。
 特技である『土木建築』を駆使して、本日アインハルトの補講予定の教室に、電飾がピカピカと煌めく派手な看板を彼女は作り上げたのだった。
 いかがわしいピンク色が、周囲の目を焼く。
――『愛の巣入り口』
――『お二人様、御休憩・御宿泊』
――『ロングフリータイム・ドリンクサービス』
 そんな言葉が並ぶ看板が、電飾の下、自己主張をしている。
 それら全てを作り終えた後。
「はっ! あたし何してたのかしら? バイト明けで疲れてたから……」
 我に返ったモモは眼前の光景に、何度も何度も瞬いていた。
「なっ」
 そこへ補講の中止を告げるため訪れたアインハルトが、息を飲む。
「え、ちょっと待ってくれ、なんだよコレは」
 普段は純情なモモは、俗に言うラブホテル風の装飾群を前にしてただ純粋に照れている。だが立ち入ることすら思案する状況下で、担当の臨時講師は絶句するしかないのだった。
 呆然とした彼は、おずおずとモモの横で、教室の扉へと手をかける。するとすでに室内にいたはずの補講を受講予定の生徒は皆避難していたのだった。
 人気のない室内。
 それを見て取り安堵とも困惑とも着かない胸中で、アインハルトは一人俯く。
――こうしておけば嫉妬に狂うイゾルデが教室にやってくるに違いない。
 我に返ったモモは、そう考えていた。
――ふられた怨念のイゾルデと、ふりまくり男のアインハルト。お互いの言い分をぶつけて直接対決すればいいんじゃない?
「今の内に誰か事件解決してよね……」
 そんな彼女の呟きを、正面から耳にした者は誰もいなかったのだけれど。
――補講もお流れ、全員単位取得って事で。
 そうした彼女の、ある種優しい心境は、きっと皆に伝わったに違いない。


 その頃、豊満な分胸の重みはあるものの、全体的に見れば華奢な体躯のレンジアを抱きかかえながら、蒼空学園内を、ヘイズは走り回っていた。気を抜くとオルフェリアの鎚やハイドの銃撃が飛んでくる。
「嗚呼、このままじゃ埒があかない」
 銃弾を避けながら、壁の影になる一角で、ヘイズはレンジアの体を地へとおろした。
「……ってハイド兄さん!? やめて兄さん! それは実弾だわ! ヘイズさんが本当に死んじゃう! 誰か! 誰か兄さんを止めて――!!」
 ほぼその直後そう叫んだ彼女の唇を、ヘイズが掌で覆う。
「僕は、大丈夫だから」
 額や腕から流血しているヘイズは、どこから誰がどう見ても大丈夫には見えない。
 だがその穏やかな掌の感触に、レンジアは声と共に息を飲み込んだ。
「このままだとレンジアも危ないよね。一端二手に分かれよう」
「ですがヘイズさん……」
「大丈夫だよ、僕は。少し落ち着いてから、もう一度話そう」
「話そうって……」
「僕も渡したいものがあるんだ」
 二人がそんなやりとりをしていた時、再度氷雨の銃弾がヘイズの頬をかすめた。
 氷雨は、子供らしく実に無邪気な表情をしている。
「誰かを弄るのは、楽しい……ゲホゴホ……仲良しだからだよ!」
 天然の腹黒さを露見させるように、笑いながら氷雨が狙ってくる。彼女の青い瞳は、赤い髪の下で煌めいているようだった。
――氷雨君とオルフェリアさんは意味わかって撃ってるのかよ!?
 オルフェリアの揺れる銀色の髪と、その青い瞳を壁のかげから一瞥しつつ、ヘイズは思わず唇を噛んだ。そんな心境ながらも彼は、レンジアへと向き直り笑みを浮かべる。
「少し落ち着こう。それから――じゃあ、また」
 このままでは危険だと判断したヘイズが走り始めた。
「待って……!」
 その背を追うように声をかけたレンジアの声は、しかして彼には届かない。
 どうすれば良いのだろうか。そう思案するように、彼女は青い瞳を縁取るまつげに涙を溜め始めたのだった。
 そんな時の事である。
「大丈夫?」
 不意にかけられたその声に、レンジアは涙をこぼしながら顔を上げた。
 するとそこに立っていたイズールトは、穏やかに微笑んだのだった。