葦原明倫館へ

空京大学

校長室

天御柱学院へ

人形師と、チャリティイベント。

リアクション公開中!

人形師と、チャリティイベント。
人形師と、チャリティイベント。 人形師と、チャリティイベント。

リアクション



14.それぞれの理由。


 岩沢姉妹の過去は、凄絶だ。
 岩沢 美咲(いわさわ・みさき)は、幼い頃に両親が蒸発。
 岩沢 美月(いわさわ・みつき)は親に捨てられ、岩沢 美雪(いわさわ・みゆき)の両親は美雪を産んですぐ、事故で亡くなっている。
 そのため、この養護施設に入居していた。
 三人まとめて養子縁組してくれた地球人の夫婦が居たが、過労で死去など――その後も波瀾万丈な生活を送っていたが、それでも施設にはちょこちょこ顔を出していた。出来る限りの支援もしている。また、支援をされたりもした。
 恩がある。それも、大恩だ。
 そしてそれは、この話を聞いた新堂 祐司(しんどう・ゆうじ)も同じように思っていたので。
「一度受けた恩は忘れられんしな!」
 チャリティに参加することにした。
 『何でも屋のメルクリウス』。
 未来ある子供たちが少しでも喜んでくれれば、と。
「ふははは! 子供たち、ちゃんと大きく育てよ! どこぞの人形師みたく、食べないで栄養失調になったりしたらいけないからな!」
 大量のお菓子を子供に配りながら、祐司は笑顔を浮かべた。
「あと、仲良く皆と食べたら歯磨きする! これ、お兄さんとの約束だから! 笑顔でいろよ、君たち!!」


 そんな祐司を見て、
「珍しい……祐司が大人しいだなんて」
「そうですよね。普通に良い人です」
「祐司お兄ちゃんはいいひとだよ〜?」
 美咲、美月、美雪はそれぞれぽそりと呟いた。呟いてから、あたりを見回す。捜している人物は一人だけ。
「姉さん」
 美月が美咲の服を引いた。あそこ、と指差す先には、養護施設の経営者(厳密には違うのだが)であるマリアンが居た。
「マルさん」
 呼びかけ、三人がマリアンに近付く。
「お。来たのか、久し振りだな。元気にやってるか?」
 施設に入っていた時と変わらない調子で話しかけられた。なんだかくすぐったい。
「もちろん。今日はメルクリウスとして来たわ。できることがあったらなんでも言ってね」
「まったく。チャリティなど……お金を見ず知らずの他人に使うなんて。もうちょっと経営のことを考えてくれませんか? ……なくなったら困るんですよ、ここ。家族や貴方と出会った場所なんだから……」
「マルさん、私ね、お守り作ったんだ! 貰って〜♪」
「お前ら相変わらずな」
 それぞれの言葉に、くつくつと笑われた。笑うところ? とこっちも苦笑交じりで訊き返す。
「まあ楽しんで行けよ。俺ァ経費だ寄付金だのなんだのの書類整理で忙しい」
「嫌ですよ。あたし、施設出てから経理についてたくさん学びましたし、実際今経理担当なんです。マルさん一人にやらせてたまりますか。無駄遣い多そうだし」
「多くねーよ一言多いなお前」
「ふん」
 素直じゃない美月に、美咲は苦笑する。
 つんつんした物言いだけれど、本当はちゃんとこの施設のことを想ってる。
 ――だって、ここは私達姉妹にとって、第一の故郷だもんね。
 少しでも、弟妹のためになれば。
 誰かのためになれば。
 笑顔にすることができれば。
 ――その想いがあったから、お父さんもお母さんも、私達を引き取ってくれたんだから。
 悲しい笑みが浮かびかけて、美咲は自分の頬を叩いた。
 しんみりしちゃ、いけない。
 気合を入れていこう。明るく、いこう。
「私は施設の清掃をするわ。どうせ忙しくて、細かな所まで気を配れてないでしょ?」
「どうせとか言うなどうせとか。俺だって精一杯やってんだよ」
「マルさん。姉さんと無駄口叩いてる暇があるなら電卓を叩いてください」
「お前は随分キビキビするようになったな? いや前からか。うん前からだ」
「私はお守りを配ってくるよ〜。マルさん、美月お姉ちゃん、経理頑張ってね! 美咲お姉ちゃんも、お掃除頑張って!」
 にこにこ笑顔で美雪が言って、施設内を歩き出す。
 美月もノートにペンを走らせ、さかさかと経費などの記入をし。
 みんながやることを始めたのだから、私も。
 美咲も掃除に出掛けた。


「なあ、紺侍。今日のイベント風景の写真を撮ってくれないか?」
 お菓子を配り歩いている途中で出会った紺侍に、祐司は提案した。
「もちろん、仕事としての依頼だ」
 返事を待たずして、封筒を付きつける。中には、割合多めの報酬を入れておいた。
「ちょ。こんな貰えないっス」
「遠慮せず受け取っておけ。そして、少しでも施設の足しにしてくれ」
「祐司さん……」
「あと、デートは出来ないが遊びになら誘ってくれ」
「……覚えてたんスね」
「? 当然だろう、友達だからな」
 当り前だろうと言いながらクロエの頭を優しく撫でた。今日も彼女はとても頑張っている。偉い子だ。あとはメイド服さえ着てくれれば完璧なのに。とはいえ無理強いはするまい。
「今日はまだ長い。この後も頑張ろうな」
「勿論っスよ。ありがとうございますね」
「わたし、あとでうたうの! ゆうじおにぃちゃんもききにきてね!」
 言って、手を振って。
 それぞれ、自分の役割に合わせて別の道を歩いて行く。


