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狙われた少年

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狙われた少年

リアクション

   一

 その夜――。
 人々がすっかり寝静まった頃、葦原明倫館に程近い場所に、息を殺して潜む集団があった。
 街灯もないのですぐにそうとは分からないが、シルエットからは侍であることが見て取れる。しかし彼らは、一様に覆面で顔を隠していた。
「……で、間違いないか……」
「しかし……手を出していいもの……」
「総奉行は出掛けたらしい……」
 ひそひそと言葉を交わし、やがて、よし行こう、と誰かが言ったその時、風が吹いた。咄嗟に目を覆った腕を下ろした彼らは、そこに奇妙な姿の人物を認めた。
 女だ。ただし、月明かりの中でも煌々と輝く白銀の髪、瞳はそれぞれヴァイオレットと金、その上狐耳と尻尾を生やしている。
「ば、化け物だっ」
 侍の一人が叫んだ。
「馬鹿者、大方獣人か何かだ!」
 その女がニイッと目を細めて口を開いた。
「我は葦原島に住まう妖デ……なり。其処許等の所業、御天道様が見逃そうとも、この我が見過ごしマセ……見逃しはせぬ」
 些か怪しげな口調であるが、信心深い侍たちの多くはそれで震え上がった。
「騙されるな!」
 しかし中には剛の者もいるわけで、刀を抜いて襲い掛かるのを、女はふわりふわりとかわし、しまいにはその侍の額にデコピンを食らわせてやった。

 クスクス。クスクスクス。

 楽しげな笑い声に、その場にいた者は皆恐怖を覚えた。
 が――。
 刹那、女の頬を何かが掠った。地面に突き刺さった矢に、侍たちは事の成り行きを理解できないでいる。唯一、当の女だけが、
「ナニ奴!?」
と闇に問うた。
「問われて名乗るもおこがましいが、わらわは天下の風来坊、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)よ!」
 金髪、青い目の美少女が拳を強く握り締め、名乗った。その横に弓を構えた優しげな女性が立っている。上杉 菊(うえすぎ・きく)だ。
「この弓は魔物を払う力がございます。これ以上の狼藉は許しませぬよ」
「ワタシは葦原島に住まう妖ナリ! 其処許……そ、そこ……許しませんデス!」
 菊は侍たちから見えぬよう、そっと顔を背け、嘆息した。セリフ間違っています、と内心呟く。
 女の正体は、ライザと菊のパートナー、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)だ。ただし、同じくパートナーであるマガダ・バルドゥ(まがだ・ばるどぅ)に憑依された状態で、姿も中身も全くの別人である。元が九尾の狐・華陽夫人であるマガダには、時代がかった日本語は少々難しかったらしい。
 しかしエリザベス一世の英霊であるライザは別なようで、
「狼藉をやめようとも、どの道、わらわは許すつもりはないがな!」
「ブリタニア」と「タイタニア」、二振りの剣を抜くと、ローザに切りかかる。ローザ(中身はマガダ)はエペを抜いて――この時点で、葦原島の妖という説は疑わしいと思うのだが――応戦する。
 ライザは両手共に利き腕のようにして激しく撃ちかかる。ローザ(中身はマガダ)はそれを凌ぐのに精一杯だ。
「どうしたどうした!」
 ライザは嬉々としている。芝居であることをすっかり忘れているようだ。菊はまたため息をつき、矢を番えた。
 そして狙いすまして、放った。ヒュッと音を立て、矢はローザとライザの足元に突き刺さった。二人は咄嗟に離れた。
「ライザ様、助太刀いたします」
「あ、ああ。感謝する」
 ライザはようやく我に返ったらしい。ローザ(中身はマガダ)は明らかにホッとしたようで、次のセリフを思い出した。
「この勝負、預けた!」
 ローザ(中身はマダガ)は捨てゼリフを残すと、【光学迷彩】を使って姿を消した。おお、と侍たちにどよめきが広がった。
「何があった?」
 反対側に待機していた侍たちが、やってきた。その中に、どう見ても幼子の辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)の姿を認め、菊は驚いた。
「辻斬りじゃと? そういえば、近頃あちこちに出没しているというが、それじゃろうか」
「さあな。我らは通りがかり故な」
 ブリタニアとタイタニアを鞘に収め、素っ気無くライザは答えた。
「お二人は旅のお方か?」
「ええ。というより、仕えるお方を探して参ったのです。明倫館のハイナ様にお目通りを願ったのですが、お留守のようで……」
 侍たちは顔を見合わせた。一言二言言葉を交わし、
「ならば、我らと共に参られぬか? 仕事次第では、召抱えられることもあろう」
と言い出した。
 ライザと菊は顔を見合わせた。
「いや待て、会ったばかりの人間を勝手に雇うのはいかがなものか」
 刹那の言葉に、侍の一人は笑った。
「辿楼院殿も雇われの身。お二人といかほどの違いがあろうか。心配なら、九十九殿に伺いを立てればよいではないか」
「九十九殿がよいと言うなら仕方がないが……」
 それでも刹那は躊躇いがある。だが確かに彼女はただの雇われ。それ以上、何か言う権利もない。
「それは重畳。ぜひお願いする」
 してやったりと笑いたいところを、ライザはどうにかしかめ面で堪えた。