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リアクション
第2章 誰かのために 6
逃げ惑う民たちを背後にして、ヤンジュスの地はモンスターと敵兵の攻め来る戦場となった。鳴り響くは剣と剣が叩き合う金属音であり、時には銃声と悲鳴と聞こえる。だが、幸いにも――敵軍が侵入することは想定されていた。
「早く! すぐにみんなを安全な場所に避難させるですぅ!」
すでに民たちの誘導に動き出していたメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)の声が響き渡った。民を守ろうと防衛に徹する仲間たちのことは気がかりだが、今は自分のやるべきことをするべきだった。
可能な限り整然として民を誘導できるように、事前に準備していた進路を利用して避難させる。パートナーのセシリア・ライト(せしりあ・らいと)たちも、メイベルを中心に民たちの対応に当たっていた。
「がっ……!」
銃声が鳴った。
茂みから飛び出してきた兵士をマクスウェル・ウォーバーグ(まくすうぇる・うぉーばーぐ)の弾丸が撃ち抜き、くずおれる。どうやら敵は民の位置を把握するために少数の偵察隊を送り込んでいるようだ。マクスウェルは険しい表情で舌を打った。
「このままだと、厄介だな。いずれは敵に避難経路が把握されるかもしれん」
「それだけは、なんとか防ぎたいですぅ」
まったく、メイベルの言うとおりだとマクスウェルは思った。民を守ることが第一とされる護衛戦において、経路情報の漏洩はなんとしても防がねばならない。まして、民の最も近しい場所にいる護衛者としては……一時の気の油断もならなかった。
(どこにいても……戦場の血は変わらぬか)
マクスウェルは遠いところを見るようにそんなことを思った。ふと、彼女の視界に泣いている少年が映る。
「う、うう……おかあさーん……」
「大丈夫……泣かないで。お母さんも、きっと無事だから」
この混乱の最中だ。中には、両親とはぐれてしまった子供もいる。セシリアはそんな子供たちにも気を配っていた。彼女は正直に言えば子供は苦手だが……今はそんなことを言っている場合ではない。多少、ドギマギと緊張しつつも、なんとか子供たちを励まし続けていた。
すると、人影が膝を折っていたセシリアに差し込んだ。
「マクスウェルさん……?」
マクスウェルはセシリアのように膝を折って少年の視線に身長を合わせると、彼の肩をしっかと抱いた。
「泣くな」
「……え……っく」
子供相手にしては容赦がなく見えたその態度に、セシリアは思わず彼女に声をかけようとした。しかし、はたとその手が止まる。なぜなら、少年は真っ直ぐに自分を見つめてくるマクスウェルを前にして、涙をぬぐったからだった。
「お母さんを助けてやるぐらいの気持ちを持て……男だろ?」
「う……うん……」
少年は、いつしか涙でくしゃくしゃだった顔をあげて、はっきりと頷いた。もしかしたら、それは不器用なマクスウェルに出来る精一杯の励まし方だったのかもしれない。しかし、少年はむしろだからこそ、彼の思いを受け止めて、前を向いたのだ。
「ありがとう、お姉ちゃん」
とはいえ――美しい金髪をなびかせるマクスウェルの容姿が限りなく女性のように見えるの仕方ないわけで。ぐさりと胸に刺さった「お姉ちゃん」発言に、マクスウェルは固まってしまった。
そんなセシリアたちと同様に、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)も子供への対応に当たるが、彼女は他にも年配の民へも余念がなかった。
足をつまづいて膝をつくご年配に、すぐに彼女は駆け寄る。
「おばあ様……大丈夫ですか?」
「あ、ああ……大丈夫じゃよ……す、すまんねぇ……心配をかけて」
「いえ……お気になさらないでください」
こうして民と接していると、我知らずフィリッパは騎士であった生前のことを思い出してしまった。……弱き者を守る。それこそが、騎士の役目であると彼女は思う。だからこそ、守りたいと思うからこそ、彼女は民の手をとった。
「ありがとうねぇ……」
フィリッパにお礼を言う老女の笑みは、どこか暖かなものを感じさせた。
ふと、歌が聴こえる。
「おや……?」
老女が見やった先では、髪と瞳の色以外、メイベルと瓜二つであるヘリシャ・ヴォルテール(へりしゃ・う゛ぉるてーる)が歌を歌っていた。民だけに聴こえるその静かな歌は、聴いているとどこか遠い世界に連れていってくれそうな幻想的なもので……いつしか、不安に駆られていた心に安らぎを与えてくれた。泣いていた子供の涙も、歌に心を包み込まれたか……いつの間にか止まっていた。
歌は、やがて民たちに力を与えてくれた。そう、このまま終わることなど許さない、未来を作る歌だ。
「さあ、いきましょう」
メイベルの声に応えて、民たちは自らの足を奮い立たせるよう歩き始めた。
そこには少しだけ、希望の色が垣間見える――そんな気がした。
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