*...***...*


 前方に見えるのは、同い年くらいの子供たちが楽しく笑っている中ひとり、輪に入れずにぽつんと居る女の子。
 彼女を見て、メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)は何ができるか考える。
 チャリティイベントが行われると聞いた時、自分にも何か出来ることがあるんじゃないかと考えた。けれど、何も浮かんでこなかった。
 そんな自分がちょっと嫌になって目を閉じたが、浮かんでくるのは血と硝煙の匂い。
 それに塗れた自分の姿。
 荒れた野で、ひとり。
 ――レンやリンスさんに出会い、少しずつ変わってきた実感はあるのですが。
 ――まだまだ、ですね。
 だけどそこでくよくよしてもいられない。
 出来ることを探そうと思って、会場を見回したら見つけたのだ。彼女を。
 何処にでも転がっている、よくある光景。
 だけど、当人からしたら、辛い状況。
 ――私は、
 私に、出来ることは。
 メティスは一歩、踏み出した。メティスに気付いた子供が、メティスを見上げる。
 突然話しかけたら驚かせてしまうかもしれないとか。
 それどころか怯えられるかもしれない。
 不安に思いはしたけれど。
 精一杯の笑顔を向けた。怪訝そうだった子供の顔が、目が、見開かれる。メティスは手を伸ばした。
「もし良ければ、一緒にイベントを回りませんか?」
「ぇう、」
 子供が不明瞭な声を出した。反射的に伸ばしかけていた手を自制し、メティスをじっと見る。
 目を離さないで、柔らかく微笑んでいると。
 そっと。
 手が、握られた。
「あ、」
「……おねえちゃん、いいひと。みたいだから!」
 にひ、と少女が笑った。いい笑顔だ。胸が温かくなるような、笑顔。
「私にも――」
「?」
「誰かの手を、握ることができるんですね」
 呟いた言葉は、自分自身にとても沁みた。


 そんなメティスの姿を見て、レン・オズワルド(れん・おずわるど)はふっと微笑む。
 何か思い詰めているようだったが、自分で解決できたらしい。
 それに、人の手を取っている。手を差し伸べることができている。
 彼女の変化を嬉しく思い、また、もう大丈夫だろうと確信して視線を移動。
 人員整理をしていた紺侍に目をやった。
 紡界紺侍。以前リンス周りで問題を起こした写真屋。
 その男が、今回のイベントの仕掛け人。
 これだけのイベントを起こすとなると、それ相応の費用が掛かるのに一人でやってのけるような人間。
 少し、気になってはいたが、紺侍だったとは。
「どうかしました?」
「いや……こんなに大きなイベントを自費で起こすなんて、どんな理由があるのだろうな、と思ってな。考えていた」
 訊いても教えてくれなさそうだから、訊かないけれど。そして案の定、紺侍は曖昧に笑うだけだった。
 だからレンは想像する。
 これは、彼の、彼自身の心を満たすための行為なのだろうか。
 もしそうならば、悲しいことだ。残念なことだ。
 本当に己が心から分かち合える相手が居ないままでは、いつまで経っても心が満たされることはないだろう。
 そう思っても、やはりレンは言わなかった。
 だって、きっと、紺侍はそれに気付いている。
 気付いてなお、このイベントを起こしている。
 それしか出来ないと、思っているから。
 ――悲しいことだ。
「周りを」
「?」
「周りを見渡してほしい」
 不意の呟きに、紺侍が素直に応じた。とぼけているのか、「迷子はいないっスね」と返してくる。
 否定も肯定もしないまま、レンは言葉を続けた。
「お前の友人ってのは、お前以上にお前自身を買っている」
「……」
「だから、赤の他人の俺がどうこう言うのもなんだが……もっと周りを頼った方が良い」
 お前が本当にやりたいことが何か。
 出ているんだろう、答えは。
 ならば、尚更だ。
 やはり紺侍は、曖昧に笑っていた。
 だけどさっきよりも困ったような顔ではなくて、少し嬉しそうだった。


 カラフルなセロファンで包んだキャンディを子供たちに配って歩いていたノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)は、そんな二人をじっと見ていた。
 ――おかしいですね。レンさん、最初は紺侍さんに労いの言葉を掛けに行ったはずなのに。
 途中から、妙にシリアスというか、真面目というか、入って行きづらい空気が流れていた。
 そして、自分と同じように蚊帳の外になっていると思われたメティスは、子供たちに囲まれて大人気。それこそ、キャンディを配っていたノアよりも人気なものだから、軽くショックを受けた。
「ク、クロエさーん!」
「ノアおねぇちゃん」
 クロエを呼び止めてみたものの、
「あちらで小難しい顔をしているレンさんと紺侍さんに突撃を仕掛けませんか!?」
「ごめんなさい、わたし、おんがくさいのじゅんびしなきゃ! ステージにいくの!」
 フラれてしまった。いよいよもって、蚊帳の外な気分でいっぱいになってくる。
 が、めげるはずがない。だってノアだもの。
 それにひとつ、クロエの言葉を聞いて思いついたことがある。実行せねば。
「楽しんでいますかー!?」
「ノア」
「うぇっ!?」
 一人でもレンと紺侍にどかんと突撃を仕掛け、
「笑えていますかー!? むしろ参加者を笑わせていますかー!?」
「へ? えェ。当然っスね!」
「ではここで! 音楽祭前に、イベント主催者の言葉を聞かせて頂きましょう!」
「へっ?」
「だって、あってしかるべきものなのにまだ頂いていませんでしたから」
 にっこり笑って、「オレ裏方で充分なんスけど! ちょ!?」と喚く紺侍の声をスルーして、いざステージへ。